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by cafegent
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仙厓(せんがい)さんの禅画に心鎮める

丸の内の『出光美術館』にて「仙厓・センガイ・SENGAI 禅画にあそぶ」が開催されている。
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仙厓は、江戸の後期博多の禅寺・聖福寺の住職として町の人々に親しまれたお坊さんである。仙厓さんは、晩年、多くの「禅画」を描き残した。そのどれもがユーモラスであり、かつオリジナリティに溢れ、禅の持つ世界を見事に水墨画の中に問うてみせた。

今年は、没後170年との事であるが、出光美術館には千枚以上の仙厓禅画を保有していると聞く。創設者である出光佐三氏は若干19歳の時に仙厓の禅画に出会いコレクションを開始するのだからまったく恐れ入る。

出光氏が一目見てハマってしまったのが、「指月布袋画賛」であった。伝助ヒゲづらの布袋(ほてい)さんが子供と一緒に夜道をのんびり歩いている図だ。
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絵の左側に「を月様幾ツ 十三七ツ」と江戸時代の子守唄が書かれている。そしてこの絵の面白いところは、お月様は描かれていない事である。流石,禅寺のお坊さんだけあって、こんなにもホノボノとした絵の中にも禅の悟りが示されてる。
布袋さんが指差す向う側には何も無いのである。そこに月を見出せるようになったら、少しは禅の悟りが見えてきたと云うことであろうか。

「一円相画賛」はスぅッと迷いの無い一筆で描かれた円相だ。
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禅の世界では、○は、無限の宇宙や悟りの境地を表すと云う。
その○を仙厓さんは、丸い餅か団子に見立てて、「これくふて 茶のめ」と書かれいる様に、そんなモノは喰ってしまって茶でも飲め、と説いている訳だ。仙厓さんならではの禅の心なのだろうか。

「博多の仙厓さん」と庶民からも親しまれていた禅宗は、言葉遊びと云った洒落心も心得ていた。
「葦」という植物があるが、「よし」とも「あし」とも呼ばれている。
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仙厓さんは、野辺に落ちた髑髏(しゃれこうべ)の目鼻の穴から生えて伸びた葦の姿を描き「よしあしは 目鼻口から 出るものか」と詠んでいる。「良し悪し」にかけて、我々へ教訓を説いているのである。
良い事も、悪い事も、同じ人間の目や鼻や口で発し、受け止められる。ただ、それだけの事。
結局、人は土に帰り、残った骸骨の目、鼻、口からは葦が伸びているのだ。うん、深いなぁ。

ふだん、絵に触れていない方も是非とも仙厓さんの禅画を観てほしい。ニヤリとしながらも、禅の心に導かれるであろう。そして、いつの日か布袋さんの指の先に「月」が見えてくるかもしれない。

午前中に帝国ホテル隣にある弁護士事務所にて、早いとこ片付けてしまいたい案件を先生に依頼してきたところだった。ここ数ヶ月の間、ロクデモない取引相手に怒り爆発していた件だったので、自分の頭を冷やす為にも仙厓さんの禅画は僕を癒してくれた。
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それにしても、上から見るお堀の池は何とも美しいものか。西日に照らされた水面が、まるでたゆたう星の様であった。

   空仰ぎ 手でまる作り 覗く秋晴れ

展覧会は10月28日まで、有楽町の『出光美術館』にて開催中である。
「出光美術館/仙厓・センガイ・SENGAI 禅画にあそぶ」」
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by cafegent | 2007-09-21 18:15 | ひとりごと