東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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明日で人生半世紀。ずっと自由人で居られるのかナ。

今日も雪が降りそうな天気だネ。

朝の目黒不動尊では野鳥の啼く声が空高く響き渡ってた。
ヒヨドリのキーキー啼く声に交じって、四十雀(シジュウカラ)の声も聞こえたので、木の上を目で追って行くと高い所に発見した。
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足元では雀に交じってメジロが餌を探して居たヨ。
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この辺りは、他にアカゲラやハクセキレイなどもやって来るのだ。
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もう少しすれば、ウグイスやツグミも現れるかナ。
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こう寒いと燗酒が恋しくなる。先日も小雪が舞う中、『宇ち多゛』の後に『えびすや食堂』で雪見酒よろしく「ひれ酒」を戴いた。

四角い箱のマッチを擦って酒に火を灯し、更に薫りを出すのだ。
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鰭(ヒレ)は安酒を一段と美味くさせるから不思議だよナ。

     熱燗やはやくも酔ひしあとねだり    久保田万太郎
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店を出たら、もう雪はあがっていた。
       ◇         ◇         ◇
さて、『東京自由人日記』を書こうとした時に、真っ先に頭に浮かんだのは作家の坂口安吾だった。

僕の中でずっと「自由人」と云えば、坂口安吾だった。そして、彼が没した2月17日は、僕の誕生日でもある。まぁ、正確に云えば、坂口安吾が亡くなったのは昭和30年の2月17日であり、その丁度5年後に僕が産まれたって訳だ。

別に坂口安吾と何の関係も無いが、それでも何故かずっと彼に惹かれて来た。沢山の恋をし、大岡昇平、中原中也、小林秀雄、青山二郎、そして檀一雄らと酒を酌み交わし、明治後期から昭和の時代を疾走してきた作家だ。酒とクスリにどっぷりと浸かりながらも、日本文化や文学、政治をバッサリと斬ってきた。

「無頼派」と呼ばれた坂口安吾のコトバに、”人間は生きることが全部である、いつでも出来ることなんか、やるもんじゃないよ。”とある。

同時代を生き、共に「デカダンス派」「無頼派」と呼ばれた太宰治とは似て非なるタイプの作家だ。坂口安吾の破天荒な人生を辿ろうなんて思わないが、世間に対峙し、自由に何でも云える自分で在りたいものだ。

そう云えば、小沢一郎が中国の習副主席と天皇陛下の会見を強行的に実現させた時、坂口安吾の『堕落論』を思い出したナ。

「天皇制は天皇によって生み出されたものではない。,,,結局常に政治的理由によってその存立を認められてきた。社会的に忘れた時にすら政治的に担ぎだされてくるのである」と書いていた。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見せよ、と説いた。

『堕落論』を読んだ時、初めて「権謀術数(けんぼうじゅっすう)」と云うコトバを知った。人をダマすためのはかりごとを意味する。権力、謀略、技術、算術を駆使して人を欺くって事だネ。

ここでも安吾は「権謀術数」には踊らされないと云う姿勢が伺える。
今も大半の日本の政治家は、権謀術数を巡らせている。政権交代から数ヶ月が経ったが、ボクの中では今や前原誠司大臣しか真っ向から国民に対して正直に語れる政治家は居ないように思えて来たナ。
ところで前原さんって1962年生まれで、今年48歳なのネ。

坂口安吾は享年48歳でこの世を去ったが、僕は明日50歳を迎えるのだ。この先の人生はどんな方々と出逢い、どんな事が起こるのだろう。
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久しぶりに安吾夫人、坂口三千代の『クラクラ日記』を読もうかナ。
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by cafegent | 2010-02-16 15:43 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)