東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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門前仲町の天ぷら屋で、白昼夢に誘われた。

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    葉の裏で揺れる空蝉無を悟り

日本人は蝉の抜け殻を「空蝉」(うつせみ)と呼び、その生涯を儚(はかな)んだ。

今年の夏はまだ旅行に出掛けていないので、ヒグラシの鳴くカナカナカナと云う音色を聴いていない。

殺伐とした都会に響くミンミンゼミ、アブラゼミやツクツクボウシ、クマゼミなどの喧(かまびす)しい鳴き声は照り返す灼熱の太陽を煽る様で、その音色で躯が溶けて行きそうになる。
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それでも、ふと見上げた木々の葉の裏に付いている蝉の抜け殻を見つけると、輪廻転生の人間の一生を瞬時に垣間みる様な気分になるのだナ。

明日は月遅れのお盆、迎え火だ。ご先祖さまを早く迎えられる様にキュウリの馬を飾り、盂蘭盆会を過ぎた送り火には茄子で作った牛でゆっくりと蓮の華咲く三途の川を渡ってもらうのだナ。

眼下の目黒川に初秋の風が吹き、川面をちりめん織物の様に揺らしていた。空蝉に亡き友や先祖の精霊が重なって見えたのであった。
        ◇       ◇       ◇
今日から盆休みを取った。
何処かに行く予定もなく、今朝は都営線に乗って立石へと向かった。

今日は平日だが、『宇ち多゛』は土曜営業と同じ口開けだった。
日々通う常連たちは、十時前から三々五々集まって来た。
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正直、最近は店で酒を呑む時間も至福の時だが、口開け前に外で皆と他愛の無い世間話に花を咲かせる時間も大好きになっている。
それでも、しっかりホネはゲットしたけどネ。むふふ。
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そんな訳で、今朝も十数人の酒朋たちと宇ち多゛の口開けを愉しんだ。

二軒目は四つ木方面に移動し、『倉井ストアー』だ。
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手作りハンバーグやメンチをアテに缶チューハイが次々空いて行く。
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土曜日と錯覚していたが、今日はまだ木曜日か。

倉井ストアーを出て、四つ木駅へ向かう途中、ひとみ姐さんが好きだった『長楽ベーカリー』へと立ち寄った。
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皆さん、ベーコンとカマンベールがたっぷり入ったパンを買って行く。
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僕はカレーパンをかじりながら歩くのであった。

皆はまた何処かに消えて行ったみたいだが、ハテ僕はこの後何処へ呑みに行こうかナ。
        ◇       ◇       ◇
さて、僕は天ぷらが好きでアル。
夏は鰻だが、天ぷらと鮨は年間通じて好きなのだ。そして、何か良い事が有ったり、ハレの日は茅場町の名店や山の上ホテル等へお邪魔する。
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一年前、茅場町のご主人が満を持して出した天ぷら屋が門前仲町近くに在る。
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駅から福住方面に歩く事7、8分、こんな場所に本当に有るのか、と云う処にひと際異彩を放つ陶芸作品が出迎えてくれた。
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陶芸アーティスト杉浦康益作の木立シリーズ「ちらりちらり」と云う作品だ。現代の利休とも呼ばれている杉浦康益氏の作品を間近で眺めながら、美味い天ぷらを食べられるのだからなんとも贅沢なことだ。

灰被りの陶石も庭に飾られていたが、その存在感に圧倒されてしまうのだナ。ご主人から、この作品で日本現代藝術振興賞を受賞したと教えて頂いた。

入口をガラリと開けるともう、此処から美術館への入口となるのだ。
床、壁、天井に到る全てが早乙女さんワールドであり、多くの美術作品で埋め尽くされている。床に埋め込まれた陶板には、居主早乙女さん自筆の海老の絵が描かれている。そして、暗い壁には椿の花が二輪咲いている。暗闇の中に咲く小さな椿を愛でながら、靴を脱ぎ中に入ると明るい世界が現れると云う趣向なのだ。このハレへの誘(いざな)いがとてもドラマティックなのでアル。

ご主人が立つ揚げ場の上には巨大なボルサリーノが浮いている。
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訪れる方は、先ずこの巨大なオブジェに驚くことだろう。金工作家の相武常雄さんの作品だ。早乙女さんが毎日愛用しているボルサリーノ帽をモティーフにした作品だ。
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この店は美術好きにはたまらない程に居心地が良い空間だ。カウンターの天板も側面も窓枠も柱も全てが漆塗りなのだ。幾十もの違う技法で塗り分けられており、これを眺めるだけでも日本の伝統工芸の奥深さに驚かされるのだ。

そしてご主人の前に座ると背面に墨田の柳が見える。
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これも東京芸大の教授で著名な陶芸家の豊福誠氏の手による柳だ。
幹の部分は早乙女さんご自身で小さな陶板を使って描いている。

微に入り細に入り、随所に目を見張るアートが溢れており、天ぷらが揚がるまでワクワクしっぱなしなのだナ。
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さて、この日は午後1時に伺ったので昼のコースでお願いした。早乙女さんと云えば「海老」、と云われるほど有名な巻海老の天ぷらから。
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此処の海老の天ぷらは本当に素晴らしい。此処に勝る海老の天ぷらは無いだろうナ。揚げたてを口に運べば、芳醇な香りと海老の甘さが口一杯に広がるのだ。絶妙な揚げ方で、海老の身はまだ芯の方がレアなのだ。

此処は、この揚げ方で出されるので、尾はあえて食べない。一尾目は塩で戴き、二尾目は大根おろしを乗せて天つゆで戴く。
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続いて、香ばしく揚がった海老の頭が二つ。これをアテに呑むビールの美味いのなんの。

此処の海老が食べたいから、訪れると云うお客さんは僕だけじゃないだろう。それ程に素晴らしい。
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続いて東京湾のアオリイカだ。ねっとりと甘くて美味しい。

そして、評判の海老真丈のお椀の登場だ。
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聞けば、元々天ぷら用に仕入れた巻海老の中でも保管している間に幾つかは天ぷらに出来ないものが出るのだそうだ。それをすり身にして出したところ、皆さんが美味い美味いと喜んでくれたのは良いのだが、その内に「何故今日は出ないの?」と云われる羽目になり、それ依頼毎回必ずこのお椀を出す様にしているそうだ。それにしても美味しいのだナ。

天ぷらはキス、めごちと続いた。この時季はぎんぽうなんかも出る。

此処の主人は17歳で陶芸に魅せられて、それから数十年かけて集めた珠玉の作品群は数万点にも及ぶと聞いた。

若い時は仕事の合間を縫っては東京芸大に遊びに行って陶芸を勉強している学生や教授たちと交流を深めたそうだ。築地で仕入れた魚を手土産に持参して、皆に振る舞い酒をご馳走になりながら陶芸を見る目を磨いたそうだ。
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最近の芸大生が大人しくなって残念だ、なんて話は最高に面白かった。陶芸科には焼き窯が有るから一晩中火を焚いているから、いつも泊まり込みになるのだが、その脇でヤっている連中がゴロゴロ居たそうだ。何をって、ナニをヤってるのだナ。そして、女のケツを触ったぐらいで大学を首になるようなご時世は寂しい、と笑顔で語るのだから、もう参りました。多少のエロさが無いと芸術家の感性は広がらないと豪語するご主人、流石です。

ご主人も鮨が大変好きらしい。それもケタ外れに好きなのだ。
一年間に500回以上も鮨屋に通った事が有ると聞いて驚いた。
毎日昼行って、夜また行くのだそうだ。また親交が深い『すきやばし次郎』の主人、小野二郎氏の握る鮨は年間200回以上は食べると聞いた。月曜から金曜まで毎日通う事も多々あるそうだ。

お互いが江戸前の料理を牽引している自負があるから、二郎氏が立っている間は食べに行き続け応援し合うそうだ。凄いなぁ、話を聞いていて江戸っ子の心意気がひしひしと伝わってくるのだナ。

茅場町に行きはじめの頃は、大変寡黙な方だと思っていたのだが、実は結構いろんな話をしてくれる。天ぷらの話もしかり、大好きな陶芸やアーティストの話になると満面の笑みを浮かべて実に愉しそうに語ってくれた。
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箸休めの代わりに今が旬の谷中生姜を天ぷらにしてくれた。

ビールをお替わりし、揚げたての穴子でゴクリ。
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此処で揚げられる魚介は江戸前ばかりだ。江戸東京で地の魚を食べる、こんな幸せな事はないのだナ。

椎茸、薩摩芋にアスパラガス、茄子と夏野菜を揚げてもらう。
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野菜の味をしっかりと封じ込めて揚げるから、口一杯に香りが広がる。
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ほぅ、椎茸の香りが鼻を心地良く刺激するのだナ。
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薩摩芋はじっくりと時間を掛けて揚げており、外カリカリ中ほっくり、もうデザートだな、これは。
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そして〆は、小柱のかき揚げの天丼だ。
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天茶も美味しいのだが、この日は天丼にした。
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シジミの赤出しも美味しくて丼がススンだナ。
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甘味の花豆をつまみながら、一段落したご主人の話に耳を傾けた。

「仕事の後の一服は美味いんだよネ」、と云いながら「でも、最近はインターネットに煙草のことばかり書かれちゃうから参るよネ」なんて笑いながら、煙草に火を点ける。

随分と長居をしてしまったのだが、三階のサロンに上がらせて頂いた。扉を開けると、そこはもうギャラリーでアル。

陶芸作品から骨董までコレクションの一部が展示されており、奥には茶室まで設えてあるのだ。
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この茶室も居主の理想を具現化しており、卵の様にまぁるい楕円形の茶室なのだ。

「この店を創るために、頑張って天ぷらを揚げ続けて来た」と云う言葉に偽りはなかった。

茶室へと渡る路地に見立てた処には餌を求めて飛び交う雀と庭で過ごす鶏が描かれている。
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居主の『理想の桃源郷』とも云える此処を創っている時の話も中々興味深かった。実に愉しそうに語ってくれ、また腰を落としてしまった。
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そして、また煙草に火が点くのだナ。

二階の個室に描かれた襖絵も拝見させて戴き、随分と長居をしてしまった。昼の時間にお邪魔したのだが、あっと云う間に時が流れた。

椿の花の玄関を出るとまた現実の世界に引き戻された感じだナ。

桃源郷で過ごした白昼夢が醒めやらぬ内に酒に酔ってしまおうか。時計に目をやると、『大坂屋』の口開けが近づいている事に気が付いた。

この日もまた夕暮れまでモンナカで酒浸りとなったのだった。
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by cafegent | 2010-08-12 17:08 | 食べる | Trackback | Comments(0)