東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々雑文雑多日記/我が誕生日に昔のビヤホールを憶う。

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早いもので、今日でとうとう51歳になっちまった。
同級生の中にはもう孫が出来た奴も居るし、娘が成人式を迎えたなんて知らせも届くと云うのに、ボクは相変わらず呑気に暮らしてる。

先日も新聞を開いたら、学生時代良く遊んだ友人が天下の資生堂の社長に就任したと大きな写真入りでニュースになっていた。創業家一族の福原氏が社長になった時以来の若返り人事だそうだ。他に類を見ない程の立身出世だネ。

まぁ、こちらは我が道を行くだけだ。無手勝流に生きて来た訳だしネ。誰に何と言われ様が、恬然としているしかないのだ。

     荒東風(あらごち)や我が半世紀吹き飛ばし

あぁ、腹が減った。昼飯は何を喰おうかナ。お気楽、極楽!
       ◇       ◇       ◇
作家立原正秋の随筆「美食の道」の中に「ギネスと平和」と云う短編が納められている。これを読むと、もうたまらなくギネスビールが呑みたくなるのだナ。
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立原正秋は長年ギネスを愛飲している。その大好きなギネスの生が飲める会が催されると云う事で、時間を割いて出掛けることにした。

 「場所は新橋の〈ミュンヘン〉で、ここはかつてビール会社の倉庫であったのを、すこし改造してビヤホールにした建物である。表からみるとわからないが、なかは赤煉瓦積みの壁で、生ビールをのむのに相応しい雰囲気である。ギネスの生は、壜づめより苦味がすくなく、味がやわらかであった。」と綴っている。

懐かしいあの赤煉瓦の建物が脳裏に蘇ってくる。当時、スタミナビールなどと呼んでいたギネスのカラメル風味が今にも漂って来そうだナ。
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”赤レンガ造りのビヤレストラン”のコピーで有名な『ミュンヘン』は、良く行ったナ。ニュートーキョー経営と古いマッチに書いてあった。

 「戦後二十三年、日本は、外国の生ビールをのめるまでになった」としみじみと綴ってる。そして、「二十三年間も平和であったことは、明治以降いまがはじめてである。あの日、ギネスの生をのんだ人たちは、そのことを考えただろうか。悪魔は気づかない場所からやってくるのである」と結んでいる。

遠い異国の民主化デモから派生して、各国に飛び火している今、新しいエジプトに軍事政権がまた介入し続けるのじゃないかと云う悪魔の囁きが、何となく重なって来た。

さて、先日銀座の街を歩いていて、古いビルがどんどん消えている光景が目立っていた。何処もパーキングになっている。
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ビルが取り壊されると云う事は、当然そこに入ってるテナントも移転するか、店仕舞いをする訳だ。数寄屋橋の交差点から銀座8丁目方面へと歩きながら、昔通った酒場などを思い出した。
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蔦の絡まるバー『Bordeaux』が今だに健在なのは少しだけ嬉しい。

美味い生ビールが呑みたくなると、新橋の『ビアライゼ '98』か神保町の『ランチョン』に足が向く。古書街での戦利品を持ってランチョンの階段を上がる時は胸が踊る。一人だと入口レジ近くの窓側が良い。本をめくりながら呑むビールは格別だ。

もう一軒忘れちゃならないのは、銀座『ライオンビアホール』だナ。
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昭和9年に創建されたレンガ張りのビアホールは生ビールの味のみならず、ビアサーバーの背面のガラスモザイクの壁画など昭和モダンの佇まいが僕らを包み込んでくれるのだ。

かつては、八重洲に在った『灘コロンビア』や建て替え前の銀座交詢社ビルヂングに在った『ピルゼン』が好きだった。
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灘コロンビアの生ビールは、そのままビアライゼの松尾さんが引き継いでいるが、ピルゼンのビールはもう呑む事が出来ない。

マガタマの形をしたカニクリームコロッケやボルシチをアテに何杯でもビールが呑めたっけ。ビルの両側から入る事が出来て、大きなタンクがひと際目立ってたナ。そうそう、影絵作家の藤城清治氏のガラス絵が今でも印象に残ってる。

此処で腹を満たし、隣りのバー『サン・スーシー』のドアを開けるのが背伸びしていた頃の僕だ。安月給だが、銀座で呑むってのがカッコイイのだ、と粋がってた。

レンガ作りの渋いビルにステンドグラスの窓やドアがノスタルジックな雰囲気を漂わせていた。実際、創業したのが昭和4年だった思うので、僕が通ってた1985年頃で56年も経っていたのだナ。
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交詢社ビルは、今ではバーニーズなどが入った洒落たビルに生まれ変わったが、当時からハイカラなビルだったと思う。

『サン・スーシー』の名前は文豪・谷崎潤一郎が命名したと伺った事がある。そう云えば、ハイボールで有名なバー『サンボア』も谷崎の命名だったネ。

銀座の名店が時代と共に次々と店仕舞いをしている。『クール』も8年前に閉店し、『トニーズバー』も一昨年その歴史に幕を下ろした。

銀座三原通りに在る老舗のバー『樽』は今も健在だが、6丁目地区の再開発の影響で戦前に建てられたビルは無くなるかもしれないとの噂だ。
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広い店内は創業当時のままで、正に昭和モダンだ。
六角形の大きなテーブルと長いカウンターが印象的だが、此処のインテリアデザインは巨匠・渡辺力氏と故・剣持勇の両氏の手によるものだ。

あぁ、こうして書いていると銀座の酒が恋しくなってきたナ。
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と云う訳で、7丁目に在るバー『TOSTI』のドアを開けたのでアル。

開店したばかりの誰も居ないカウンターに座り、三枝さんにギネスを注いで貰った。
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バックバーのオーディオからは、サラ・ヴォーンの唄う「バードランドの子守唄」が流れてる。そう云えば、数日前にこの名曲の生みの親ジョージ・シアリングがお亡くなりになったネ。慎んでご冥福をお祈りしたい。R.I.P.
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Commented by 呑師 at 2011-02-17 14:17 x
お誕生日おめでとう御座います。鬼平を読んでまして長官が自由人さん 密偵に私かな等と考えてました(笑)また都内の酒場で呑む事が出来ればと思っております。
今宵は…
Commented by cafegent at 2011-02-17 14:46
呑師さん、ありがとうございます!

では、いつか『五鉄』の様な店で軍鶏で一献!
宜しくお願いします。
Commented by ウッチー at 2011-02-17 22:29 x
お誕生日おめでとうございます!!
早いものですね。たしか去年でしたっけ?兵六にて皆の拍手でもってお祝いしたのは。

昨日お会いできれば良かったのですが・・・残念です。

久しくご一緒しておりませんね。
また旨い酒をお供いたしたく思っております。
Commented by moo at 2011-02-17 22:57 x
お誕生日おめでとうございます。
オラも5日にめでたく52歳と相成りました。そーか、半世紀以上生きたんだよねぇ。お互い。でも人間成長はしてません。笑
Commented by 多摩三郎 at 2011-02-18 01:09 x
自由人様、遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。

【ギネス】わたしも好きで、散々飲みました。自宅にギネスの樽生ビールサーバーを設置できないかと、当時の取り扱い社だったサッポロに掛け合ったほど。初期費用だけで約50万円かかると言われてあきらめましたが(笑)。
【灘コロンビア】通ってました。ビールもうまかったけれど、なぜかクサヤも出してくれる骨のある店だった。当時、青年だった松尾さん、久しぶりに会いたいナ。
【クール】カクテル一杯2500円(当時)の「超」高級店だったのですが、山口瞳先生のエッセーに引かれて通いました。ミントジュレップ以外のカクテルは全部注文できると胸を張るのに、なぜかライムジュースは出来合いのエトナだったナ。オリジナルカクテル「クールNo.1~No.10」までチャレンジして意識を失ったことも(笑)。古川さん、マダム……どうしていらっしゃるんだろう?
【銀座】90年代、サラリーマンだったわたしは毎晩のようにバー通い。ダル、POP INNⅡ、赤と黒、ルパン……あの頃に戻れるなら、スミノフのモスコーミュールをもう一杯、あの銅マグで飲みたい(>ω<)ノ
Commented by terute at 2011-02-18 10:21 x
お誕生日おめでとうございます。これからも毎日楽しみに拝見させていただきます。先日、月よ宇の後初めて兵六攻めいたしました。中々赴きのある店ですね。常連輩さまともすぐに打ち解けられる不思議な空間でした。いつかご一緒できるのが夢です。
Commented by cafegent at 2011-02-18 11:20
ウッチー、ありがとう!

また、近々『河本』あたりで!
宜しくお願いします。
Commented by cafegent at 2011-02-18 11:21
多摩三郎さま、ありがとうございます!

先日の『灘コロ』の話を思い出して書いてみました。

それにしても、銀座の裏通りは変わってしまいましたネ。
Commented by cafegent at 2011-02-18 11:23
teruteさま、ありがとうございます。

『兵六』に行かれたんですネ!
古い常連客が個性強過ぎで、多少閉口することもありますが
それも段々と馴染んで来て居心地の良い酒場になります。

是非、一度ご一献を!宜しく願います。
Commented by cafegent at 2011-02-18 11:25
mooちゃん、こんにちは!

ありがとうございます。大酒呑みは矢張り水瓶座!(笑)

また、呑みましょう!
Commented by WrittenbyKaoruF at 2011-02-18 13:10
おめでとうございます!
10日遅れで生まれ落ちた魚座でございます。
体力年齢は私のほうがだいぶ上のように思われてなりませぬ。
私も素敵に年を重ねられるよう頑張りまする!
Commented by cafegent at 2011-02-18 15:31
KaoruFサマ、ありがとうございます!

今度一緒に山登り連れてってくださいネ!
誕生日祝い酒もやりましょう!
Commented by パッソーバースボリッツォ at 2011-02-19 14:41 x
いつも楽しみに拝見しております。誕生日おめでとうございます。
灘コロは、よくいきました。
荒井さんの笑顔の前でいただくビールおいしかったです。遠慮なくいつも荒井さんの前に座っていました。今、ビアライゼには荒井さんの笑顔の肖像が飾られていますよねぇ。
バブルの頃?、東京にいる彼女と田舎の私で遠恋をしていた頃は、彼女とも灘コロへよくいきました。
また、彼女との別れを受け入れたのも灘コロでした。出張で来た東京から帰る新幹線の発車間際まで、入口を見ながら泡が消えかかったビールを飲んでいました。
その彼女と、ピルゼンも行きました。ケスレが好物の二人でした。
ローレライも行ったなぁ。
ダルトン2も行ったなぁ・・・
クールは一人で行って「ズルイ」って怒られたなぁ。
Commented by cafegent at 2011-02-21 12:36
パッソーバースボリッツォさま、ありがとうございます。

ビアライゼに行くと、「灘コロ」の常連さん達が毎日の様に集ってます。以前、彼らと一緒に、ビアライゼから「銀座ライオン」に行って、蛯原さんの生ビールを飲ませてもらった事があります。「クール」の古川さんは、まだお元気なのでしょうか。
by cafegent | 2011-02-17 13:45 | ひとりごと | Trackback | Comments(14)