東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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昭和30年代映画が目白押し。

和歌山の取引先から大量にみかんが送られてきて、毎日ビタミンCだけは豊富にとっている。
で、さっきみかんの皮を剥いたら、なんとクリスマスらしい事か。
カタチがジンジャーマンになっていた。あんまり可愛いからまたおバカな写真をとってしまった。
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ここ最近の日本映画界は、昭和30年代が流行っているらしい。映画を創るネタの宝庫がこの時代だ、と朝日新聞のコラムに書いてあった。今から40数年前の東京は戦後の復興と高度成長で生活がどんどんとモダンに移り変わっていた時代だったっけ。テレビは急速に普及していたが、まだまだラジオの時代だった様な気がする。
僕の生まれる数年前に東京タワーが完成し、小学生の頃はまだ家の前の通りを都電が走っていた。生活スタイルも様式になり、ちゃぶ台が無くなり、メラミン仕上げのテーブルとパイプ椅子での生活になったりしても、魚を焼く時は、玄関の外で七輪だった。渋谷の東急東横店の前には沢山の傷痍軍人がハーモニカを吹いたりしながら、座って寄付を集っていた。渋谷は、安藤昇率いる安藤組と云う一家が仕切っていたが、ウチのおじいちゃんがそこの組員とかに勉強を教えたりしていたから、
小さい頃は、彼らに可愛がられたりしたものだ。
先日、そんな時代をそのまま再現した「ALWAYS 三丁目の夕日」と云う映画と「カーテンコール」を観た。
「三丁目の夕日」は、僕が中学生か高校生の頃に読み出した西岸良平の漫画の映画化なのだが、最近のCG技術はとてつもなく凄い!。家々はセットなのだが、汽車の窓からの風景や都電が走る街並のリアルな事。架空の夕日町3丁目が舞台なのだが、建設途中の東京タワーが見えたり、都電が走っていたりで、まるで僕の育った恵比寿3丁目界隈を思い出してしまった。昔は西麻布界隈も材木町、霞町、笄櫻町って呼ばれてたし、恵比寿、白金あたりも伊達町とか豊沢三光町などと粋な名で呼ばれいた。近所に従兄弟の家があり、そこが町工場(こうば)だったから学校が終わるとみんなで工場に集まって訳の分かんない部品とかをもらって宝物にしたりして遊んだっけ。「カーテンコール」は昭和36年の下関にあった「みなと劇場」と云う映画館の幕間(まくあい)芸人を探して行く話なのだが、こちらの映画はそこに当時の在日問題を取り上げており、今の韓流ブームを昭和の歴史を振り返りながら受け止める事が出来た映画でもあった。
ただただ、古き良き昭和30年代を懐かしく、可笑しく、切なく泣かせてくれたのは「ALWAYS 三丁目の夕日」かな。最低5回は泣くぞ。こんな映画を観て、男もたまには泣かなくちゃあかんのだ。
「ALWAYS 三丁目の夕日」
「カーテンコール」
あぁ、あの頃はあんなに純粋無垢だったのに、今はただの飲んだくれ爺ぃだ。いや、素直で純粋には違いないか。だって、すぐ惚れるもんなぁ、俺たち飲んだくれたちは。さて、今日は冨士屋本店、Nonのコースと行くか。
そうそう、テアトル新宿で公開している「狼少女」も昭和の「見せ物小屋」をモチーフにした映画だ。のんだくれ御大、なぎら健壱が出ているので週末にでも観てこようっと。
「狼少女」
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by cafegent | 2005-12-13 19:51 | ひとりごと