東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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「今宵はいづこへ?」、ひとみ姐さんからの呑みの誘いだ。

夏になるとアーウィン・ショーの短編『夏服を来た女たち』を読み返したくなる。この小説を読みながらイメージするのは、決まってひとみ姐さんだった。
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プライドが高く、人前では常に凛としていたっけ。そんなところが、この小説に登場する夫婦のフランシス婦人と重なった。

それでも、ここ3年くらいは、肩の力を抜いたひとみさんと随分と一緒に呑み歩いたナ。息子の成人を無事に迎えた後は、本当に自分の為に生き、そのご褒美に酒を呑んだ。今から30年前、渋谷の珈琲屋『ZOO』でひとみ姐さんと出会った。あの頃から、彼女は凛として素敵で、僕らのアイドルだったっけ。

7月22日水曜日、国内では46年ぶりと云う皆既日食の日、東京の空は曇り空だった。

朝5時過ぎ、日赤医療センターからの電話で飛び起きて、直ちに病院に駆けつけた。怪我で入院中のひとみ姐さんの様態が悪化して来たとの知らせだった。一人息子の後見人って事もあり、オースティンと僕に真っ先に連絡が入ったのだった。

病室に着くと既にオースティンが居た。朝まで渋谷に居たらしく、直ぐに飛んで来れたらしい。ずっと、ひとみ姐さんの手を握りしめ、意識が戻る様にゲキを飛ばしてた。それから一時間半程が過ぎた頃、どんどんと脈拍も血圧も呼吸機能も低下してきた。それでも、僕らは必死にひとみさんの様態が戻るように必死で応援するしか出来なかった。僕らじゃ頑張れない、ひとみさんに頑張ってもらわないと。

時々、脈拍が戻るとホッとするのだが、また直ぐに低下し出した。
担当医が様子を見に来たのが、午前6時45分。オースティンの手を握ったまま、ひとみさんが永眠した。その時、僕らは誰も先生の言葉を信じられなかった。だって、まだひとみさんの胸のあたりが呼吸していたからだった。しかし、先生から「これは、人工呼吸器が動いているからだよ。」との声に、僕らは全員ひとみさんの死を受け止めなくちゃならなくなった。僕は直ぐに九州に戻ったひとみさんのご両親に電話をし、病院に着てもらうようにした。二日前に戻ったばかりだったのに、なんてこったい。

病気でずっと入院していたならば、有る程度の心構えが出来ていたのだが、前日までピンピンして一緒に元気に呑んで居たのだから、入院の知らせを聞いた時は驚いた。七夕の夜、仕事帰りにいつもの神保町の居酒屋『兵六』にて、ひとみ姐さんと待ち合わせをした。「今、渋谷を出たから待っててね。」のメイルに僕もただ「ほい。」と返す。兵六のカウンターでは、無双のお湯割りを呑みながら、週末に白金『クーリーズ・クリーク』にてライブが有るから、一緒に行こうよ、と誘われた。先日恵比寿の『NOS』でケンさんに来てねってお願いされたらしい。それから、この夏はどうしようか、なんて他愛の無い話を続けていた。
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『簑笠庵』の皆と高尾山のビアガーデンに行く話、ひとみ姐さんが持っているバーベキューセットで我が家でバーベキューをする話、今年は何処の花火大会に行こうか、なんて話。そう、蒲田の鳥の素揚げの店『なか川』が七月末で閉店するってハナシを矢野兄に聞いたので、急いで行かなくちゃネ、なんて話で盛り上がったナ。

『兵六』を出て、近くの『銀漢亭』へと移動。酒朋フルちゃんと一緒にシークァーサーサワーで乾杯だ。映画の話になって、テリー・ギリアム監督の名前が出て来ずに、三人して必死になって考えたっけ。
暫くして、荒木さん、キクさんも合流し銀漢亭の入口付近は随分と賑わった。この酒が、ひとみ姐さんと呑む最後の酒になっちまったナぁ。

翌朝、渋谷警察から連絡を貰った時は信じられなかった。自宅マンションの階段から転んで、頭を強く打ったとの事だった。病院に駆けつけた時はまだ手術中で、午後になって頭に白い包帯を巻いて眠っているひとみさんの顔を見る事が出来た。

それから、2週間昏睡状態が続き、ひとみさんは目を覚まさなかった。
19日から面会が出来るようになり、姐さんの友人たちがお見舞いに訪れてくれた。皆が「ひとみちゃん!早く起きてッ!」って声を掛けると、彼女も「うん、判ってるヨ」って躯を動かしている様子に思えたナ。
きっと、僕らの声は判ってくれてたと信じてる。20日は午後7時になっても空が明るかった。
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東京は晴れたり、雨が降ったりと変な天気だったのだが、30年以上もの仲の友人富塚君が見舞いに来てくれた時、病室の窓の向こうには大きな虹がかかっていた。
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それでも、22日の早朝ひとみさんは亡くなってしまった。顔の腫れも引いて、とっても可愛いいつものひとみさんの顔に戻ってた。こっちは悲しんでばかり居られない。葬儀の手配や火葬場の手配などしなくちゃならない。24日は友引だったので、火葬場が休みなのだ。代々幡斎場はいっぱいだった。桐谷斎場は23日は大丈夫だが、土日はいっぱい。
困ったゾ、このクソ暑い夏にそんなに長く安置出来ないし。

そう云えば、元気な時からひとみ姐さんは言ってたっけ。「もし、万が一の事があったら、あたしは葬式とか一切したくないし、あんたヨロシク頼むわヨ。あと、息子のオースティンの事もお願いネ。」、これが、ひとみさんの願いだった。2年前の9月、ひとみ姐さんの誕生日に皆で食事をした。その時だったかナ、「息子と一緒の写真が無いから、一枚撮っておいてネ」と云うので、二人並んで写したナ。
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これは、確か恵比寿の『ポブイユ』だったかナ。
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背中姿も親子だネ。そっくりだ。

七夕の夜に事故って、皆既日食の朝に昇天するなんて、ホントひとみ姐さんらしいや。斎場の手配で電話を掛けに外に出た。隣でオースティンと『Wokini』のコースケが煙草を吸っていた。曇り空を見上げると、日食が見えた。
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アンパンを一口かじったように太陽が欠けている。晴天だったら、肉眼で見えなかったろうに、三人してハッキリと日食を観ることが出来た。ひとみさんが僕らに残した土産だったんだろうか。

午前中にご両親も病院に到着し、ひとみさんも一安心した事だろう。昼過ぎには円山町の自宅に戻ってきた。真っ白な髪はすっかり短く刈ってしまったが、短髪も可愛かったヨ。自分のベッドに戻り、優しい寝顔になっていた。ベッドの横には壁一面帽子ケースが山積みされていた。
流石、おしゃれな姐さんだっただけに、帽子いっぱいに囲まれて眠ってるのだ。
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これは、まだオリヴィエが東京に居た頃だネ。

この日は、本当に沢山の方々がひとみさんに逢いに来てくれた。皆が顔にキスをして、抱きしめてた。おしゃれとお酒が好きだったひとみさんには、酒で送りださなくちゃ。次から次と酒が無くなった。何度カクヤスに酒を頼んだだろう。

久しくお会いしていなかった友人たちも、電話をしたらスグに駆けつけてくれた。
彼女は本当に人気者だった。どの酒場に行ってもひとみファンクラブが出来ていたしなぁ。
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まだ、祐天寺の『ばん』には報告してない。正確に云えば、辛くて報告に行けないのだ。立石『宇ち多”』と『ゆう』へ。
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宇ち多”の「シロ素焼きお酢掛けて」、これは姐さんの好物だった。
神保町『兵六』、渋谷『Non』、武蔵小山の『牛太郎』には翌日無事に火葬を終え、ひとみ姐さんの骨を拾ったので、報告しに行って来た。
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この兵六の餃子と牛太郎のキュウリも好きだったナ。
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『富士屋本店』には、確か姐さんのボトルが残っていた筈だが、6日に全部呑んじゃったかナ。
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最近は、四つ木『長楽ベーカリー』でパンを買って、此処『丸好酒場』に来るのが大好きだったナ。そして、その後に行く店々にパンのお裾分けをして歩くのが、ひとみ姐さんのスタイルだったっけ。

僕がヘタっちゃどうしようもないので、ひとみさんが亡くなってからは気丈に振る舞うしか無かった。オースティンが何も考えなくて済むようにしなくちゃ駄目だったからネ。『ゆう』のママに話をしたら、ワァって泣きだすし、此処もひとみさんのファンが多く集まる店だった。

立石から電車に乗り、神保町に向かう途中、それまで何でも無かったのに、無性に泪がこぼれ出してきた。大の男が、赤い顔して泣いているなんて、花粉症は参ったナ、なんて顔しながらごまかすのだが、それでも泪が止まらない。もう仕様が無いから、開き直って思い切り泣いてやった。

あれから、3、4日経つがまだ実感が湧かないや。昨日は午後4時野方の『秋元屋』へと向かった。なんだか、此処数日ひとみさんと酒場巡礼をしているみたいだ。カウンター13番席が定席だったひとみ姐さん。
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此処で、ハイボール呑んで、バイスサワーに移るのが常だった。今日もまた、「今宵はいづこへ?」なんてメイルが来そうな気がするナ。
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僕の中で、ひとみさんは生き続けるだろう。だから、彼女の分まで呑んだくれになっちまうネ。

しかし、この日記にひとみ姐さんの呑み姿が出て来なくなっちまうのは寂しいなぁ。よく、下町の酒場で、「ひとみ姐さんですよネェ」なんて声掛けられていたっけ。

夏になると、街に夏服を着た女性が現れる。ノースリーブのワンピースに帽子なんか被っていると、ついコロリとなってしまう。
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渋谷の街辺りを歩きながら、帽子姿で夏服を来た小柄な女性を見かけたら、「ひとみ姐さん」って声を掛けてしまいそうだナ。
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さよなら、なんて言わないヨ。
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Commented at 2009-07-29 05:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 荒木マタェモン at 2009-07-29 14:24 x
献杯
合掌
Commented by たま at 2009-07-30 12:42 x
はじめまして。下町酒場大好きで、こちらのblogをよく参考にさせていただいています。
いつものお仲間との和やかな写真を眺めるのも好きです。
特に、ひとみさんの美しいお姿にいつも惚れ惚れしていました。
昨日あまりに時間がなくて、ゆっくり読めなかったのですが、
トップのひとみさんのお写真が美しくて、今日急いで読みに来て。。。
ショックです。ひとみさんのように、美しく年齢を重ねたいと、あこがれていました。不思議ですね、お会いしたこともお話したこともないのに。
心よりご冥福をお祈りします。
Commented at 2009-07-30 12:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by たまお at 2009-08-03 08:38 x
いつも楽しく拝見しています。
一度もお会いした事がないにも拘わらず、勝手に呑み仲間のような感覚を持ってしまっている自分がいて、勝手に悲しんでます。
合掌  
Commented by 山本 at 2009-08-07 11:19 x
初めまして。
いつも楽しく拝見しております。
ディスプレイの中で楽しく飲んでおられたひとみ姐さんが・・・。
ショックです。
僕はあまり飲みには行けませんが、
いつかどこかでお目にかかれるかもしれないなぁ、なんて想いながら拝見しておりました。
ご冥福をお祈りいたします。
Commented at 2009-08-19 11:40 x
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Commented at 2009-09-02 22:57 x
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Commented at 2009-09-10 21:40 x
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by cafegent | 2009-07-27 14:12 | ひとりごと | Comments(9)