東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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音楽が動かす力って大きいかもね

先日青山スパイラルカフェにて、盲目のシンガー&ヴァイオリニスト・増田太郎さんにお逢いした。盲導犬と一緒かもしれないと思い、店長に無理を言って奥に広い席を用意してもらい待っていたら、ひょこひょことマネージメントの中島さんと一緒に軽い足取りでやってきた。「盲導犬が居なくて大丈夫なんですか?」と伺ったら、「大丈夫、大丈夫、最近は盲動人間が居るからさ」って中島さんを指していた(苦笑)。b0019140_14432323.jpg
この前ここでも取り上げたが、彼のライブが本当に良かったのだ。僕は自分が感じたらすぐに行動に移すたちだから、翌日さっそく彼のホームページを通じてメイルを入れたんだ。思った事を率直に述べて、なんだか無性に彼を応援したくなった。早々に彼からも返事があり、すぐに逢うことになった。コンサートの感想やら、これからの活動の事やら、いろんな話に花が咲いたが、お互いに音楽が好きだから、誰の曲が好きだとか、最近何聞いたとか、音楽の話が一番盛り上がったかもしれんなぁ。太郎さんも本当に音楽が大好きなんだろうね。また、音楽があったからこそ、あんなにも明るく、元気一杯で毎日を過ごしていられるのだろう。ずっと、吉祥寺で過ごしていたらしく実家もうなぎ屋さんとの事。うなぎ好きとしては、ぜひ行ってみなくちゃなぁ。

そう云えば、僕が昔好きで憧れたフォークシンガーの高田渡さんが亡くなった。中学、高校とちょうどフォークソングブームがあり、「ぐわらん堂」と云う店を中心に活動をしていた友部正人やシバ、いとうたかお、加川良なんかと並んで、高田渡は子供の僕にとって「背伸びする」に相応しい大人の曲を歌ってたっけ。高校を卒業して、東京に出てきた頃、渋谷に「ZOO」と云う喫茶店があり、そこでコーヒーを入れていた人が若林純夫と云って、やはり昔吉祥寺とかで歌っていたフォークシンガーだった。山本コータローなんかと一緒に「武蔵野たんぽぽ団」なるバンドを組んでレコードも出していた。そんな憧れの一人がコーヒーを入れてくれて、いろんなウンチクを語ってくれる訳だから、学校が終わると毎晩ZOOに通ったものだ。
気付いたら、みんなもういい歳になってるんだなぁ。28日に高田さんの追悼コンサートがあるらしい。ちょうど、出張で行けないのだけれど、素晴らしい追悼に成る事だろう。高田渡さん、ご冥福をお祈りします。合唱。

さて、話を戻すが、
増田太郎さんが参加した「北海道別海高校歌声プロジェクト」がきっかけとなって、フジテレビのプロデューサーが1年間、別海町に移り住んで密着取材したドキュメンタリーが今日フジテレビの夜の特番で放映される。酪農と漁業が中心の、この何も変化のない北のはずれの田舎の街の高校生たちが始めた「歌声プロジェクト」。これをきっかけに生徒だけじゃなく先生もみんな何か新しい力が湧いてきた筈だ。事の起こりは、彼のホームページに届いた「自分たちの手で、感動できる何かをやり遂げたい」 という、一通の女子高校生からのメールだった。先生がたまたま切り抜いた太郎さんの本「毎日が歌ってる」の記事を切り抜いて持っていた先生が、自分たちの学校に誰を呼ぼうか悩んでいた生徒たちに彼の事を伝えたのだ。生徒からのメールに心を動かした彼は快く「歌声プロジェク ト」を引き受けた。
その時の模様は、産経新聞、サンデー毎日ほか、新聞各紙に掲載され、 フジTV「とくダネ!」やBSフジドキュメント番組として「僕は歌になりたい」が放映されたらしい。見れなかったというか、最近まで増田太郎という存在を知らなかったのが残念だ。再放送しないかなぁ、見たいなぁ。
今夜の番組は、あくまでもきっかけだから太郎さんは出ないらしい。でも、上質のドキュメンタリーとして多分見れば素直に感動する番組だと思うのだ。何故なら、僕は彼から別海高校の事を聞いて、すぐサイトで「北海道別海高等学校歌声プロジェクトとの日々」を読んでみたんだけど、みんなのメイルを読んでいて、自然に涙が出てきてしまったんだなぁ。

沢山の人たちに増田太郎を知ってもらい、歌を聴いてもらいたい。頼むぜ、みんな。応援してくれよな。


「北海道別海高等学校歌声プロジェクトとの日々」website


フジテレビ特番「桜の咲く頃に」website
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by cafegent | 2005-04-22 14:42 | ひとりごと