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by cafegent

雑文雑多日記/四万六千日、お暑い盛りでぇございます!

7月9日、10日の二日間は浅草『浅草寺』のほおずき市が催された。
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入谷の朝顔まつりと共に東京の夏を彩る風物詩だネ。

毎年この季節になると聴きたくなる古典落語が有る。黒門町の文楽師匠がオハコにしていた『船徳』だ。
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「四万六千日、お暑い盛りでぇございます」、これを聴かなくちゃ僕の夏は来ない。
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浅草ほおづき市の日は「四万六千日」と呼ばれている。この日に浅草の観音様にお詣りすれば、四万六千日お祈りしたのと同じだけの功徳が得られると云われている日なのだ。

江戸の庶民たちは、暑い中浅草観音でお詣りし、ほおづきを買って帰るのが夏の風物になっている。この日をネタにしているのが、落語の「船徳」なのだナ。

式亭三馬が書いた『浮世床』の中に「宵越の銭を持った事がなし」と出てくるが、昔から「江戸っ子は宵越しの銭を持たない」のだナ。
古典落語にも度々出てくる「金も出世も別に要らねェ!」と云う江戸っ子の美学だ。

このテーマを深く掘り下げ、江戸庶民から小さな幸せを学べる一冊が小学館101新書から出た『江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか?』だ。
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江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか? 落語でひもとくニッポンのしきたり (小学館101新書 84)
著者は江戸文化の研究者で法政大学の教授でもある田中優子女史だ。

『落語 昭和の名人 決定版』に好評連載していた内容に大幅加筆した本書は、古典落語32席を取り上げて、江戸の庶民の暮らしぶりを紐解いた落語論になっている。古典落語も判るので、是非一冊。
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金曜日はまたゲリラ豪雨に見舞われ、ほうずき市に出ていた屋台も商売あがったりだったネ。
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でも、大雨のお陰で浅草寺の雷除けのお守りは飛ぶ様に売れていた。
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知らなかったが仲見世は雨除けの屋根が付いていたのだネ。

途中、かぶく者の様な派手な浴衣に番傘を手にした粋な二人連れを見かけた。
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その厳つい顔は、ハードボイルド作家として人気の某先生だったナ。

「四万六千日」のお詣りも無事に済ませ、ほうずきを持って雷門の居酒屋『簑笠庵』(さりゅうあん)の暖簾を潜った。
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雨で暇かと思いきや、立石『宇ち多゛』の呑み仲間岩崎さんが既に一杯やっている。雨はどんどん土砂降りになってきて、当分外に出られそうにない。

そんな処へ南千住の植木屋クロちゃんが、得意先のお寺から蓮の葉を一枚持ってやってきた。
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この大きな葉で酒を呑むのだナ。江戸の庶民達は不忍池の蓮の花を眺めながら、蓮の葉に酒を注ぎ、茎から廻し呑みをして遊んだそうだ。粋な酒宴の余興だネ。

その姿が象の鼻に似ている事から「象鼻酒」(ぞうびしゅ)と呼んだらしい。
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岩崎さん、ホント象の鼻をくわえているみたい。

次の人に廻し呑みする時に、花鋏で茎を少し切るのだ。でも、好きなコや贔屓の芸妓の次に呑む場合は切らずに呑むのだナ。
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細い茎の中を酒が通るのだが、蓮の香りが鼻先をかすめ、なんとも酒が美味しく感じられるのだ。
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流石、植木職人のクロちゃんは「象鼻酒」の呑み方も堂に入ってたナ。

お猪口一杯程度を注ぐのが丁度良いのだが、京子さん蓮の葉一杯に注ぐのだと勘違いして一気に酒を注いでしまった。
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岩崎さん、それを全部呑んでしまったから大変。ヘベのレケ状態になってしまったのだネ。トホホ。
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美味しい象鼻酒に金華さば、ご馳走さまでした。
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雨も上がったし、酒場を移すとしよう。
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by cafegent | 2010-07-12 15:19 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)