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by cafegent
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日々是日記/突然のジョブズ氏の訃報に涙する。

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1984年に登場した初期型のマッキントッシュコンピュータは、それまでのMS-DOSなどのコンピュータと根本から違うマシンだった。

当時、僕が働いていた飯倉片町のオフィスでは、出始めたばかりのMacが数台導入された。「デザインのある生活」を提唱してたので、米国アップル社から社員派遣も受け入れていたり、Macのデザインを手掛けていたフロッグデザイン社との交流もしていた。

80年代後半に入ると、自分専用のMacも持てるようになり、それまでとは違う美しい企画書などを作成出来るようになった。
中身など薄くても、見栄えの良い企画書を駆使して、何度海外出張に出掛けたことか。

デザインの世界に於いて、Macは画期的なコンピュータだったネ。
とにかくMacは、大いなる夢を与えてくれたんだ。

僕の居た会社では、雑誌も発行していた。DTPの先駆けとして、アップル社やアドビ社の商品提供を受けながら、雑誌まるごとMacで制作し、ページメーカーやクォークエクスプレスで編集をしていた。

季刊デザイン誌「AXIS」は、今も続いている。

1991年、サラリーマンを辞めてからは、自費で機材を購入しなければならなかったが、当時はMacもプリンターも高価だったナ。

今も僕が愛用しているコンピュータは、Macだ。もっとも、企画書を作成したりはしなくなってしまったが、好きな音楽を流しながらの原稿書きには重宝している。

今朝のニュース速報で、アップルのスティーブ・ジョブズ氏の訃報を知った。8月のCEO退任の知らせから、こんなにも早く悲しい知らせが届くとは、神様も意地悪なことをしてくれる。

オバマ大統領は、「世界はヴィジョナリー(先見の明のある人)を失った。偉大な革新家だった」と語り、ビル・ゲイツ氏は「ジョブズ氏は、人生の半分以上は競争相手で友だった」と述懐。

56歳とは若過ぎる死だが、ジョブズ氏は「死」を受け入れて最高経営責任者の責務を降りたのだろう。

仕事場に着いて、ジョブズ氏がスタンフォード大学での卒業生に贈るスピーチを久しぶりに聞き直した。最後まで聴いて、目頭が熱くなった。

       “Stay Hungry,Stay Foolish”
      「ハングリーであれ、愚か者であれ!」

慎んで、ご冥福をお祈りします。R.I.P.Steve Jobs.

「スタンフォード大学スピーチ」
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Commented by akira at 2011-10-06 13:52 x
今朝のこのニュースを聞いて、寂しい思いを感じています…

私もAppleとの関わりは、自由人さんと似たような付き合いがあります。
サラリーマン時代に努めていた会社がほぼ独占的に法人向けのMacintoshを扱っていたこともあり、DTPソリューションビジネスの役割として毎日のように取り扱っていた時代がありました。
多分、自由人さんのオフィスなんかが私の顧客だった感じです。笑
それまではプライベートでApple製品を使ってはいませんでした。個人向けには敷居が高すぎた感じがあったからです。

けど、2001年に発売された『iPod』を購入してから自分の人生が変わったように感じます。
その後、今日に至るまで。そして今後の人生にも私の生活には常にAppleの存在は無くてはならないモノとなってます。

私もビデオを拝見しました。ご紹介頂きとてもありがとうございます。
彼の人生観や価値観の全てが参考になります。
これからの自分の人生は「運命-destiny-」だと信じて…

ご冥福をお祈りします。そして、ありがとうスティーブ!
by cafegent | 2011-10-06 12:32 | ひとりごと | Trackback | Comments(1)