東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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二年に一度の「神田祭」で、江戸の心意気に触れた。

5月13日の日曜日、午前中は曇っていたが午後からは暑さがもどって日差しの強い一日になった。この日は2年に一度開催される「神田祭」を観に行ってきた。
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飲み仲間の連中も集まるという事で午前中に秋葉原駅へ向うと駅前には大勢の人だかり。次の宮入を待つ「神田市場」の方々が出番前で寛いでいた処であった。
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銀座のバー『ビザール』の常連、石津さんが神田祭を手伝って出ていると聞いていた。
まぁ、行けばどこかで会えるだろうと何の計画も無く出向いた訳だが、余りの人の多さに圧倒されてしまった。それもそうだ、この日は2年に一度、神田、日本橋、秋葉原、大手・丸の内氏子町会108カ所ものお神輿が80基近くも神田明神に宮入をする。当然、町の至る処で「宮入」を待つ各町会の神輿が待機しているのだ。
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氏子各町会毎にそれぞれが揃いの半纏んや浴衣で身を整えている。
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中にはふんどし一丁の姿も見かけるが、あれだけ大勢の連中が揃いの祭半纏姿で集まっていると江戸から続く粋と心意気が伝わって来る。
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万世橋から須田町をぶらぶらとしていると「鍛冶町一丁目町会」の神輿が威勢良くやってきた。すると、その中から「おや、おや。観に来てたんですか!」と声をかけられた。はて、鍛冶町に友人居たかいな、と思いきや以前オフィスをシェアしていたコンちゃんが「鍛冶一」と大きく染め抜かれた祭半纏姿で現れた。大阪出身のコンちゃんは大の祭好きと聞いていたが、2年に一度の神田祭も欠かさず神輿を担ぎに来ているそうだ。
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実際、神輿を担いでいる時のコンちゃんは、実に良い顔をしていたなぁ。

須田町まで来たら腹が減って来た。平日だったら『まつや』の手打ち蕎麦か『ぼたん』の鳥すきやきも良いが、日曜なので『薮そば』に行く事にした。
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店の近くまで行くと行列が出来ている。そうだよな、神田祭なんだから混んでない方が変だよな、と妙な納得をして並ぶことにした。
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まぁ、蕎麦屋で長居はしないだろうし、天気も良いので庭の木々を眺めながらのんびり待つことにした。20人程が並んでいたが、30分もしないうちに席に通してもらうことが出来た。

まずは、冷えたビールの大瓶を貰い乾いた喉を潤すのだ。山葵の効いた蒲鉾をアテにコップのビールが一気に無くなっていく。江戸前穴子の天ぷらで常温の菊正宗をいただく。神田薮はお猪口がとっても小さいので、お銚子1本でもチビリチビリと飲むことになる。2本目を呑み終わった頃を見計らって仲居さんが蕎麦を運んできた。この絶妙なタイミングが「蕎麦屋で呑む」の楽しみの一つなのだ。酒を呑まないお客さんのおそばはサッと持って来るのだが、肴をアテに酒を楽しんでいる客をちゃんと見ているのである。濃い味のつゆを少しだけ浸けてズズっと戴く。そばの味と喉ごしを堪能したら、もう幸せなのだ。日本酒が効いた胃をまた冷たいそばが冷ましてくれた。さて、外はまだ行列だ。祭りに戻るとしよう。
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妻恋坂から神田明神の境内に入ることにした。
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前日に奉納された平将門のみこと、えびす様、だいこく様の3基のお神輿にお参りをしてから、御社殿の方へ。人を押しのけながら、ズンズンと前の方に行き、各氏子町会のお神輿が宮入りする姿を見物することにした。
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石津さんが参加した神輿は2つ前に宮入をしてしまったそうだが、そこへちょうど「百組」の半纏を来た組頭の徳太郎さんが現れた。
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さぁ、これから「鍛冶町二丁目町会」の神輿が宮入に入るところである。それにしても壮観だ。「まだまだーっ!」「左だ、ひだりーっ!」、「そんなんじゃ駄目だ、下がれーっ!!」のかけ声に合わせて神輿が前後左右に揺れている。担ぎ手たちのかけ声も最高潮になり、見ている僕でさえ胸躍っているのだ。
いざ、無事に「宮入」が終わると大歓声である。
いやぁ、興奮したなぁ。思わず彼らと一緒に神田明神の神様へ二礼二拍手一礼をしてご先祖様に感謝した。

境内で3基ほどの宮入りを見物して、外へ。神田明神下から東京医科歯科大の交差点あたりで『ビザール』のアッコちゃん達一行と合流。
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無事に「宮入」を終えた徳さんも上機嫌で皆と談笑していた。
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ビザールのカズ君も決まっているじゃないか。

さて、「宮入参拝」を終えた神輿は秋葉原駅前の「お祭り広場」でそれぞれ自慢の神輿振りを競う「神輿天国」に向うのだが、我々は所詮呑んだくれ、「お酒天国」に突入するか、と開いてる酒場を探しに町を彷徨うのである。神田明神下から妻恋坂へまたもグルグルと行ったり来たり。

そして、見つけたのが外神田6丁目の「まかない料理 まないた」だ。「12人入れますか?」に心良くOKの返事を頂いたモノのせいぜい6人しかすわれないお座敷が空いているのだ。が、そこは工夫次第でなんとかなるモノ。座敷の外に椅子を拝借して、何とか酒にありつけたのである。
「まかない料理/まないた紹介記事」

枝付きの枝豆をアテに生ビールが美味い。そのうち熱燗が何本もテーブルの上に転がり出している。そんなこんなでひとしきり酒が廻った頃に組頭の石津さんも仕事が終わったとの連絡が入ったので、一同銀座へ移動した。松坂屋の裏手のビルの4階『しゃくしゃく』と云う店へ案内される。15名近くになっていたが、今度はゆったりと個室でした。
宴が盛り上がってきたところで、徳さん登場。

徳太郎さんも組で頭張っているので、通り名がある筈だが、何故か「徳さん」と呼ばれていると伺った。石津さんは「小田二丁目」の頭で通称「小田二(おだに)さん」と呼ばれているそうだ。何だか面白い世界だなぁ。祭や木遣りなどを見ていると、その世界をもっと深く探ってみたくなる。
子供の頃、恵比寿の実家のお向かいさんが「榊原組」と云う鳶だった。夕方になると背中一面に彫り物をした兄さんたちに遊んでもらったりしたもんだが、あの頃は小さすぎて鳶とか祭に深く興味を抱かなかったが、歳を取るに連れてそう云う事に興味が湧いて来る。
近々、石津さん達に「江戸消防記念会」や町鳶の方々のお話を聞いてみたいものだ。
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by cafegent | 2007-05-14 19:30 | ひとりごと