東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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秋の夜長のヒマ潰し/新版-東京奇譚 その1

             - 1 -
秋だと云うのに、空はどんよりとして使い古した霜降りトレーナーの様な色をしている。湿気も多く、汗ばんで仕方ない。やれやれ、こんな日に限ってスーツにネクタイか。

銀座8丁目の「平つか」でぽち袋を幾つか購入し、すぐ近くの老舗蕎麦屋「よし田」へ入る。
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コロッケそばを待ちながら、先ほど買ったぽち袋を出してみた。あぁ、このぽち袋はあげるのが惜しいくらいに可愛い。

手漉き和紙に木版で刷られた柄がシンプルで実にシックなのだ。店の紋にもなっているかたばみの絵付けがとても気に入っている。
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三本の松葉の大胆な柄も好きだし、細い五色の線が真ん中に引かれた柄も渋い。

お姉さんが蕎麦を運んで来た。あぁ、汁の匂いに腹が鳴る。
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此処の名物コロッケそばは、コロッケと云えどパン粉の衣は付いていない。鶏肉を山芋と卵のみで丸めて揚げてあるのだ。まぁ、鶏肉団子揚げだが、たっぷりと乗った長ネギと共に喰えば、顔が緩んでしまう。変わらぬ味を守っている店は良い。いつでもふらりと立ち寄れるからな。

銀座線に乗り、表参道へ向かった。そう云えば、いつ頃銀座線の車両は新しくなったのだろう。電気を線路脇から取っていたので、デッドセクションの時に一瞬真っ暗になるのが面白くて好きだった。銀座は曇り空だったが、青山に着くと、もう雨に移っていた。
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「大坊珈琲店」は、店に入る前から焙煎して燻した珈琲豆の薫りを漂わせている。大抵の人はこの匂いに誘われて吸い込まれるように入っていくのだろう。

ドアを明けると焙煎機をゆっくりと廻している大坊さんが、チラリとこちらを向き、黙って笑顔で招いてくれる。いつものカウンター席はあいにく一杯だったので、テーブル席に着いた。カウンターの分厚い板は歳を重ねたせいか、反り返ってる。

頑固そうな主人は寡黙で、いつも淡々と仕事をしている。言葉を交わすようになったのは、いつ頃からだろうか。書棚に並ぶハヤカワミステリーのペイパーバックと静かに流れるジャズの選曲に、この主人に惹かれたのだ。丁寧にゆっくりと豆を煎り、出来の良い豆と悪い豆をひとつ一つ手で選り分ける。
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大坊さんが珈琲を入れる姿は、芸術の域に達している。主人の大いなる人生が一滴一滴の珈琲となってコーヒーカップの中、壺中天となる。

此処の窓から見える景色は行き交うクルマたちの方が主役の様で、青山通りの信号を待つ人々を鬱陶しく思っているように見える。これが、何とも殺伐とした東京らしい光景だ。
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深煎りの珈琲を何杯おかわりしただろうか。商談用の企画案を練っている間に可成りの時間を過ごしていた。クルマのヘッドライトが濡れたアスファルトに反射して目を細めてしまう。階段を下りて外に出ると激しかった雨もすっかり小降りになっていた。

             - 2 -
表参道交差点で客人と待ち合わせをしていたので、少し早めに向かうことにした。馴染みの下井タクシーもすぐに着いた。この個人タクシーの運転手、シモちゃんとはもう随分長い付き合いになる。海外出張が多かった80年代の終わり頃、偶然成田空港まで乗ったのが、このタクシーだった。

何故かずっとカーステレオからオーティス・レディングが流れていたのだ。最初はラジオかなと思っていたが、何曲もオーティスが続くので思い切って尋ねてみたら、「今日の気分はコレなんスよ、ソウルミュージックが大好きでねぇ」との答えが返って来た。

シモちゃんは、かつて青学西門通りに在ったソウルミュージック専門のスナック『OA』の常連だった。芳子ママにいつも怒られながら、ソウルへの愛を深めていったのだ。
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彼は、幾つかのカセットテープを後ろに寄越して来た。オーティスの他は、モーメンツ、アル・グリーン、ハロルド・メルヴィンとブルーノーツ、それに自分で編集したのであろうフィラデルフィア・ソウルのオムニバスだった。思わずニヤリとしてしまい、それから空港へ着く間ソウル談義に花が咲いた。

タクシーを降りる時に放った一言で、僕は決定的に彼を好きになった。「今度また足が必要な時は、いつでも電話して下さいヨ。真っ先に向かいます。そんでもって、これからは、マーヴィンって呼んでネ!」と。

ハテ、何で彼がマーヴィンなのかその時はまるで判らなかったのだが、貰った名刺を見直して気がついた。そして、空港のロビーで一人大笑いをしてしまった。彼奴の名は、下井だ。読みを変えたらゲイだから、マーヴィンなのだった。呆れる程に馬鹿馬鹿しいが、可愛い奴だ。でも、それから何度も一緒に呑みに出掛けているが、誰一人マーヴィンなんて呼ばず、「シモちゃん」って云っていたナ。

そんな訳で、以来タクシーが要る時は、変わり者のマーヴィンに連絡をしている。この日も当然ながら、青山から向島の料亭までを依頼した。

五時半きっかりに接待の相手も現れた。僕と仕事仲間の山崎と客人三人でタクシーに乗り込み、青山通りから隅田川方面へと向かった。さすがにこの日は、オーティスは流れなかったので、少しホッとした。

都会の喧噪を抜け、暫くの間仕事の話が続いた。まだ相手の腹の内が判らず、手探り状態の時期なので、交わす会話も言葉を選ぶのに苦労したなぁ。いつの間にか手に汗をかいているじゃないか。高速を降りるとまるで景色が違って見えて、自分が何十年も老けたかと思ってしまった。

              つづく...
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Commented by 高知の横山です。 at 2011-11-10 09:54 x
こんにちわ。偶然乗ったタクシーでオーティス良いですね。マーヴィンさんも洒落の分かる素敵な方なんでしょうね。大坊珈琲店は僕も大好きです。変わらぬスタイルで歳を重ねたからこそ人、客、空間、があの雰囲気を出しているんでしょうね。あー僕も大坊珈琲店の濃い珈琲が飲みたくなりました。
Commented by cafegent at 2011-11-10 16:51
横山さま、いつもありがとうございます。

大坊珈琲店の珈琲は時々無性に飲みたくなります。
寡黙なマスターとハヤカワミステリーの話も面白いです。

いつか横山さんの珈琲も飲みたいですね。
by cafegent | 2011-11-07 15:26 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)