東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/八月の弘前、ねぷたに酔いしれた。

二十四節気では「大暑」を迎えている。東京も梅雨が明けた途端、暑い日が続いているネ。四国では集中豪雨の被害が出たり、沖縄では台風11号が接近して今週にも暴風域に入るらしい。
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季節を72に分けて表す「七十二候」では昨日までが「土潤溽暑」(つちうるおうて、むしあつし)の頃。溽暑(じょくしょ)なんて言葉、絶対に書けないよネ。いや書けないどころか、読めないか。僕も辞書を引くまで判らなかったのだ。

で、その「溽暑」だが、湿度の高い蒸し暑さのこと。バス停でバスを待つ間、モワッとした熱波が顔をなぶり、空は雲に覆われているのにも関わらず蒸し暑く、腕の毛穴から汗が吹き出して来る、そんな暑さだナ。

そして今日からは「大雨時行」(たいう、ときどきふる)の季節となった。時として大雨が降る時季だネ。東京もモクモクと入道雲が広がり、時折夕立が降る。夏の暑い日の夕暮れ時、ザーッと勢い良く降る雨は実に気持ちが良いのだナ。夕立は2、30分も辛抱すれば止むし、雨上がりの地面には少しだけ涼風を感じることができる。雨上がりの雨の匂いもまたビールの良いアテになる。
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以前、知り合いの骨董屋に素敵な印籠が入ったと聞いて見に行ったことがある。黒く漆が塗られた印籠の表では寺の山門の軒下に武士や商人、百姓たちが一緒になって雨宿りをしている絵が描かれている。裏を返すと、上部の蓋には雲に乗った鬼、下部には桑の野原に鬼が落ちて尻に桑の葉が刺さっている鬼が描かれていた。

随分と細かい絵だが、人々が身分を越えて仲良く雨宿りする構図が素晴らしく、また雨を降らす鬼が桑の原に落っこちた図案は、雷除けのおまじないの「くわばら、くわばら」を表しているのだネ。

その昔、太宰府に流された菅原道真公が死んで「雷神」と化して、復讐を遂げた。この時、道真公の故郷に在った桑原にだけ、雷を落とさなかったから庶民たちが「くわばら、くわばら」と唱えるようになったと云われている。また、先程の印籠の絵にあるように調子に乗って雷を落としていた鬼が地上に落ちた際に尖った桑の葉にお尻を刺されて泣いて逃げたから、と云う説も有るそうだ。

あの印籠、値段が88万円もしたので僕は諦めたのだが、もう一度観てみたくなった。
      ◇           ◇           ◇
閑話休題。

先日、米子空港で飛行機を待つ間、専用ラウンジで手にしたANAの機内誌「翼の王国」に弘前の珈琲文化の記事が出ていた。それを読んだせいか無性に弘前で珈琲が飲みたくなったのだ。

そんな訳で上野から高速バスに乗り込み、弘前へと向かった。途中三回程休憩所に立ち寄ったのだが、さすがに9時間半の旅は疲れたなぁ。
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福島を過ぎた辺りで落雷の音が響き、前のクルマが見えない程の集中豪雨に見舞われた。バスの運転手さん、慣れたものでまったく前が見えない中ちゃんと車間距離を保ちながらバスを走らせていたナ。

暫く進むと雨が上がり、とても美しい虹を車窓の向こうに見ることができた。
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福島、仙台、岩手と走り抜けて午後19時半、バスは弘前へ到着。バスターミナルを出て5分ほど歩くと、もう祭りの響きが聞こえて来た。羽州街道は車が入れぬように交通規制が敷かれ、沿道には「ねぷた祭り」の見物客が大勢座り込み酒宴を繰り広げていた。
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この時期、津軽地方では町村ごとに「ねぶた」祭りが催される。一番有名なのは青森市の「ねぶた」だネ。今回、僕が訪れたのは弘前市の「ねぷた」、そして五所川原市の「立佞武多(たちねぶた)」が有る。弘前のは「出陣」を表し、五所川原のは「合戦」を表している。そして青森は「凱旋」だそうだ。

丸く大きな「剛情張大太鼓」が夜の街に現れた。
三代藩主の信義公が「津軽には十尺もの大きな太鼓が有る」と大ボラを吹いたことから、この大太鼓が始まったと云う。
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今は直径4mもあるこの「津軽剛情っ張り大太鼓」が「ねぷた祭り」を大いに盛り上げるのだナ。
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それに続いて、可愛い子供会の扇ねぷたや金魚ねぷたが練り歩く。
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「ヤーヤドーッ、ヤーヤドーッ!」の掛け声と共に沢山のねぷたが続々やって来る。通りの商店街はこぞって冷たいビールやつまみを販売している。あぁ、夜空に輝く美しい扇型のねぷたに掛け声を掛けながら飲むビールは最高に美味い。
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弘前のねぷたは、大きな扇型の正面の鏡絵に「武者」、背面の見送り絵に「美人絵」が描かれているのが特徴だ。
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それを載せる土台には津軽家の家紋である牡丹が描かれているのだネ。

威勢の良い男衆たちがクルクルとねぷたを廻しながら進んで行く。
「ラッセラーッ、ラッセーラーッ!」とハネトが飛び跳ねる青森のねぶたも迫力満点だが、初めて観た弘前ねぷたも圧巻だったなぁ。
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末広がりで縁起のよい扇型のねぷたは大小合わせて約80台が繰り出すのだ。城下町ならではの勇壮さと夜空に浮かぶ美人絵の艶やかさが夏に相応しい幽玄な祭りだった。

熱気溢れた祭りの喧噪から逃れ、一休み。
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この日は偶然にも東京から友人夫妻が来ていた。僕の30年来の友人で広告の仕事仲間でもあるK夫婦が実家に里帰りとのことで弘前に戻って来ていたのだネ。良い酒場が多い「かくみ小路」で合流し、先ずは僕が行きたかった喫茶『ルビアン』に寄ることにした。

無骨な顔をしたマスターが独り、カウンターで珈琲を煎れている。
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明治時代にはキリスト教の宣教師が多く暮らし、学問の街として知られた弘前は今でも洋館やモダンな教会が多く残っており、ハイカラな文化が宿っていた。

そんな弘前では、幕末の藩士も苦い珈琲を病の予防薬として飲んでいたらしい。今から約160年前の安政二年、蝦夷地(今の北海道)の警備に派遣されていた弘前藩士は、幕府から配給された珈琲を薬として煎じていたらしい。遠い長崎の出島にもたらされた珈琲は、蘭学者など極少数の人達だけに飲まれていたが、弘前では普通の人々たちまでもが飲んでいたそうだ。
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此処『純喫茶ルビアン』は、水出し珈琲が評判だ。夜更けまで開いているのも、酒の後の一杯に嬉しい限りでアル。
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此処はナポリタンとピラフが旨いと聞いていたのだが、今回は珈琲のみにした。

友人のカミサンはパフェーを頼んでいた。
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珈琲も実に丁寧に淹れるのだが、無骨な店主の赤石さんが丁寧に作るパフェーは昭和の香り漂う一品だった。
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この夜のねぷたも、もう終わりの時刻だ。弘前の街では、この日から一週間「ヤーヤドーッ!」の掛け声と共に街が熱気に包まれる。

さて、そろそろ酒場へと繰り出すとしようかナ。
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by cafegent | 2014-08-05 01:15 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)