東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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ほぼヘベレケ日記/数字の歌に沈思黙考。しかし、また呑む。

行きつけの銭湯『武蔵小山温泉 清水湯』の梅の木に花が咲いた。
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小さな木なのだが、毎年美しい花を咲かせるから素敵だ。
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明日は気温が19度まで上昇するらしいから、都内の梅も一気に開花することだろうネ。

毎週朝日新聞に掲載される「朝日歌壇・俳壇」をいつも楽しみに拝読している。あぁ、こんな表現もありか、とか上手いなぁと一人感心しながら参考にしているのだ。

昨年の夏に掲載された歌で、数字の羅列が気になった作品があった。
当時は、そのまま詠み飛ばしていたのだったが、先月末にまた新聞に出て気になっていた短歌だ。

一月に発表された第27回朝日歌壇賞にて、選者の高野公彦さんが選んだ歌である。

     六二三、八六八九八一五、五三に繋げ我ら今生く

大阪岸和田市に住む西野防人さんの詠んだ歌だ。

最初、この歌の意味が全く判らなかったのだが、先月末の「天声人語」の中でこの歌を引用し、「忘れ得ぬ日々。意味不明を言う若者の少なきを願いつつ」と締めくくっていたので、思い出した歌だった。

この時の話は、児童養護施設に年長の子どもが年下の子の為にお菓子を用意したと云う逸話から、この冬話題となった伊達直人/タイガーマスクの寄付活動に関するものだった。

再びこの歌を目にしたナ、と更に興味を抱き調べてみた。
すると、最初の「六二三」は、1945年6月23日の「沖縄慰霊の日」だと云う事が判った。

「八六八九八一五」とは、B29爆撃機エノラ・ゲイが広島に原爆投下した1945年8月6日、同じくB29爆撃機ボックスカーが長崎に原爆を投下した1945年8月9日でアル。広島平和記念日と長崎原爆記念日だ。
そして、1945年の8月15日は、昭和天皇が「戦争終結の詔書」を読み上げた終戦の日だ。

こうなると最後の数字「五三」も記念日だと判った。そう、5月3日は憲法記念日だネ。終戦の翌年、1946年5月3日、「国民主権」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」を基本理念として、制定された。

何れにせよ僕の生まれる前の出来事であるが、我が国の戦争の苦い記憶として語り次がれなくてはならない事でアル。

朝日新聞の読者の中にも僕と同じ様に、この歌が気になって調べた方が居らしたのだ。
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尾道市で農業を営んでいる岡野幸枝さんが、昨日の新聞に寄せていた。

最後に「終戦65年が過ぎると平和ぼけの症状が甚だしいのだろうか。今でも基地問題で戦後を引きずっている沖縄の人たちにとって重要な日を失念していたことを、おわびしたい。」と締めくくっている。

本当にその通りだ。僕もネットでググらないと6月23日が「沖縄慰霊の日」だと云う事が判らなかった。

朝日歌壇の選者、高野さんは、「数字仕立てで歴史の重さを思う歌」と評した。

俳句は「五七五」、和歌は「五七五七七」でアル。
西野防人さんは、このとても短い言葉の制約の中で、見事に戦争の記憶を我々に再認識させてくれた。今再びこの数字の歌に沈思黙考。

更に岡野幸枝さんの「声」に、素直に頷くばかりであった。
        ◇        ◇        ◇
昨日は仕事先で打ち合わせ後、そのまま真っ直ぐ木場へ向かった。
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暫くするとライターの森一起さんが息子を連れてやって来た。
トア君は、今年から中学生になるが、幼い頃からモツ好きでアル。
今はまだウーロン茶で煮込みだが、成人するのが今から楽しみだナ。
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酒朋ハッシーも登場し、河本は満席だ。午後8時に暖簾を下ろし、店仕舞い。森さん親子、ハッシーと連れ立って神保町『兵六』へと向かう。

こちらも随分と賑わっていたネ。
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僕の左側には、神保町の宮崎駿こと中西さんに掌中人形作家の舌波君、それにワインレッドのソフト帽がお洒落なドクター鈴木さんが居た。

そしてコの字の反対側には、呑んだフル氏に荒木マタエモンさんだ。
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デッカいトクちゃんとマタエモンさんに挟まれて、トア君が更に小さく見えるゾ。
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此処の名物餃子が美味い。これがイイ酒のアテになるのだネ。

二つの卓席もコの字カウンターもびっしり満席だったが、暫くすると卓席が一斉に空いた。

そんなグッドなタイミングで現れたのは、我らが俳句の師匠吉田類さん御一行だ。この日は近くの酒場『人魚の嘆き』にて句会だったのだナ。
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俳句仲間で僕の酒朋でもある伊勢さんもご一緒だ。
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真希姐さんとパチリと写したら、背後でトクちゃんがズッドーンッ!を決めていた。

兵六も閉店時間が迫って来た。
いつもの面々しか残ってないところで、毎度お馴染み二人仲良くズッドーンッ!と来たもんだ。
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店主も呆れるばかりなりけり。

さて、再び我らは酒場を変えた。向かった先は、神保町・銀漢句会を主宰する俳人・伊藤伊那男さんの店『銀漢亭』だ。
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既に類さんたちが来ていたネ。

銀漢亭のイルミネーションが綺麗に輝いていたナ。
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シークァーサーサワーに酔い、酒場談義に華が咲いた。

酒場詩人・吉田類さんと一緒にパチリ!
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こうなるとブレーキが効かなくなってくる悪い癖が出た。
そして皆で、さぁもう一軒!と大移動。『明治屋2nd』へ。
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ハッシー、伊勢さん、それにイナちゃんも一緒に乾杯!

最後にもひとつ、カンパ〜イ!とナ。
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そして、ヘベのレケ状態となりすっかり酩酊。

なんとか帰路に着いたのだが、またもや家庭内閉め出しを喰らったのであった。あぁ、これで何度ソファーで朝を迎えたことか。トホホ。
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Commented by 伊勢幸祐 at 2011-02-26 18:18 x
 この日も愉しく酔えました。

 兵六で隣りあわせた長身美女のKさんは、どこかでお名前を見たたことがあると思っていたら、坂崎さんが連載されていた雑誌に書評を書いている方でした。しかも、わたしは以前、彼女のご主人(詩人)にもお会いしたことがありました。神保町は狭いですね(笑)

 酒朋と書いてもらって光栄です。
Commented by 多摩三郎 at 2011-02-28 00:07 x
 おおニアミス。ぼくは2月25日(金)に職場の同僚と初めて兵六を訪れました。
 今まで満席を理由に断わられたことが2回あるので、3度目の正直でやっと入れたのはラッキーでした。九州出身の同僚が感激してました。本当の飲ん兵衛のための酒場だと。何よりもアテがいい。主役の“さつま無双”を邪魔しない、それでいて引き立たせる渋い脇役がそろっている。
 今回は2人で「アジの南蛮漬け」「赤カブ漬け」「厚揚げ」「タコの塩辛」をいただきました。最初は「何だか、つまみの量が少ないなあ…」という気もしたのですが、飲んでいるうちに、主役である“さつま無双”のお湯割りを絶妙に引き立たせるアテであることが、よ~くわかってきました。
 あんまりうまかったので、近所の行きつけの酒屋さんで「さつま無双」を家飲みように買っちゃったほどです。兵六と同じようにお湯割りにして飲んでみたら、これが絶妙にうまかったです。
 これから通い倒しちゃおうかな、と思いました。実は兵六は職場から歩いて行ける距離なのです。こんな素晴らしい酒場を教えて下さった自由j人様並びに酒朋様方に感謝、感謝です●█▀█▄
Commented by cafegent at 2011-02-28 15:32
伊勢さん、こんにちは!

「エンタク学校」楽しみです。お誘い、ありがとうございます。

酒場で出逢う人たちが、いつの間にか皆さん繋がっている事がとても面白いなぁ、と感じております。

「苦役列車」で芥川賞を受賞した西村賢太も神保町の古書街で救われ作家になったし、神保町も面白い街ですネ。
Commented by cafegent at 2011-02-28 15:33
多摩三郎さま、こんにちは!

初「兵六」を堪能したご様子が伝わって来ました。
次回、コの字カウンターでお会い出来ると良いですネ!
by cafegent | 2011-02-24 17:15 | 飲み歩き | Trackback | Comments(4)