東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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寺山修司没後25周年。時代は廻ると云うが、今の世代に『寺山ワールド』を知ってもらいたいなぁ。

明け方雨が降ったのか、雨露に濡れた朝顔が美しく咲いていた。
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今朝は岡山から贈って頂いた大粒の葡萄「ニューピオーネ」を食べた。
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思った以上に甘く、果汁がとても多いのでこれでカクテルなんぞ創ったら、美味いだろうなぁ。白ワインでコンポートなんてのも良いかもしれんな。今夜、試してみよう。

役者の尚玄君を通じて知り合った映画プロデューサーの今井みはるさんが僕のオフィスまでお越し頂いてくてれた。ウチは駅から随分離れているのでなんとも恐縮してしまう。
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来年が「寺山修司」の没後25周年に当たるとの事で、4月より青森県立美術館に於いて大々的な回顧展が開かれるそうだ。

寺山修司と云えば、劇団「天井桟敷」を主宰し、アングラ演劇の世界を牽引しながら、作家としても活躍し多くの詩や小説、戯曲を残した6,70年代を代表する才人だった。
僕は当時、カルメン・マキの歌う「時には母のない子のように」の作詞や映画作家としての寺山修司から興味を持っていったのだが、中学、高校と自分が背伸びをするマセガキになるにつれ、芝居に興味を抱き、状況劇場の唐十郎、黒テントの佐藤信と同時に寺山ワールドにもハマっていったものだった。
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また、天井桟敷や赤テントの芝居を告知するポスター・アートによってグラフィック・デザインと云う物にも目覚めていった訳である。横尾忠則、合田佐和子、及川正通、粟津潔、そして宇野亜喜良、今でも大好きなアーティストたちなのだ。

今回の展覧会は「ポスターハリス・カンパニー」の笹目浩之さんが企画して実現するものだが、ご自身は寺山氏が亡くなってしまった後に「天井桟敷」に参加した経歴だと聞いた事がある。街中のレストランや喫茶店の店内等に芝居のポスターを貼るので「ポスターハリス」なのだが、洒落てるよね。
そして膨大なアングラ演劇等のポスター・コレクションを保有しており、「ジャパンアヴァンギャルド アングラ演劇傑作ポスター100」なる書籍も出版しているスゴい方だ。

笹目さんは渋谷のんべい横丁で『酒呑堂』や『やさいや』と云う酒場も営んでいるが、もう何年も前に『酒呑堂』で誰かに紹介された覚えがあるが、誰と呑んでいたかも覚えていない。確か僕より3つ程若かったような気がする。

そして、来年青森で開催するこの展覧会に合わせて東京でも連動したイベントをやりたいと構想を練っているのが今井みはるさんなのである。

そもそも、今井さんは14歳の時に書いた詩を寺山修司に見い出されたのをきっかけに詩人として活動を始めたそうで、編集、作詞等の活動の傍ら映画のプロデュースを手掛けるようになった方なのだ。であるから、今回も力の入れ具合も違うって訳だ。

今井さん、70年代に渋谷の並木橋に在った「天井桟敷館」を再現したカフェをやりたい、とのお話だったのでとっても懐かしい思いがして、これは是非とも協力しなくてはと相成った次第である。
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先日は、山口小夜子さんもお亡くなりになってしまったのだが、彼女も天井桟敷の舞台を踏んでモデルから役者へと活動の幅を広げていった。昨年は『レッドシューズ』でDJなんかも演っており、とっても元気だったのだが非常に残念でならない。

そう云えば寺山修司は83年に47歳で逝去しているのだが、僕ももうその歳を越そうとしている。
偉大な先人を数多く見ているが、僕は年齢だけじゃなく、彼らが残して来たモノを越えることが出来るのだろうか。
と、ふとそんな事が浮かんでしまったが、元気だからこそ、これから何でも出来るのだろうなぁ、と我勝手に解釈。

「寺山修司 没後25周年」に興味の有る方は是非、今井さんをお手伝いしてあげて欲しい。

さて、8月中は馴染みの店が盆休みなどを取っていたが、立石や東十条まで出掛けて休みの貼り紙を見るとガッカリしてしまうのだ。先日も雨の中『埼玉屋』まで行ったら閉まっていてトホホだった。
恵比寿『縄のれん』も前回閉まっていたが、この日は開いていた。
店内、常連さんだけじゃなく若い女のコなんかも居て結構な賑わいを見せている。
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相変わらず親子3人、汗をかきかき美味しい酒とモツを出してくれた。
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「しびれ」と「シロ」を頼み、特製のハイボールを戴く。
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下町ハイボールとはまたちょっと違う独特の味わいが病みつく味だ。
勝どきの『かねます』が再開すれば、間違いなく都心のハイボールの双璧だろう、と我勝手に思うのだ。
ただし、恵比寿『田吾作』のホイスと四の橋『鈴木屋』のカクテルは別格ね。

ガツっと肉が食べたくなり、親爺さん自慢の「はらみステーキ」を焼いてもらう。
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ここのステーキは、人数等によって自由に肉の大きさを選ばせてくれるのである。手頃な大きさをチョイスすれば、あとは熟練の技で焼き上げる。これまた絶品で酒が進むのだ。

渋谷のんべい横丁の『Non』に行くと強面ヤマさんが目尻を下げて酌んでいた。
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カウンターの一番奥に「たまごちゃん」が居たのだ。
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何だそうか、僕はお邪魔だったかなぁと思ったが、二人の間に割って入ることにした。むふふ。
久しぶりにお会いした石川ちゃんとはリリー・フランキーの「おでんくん」に登場するたまごちゃんにそっくりなのだが、いつ見ても可愛い。
ヤマさんも暫くぶりだったが楽しい酒の場になった。
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途中、松井姐さんも登場し狭い店内が一杯になっていた。姐さん、酔うと決まって寝てしまう。ウトウトしていた処をヤマさんすかさずチョッカイ出していたなぁ。流石、女性へは必ずチョッカイを出すものだと云う勝手な定義。偉い!そうか、この夜はこれが「ヤマ場」だったのね。

いやはや、この日の『Non』も素敵なコたちが集まって実に楽しかったなぁ。
宮益坂を登り『なるきよ』に着くとここでも随分ご無沙汰の恭子姐さんにお会いした。最近は秋元康氏プロデュースのアイドルプロジェクト『AKB48』のお母さん的存在としてかなり忙しいらしい。まぁ元気でなにより。姐さん、また美味しい「塩ちゃんこ鍋」連れてっておくれ。

『なるきよ』のカウンターも変わらぬ賑わいだったが、恭子姐さんたちが帰った後は、これまた知った顔のP氏と呑み直すことに。
二人で結構盛り上がり、では次行こか、と『マルクス』へ。
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ここでも酔っぱらいのお姉さんたちが盛り上がっており、カウンターで沈没した男子の顔に絵を描いて遊んでいた。こりゃ、たまらんね。
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我々端っこでその様子を傍観していたのだが、爆睡の色オトコ君、何とも情けない顔になっていくじゃないか。
そして我々オトコ二人、「男たるもの遊ばれちゃぁイカん。遊んでやらなくっちゃ駄目だ!」と意気込みだけは声高々に吠え、深夜まで呑み直すのであった。
by cafegent | 2007-09-03 19:24 | ひとりごと