東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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祭りのあとにさすらいの日々を

先日、浅草雷門の『簑笠庵』に行ったら、京子さんから嬉しいプレゼントを頂いた。僕の大好物のどら焼きでアル。
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今までずっと、どら焼きと云えば『うさぎや』だったのだが、此処『おがわ』のどら焼きは兎に角デカい。そして、香ばしい。
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どら焼き屋なのに何故か屋号にうなぎの絵が描かれているのだ。
聞けば、浅草の老舗鰻屋の『初小川』の息子たちが此のどら焼き屋を営んでいるそうだ。そして、その息子兄弟の兄が雷門店、弟が寿店とすぐ向かい通しでどら焼きを焼いているのだ。そして、雷門の方だが凄いボリュームなのだ。
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むふふ、の味わいだネ。
      ◇        ◇        ◇     
週刊朝日に梨本勝氏がショーケンについて書いていた。5月2日付け朝日新聞の日曜版beの連載記事「うたの旅人」で、BOROが創った「大阪で生まれた女」と云う歌を巡るストーリーだ。

ショーケンが芸能界で大活躍をしていた頃、特ダネを追いかけて何度も張り込みを続けたそうだ。女、大麻、等々数知れずの話題を提供し続けた男、ショーケン。
復帰後何年か経ち、映画の撮影所でショーケンに会った時、彼は梨本さんに手を差し伸べて握手をしてきたそうだ。芸能人とそれを追う芸能レポーターはイタチごっこを続けながらもいつしか奇妙な間柄になるみたいだネ。梨本さんは、それがたまらなく嬉しかったみたいだ。いや、ショーケンと云う存在が、皆をそんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。
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内田裕也はBOROを世に送り出したが、「大阪で生まれた女」と云う楽曲はBOROより3ヶ月前にショーケンの歌で発表された。東京で火が付き、西へ広がり、BOROの歌で不動の名曲になったのだ。裕也さんは、この大阪生まれのブルース、関西人しかつくれないストリートミュージックの起爆剤となるのはショーケンしかいないと云う事だった。

それでも、各界のお歴々はショーケンの復活をずっと願っていたのだ。
瀬戸内寂聴さんは、「もうだめよ、これ以上は。ショーケンの人間としての才能を信じてる」とエールを送った。『傷だらけの天使』の脚本を手がけた市川森一さんは「ショーケンと豊と3人で『傷天』再演のオチをつけないと、僕の人生は終われない」とまで云っているのだ。そして、大御所、ショーケンが敬慕する内田裕也さんは語った。「『大阪で生まれた女』をステージで唄うショーケンを眺めるオレ、そんな光景を夢見てるゼ」と。

自叙伝『ショーケン』によれば、「気がついたら、散々に生活が荒れていた。毎日、朝から大麻を吸い、アルコール依存症になって、何人もの女とつきあっている」ってな日々を送っていたらしい。83年にマリファナで捕まって、執行猶予付きの判決が下るまでの間に最愛の母親を亡くしたそうだ。この時、テンプターズ解散後の2度目の挫折感を味わったと云う。

その後のショーケンさんは地道に役者を続け、お遍路さんを始めたらしい。だが、好事魔が多しって事か、4年前降板した映画の出演料を巡って恐喝未遂で逮捕されたのだ。結局、有罪判決を受け3回目の地獄を見たと云う。
「人は3回地獄を見るといいますが、おれは自業自得です。これからが、やり直す最後の機会だと思ってる。35年前の『傷だらけの天使』を始めたころのまっさらな気分です」と語っていた。
そして、『大阪で生まれた女』と云う唄は、挫折を経た「今のほうがよくわかる」と云う。「『これで青春も終わりかなとつぶやいて』、このあたりの歌詞もいいね」と。で、最後に、「本当の友だちは、黙って、じっと、オレが立ち上がるのを待っててくれる。何もいえないのは本人以上につらいはずさ。ありがたい」と締めくくった。

カッコ良すぎるゼ、ショーケン。僕が朝事務所に向かう途中、時々ビシっとスーツに身を固めたショーケンさんに会う事がある。
勇気を出して、言葉を交わした僕に「今度、『傷だらけの天使』が新たな復活を遂げるから楽しみにしてくれよナ」と云って片手を天に挙げて去って行くショーケンさんの後ろ姿が、僕の最高の宝物だ。
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中学3年の時、札幌から東京に出掛け、キラー通りの2階に在ったメンズビギで真っ白なバギースーツにコカコーラ柄の開襟シャツを買った自分が懐かしい。少し前、矢作俊彦が書いた『傷天』は30年後の小暮修を描いていた。ショーケンに夢中になっていた僕ももう50歳になろうとしている。

冒頭に語った梨本勝さんしかり、みんなショーケンの持つオーラに惹かれているのだ。清志郎さんが亡くなってしまって、途方に暮れていた僕は必然的にショーケンがバリバリに元気なのだと云う事を思い出したのだ。

そんな他愛のない独り言であった。あぁ、酒が恋しい。
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by cafegent | 2009-05-14 18:58 | ひとりごと