東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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散歩の途中に珈琲が飲みたくなって

朝、珈琲を煎れながら「新日曜美術館」を観た。先日、出光美術館で拝見した仙厓(せんがい)の禅画を取り上げていたのだが、さすがにテレビは便利な物で仙厓ゆかりの寺などにもしっかりと取材していた。
展覧会をより興味深く魅入る材料となり実に良かった。手に持ったマグカップの中で、まぁるく揺れる珈琲が円相と重なっていた。

午前中のうちに電車に乗り、芦花公園まで出掛けることにした。長閑な日曜日は街もどことなく静かである。それとも、世田谷と云う街が喧噪じゃないだけなのだろうか。散歩の途中、キンモクセイの香りが秋の訪れを実感させてくれた。
芦花公園駅前はずっと工事中だったマンションが完成しており景観がガラリと変わっている。狭いバス通りをまっすぐ歩くと目指す世田谷文学館が現れる。
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ここで、9月末から「植草甚一/マイ・フェイヴァリット・シングス」展が開催されているのである。
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”J.Jおじさん”として幅広い層から親しまれていた植草甚一師が没して早28年が経つ。僕の廻りの若い連中の中には、J.J氏を「知らない」と云う者もかなり居たので驚いてしまう。僕だって氏の書いた文章と編集した雑誌からしか知り得た事しか知らなかったのだが、本展覧会でJ.J氏の集めていた洋書やレコード、手作りの切手入れ箱、スクラップブック等を拝見し、改めて造詣の深さや徹底した収集力の凄さに触れたのだ。
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高校生の頃、兄貴が夢中になって読んでいたJ.J氏の本からは、実に多くの事を発見したものだ。映画の事、ジャズの事、東京散歩の事、ペーパーバックの事、ミステリーの事、などなど数えきれない程の事柄に触れ、その後の僕を形成する肥やしとなった。今考えると高校、大学と兄と一緒に住み、音楽もファッションも映画も何もかも影響を受けていた訳だが、その兄はと云えば実に様々な書籍やレコード等から知識を得ており、その受け売りを僕は必死になって追いかけていたんだ、と思う。

或る時、いつまで経ったって兄貴の歳は追い越せないのだ、と気付いた事があった。その時から実に清々しい気持ちになれて、「自分と向き合うマイペースな生き方」と云うコトを見つけたのだろうか。兄貴が買ったレコードや本では無く、自分で買い漁ったモノからどんどんと色々な事を学ぶ事がデキルようになった訳だ。一人暮らしを始めてから、随分と兄貴が読んでいた本などを自分で集めるようになった。
最近になって「植草甚一スクラップ・ブック」が復刊されたと聞く。
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この本も随分と夢中になって読んだものだった。J.J氏が紹介したモノは取りあえず片っ端から知りたくなっていた頃だ。

初めてニューヨークへ行った1984年頃もJ.J氏の本を参考に古書店などに出掛けたものだ。ワシントン広場の脇に佇むワシントン・スクェア・ホテルに泊まり、グリニッチ・ヴィレッジのダウバー・アンド・パインやストランド・ブック・ストアなどの大きな古本店を漁り、表紙買いをしていた。当然の事ながら、僕は英語力が無いのでヴィジュアル重視だった。買った本を持って、近くのカフェ・レッジオの窓側の席で見るのも懐かしい思い出だ。
気鋭のカート・ヴォネガット・ジュニアや漫画家のトミー・ウンゲラーだってJ.J氏から教えてもらった。
展覧会会場の中でJ.J氏が愉しそうにニューヨークの街を歩く姿を見て、なんだか30年近く前にタイムスリップしたような気がした。今思えば、僕の食べ歩きのキッカケとなった池波正太郎師だってJ.J氏のコラムなどで興味を持つようになったから読む様になったのだ。そして、池波さんの食べ物、銀座、芝居、映画などの世界にハマっていき、僕も東京を歩くようになった。

1978年当時、渋谷の喫茶ZOOで珈琲を煎れていたウディ若林さんは、僕の中では身近なJ.J氏のような存在であった。珈琲を飲みに行くと謂うよりもレコードや洋服、そして山口瞳、うんぬんかんぬんのウンチクに耳を傾けに行っていたっけ。
「植草甚一 /マイ・フェイヴァリット・シングス」展の会場を出ると、無性に若林さんの珈琲が飲みたくなってしまった。こんな気分の時、ふらりと入る喫茶店の珈琲は素晴らしく美味しいものだ。
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芦花公園から京王線にて新宿に向かう車中で展覧会図録を開いてみた。編集後記を読むと、本展覧会の関連イヴェントに小西康陽兄の出演を依頼したと記してあった。チラシにも「熱狂的な植草甚一ファンであり、J.J氏とその本について語る」トークショーが催されると案内してあった。思わず電車の中で笑ってしまったが、そのイヴェントのタイトルがあたかもJ.J氏がつけたようなもので「きょうの話は『ワンダー植草甚一ランド』からはじめよう。」である。そしてまた、如何にも小西兄がJ.J氏に成りきって名付けたかのようだ。
小西兄には久しく会っていないが、元気でなによりである。
「世田谷文学館のサイト」
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散歩の途中、雑草に混じって美しい芙蓉の花が咲いていた。昔の言い伝えでは、美しい女性の顔立ちを「ふよう顔」と呼ぶそうだ。
散歩の途中で、そんな素敵な出会いが在ると良いのだが...。
by cafegent | 2007-10-16 09:40 | ひとりごと