東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

尾形乾山と富岡鉄斎を観る。二人の天才芸術家に浸る一日。

空を見上げると雲が直角に曲がっていた。
b0019140_17331334.jpg
週末は朝早くオフィスで用事を済ませてから、京成立石に向かった。
先週の「宇ち多”」は比較的並んでいる人が少なかったのに、この日は11時にはもう人で溢れていた。

きっちり11時半にオープンしいつもの鏡下の席に座る。
先ずは焼酎梅割に「タン生」を戴く。続いて、「ガツ生、ハツ生を1本づつ」。生は早く出て来るから良い。ホっとした頃合いで、「レバー素焼きの若焼き、お酢掛けて!」と僕の好物を注文。すかさずアンちゃんが「レバー素焼き若焼き、焼いてーっ!お酢もかけて」と焼き場に告げる。土曜日はレバ生が無いのだが、僕は表面だけをサッと火を通す「若焼き」が具合が良い。所謂「レバーのたたき」だね、これは。レバたれ若焼きと素焼きのお酢掛けが実に旨いのだ。梅割をお替わりし、「かしら素焼きお酢」と「シロたれよく焼き」で〆る。
この日も1,020円也。あぁ、幸せな土曜の「宇ち入り」なのであった。
*****************************************************
午後は、有楽町の出光美術館にて「乾山の芸術と光琳」展を拝見する。
b0019140_1734663.jpg
艶やかな装飾画を得意とした尾形光琳は「琳派」を代表する偉大な画家だが、その実弟である尾形乾山も陶芸家としての溢れる才能を持ち、海外の様式なども積極的に写し、自らの陶芸に見事に取り入れていた。

今回の展覧会では、京都の鳴滝に開いた「鳴滝乾山窯」に焦点を当て、近年の窯跡発掘調査により出土した乾山の陶器、陶片などと共に兄、尾形光琳の絵付けした乾山の角皿等も多数出品された。
また、乾山が影響を受けたオランダのデルフト窯の陶器とそれをモティーフにした「色絵阿蘭陀写花卉文八角向付」など見事としか例えようが無いほどだった。
絵付けと造形の美しさやモダンさは、今でもそのまま通用するデザインであり、光琳には無い大胆な図案が多い。

平成12年に「法蔵寺鳴滝乾山窯址発掘調査団」が結成され、5年間に及ぶ鳴滝窯の発掘調査では出光美術館も参加したそうだ。地中を掘っていて、出土した陶器の破片に「乾」の文字を見つけた時は、さぞかし感動したものだったろうなぁ。

尾形乾山のモダンな造形美センスに驚かされたが、本展では大変面白い手紙も展示されていて興味深かった。それは弟乾山が兄光琳に当てた手紙で、いいかげんに貸した金を返して欲しい旨が、書かれている。元々、二人は京都の裕福な呉服商の家に生まれて莫大な財産を貰い受けたのだが、遊び人の光琳は「大名貸し」と言って蔵米を担保に大名に高利で金を貸していたのだが、貸した金が返っても来ず、受け継いだ財産を湯水の様に使い果たしてしまったそうだ。しかし、20代でこんなに破天荒な生き方が出来るのもまた才能だろうか。

そして、弟乾山にまで相当の借金をこさえたのである。ホトホト、呆れた乾山が長々と手紙で文句を言っている訳である。乾山は光琳とは正反対の性格でとても慎ましやかな生活を送っていたと言われている。まぁ、そんな借金の苦境を乗り越えて、兄光琳も画業に専念するようになり、兄弟での合作も多く残されている。こんな不肖な兄を絵の世界に引き戻すのだから、乾山もまた大した弟である。
そんな二人の合作も多く展示されていて、非常に充実した内容の展覧会だった。
残念ながら16日で終了してしまったが、出光美術館には多数作品が保有されているのでまた見られる機会もあるだろう。
b0019140_17365478.jpg
この興奮覚めやらぬうちに今度は神谷町に向かいホテルオークラの「大倉集古館」で開催中の「富岡鉄斎」展を拝見した。こちらも16日までだったので、何としても観たかった展覧会だった。
b0019140_1735293.jpg
「大倉集古館」の庭には石像が幾つも鎮座している。
b0019140_17361522.jpg
本展は大和文華館所蔵のコレクションを集めており、富岡鉄斎の墨絵の世界を存分に堪能することが出来た。

天保7年、幕末に生まれた富岡鉄斎は89歳と言う長寿を全うしたが、生涯勉学に励み、絵筆を握っていた。中国の故事や日本の歴史話、或いは日常の生活をモティーフにダイナミックに描いた作品が多い。
b0019140_17343970.jpg
晩年、85歳の時に描いた「富士山頂上図」は実際に冨士の頂上に登った証しの記念印が捺印された紙に壮大な冨士山頂を描いていて面白い。
また、老人100人の姿を描いた「百老図巻」も仙厓の作品を彷彿させて興味深く拝見した。

人物を描いた掛け軸の中で、尾形乾山像を描いた作品が出ていた。
思わぬ所で、乾山と鉄斎が繋がるなんて、なんて素敵な出会いなのだろう。これだから展覧会巡りは面白いネ。
ホテルオークラでは、時々素晴らしい展覧会を催しているのだが、定期的にチェックしないとうっかりして見過ごしてしまうことが多い。
b0019140_17393152.jpg
風が強く空気が澄んだ空、富士山には見事に雪帽子を被っていた。さて、鉄斎ならば、どう描くだろうか。
[PR]
by cafegent | 2007-12-18 17:41 | ひとりごと