東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

「ルパン」の名バーテンダー高橋さん、さようなら。

今日も朝から日差しが強く、暑さが厳しいネ。

ちょうど午前中に内幸町で打ち合せが終わったので、その足で一駅ばかし歩き御成門まで出掛けた。

慈恵医大の入り口に在るうなぎの老舗「ての字 本丸」は三十人程の行列が出来ていた。
b0019140_15594865.jpg
さすがに土用の丑の日だ、一階では次から次と蒲焼きを焼いているし、お弁当お持ち帰りの人の列と二階で食べる人の列が道を塞いでいた。
炎天下の中、待つ事30分ばかし。階段の上に近づくにつれ、エアコンの冷気が顔を優しく撫でてくれるのだ。うぅ、幸せな待ち時間。

今日はうな重の上をいってみました。
b0019140_16254520.jpg
東京の鰻の蒲焼きはふっくらと蒸して焼くのだが、口の中で溶けていく感じがたまらなく旨いのでアル。白焼きをした鰻を蒸籠(セイロ)に入れて柔らかく蒸し、それをじっくりと炭で焼きあげるのだ。「ての字」では、三度タレに浸けて焼くそうだ。一度目のタレで味を決め、二度目で味と色に深みを持たせ、三度目で蒲焼きの照りを出すと云う。この一手間が美味しさの秘訣なんだネ。
ちょっと奮発しても1800円なのだから、此の店はなんて良心的な値段設定なのだろうか。泣けてくる。
此処は江戸のふっくらした蒲焼き以外にも白焼きを蒸さずに焼く尾張流の食べ方も楽しめるのだ。たまり醤油で味付けした鰻をネギと海苔でまぶして食べる「信長丼」や「ひつまぶし」も「ての字」の名物のひとつなのだ。

新聞の切り抜きをしていたら、銀座の老舗バー「ルパン」の記事が目に止まった。
「ルパン」で半世紀以上もバーテンダーを務めていた高橋武さんが肺炎の為に天に召されたのだ。82歳だったそうだが、数年前まではカウンターの中に立っていた。
b0019140_15573435.jpg
僕が初めて銀座のバーの扉を開いたのが、此処「ルパン」だった。たしか、1982年頃だと思う。社会人になりたてで少し背伸びしたい年頃だったので、年上のガールフレンドに連れられて、ルパンのカウンターでとびきり辛いモスコゥ・ミュールを吞んだものだ。僕が訪れた時には創業者の高橋雪子さんは病気で引退しており、弟さんの武さんが店を任されていたのだ。
「ルパン」で大人の酒場を知り、そこからバー「クール」を始め、様々なバーへ行く事になった。
そう云えば、昔ガールフレンドを連れて、青山の高級バー「ラジオ」で尾崎さんに薦められるままカクテルを堪能し、お会計の時に現金が足りずに友人に電話して持って来て貰った事があった。カクテルが目玉飛び出る程高かったのには、さすがに驚いたし、参った。
銀座の老舗バー「偏喜館」では、店主の永井さんに永井荷風の事を色々と聞いた事がある。そう云えば、偏喜館のゴルフコンペで生まれて初めて「馬刺に納豆が合う」事を教えてもらったっけなぁ。
まぁ、どのバーにもそれぞれ懐かしい思い出がいっぱい残っており、人生を振り返ると必ず其処には酒場が在ったような気がするナ。
b0019140_16211911.jpg
ちょうどひと月程前、同じく朝日新聞の記事で写真家の林忠彦氏が撮影した、あの有名な「太宰治」の写真のコラムが載っていた。

バー・ルパンのカウンター越しに軍靴を履いた太宰が足をバースツールの上に乗せて寛いでいる自然体の姿だ。太宰が愛人の山崎富栄と入水自殺をした後に富栄の家の仏壇に飾られた太宰の遺影は、この時の写真だったそうだ。
林忠彦の名を世の中に一躍広めた名作品だが、同時に「ルパン」もまた広く世間に知られたのだろう。

銀座の灯がまたひとつ消えてしまったナ。
高橋武さんのご冥福を心よりお祈りしたい。合掌。
by cafegent | 2008-07-24 16:25 | ひとりごと