東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/僕の伯父さんの永遠の休日

伯父の急な訃報が土曜の夜に入った。
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昨年9月に我が家に遊びに来たのが最後だった。あの時も腸閉塞の手術から退院したばかりだったが、まさか癌に侵されていたとはネ。

子どもの頃、北海道の岩見沢市に祖父の家と印刷工場が在った。母の弟の伯父は東京出身だが、祖父の印刷会社で働いていたので、僕も夏休みになると遊びに行って伯父に川釣りなどに連れて行ってもらった記憶が残る。

30年程前からは、家族で東京・町田に移り住み、以来ずっとタクシーの仕事をしていた。僕は一度だけ下北沢のバーの前で拾ったタクシーに乗り込んだら、伯父のクルマだったことがあった。

享年76歳はまだ若過ぎると感じたが、病魔はどんな出方をするか検討もつかないから仕方ないのかもしれないネ。三重のゴルフ会社で働く長男と博報堂で働く次男もそれぞれ家族を伴って桐ヶ谷斎場に来ていた。

従兄弟は二人とも僕より8歳と12歳下なので、小さい頃は良く遊び相手をしてあげていた。今じゃ僕なんか及ばない程、立派になっている。

斎場には僕の兄貴も駆けつけてくれた。目黒と恵比寿で互いに仕事をしているが、用事がないと一年以上も会わなくなる。結婚式と葬式ぐらいしか、顔を合わせなくなるのも少し寂しいと感じるのも、いささか歳を取ったせいだろうか。

火葬を行っている間の約一時間あまりは、それぞれの近況等を話したりしていたが、荼毘に付した伯父の骨上げの際に立派なのど仏が残っていたのを見た時は叔母たちの目も潤んでいたナ。

精進落としの時には伯父さんとの想い出が走馬灯の様に蘇って来た。
献杯の酒が妙に胃に沁みた。

斎場から服を着替えに家まで歩いた。二月の空は、雲間から夕日がご来光のように縦に光の線が降りていた。
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あぁ、きっとこの光の道に沿って伯父さんも旅に出たのかなぁと思いながら夕日に向かって歩いた。

墓地の壁づたいに歩いてると、ヒヨドリが寺の樹々の上で元気に啼いていた。
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by cafegent | 2012-02-13 18:33 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)