東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/神保町の酒朋の訃報に献杯。

毎週通っている神保町の酒場『兵六』での酒仲間、ライターの中西隆紀さんが突然お亡くなりになった。享年66歳とは若過ぎる。
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雲一つない秋晴れの日曜日、京急蒲田の『天祥院』にて告別式が行われた。酒呑み達の結束はこんなにも堅かったのかと思わんばかりに兵六仲間が勢揃いした。
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中西さんは皆から「神保町の宮崎駿さん」と云われて親しまれていたが、本当に良く似ていたのだナ。以前、秋葉原で外国人からサインを求められ、宮崎駿と書いてやった、なんて話を聞かせてくれたっけ。憎めないオヤジだった。
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中西さんは鉄道の歴史に造詣が深く、幻の東京赤煉瓦駅 新橋・東京・万世橋 (平凡社新書)と云う新書を平凡社新書から出版したり、2010年には河出書房新社より日本の鉄道創世記---幕末明治の鉄道発達史と云う鉄道発達の歴史本を上梓した。
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僕もよく『兵六』のカウンターで万世橋の歴史などの話を伺いながら、一献傾けたことがあった。中西さんは、得意な話になると夢中で話してくれたなぁ。
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また中西さんと僕と酒朋ハッシー、紅一点の薫ちゃんと「兵六山部」を作り、登山や散策を楽しんでいたのだナ。
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兵六の呑み仲間たちとも年に何度か「兵六散歩の会」を催し、中西さんも毎回参加していた。
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酒場番長矢野クンと中西さんが幹事となって二子玉川から等々力渓谷、尾山台を歩いたこともあった。
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中西さんはこの辺りに住んでいたので、等々力不動など詳しく案内してくれた。

ただ、可成りマイペースな御仁だったので、途中で一人電車で移動したり、喫茶店で煙草タイムを取ったりしていたものだ。

一番可笑しかったのは、一緒に大山に登った時だったナ。
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電車の中では「大山なんてたいしたこと無い!ちょろいちょろい!」なんて云っていたのだが、中西さんが一番ヘトヘトになって辛そうだったのだ。そして、よくよく聞けば一度も登ったことが無いと云うじゃないか。散々、僕らに吹聴していたのに、まったくいい加減な人だった。
こんな笑い話ももう聞けないのだネ。

渋谷『富士屋本店』でも良く遭遇したナ。最後に一緒に呑みに行ったのは、酒ガール二人と荻窪に出掛けた時だった。駅前で待ち合わせの筈が、中西さんだけ来ない。で、連絡すると既に『やき屋』で吞んで居るとのこと。

いつもがいつもこんな調子だから、まぁ仕方無い。
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僕らも『やき屋』に急いだったネ。
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この日は居酒屋『田中屋』にも行ったのだが、中西さんは店の奥の神棚に夢中だったっけ。
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散歩の会は、世田谷や中野、僕の企画した日暮里・谷中界隈も参加してくれた。
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毎年4月には、北の丸公園に集まり、中西さんが見つけた穴場で夜の花見の酒宴を催したネ。
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通称「中西桜」を眺めながら、燗酒で夜桜を楽しんだ。
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僕が最後に一緒に酒を酌み交わしたのは、9月30日の『兵六』だった。隣りに座ったので、7年後の東京五輪の話などをしたナ。自分の著作本にサインを求められたと云って、可成り上機嫌だったのが最後の中西さんの笑顔だった。

それから1週間程して、皆から中西さんと連絡が取れないと云う話を聞いた。友人の大谷さんが自宅まで訪ねてくれたのだが、不在の様子だった。行方不明になったのか、はたまた入院でもしたのか、誰も判らなかったのだが、結局僕らが知ったのはお亡くなりになったと云う知らせだったのだネ。

出棺を見送り、僕らは餃子が好きだった中西さんを偲んで蒲田『金春』で献杯となった。
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20数名も居たが、タイミング良く全員で入れたネ。これも中西さんのお導きかナ。
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作家の高部さんのご挨拶で、献杯。
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神保町の酒場は出版関係や作家が多い。僕も毎週一度は中西さんにお会いしていたかなぁ。

来年の花見もきっと「中西桜」に集まるだろう。どこからともなく煙草の煙が漂ってきたら、中西さんだろうナ。

今日も神保町『兵六』には変わらぬ酒朋たちが集うことだろう。そして、皆中西さんを偲んで酒を酌む。
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神保町の宮崎駿さん、安らかに。

慎んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌
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by cafegent | 2013-10-28 16:57 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)