東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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週刊少年漫画誌が50周年だそうだ。ボクと変わらんのだね。

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桜がどんどん咲き出してきたね。この分だと週末あたりは満開になるのかナ。

春分の日の金曜日、朝から京成立石の「宇ち多”」へと出掛けた。日曜の東京マラソンに出場する友人ビリーを応援する為、壮行会って訳じゃあ無いが奥の常連席には補助椅子も入れて9人での楽しい昼酒となった。
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昨年末の祭日の時は表も裏も長蛇の列になり、出遅れた僕はミツワの前辺りまで並ぶ羽目に。今回は、万全を期して、早めに立石に到着。朝からの強風と雨で案外並ぶ人が少なく、ちょいと拍子抜け。それでも、10時半を過ぎると長い行列が出来て、11時10分前には暖簾が下がった。
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よく皆から「そこまで早起きして立石に行き、更に4、50分並んでまで何故其処へ通うのだ」と問われるのだが、これはもう理由など無いのだナ。まぁ、行きつけの店に行けば、知った顔馴染みが集まるし、なんせ此処の梅割りともつ焼き、そして煮込みが美味いのだから仕方ない。

そして、口開けに並んだ者しか味わえない豚の顎骨のまわりを煮込んだ「ホネ」を味わいたいからさ。
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一度コレを味わったら、もう止められねェ。

おっと、僕が着ているこのポロシャツは、「なるきよ」店主の吉田成清主宰のブランド「Two Pole」の新作なのだ。50年代ヴィンテージのエッセンスが随所にみられ、可成りイカしたデザインで、この春イチオシなのだナ。

ビリーと二人で、顎のホネを並べてみたら、まるで蝶々が羽を拡げているみたいになった。
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全く僕らはおバカだね。むふふ。

「宇ち多”」の次は、近所の「ゆう」にて飲み直し。
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ちょうど、ワールド・ベースボール・クラシックの日韓戦がテレビで放映していたので、皆で日本の応援に花が咲いた。

ビリーはビックサイトで開催中の「東京マラソン」イベントに行くと云うので、僕は浅草へと足を伸ばした。
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美味い珈琲を求め、浅草演芸ホールを抜けて、「アロマ」へ。
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隣の席では、入船亭扇橋師匠が何処かの雑誌の投稿俳句を選んでいた。師匠は俳人としも素晴らしく良い句を詠むのだよなぁ。
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あぁ、此処の珈琲は香りが立つなぁ。

日曜日の東京マラソンは物凄い参加者数で、テレビで観ていても圧倒された程だ。
そんな中、我が酒の友ビリーはと云えば、天地人の直江兼続よろしく、頭に『愛』の文字を付けた兜を冠り、顔にはツマブキ君のアイマスクを付けての、完全にオバカに徹した姿で42.195キロを完走したそうだ。
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この勇姿で走ったのだから、いろんなメディアに取材されたらしく、本人可成りゴキゲンそうだった。

夕べは仕事帰りに完走者のメダルを見せびらかしに「宇ち多”」へと向かったのだと。とことん、おバカなビリーに拍手だネ。
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さて、週刊少年サンデーと週刊少年サンデーが今月、ともに創刊50周年を迎えたそうだ。ほぼ、僕と同じ時代を歩んで来た事になるが、あの頃は、マンガ家が憧れの存在であり、デパートの催事場などで、赤塚不二夫氏やちばてつや氏、川崎のぼる氏が来ると聞けば、長い行列も何の其のとジッと並んで色紙に絵とサインを描いてもらい宝物にしていたっけ。他にも山根赤鬼とか、つのだじろう、石森章太郎などの各氏に色紙を描いてもらった事を覚えている。

先日、新聞をめくったらドーンと15段ぶち抜きで少年サンデー創刊50周年を記念したカラー広告が掲載されていた。この50年の間に発行されたサンデーの表紙がびっしりと埋められており、当時の懐かしい表紙を見つける事も出来て懐かしさと嬉しさが蘇ってきた。
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今、手元にある少年サンデーは1971年の6月6日号だ。古谷三敏の「ダメおやじ」や水島新司の「男ドあほう甲子園」などが人気連載していた頃だ。今、「釣りキチ三平」で話題の矢口高雄も「ガロ」でデビューした後、このサンデーに「おとこ道」と云う作品を連載していた。

同じ頃の少年マガジンでは、「あしたのジョー」が大人気で、松本零士の「男おいどん」や谷岡ヤスジの「メッタメタガキ道講座」が大人や大学生などにも大ウケし、多くの流行語も生まれたものだ。
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この5月30日号では、石森章太郎の「仮面ライダー」が新連載をスタートさせた話題の号だった。

マセガキだった僕は、兄と一緒に青林堂の「ガロ」や手塚治虫の創刊した「COM」などを読みふけっており、万博の頃には、横尾忠則に憧れ、小学校6年生の時には赤塚不二夫責任編集の「漫画No.1」でエロに目覚め、白土三平やつげ義春、滝田ゆうなどの大人の漫画に夢中になり、中学の途中あたりからは、すっかり少年漫画から遠ざかってしまった。

「機動戦士ガンダム」は高校時代に流行っていたが、その頃はまるで漫画やアニメに興味がなく、それ故に未だに誰ともガンダムばなしには参加が出来ないで居る。

最近、週刊現代にて「あしたのジョー」が復刻連載を始めた。久しぶりに読んでみたが、今でも随分面白い。ワーキングプアが増加する現在と総合格闘技の人気が重なり、泪橋で明日に向かって拳を打つ矢吹丈に夢と希望を見いだす若者も可成り居るのではないか、と思ってしまった。

今、郵便局に行くと、両雑誌を祝って「週刊少年漫画50周年」の記念切手シートが2種類発売されいている。おそ松くん、8マン、タイガーマスク、タッチ、巨人の星、等々沢山のまんが家たちの作品がちりばめられていて、1シート800円なのだから、こりゃ買いだろう。僕は、額装して飾ろうかしら。

「記念切手」紹介サイト
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by cafegent | 2009-03-25 12:33 | ひとりごと