東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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ペンを武器に立ち上がった中島修一という凄い男の話

種子島在住の中島修一という画家が居る。通称、修(しゅう)さん。筋金入りのサーファーでもある。もう10年位も前から波乗りの聖地を求めて、ビーチバム(浜乞食)と呼ばれる連中のコミューンの頭的存在でもあるらしく、いわゆる「兄貴」なのだ。修さんの描く絵は、スピリチュアルな世界が多く、波乗りをしながら、大きな波に飲まれるときのあの感じは天国との境を感じるのかもしれない。
画家の中島修一さんのサイト

そんな彼が「ガベージ・ファクトリー」と言う小説を書いた。全国書店にて販売しているが、刊行と同時に映画化が決定した。今年の夏あたりからクランク・インするだろうか。b0019140_12553616.jpg修さんは、僕の友人のキムさんから紹介されたのだが、数年前の在る日に、キムは友だちの葬式に参列するために種子島に渡ったそうだ。その友だちは波乗りをする為にこの地に住み付き、酒の飲み過ぎでこの世を去ったらしい。島の住人全てが日に焼けて真っ黒な顔付きの中、キムさん1人青白い顔をして葬式に参加していたから妙に気になって声をかけたそうだ。只の飲んだくれのサーファーの為に平日に仕事を休んでまでして、種子島にやって来たキム。それだけで、修さんは、キムと意気投合したんだそうだ。b0019140_12561449.jpg

僕は何年も前に、友人から関西で昔とてつも無くでかいサーフィン・チームを組織していた話を聞いて居た。趣味の域を超えて、サーフィン、ジェットスキーのブランドまで作ってしまい一斉を風靡する程のブランド展開をしていたらしい。僕も知っていた位だから相当な勢いだったのだろう。何でもやり過ぎると破綻してしまう傾向がある。その西村氏も一切を棒に降り、実家も取られて案の定、夜逃げしたそうだ。
そんな大阪の有名人、西村氏が世の中から消えて何年も経ち、まさか東京でインディ−ズ映画の中心人物になろうかとあの頃、誰が想像しただろうか。「あづみ」を撮った北村龍平監督や山口洋輝監督等を世に排出している「インディーズムービー・フェスティバル」を主催している。TSUTAYAで借りて投票できるシステムで優勝監督にはメジャー映画を撮らせてあげるのが人気の秘訣だ。この西村さんも非常に面白い人生を歩んで来た人で、彼の話だけで映画が1本撮れるほどハチャメチャな人生を送ってきた。その西村さんと大阪でつるんでいたのが修さんだったのだ。西村さんの独立映画人共和国サイト

歳の瀬にキムさんから映画のオーディションが在るから見に来ませんかと誘われ、修さんを紹介された。b0019140_1254250.jpgその映画の制作者が西村さんだったのだ。久しぶりに一緒に酒が飲めた以上に修さんと出逢えた事が嬉しかった。今の世の中と今の若者に一石を投じるのに、彼はペンのチカラを使ったのだ。

東京の中堅ゼネコンが鹿児島県と不正に許認可を取り付けて種子島に穴を掘っているらしい。誰もが採掘業との知らせを受けて、ただ黙って採掘現場を見て居たらしいのだが、その真相は実は原子力廃棄物の投棄の為に海の底に穴を掘っていたそうだ。地元の住民たちが反対運動を興して訴訟をしたそうだが、案の定敗訴したらしい。国と結託している連中にマトモに戦っても勝てる訳がない。だから、修さんは小説というカタチで世の中に戦いを挑んだのだ。西村さんも本を読んで、すぐ映画化を決めた。僕らも手伝わない訳には行かないだろう。みんなの力で、この映画を世に送り出し、表現の自由という立場で戦うとするか。
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by cafegent | 2005-01-24 12:57 | ひとりごと