東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

アール・デコ空間に佇む木彫の彫刻。「舟越桂 夏の邸宅」を観た。

日曜の雨降りから少し過ごし易い風が吹き込むようになっていた。ずっと熱帯夜が続いていたので、久しぶりに窓を開けて眠るのが心地良かった。
それでも今日はもうジリジリと暑い日差しが戻って仕舞ったね。

北海道、美瑛から朝摘みのとうもろこし「ピュアホワイト」が送られてきた。北海道は日照時間が長いので他の産地に比べると糖度が高い。そして、昼と夜の温度差も激しいので、温度がグンと下がる為、糖分の消費量が少なく糖度が保たれるそうだ。先ずは生で食べるのだが、その水々しさと甘さに驚くのだ。こうなるともうフルーツなのだネ。朝は生で頂き、夜はビールのアテに茹でて戴く。
b0019140_13351847.jpg
あぁ、小さな幸せだ。

とうもろこしの粒ってお米と同じで、水分を吸収するので美味しくご飯を炊くときに30分程水に浸けるように、とうもろこしも十分水に浸すといい。要するに水から茹でれば良いのだナ。沸騰して2、3分茹でればもう良し。この時に鍋に塩を入れては駄目なのだ。塩を入れるとプックリした粒がシオシオに萎れてしまうのだ。塩は茹で上がってから好みで振ると良い。僕は何も付けず、甘さを楽しむのだけどね。

縁日気分で、焼きとうもろこしも旨い。生で食べられるのだから、そのままグリルか網で表面を焼けば良いのだ。両面を10分程焼いて醤油を塗り、更に2分程焼けば完成だ。香ばしい匂いが、これまたビールに合うのだナ。むふふ。

8月末には、十勝の足寄町からフルーツとうもろこしの「あまえん坊」が届くのだ。朝もぎ立てをその日のうちに航空便で届けてくれるので、翌日には家で食べられるのでアル。あぁ、今から待ち遠しい。

雨が止まない日曜の午後、散歩がてら白金の庭園美術館に行ってみた。
b0019140_1336311.jpg
東京都庭園美術館では、ちょうど今彫刻家の舟越桂さんの展覧会「夏の邸宅」が開催されている。
b0019140_13373952.jpg
5年前、木場の東京都現代美術館での大規模な展覧会を観たが、大きな展覧会はそれ以来だろうか。或の時は、広いスクェアな空間をゆったりと使いながらも、可成りの作品の数々が展示された。その迫力ある彫刻の数に圧倒されたのを思い出す。中でも展覧会出品用に制作された「水に映る月蝕」と云う作品には驚かされた。天使の翼を彷彿させる背中から突き出た手がとても印象的だった。

舟越桂が創り出す彫刻群は、どれもその瞳に引き込まれて仕舞う。大理石で出来た瞳は必ず片方がズレており、所謂「斜視」になっている。
以前、拝見したインタビューでも、わざと「外斜視」にして遠くの方を見つめる様に配置していると語っていた。その虚ろな視線の向こうには作者自身の想いが秘められているのだろうか。

今回は氏が近年シリーズとして制作し続けている「スフィンクス」が展示されていたので、此れ等を拝見する事も楽しみだったが、本展覧会を知った時から、何より此のアールデコ様式美に彩られた洋館「旧浅香宮邸」との見事なまでの作品群との調和を楽しみにしていたのだ。
b0019140_13402423.jpg
大理石に囲まれた浴室に置かれた「言葉をつかむ手」にしばし足が止まり、或の「水に映る月蝕」も5年前に観た時と全く違う印象に息を吞んだ。重厚な石の暖炉を飾る見事な壁画は、あたかも此の作品を待っていたかの様に思えたのだ。

深い眠りから覚めたクスノキの木彫り彫刻像がアール・デコ様式の館の各部屋に静かに佇んでいるのだ。言葉は発しないが、見る者に何かを語りかけている様だ。

庭園美術館の入り口を入ってすぐに展示されたスフィンクスシリーズの「戦争をみるスフィンクス」に始まり、「森に浮くスフィンクス」、「遠い手のスフィンクス」など、此の邸宅美術館で観ることが出来て、より強く引き込まれて仕舞った。

人間なのか化身なのか、ギリシャ神話の中のスフィンクスは女性の顔と乳房を持ち、鷲の翼とライオンの躯をした怪物なのだが、此処に居るスフィンクスは両性具有の躯を持つ不思議な存在だ。豊満な乳房に力強いまでに鍛え上げられた筋肉、そして動物の様な長い耳を持ったスフィンクスである。

「戦争をみるスフィンクス」は2体制作されているが、「戦争をみるスフィンクスⅡ」に見られる表情は、今回のシリーズを象徴しているかに思えた。
先に「東京都庭園美術館ニュース」での解説を読んでいたので、必然的に作者の意図する所へと誘導されたのだが、可成り強烈なインパクトを与える像であった。
b0019140_13512575.jpg
眉間にしわを寄せて、苦虫を潰したような表情で遥か遠くを見つめるスフィンクスは、とてもアイロニカルで不気味な笑みで彼方を見つめている。まるで此の地球上で実際に起きている様々な戦争を見て嘆いている様に見えた。解説では「イラクやパレスチナのおぞましい戦争を見て、思わず顔を曇らせているのだ。」と記されていた。作者自身の思いを木彫りの人物像に託した訴えなのかもしれない。

「これが現実の世界なのだよ、諸君」とでも語りかけてるのだろうか、それとも「神の望まない結果が実際に起きているのだね。」と、悲しんでいるようにも見えて来る。

舟越桂が創り出したスフィンクスは、まるで「パンドラの箱」を開けて仕舞った愚かな人間たちへの「怒り」「悲しみ」「嘆き」「虚無感」を全て秘めているかの様だ。

新作の「見晴らし台のスフィンクス」では、スフィンクスの頭部から小さな男性が拳をあげて居る。「新日曜美術館」の中で語っていたが、此れは舟越桂自身の自刻像だと云う。スフィンクスと同じ目線で、人間がやっていることを見たい」との事だ。
「森に浮くスフィンクス」は高い所から人間社会を見下ろしている様に見えた。現実社会への芸術による舟越桂のテーゼなのだろうか。

一連のスフィンクスシリーズは、これまでとは違う舟越桂の世界を切り開いたようだ。

アーティスト舟越桂は、「リアリズムとリアリティは違うのだ。」と語っていたが、太いクスノキにノミを当て、命を吹き込む姿は凄い。電動ドリルを抱え、瞼に穴を開けている姿は、まるでアンドロイドを作っているロボット博士の様である。
会場の一室に「ピノッキオ」の像が展示されていたが、人の影が無くなる隙を見計らって、何処かへヒョイと飛び出して仕舞うんじゃないかと思った。

舟越桂が彫り上げる作品の存在感は、現実を遥か遠い望郷の世界から眺めている様だ。永い間、人が住み続けたアール・デコ洋館の部屋から、現実を見つめる木彫りの彫刻像たちは必見だ。

今回は彫刻のみならず、ドローイングや版画も多数展示されていた。彫刻の制作過程の「習作」と云う枠を越え、一つの完成された作品としてのドローイングは実に素晴らしい。
b0019140_13383763.jpg
雨降りの午後、旧浅香宮邸宅の館内には妙な湿度を感じたが、木彫りの人物像とアール・デコ様式の館は互いに共鳴しあっていた。
b0019140_13393951.jpg
アンリ・ラパンが手描きで装飾を施した部屋の中で、何かを見つめる「遠い手のスフィンクス」やルネ・ラリックのシャンデリアの下に無言で佇む「肩で眠る月」の像など見事なバランスで置かれている。

「夏のシャワー」と云う古い作品も印象的だった。
b0019140_1339057.jpg
本が一冊も無い書庫の中に男が一人佇んでいるのだが、何処か物寂しげな顔に見えた。まるで、書物を欲している様にも思えるのだ。

もう一度、今度は日差しの強い晴れた日に訪れてみたいと思った。
b0019140_1337567.jpg
「舟越桂 夏の邸宅」展は、9月23日まで開催しているので、是非。

本展の作品カタログを販売していたのだが、残念な事に此の旧浅香宮邸宅での展示が載っていなかった。但し、今井智己さん撮影、服部一成さんデザインの小さな展覧会カタログが200円で販売しているので、此れは絶対に手に入れておきたいものだ。
b0019140_1424864.jpg
そうそう、会場に来て知ったのだが、木で出来たアクセサリーやボタン等を身に着けて行けば団体割引料金(800円)になるそうだ。帰りの珈琲代が浮くネ。
by cafegent | 2008-08-19 14:07 | ひとりごと