日々へべ日記/木場からムサコへと平日夜酒は続く。
2011年 05月 18日
七十二候では、丁度今は「竹笋生」(ちくじゅん、しょうず)の頃。
竹笋(たけのこ)が生えてくる時季が来た。
筍を三日くらひて飽かざりき 石田波郷
僕の好きな句でアル。毎年、五月になると近所の公園の竹薮の中で筍が頭を出してくる。
飯のお菜に良し、酒の肴に良し。本当に波郷は上手に詠んだものだ。
竹の子と背比べしてはしゃぐ子ら 八十八
毎朝、公園の竹の子が大きくなっている。その天に伸びるスピードたるや驚く程に早いのだ。
近所の子どもたちが竹薮の中で遊ぶ姿が清々しい。ポケットの中にDS3Dなど入ってないことを望むばかりだ。
◇ ◇ ◇
さて、日々仕事が一段落すると酒場へと繰り出すが、最近はその前にひとっ走りする事が増えた。ひとえに血圧と肝臓を労っての事から始まった訳だが、走る度に心地良くなってくるし、体調もすこぶる良い。
天気が良ければ外を走り、雨が降れば仕事場近くのジムでトレッドミルを走る。重かった躯が少しづつ軽くなって行くのも判るし、何てったってその後の酒の美味いことったら。
日曜日も爽快に走った後、家の掃除を終え、午後四時目指して野方へと繰り出した。
この日は15分前に到着し、一番乗りで『秋元屋』の口開けを待った。
スグに行列が出来たが、四時丁度にいつもの角席に着いた。
ご多分に漏れず、此処も当分の間生肉は自粛でアル。
シロとテッポウを生醤油で焼いて貰う。
まったりと1時間半以上も居てしまったので、これにて終了。
二軒目はいつもならば一駅歩いて都立家政の『竹よし』と行くところだが、たまには近くでと云うことで、マタエモンさん行きつけの串かつ屋さんへと移動した。
踏切を渡ってスグの路地なので秋元屋からのハシゴにはイイネ。
オープンしてまだ1年程度との事だが、結構流行ってたナ。タイガースグッズも多く、大阪色が濃いのもご愛嬌か。
居酒屋らしいメニューのコーンバターも戴いた。
そして、マタエモンさんが不思議な串を頼んでた。
ナント、バームクーヘンの串かつでアル。マタエモンさん曰く、オープン早々から有るメニューだから、きっと人気なのだろう、との事だ。
なんだ?まだ、食べた事はないのだネ。
チューハイもススみ、ご馳走さまでした。
日曜日は『すっぴん酒場』が開いていないのが、ネックなのだ。
日曜の野方酒はそれだけが悔やむところだネ。
◇ ◇ ◇
翌月曜は打ち合わせ先から木場へと向かった。出ずっぱりだったので、日記も更新出来ずだったナ。
この日の『河本』は珍しく古参常連席に誰一人として居ない。
真寿美さん曰く『他の店で週末に呑み過ぎたから今日は誰も来ないヨ」とのことだ。
久しぶりにライターの森イッキさんが息子さんと来ていたそうだが、一足違いだった。
真寿美さんの末弟さんの中学の同級生と云う中沢さんが来ており、酒場話に花が咲いた。僕より丁度10歳年上との事で、雑誌『日本カメラ』の取締役営業本部長をしておられるとのこと。酒場って、変竹林な異業種交流会よりも、奥が深いよネ。
最後の一口を呑み干して、八時丁度にご馳走さまだ。
そのまま武蔵小山へと向かい『豚星』へ。
いつもの焼酎ハイボールを戴き、ガツ刺しと塩煮込みを戴く。
店主の黒田君は、若いながら実に研究熱心でアル。
蒲田の『うえ山』のご主人もそうだが、店を構えるまでの間は自宅のコンロでずっと勉強を重ねていたそうだ。そんな所がしっかりと店の味と姿勢に現れているのだナ。
此処の煮込みは当然ながら豚モツなのだが、味に深みと旨味を出すために牛のモツも少しだけ入れているそうだ。
先週に引き続き、この日も早い時間に野方『秋元屋』の方が来てくれたそうだ。月曜定休だから来られるのだネ。
梅割りも戴いた。デュラレックスのグラスにシャリキンを目一杯注いでくれた。
この晩は、程良い酔い心地を引きずって、もう一軒近くの深夜食堂へと向かったのであった。