東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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都内二カ所の展覧会で、吉田博の「新版画」に浸る。

昨日、お茶の水駅で眺めた夕景が素敵だった。
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少し歩く度に空の色が変わって行く。
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日暮れが随分と早くなってきたが、夕方の空が美しい時季だネ。

今、三鷹市美術ギャラリーで開かれている「THE YOSHIDA FAMILY展 世界をめぐる吉田家4代の画家たち」が面白い。
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華麗なる鳩山一族は四代続く政治一家だが、近代画の巨匠・吉田博の一族は「四代、七人の画家」と云う美術家系である。初代の吉田嘉三郎に画才を見いだされ養子となった博が明治から昭和にかけて活躍し、美術家一族の礎を築いた。
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まだ、海外渡航が珍しかった明治時代に吉田博は妻のふじをと共にアメリカ、ヨーロッパ、アジア諸国を廻り世界中を旅して作品を描いた。吉田ふじをもまた画家として才能を発揮し、ベニスやパリ、エジプトなどの風景画を残している。

二人の息子、遠志(とし)と次男の穂高(ほだか)は、父博の影響で共に版画家となり活躍した。二人とも’95年に他界してしまったが、次男の奥さんの千鶴子さんと長女の亜世美さんが三鷹市内に住んでおり、版画や造形の分野で活動を続けている。千鶴子さんは現在85歳だそうだが、元気に創作活動をしているなんて凄いネ。

吉田遠志の版画は、'80年代に一度展覧会を観た事があるが、アフリカの野生動物をテーマにした絵本シリーズの方がとても印象に残っている。本展覧会にも野生動物の絵画や版画が展示されており、とても懐かしく拝見した。

吉田穂高と千鶴子夫妻の版画は、時代と共に進化していくのが伺えて、とても面白かった。特に晩年90年代の「壁」のシリーズを観ることが出来たのは、とても嬉しかったナ。デカイ作品だから、余り観る機会がなかったからネ。
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山を愛した吉田博の「日本アルプス」シリーズは、素晴らしい。あぁ、全部集めたいなぁ。

それにしても、吉田一族の作品を通して、明治から現代に至る家族の歴史に触れられたのがとても興味深かった。こんな切り口で展覧会を企画したキュレーターに拍手を贈りたい。

さて、吉田博は浮世絵の伝統を受け継ぐ木版画の分野で世界的に名が知られている。浮世絵は、本来画商のリクエストの元で庶民に売れる絵を描き、それを彫り師が版木に彫り、摺り師が和紙に色を刷り込み完成する分業制の仕事だ。

江戸から明治に流行った浮世絵が衰退した後、橋口五葉や川瀬巴水らの木版画作家が浮世絵と同じ技法の伝統木版画の復興を目指し、作品を発表した。それが、「新版画」と呼ばれる木版画だ。

新版画に興味を抱いた洋画家・吉田博は、当然の如く最初は浮世絵画商の渡邊庄三郎の元で版画作品を作ることになる。そして、大正10年「牧場の午後」と云う素晴らしい版画作品を発表した。欧米で、この「新版画」が人気を博し、高値で取引されると、吉田博も増々新版画制作に力が入った。そして、画商優位ではなく、自分の納得の行く作品を創りたいとの志から、自らの工房「吉田スタジオ」を立ち上げ、自分自身で彫りと摺りを監修するようになったのだ。

結局、渡邊の元での作品作りは4年程で終わり、大正14年頃からは自社での制作になる。そして、息子の吉田遠志も優れた版画作品を此処から数多く発表した。

丁度、江戸東京博物館で開催中の「よみがえる浮世絵 ーうるわしき大正新版画展」でも、吉田博らの新版画を沢山観ることが出来る。
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この川瀬巴水の版画「清洲橋」に衝撃を受け、新版画コレクターとなったロバート・ムラーのコレクションを中心とした大展覧会だ。

「絵師・彫り師・摺り師」の分業で成り立つ浮世絵木版画制作を貫いた川瀬巴水や伊東深水、小早川清らは、最後まで「自らが浮世絵師」である、と断言していた。

それに対し、橋口五葉や吉田博は渡邊庄三郎の元を離れ、「自画・自刻・自摺」と云う創作版画家としての道へ進路を変え、版画職人では無くアーティストとしての版画製作に取り組んだ。
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江戸東京博物館の企画展は、膨大な版画コレクションを保有しているだけあって、可成り見応えの有る展覧会だった。

棟方志功や池田満寿夫が世界で賞を受け、浜口陽三のカラー・メゾチントが創作版画の新しい時代を築き現代まで続いているが、正直言って今の時代に版画は余り売れていないだろうネ。特に日本人は一点モノの絵画やエディションナンバーが入った限定作品にしか興味を抱かないので難しい。

僕は版画と共に写真作品も大好きだが、矢張り日本では写真作品は売れない。アラーキーの写真だってドイツやアメリカのギャラリストたちが日本に来て大量に買って帰ると云うのに日本では複製芸術は余り理解されないのだナ。
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これは、川瀬巴水の傑作「田子の浦の夕」だ。昭和15年に創られた版画だが、70年近く経っていると云うのに色褪せず美し富士山の夕景だ。
手前の松と土手を行く荷馬車夫、富士の構図が素晴らしい。これも後摺りは、銀座の『渡邊木版美術舗』で手に入る。版木は昭和15年に彫られたモノなので、どちらもオリジナルである。部屋に飾る様な美しい発色を求めるならば、後摺りがオススメだ。僕は歴史のロマンに魅せられて初刷りを探しているだけだから。

二つの展覧会を通して、浮世絵に始まった日本の版画史の流れを検証することが出来てとても興奮した。

三鷹市美術ギャラリーは、今月12日まで開催中。江戸東京博物館は、11月8日まで開催しているので、是非観て欲しいものだナ。

以前、浮世絵版画のコレクターの方に伺ったのだが、元々浮世絵は大衆向けに本屋で売られた役者のプロマイドとか名所名跡の風景画だったので、見たい時に手に取って眺めるモノだったそうだ。

老舗版画店の『芸艸堂(うんそうどう)』でも、〈浮世絵木版画の技法にある雲母(キラ)刷りなどは、版画を斜めにしないと光り具合などが判らないから、額装したガラスの上からだとちゃんと観ることが出来ない。矢張り観たい時に出して、手に取って眺めるのが本当は良い〉と言っていた。

吉田博の版画作品を二カ所で観ることが出来たので、額に入れずに保管してある吉田博の版画を出して眺めてみた。でも、展覧会場で額装した版画を観ていたら、僕も壁に掛けて飾りたくなってきた。
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この二枚は、昭和2年作の「亀井戸」と3年の「堀切のしょうぶ」だから、僕の母が生まれた頃だ。吉田工房で刷られたもので、旧蔵者が保有していたモノを手に入れた。全部で12箇所の東京の風景を描いた「東京十二題」のシリーズで、いつか全種類揃えてみたいと思っている。

こちらは、「よみがえる浮世絵」展にも出ていた笠松紫浪の「東京タワー」の木版画だ。
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昭和34年に創られた版画の後摺りだ。初摺りも『芸艸堂』が手掛けており、今もその版木で刷られている。当時最新のランドマークとなった東京タワーだが、今観てもなんだかワクワクするのだナ。

江戸東京博物館の展覧会は、10月14日から展示作品が一部入れ替わるとの事なので、もう一度行かなくちゃ、だ。

三鷹駅では、我らがFC東京決勝進出の応援幕が掛かっていた。
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嬉しいねぇ、皆の応援に応えて、是非とも優勝を飾ってもらいたい。

中野で途中下車をして、『立ち飲み 魚屋よ蔵』へ立ち寄った。
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此処は酒仲間のクマちゃん行きつけの店だが、ちょい呑みに打ってつけの酒場なのだ。
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塩らっきょうをアテに酎ハイを二杯やっつけた。さぁ、これで夜に馬力がつくのだネ。

「三鷹市美術ギャラリー」のサイト
「江戸東京博物館」のサイト
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by cafegent | 2009-10-02 15:35 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)