東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/晴耕雨読、こんな日は読書かナ。

四十雀が濡れそぼち、木の上で羽を乾かしていた。
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梅雨も後半となり、外は可成り湿度が高いネ。

晴耕雨読、雨降りの日は読書に限るのだナ。

時代小説の人気作家、佐伯泰英氏が初めて書いたエッセイ「惜櫟荘だより」を読んだ。
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10年ほど前に熱海の高台の温泉地に仕事場を構えた著者は、隣りに建つ惜櫟荘の存在を知った。
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近代数寄屋建築の巨匠、吉田五十八(いそや)が設計した和風建築の別荘は、岩波書店の創業者岩波茂雄が昭和16年に建てたものだ。
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土地と相模湾の間には大きな松の林があるが、その手前の土地に大きな櫟(くぬぎ)の老木が植わっていた。岩波は、この櫟の木を切らずに別荘を建てる様に吉田に命じたそうだ。この櫟の木を岩波茂雄が惜しんだことから「惜櫟荘」の名が付いたのだネ。
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岩波茂雄は相模湾を望むこの土地にどの部屋からも海を眺められる様に設計を依頼した。たかが30坪の小さな建築物なのだが、吉田五十八が凝りに凝って設計した数寄屋建築でアル。
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完成した洋間からの眺望がしっくりこないと吉田は、職人を呼んで天井を四寸下げる手直しを命じたそうだ。漆喰を塗って仕上げた聚落土の天井を全部剥がしてもう一度4センチも下げるのだから大変な作業なのだ。感覚の人、吉田五十八ならではの発想だ。
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佐伯氏が熱海に仕事場を移して5年程経った頃、岩波の代理人がこの別荘を手放すことになったと知らされた時、この歴史ある家が消えていくのを見過ごすことが出来ず、自らが買い取り完全修復し保存することを決めたのだ。

70年前に建ったこの家を一旦全て解体し、地盤の強度を補修した後は約9割りを現状の部材で修復を行った。その為に佐伯氏は吉田五十八の薫陶を受けた建築家・板垣元涁氏をはじめ、昭和46年(42年前)に一度だけ行われた別荘の修理を引き受けた水澤工務店の助力を得て、修復作業に取りかかることになった。
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「七十年の歳月が加えた景色、古色」は大事にすべきと云う考えから、「なにも足さずなにも削らず」という修復の基本路線を固めた。
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そして、二年余の歳月をかけて、見事に建築当時の姿に蘇ったのだナ。

この「惜櫟荘だより」は岩波書店の広報誌「図書」に二年にわたり連載されたエッセイを岩波書店から書籍化された本だ。佐伯泰英初のエッセイ集は、氏が惜櫟荘を手に入れるまでの経緯や二年余りの修復作業の記録、自身のガン闘病、そして人気作家になる以前の写真家としてスペインで暮らしていた頃の回顧録で綴られている。

文庫本と云うカタチを最初に創ったのが岩波茂雄であり、今では文庫本は普通に定着している。そして、「時代小説文庫書き下ろし」という新たなスタイルを確立して大ベストセラー作家となった佐伯泰英。
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何とも数奇な「文庫」という繋がりで前者が惜櫟荘を建て、後者がそれを守ることとなった。

今まで「居眠り磐音」や「古着屋総兵衛」シリーズなど佐伯泰英の小説は読んでいたが、この本を読んでこの作家が益々好きになった。
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この15年間で180冊余りもの著書を発表し、累計販売部数が4千万部というから凄いとしか言いようがない。

佐伯氏は60歳を過ぎてからベストセラー作家となり富を得た。そして、その金を惜しみなく惜櫟荘の修復保存に費やすのだから大した人だ。
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さて、先月買いそびれていた居眠り磐音の新作『徒然ノ冬-居眠り磐音江戸双紙(43) (双葉文庫)』でも読むとしようか。
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by cafegent | 2013-07-05 15:13 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)