東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々雑文雑多日記/スーちゃんの最後の言葉に涙が出た。

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先日蒔いた水菜とルッコラの芽が出て来た。
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春の陽射しをたっぷりと浴びてこの小さな芽がスクスクと育ってくれることを願おうか。休日の朝に作るパスタなどに自宅で育てた野菜やハーブが活かせるのも小さな幸せなのだナ。

手土産にたい焼きを頂いた。『浪花屋』のたい焼とは素晴らしい。
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両国の東京慰霊堂の斜め前に在る『浪花屋本店』は、麻布十番の『浪花屋総本店』の様に予約しなくても、少し待てば買えるから便利だネ。
だが、土産に貰う方が更に嬉しいのだナ。

今朝は、たい焼と珈琲で元気が出たのでアール。
        ◇       ◇       ◇
閑話休題。
北海道から上京して間もない頃の昭和53年4月4日、僕は親友の姉が後楽園球場へと向かうのに無理矢理一緒について行った。

そう、あの日はキャンディーズの解散コンサートだったのだ。

姉さんは、事前にチケットを入手していたのでそのまま会場内へと入って行ったのだが、僕らはチケットなんて用意している筈もない。

会場の入り口付近でダフ屋から簡単に買えると思っていたのが間違いだった。5万5千人を集めたラストコンサートは、仮にチケットが買えたとしても数万円もしたのだから。

当然、学生の僕らが買える訳がない。暫く、球場の廻りをうろうと歩き安価で譲ってくれる奇特な方が居ないかと探したのだったナ。そのうちに球場内から大歓声が沸き起こった。球場の外に居ても、地鳴りの様な音が響き渡った。コンサートに入れなかった人も相当な数で場外でもファン達が大歓声を揚げた。

あぁ、いよいよキャンディーズが最後の舞台に立ったのだナ、と感慨深くファンの声が響く球場を見上げたものだ。

あれから10年が経った1988年、後楽園球場は閉場した。あの時も「此処でキャンディーズが解散したんだったなぁ」と思ったっけ。

結局、解散コンサートに入れないまま、僕らは諦めて水道橋から白山通りを歩き近くの安い中華食堂に入った。そして、店のテレビでコンサートの中継を観た。

後楽園球場から聴こえる歓声とテレビから聴こえる歓声の音が微妙にズレていたのが印象的だったナ。

その日の夜に友人の姉ちゃんが買ってきたパンフレットを見せて貰い、レコードを架けながら興奮してページを捲ったのを覚えている。

僕はミキちゃんのファンだったのだが、仲間たちと好みがかぶらないのがキャンディーズの魅力だった。
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昨日、テレビのニュース映像でスーちゃんの告別式の模様が写された。

式場にて3月29日に録音された彼女の肉声のメッセージが流された。
聴いていて、本当に涙が溢れてきた。

間もなく訪れる自らの死と向き合いながらも、「東日本大震災で被災した方のお役に立ちたい」と命の限りの力をふり絞りながら語るスーちゃんの言霊は、きっと多くの方の心に届いたことだろう。
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今朝の新聞の朝刊に肉声メッセージの全文が掲載されていたので、今一度綴りたい。

 こんにちは、田中好子です。
 きょうは3月29日、東日本大震災から2週間たちました。
 被災された皆さまのことを思うと、心が、破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

 私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、そのときは、必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、私の務めと思っています。

 きょうお集まりいただいている皆さまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。特にランさん、ミキさん、ありがとう。二人が大好きでした。

 映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでも、いつまでも皆さまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。

 いつの日か、義妹、夏目雅子のように、支えて下さった皆さまに、社会に、少しでも恩返しができるように、復活したいと思ってます。

 かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら。
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        ◇       ◇       ◇
国民的アイドルから女優へと見事な転身を遂げた「スーちゃん」こと田中好子さんは、最後の最後まで誠実で心優しい素敵な方だったのだ、と改めて実感した。

慎んでご冥福をお祈りいたします。合掌。

彼女の最後の言葉に素直に涙が出て来たことに正直救われた気がした。まだ、唯の呑んだくれ爺ぃじゃなかったのだナ、と。

スーちゃん「最後の肉声」You Tubeから
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Commented by tokyoboy at 2011-04-26 13:26 x
告別式当日、夜7時のNHKニュースでも彼女のメッセージをノーカットで伝えました。
最初の一言で豪泣した小達さん(旦那さん)に押されて夕食時に涙せず済みましたが、じっくり拝聴しました。
キャンディーズ世代の初老として(皆様同様…)自分の思い出をブログ記事にやっぱりしてしまいます。同時代を生きた、という共感を30余年過ぎた今でも与えてくれる方々ですよね。
同様に、ご冥福をお祈り致します。
Commented by りゅうちゃん at 2011-04-26 14:04 x
正直、私も訃報を聞いてびっくりしました。
まだ、若いはずなのにと。もしかすると、このまま行けば吉永小百合さんみたいな大女優になるのではなかったかと。
あと、芸能活動だけではなく多方面で活躍されていたみたいですね。
今は、天国から我々のことを見守ってくれていますよね?自由人さま。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。合掌。
Commented by cafegent at 2011-04-26 14:42
tokyoboyさま、こんにちは。

今考えれば、自分より少ししか歳が離れていなかったのだなぁ、
と不思議な想いです。
でも、あの頃は絶対に手の届かないアイドルでしたよね。

早過ぎる死に驚いていますが、彼女の言霊はずっと残りますネ。
Commented by cafegent at 2011-04-26 14:44
りゅうちゃんサマ、こんにちは!

本当に吉永小百合さんの様な名優になったかもしれませんネ。

それにしても泣けるメッセージでした。
by cafegent | 2011-04-26 13:17 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)