東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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昭和の喜劇人、前田隣さんの訃報に珈琲が滲みる。

外は雨模様だね。
空に陽がささないと、部屋の中は暗くて寒いのだナ。こんな時、改めて太陽の凄さを感じるネ。

今朝、新聞をめくって思わず唸ってしまった。昭和が誇る喜劇人、前田隣さんの訃報だ。2年前の8月、同じく朝日新聞に「浅草の灯よ 六区の芸人」なる特集が組まれ、その中に前田隣さんも登場していた。その年の5月、肝臓の末期ガンが肺に転移して、入退院を繰り返していたのだが、それでも常に舞台に立ちたいと頑張って、幾度も舞台に登場していた。
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浅草の喫茶店「珈琲アロマ」へ行くと、若い奥さんと二人で仲良く珈琲を飲んでいた隣さん。

今の二、三十代の方々はもうご存知ないだろうが、前田隣さんはその昔ナンセンストリオと云うグループを結成して、「親亀の背中っに~子亀をノッセて~!」とか、「赤上げて!白下っげないで、赤下げて!」なんてギャグで一世を風靡したコメディアンだった。トリオを解散してからは、「マイダーリン」の愛称で親しまれ、独特の毒舌漫談でコアなファンを魅了し続けた。

僕が最後に観たのは、2007年の秋頃か。小さなライブハウスで催された奥さんのピアノとの競演だった。70歳を過ぎていると云うのに、その毒舌ぶりは健在だった。昨年はずっと病院生活だったのだろうか、余りお見かけしなくなっていたが、アロマの壁に新聞の切り抜き記事などで近況を垣間みる事が出来ていた。

1月の終わり頃、真夜中に友人のバーテンダーからのメイルで訃報を知った、元テンプターズの大口広司さんも享年58歳と云う若さで亡くなった。酒場でもライブハウスでも何処でも酒に浸り、強烈な個性を放っていたヒロシさんも最後は肝硬変が元で亡くなった。前田隣さんも同様に肝硬変でこの世を去ってしまった。

昨年末、僕も胃と肝臓の調子が悪く、今年になってからエコーやら胃カメラなどの検査をした。今の調子で酒を呑んでいると、間違いなく10年後には肝硬変の仲間入りだネ、と医者に諭された。酒と向き合うって事を今一度真剣に考えないとナ、と感じている。

昭和を代表する喜劇人、前田隣さんと、今はもう少なくなった生粋の不良親爺、大口広司さんのご冥福を慎んでお祈りしたい。

「珈琲アロマ」の店主、藤森さんもアロマの常連仲間、扇橋師匠も今頃きっと肩を落としている事だろう。
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毒舌とは正反対に奥さんと笑いながら珈琲を飲んでいる隣さんの姿が目に浮かんできた。うーん、今朝の珈琲はアロマの味の様な気がしたナ。
「過去の日記から」
by cafegent | 2009-02-20 11:46 | ひとりごと