東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/今年も日記納め。読者の皆様に感謝多謝!

  硯筥(すずりばこ)よせて古郷を詠(ながめ)やり

江戸の頃、川柳の元となった俳諧『武玉川』(むたまがわ)より見つけた短句だ。
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年の瀬、年に一度しか帰れない故郷札幌の両親に賀状を出した。

パソコンが普及した今、年賀状の宛名ぐらいは自筆で書きたいもの。
しかし、数百枚の年賀状に貼る切手を全部我が舌で舐めたら、案の定具合が悪くなってしまったヨ。

筆書きとはいかないまでも、一枚毎送り手の名前をペンで書いているとこの一年にお会いした時の事が浮かんで来るから不思議だネ。
     ◇        ◇        ◇
今年も日々、大いに酒を吞んだなぁ。
決して贅沢をしている訳では無いと思うのだが、毎日酒場に行けるだけのゆとりが有っただけでも、仕事などで世話になった方々に深く感謝しなければバチが当たると云うものだナ。

毎年暮れになると、浅草は「浅草寺」にお詣りに行く。

浅草の観音様の表玄関は、雷門だ。正しくは「風雷神門」と云う。
この門の正面には、「金龍山」という額が掛けてある。
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ここから仲見世の表参道を抜けて行くと、大きな金剛力士の仁王像が出迎えてくれる。この「仁王門」を過ぎると「宝蔵門」だ。
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宝蔵門には『浅草寺』の額が掛けてある。
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その先が本堂だ。
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其処には「観音堂」という額が掛けられている。

つまりは、この額が三枚揃うと『金龍山浅草寺観音堂』となる。

『浅草寺縁起』によれば浅草寺の由来は、推古天皇の頃、檜前(ひのくま)浜成・竹成の兄弟が隅田川の一部である宮戸川で漁をしている時に仏像が網にかかった。これが観音像の尊容であることが、豪族の土師臣真中知(はじのおみまつち)によって判明した。
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そこで真中知(まつち)は出家をし、自宅を寺に改め、この観音像を奉って礼拝供養に生涯を捧げたのでアル。これが、「浅草寺」の成り立ちと言われている。
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雷門から入り本堂までの参道を歩く中で、この一年を振り返る。

年の瀬の気忙しい中で、今年もこの東京の街で穏やかに過ごすことが出来た喜びをしみじみと感じ、皆様に感謝しなければならない。
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改めて、この世の森羅万象に一陽来復の春が訪れることを願うばかり。

日々駄文散文なれど、来年もまた『東京自由人日記』を拝読戴ければ、嬉しい限り。

あぁ、清々しい冬日和。まことに佳き日なりき。
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Commented by プロサウナー at 2012-01-01 06:24 x
いつも楽しく拝見しています!
毎日酒場にいける幸せって素晴らしいですよね。
ワタクシもほぼ毎日サウナにはいれる幸せをかみしめています。
更新楽しみにしています!
Commented by cafegent at 2012-01-05 09:54
プロサウナーさま、こんにちは。

明けましておめでとうございます。
僕も正月早々、温泉のサウナで汗を出してきました!
これからも駄文散文日記を宜しくお願いします。
by cafegent | 2011-12-29 15:29 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)