東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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スカイツリーに胸躍り、末広町『花ぶさ』にほっこり。

七十二候では、今日まで「蟋蟀在戸」、キリギリス(しつしゅつ)が戸の辺りで鳴く時季。
明日からの五日間は「霜降」、霜始めて降る時季となる。もう、田畑に霜が降り始める時季って訳だナ。

我が家の朝顔も終わり、冬に向けたハツユキカズラが咲いた。
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暦の上では、来週で秋も終わりとなり、立冬となる。でも、まだ冬のコートなど必要もない程の気候だネ。僕もまだ日中は、Tシャツで過ごしている。

毎週京成線に乗り八広や立石界隈で呑んでいるが、渋谷・青山・銀座と云った仕事関係の連中と呑む時と話す会話の内容がまるっきり違うのが愉しい。そして、最近もっぱら話題になっているのが墨田区押上で現在着工中の新東京タワー、「東京スカイツリー」のハナシだ。

「浅草から東武伊勢崎線に乗った方が建設の進行具合が良く見えるヨ」とか「現在、1740メートルになった」などなど、皆楽しそうに話してくれる。
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土曜日の朝『宇ち多”』の暖簾が出るのを待つ間には、今週の進行具合を携帯で撮影した画像を見せてくれたりするし、映画「オールウェイズ 三丁目の夕日」で飯倉の東京タワーが出来上がっていく光景に胸躍っている姿と重なって見えてくる。

先日、発表されたニュースによると、中国広州で建設中のタワーが610メートルと同じ高さだったので、完成時に「世界一」をうたうために24メートル伸ばすと決めたらしい。凄いなぁ、333メートルの現東京タワーよりも300メートルも高くなるのだネ。
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更に面白い話を聞いた。何故24メートル伸ばしたか?、でアル。
この中途半端な数字、不思議でしょ。普通だったら635mとか650mにすると思うのだが、今回は「シャレ」なのだナ。東京・埼玉・神奈川の一部を含む大きな地域をその昔、旧国名で「武蔵」と呼んだ。

世界一のタワーが建った暁には、いにしえの国「武蔵」を一望出来ることから、武蔵(ムサシ)、そう「634」になったのだ。ベタだが、なんとも粋な事をするもんだ。それに何てったって覚え易いよネ。

皆、2012年の開業には真っ先に上に登ると云っているし、それまでは、天に伸びて行く姿を何処から眺めるのが一番かを探すのが愉しみだ、なんて語っている。

古い映画のハナシになるが、橋幸夫が主演した「いつでも夢を」の中に「お化け煙突」と云うモノが登場した。見る方角によって、三本に見えたり四本に見える工場の煙突だ。主題歌も大ヒットしたが、当時白金三光町に住んで居た僕には、「お化け煙突」への興味が頭から離れなかった。
同じ年に山田洋次監督が「下町の太陽」と云う映画を創ったが、舞台は同じ荒川沿いの工場地帯だ。僕は当時3歳だったので、可成り後になってこの時代の映画を観漁った。白金恵比寿界隈とまるで違う街の雰囲気に東京は広いのだナ、と思ったものだ。

映画の舞台となった千住は、隅田川をはさんだタワーの向こう側で、いわゆる「東京の下町」だネ。小学生の頃は、其処まで出掛ける事が、大冒険だった様な気がする。それが今じゃ週に2、3回は酒を呑みに出掛けているのだから面白いナ。

そして必ずや東京スカイツリーは、この街に生きる皆の「下町の太陽」となってくれる事だろうネ。

       暮れの秋スカイツリーに霞む月
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スカイツリーもこの笠松紫浪の版画の様に誰か描いてくれるとイイナ。
        ◇        ◇        ◇
今週は、末広町に在る割烹『花ぶさ』にお邪魔した。
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前回伺った際には、大女将の佐藤雅江さんがいらしたので、千代田膳を肴に酒を呑みながら、長々と話をしてしまった。神田・万世橋近くでトンカツ屋を営んで居た頃の話や、旦那さんと住んで居た今の場所にこの店を開業した話などなど、でアル。外神田は、当時は千代田区五軒町と呼ばれていた。昔は黒門町とか連雀町なんて、粋な町名が多かったネ。

此処は作家の池波正太郎がこよなく愛した店であり、著書「散歩のとき何か食べたくなって」を読んで、いつか歳をとり分相応になったら、その本に出て来た店に行ってみようと思ったりした。中には、渋谷の『ムルギー』や浅草『ヨシカミ』、神田『まつや』など随分と昔から通っている店も登場していたのだが、若者には敷居の高い、いや高そうな店は遠慮していた。

そんな僕ももうあと数ヶ月で半世紀を生きた事になる。昔は人生五十年と云ったが、今じゃ医学も進歩したし生活環境も変わって来たので、まだまだ元気だ。
だから、その元気なうちは大いに遊び、大いに勉強して過ごしたい。
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先ずは瓶ビールを貰って、茹でたての枝豆をつまむ。
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湯から上げたばかりで緑が鮮やかだネ。
かつて、池田弥三郎が「枝豆は、空豆をおしのけて主役に躍り出たから嫌いだ」なんて随筆を残していたが、それでも矢張りビールには枝豆でアル。ぐふふ。

ビールを飲みながら、扇形の品書きを吟味し、何を戴くか考える。
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このひとときが一番素敵な時間かもしれない。板長に今日の魚を聞き、旬の素材を取り混ぜながら決めていくのだ。

突き出しのいくらも酒に合う。この晩は、色々と季節の料理が食べたかったので、アラカルトにした。良いカワハギが入ってると云うので、お造りにして戴き肝醤油で戴いた。
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おぉ、これにゃあ日本酒しかないだろう、と熱燗をお願いした。刺身は山葵で食べ、湯引きした薄皮はおろし生姜がマッチした。醤油に溶いた肝も旨い酒のアテになる。これだけでチビチビと酒が呑めるのだナ。

続いて、たこのやわらか煮だ。
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丁度良い塩梅の味加減で柔らかく煮込まれた蛸は、口に入れた途端にとろけてしまったヨ。

そして、花ぶさ名物「生芝海老の揚げしんじょ」だ。
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これは、とてもシンプルに見える料理だが、仕込みから眺めたら驚くことだろう。実に手間を惜しまず一尾一尾の芝海老を包丁で叩いていくのだ。
芝海老の良い香りが香ばしく揚げられて、これまた燗酒に合うのだナ。

ちょいと酒を呑むてを休めて、躯に優しい「治部煮」を戴いた。
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治部煮は金沢の郷土料理だね。麩や湯葉、鴨肉を煮立てたものだが、鴨に小麦粉をまぶしてとろみをつけた少し甘い汁仕立ての料理だ。

板場に立つのは、雅江さんのお孫さんで三代目にあたる。寡黙な方だが、治部煮の名前の由来だとか、所々で丁寧にいろんな話をしてくれるので、僕はいつも板長の前の席に座るのだ。

治部煮のお椀は木をくり抜いて仕上げたものだそうだ。
美しいなぁと眺めながら蓋をかえすと綺麗な漆黒に黄金色の鮎が三匹泳いでいたのだ。
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思わず板長の顔を見ると満面の笑みを返してくれた。これが、「もてなし」だネ。

「鯛のあら焚き」をお願いすると、大きな鯛を一匹出して来た。刺身で残ったアラを使うのかと思いきや、この為に一匹を捌いてくれた。
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頭を落とし、身を三枚に卸す。眺めていて、実に素晴らしい光景だ。捌いたばかりの鯛のおカシラを鍋でじっくりと焚いていく。

後ろのサラマンダーで何か焼き始めたので、二階のお座敷用の料理かナ、なんて思っていたら違ったのだ。
板長がこちらに廻って出て来てくれた。そして、鯛が焚き上がるまで酒の肴にと先程の鯛を三枚卸しにした骨の廻りのところを塩焼きにしてくれたのだった。
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これで作る潮汁も美味いが、これまた香ばしくて酒がススむ一皿となったのだ。

さぁ、お待ちかね「鯛のあら焚き」が登場だ。
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どうですか、見事でしょ。これには、キリリと冷えた加賀鳶を合わせることにした。
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むふふ。煮だれの絡まった鯛の身に辛口が絶妙にマッチした。
あぁ、こんな素晴らしい店を知っていると云うだけで、僕は幸せ者だ。

お腹も一杯になり、至福の時を過ごせたナ。店を出ると、板長さんが見送りに出て来てくれた。通りの角を曲がって見えなくなるまで、ずっと見送ってくれるのだ。外の風は冷たいと云うのに、いつまでもホッコリとした気分で居られるのは、板長さんの優しい心配りが有るからなのだネ。

時計を見れば、まだ九時でアル。
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いつもの神保町『兵六』へと急いだのであった。
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by cafegent | 2009-10-23 15:09 | 食べる | Trackback | Comments(0)