東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是雑文雑記 酒場で人生の先達と呑む。

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今朝の東京は窓から降り注ぐ陽射しが眩しかった。カーテンを開けるとガラスを突き抜けて太陽の放射熱が部屋を包む。こんな朝は珈琲を煎れる時間も服を選んでいる時間も心弾むのだナ。それでも、外の空気は冷たい。植木に水を撒く間に躯が冷えてしまったヨ。
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ライターの森一起さんのWEBコラム「今日のアテ」、今回は満を持しての『兵六』でしたナ。いやぁ、いつもながらイッキさんの名文に勉強させられるなぁ。
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『兵六』には矍鑠(かくしゃく)とした爺さんたちが多い。口開け過ぎに暖簾を潜ると僕より二廻りも三廻りも年配の古参客たちがマイペースで酒を呑んでいる。時々、厨房に顔を出す初代店主夫人も今年で99歳なのだが、電車に乗って神保町までやって来るのだ。99歳と云えば、聖路加国際病院の理事長で今も現役で患者さんを診ている日野原重明先生と同い年だネ。

我が叔母も1月に73歳になった。時々、素っ頓狂な事を云うが、ジーンズ履いて何処へでも元気に出掛けて行く。最近は時々一人で雷門『簑笠庵』で呑んでる事もあるらしい。適量の酒は百薬の長と云うし、脳梗塞で入院した時は心配したが、すっかり元気を取り戻した様子だ。

毎週土曜の朝、立石『宇ち多゛』で呑む常連たちも殆どが60代、70代でアル。当然、80代の方も多い。三代に渡って呑みに来ている人も見かけるのだ。

病気や事故で若くして命を落とした友もいるが、医学の進歩と生活環境の変化で明らかに人間の寿命は長くなっている、とボクは思っている。

昨年、「プチファーブル」と呼ばれた熊田千佳慕画伯は最後まで絵筆を取っていたが、松屋銀座での展覧会の会期中にお亡くなりになった。
享年99歳だったが、素晴らしい人生を過ごしただろう。

イッキさんのコラムにとても素敵な一文を見つけた。

“酒場は身銭を切って学ぶ場、男たちの学校だ。円周率も九九も、女たちの捌き方も習えないが、真っ当な人生で必要なものの殆どすべては、酒場の喧噪の中に、無造作に放り出されている。”

『兵六』に腰を下ろせば、人生の先達に学ぶ事が多い。そして、ボクもあんな素敵なクソ爺ぃになりたいものだ。
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そう云えば、先日も渋谷ののんべい横丁で懐かしい方と邂逅した。まだ社会に出たての駆け出しだった頃、ボクの知らない世界を沢山教えてくれた先輩だ。建築や現代アートのこと、酒のこと、そしてオンナのこと等々数えきれないくらいのことを教わった。いや、教わると云うより、一緒に呑みながら聞きかじったのだ。

これだから、日々の酒場通いはやめられないのだナ。
「今日のアテ」
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Commented by ティコティコ at 2010-02-06 13:34 x
『兵六』は懐かしいです、初代が木造の家でやっている頃、アテネフランセの帰りによく行きました・・・

土間で夕暮れまだ電気をつけてないころ、店内は少し薄暗く客は誰も居ずゆったりとした空間でした、

三省堂の奥が喫茶食堂になっていて裏口を出ると真ん前に『兵六』がありました、小皿に端汚しが3品でてそれで焼酎を二杯ほど飲んで近くのランチョンへいくか本を抱えてラドリヲに行きビールを飲みながら読書をするのが習慣でした。

今でもよく見せの前を通りますがたまに中を覗くくらいでここ10年ほどは入っていません、又40年ぶりにアテネフランセに通うので帰りによるのが楽しみです~♪
Commented by cafegent at 2010-02-08 12:08
古書店巡りの後に酒場で手に入れたばかりの本をめくるのは、とても素敵な時間ですよネ。

坂崎重盛氏云う処の神保町「さラミ三兵」通り界隈で是非お会いしたいものです。
by cafegent | 2010-02-05 12:17 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)