東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
カレンダー

2009年 11月 20日 ( 1 )

   春を待つ事のはじめや酉の市

これは、芭蕉の弟子、其角の詠んだ有名な句だ。初春を迎え待つ酉の市の情景が目に浮かんでくる。さぁ、今年も酉の市の季節がやって来た。
b0019140_16142076.jpg
先週の12日が一の酉で、来週の火曜24日が二の酉である。

酉の市と云えば、浅草の酉の寺が一番だが、僕の仕事場の在る目黒にも大鳥神社の酉の市が催される。商売繁盛を願い、僕も毎年足を運ぶ。
b0019140_15445939.jpg
福を掻き込む熊手に願掛けをして新しい年を待つのだ。境内に処狭しと並んだ熊手屋さんの中からいつもの顔を探す。そして毎年恒例の熊手商談が始まるのだ。値段交渉の駆け引きが威勢良く行われ、値切っていくのだ。これが実に愉しく、まさに酉の市の醍醐味でアル。

そして商談成立したら「商売繁盛!商売繁盛!さぁさぁさぁっ!」の掛け声と共に手締めを打ってもらうのだ。
新しい年に福の神がやって来るよう願いを込め威勢よく手を打つ姿が、今年一年の締くくりに我が身も引き締まるってもんだ。値切った分は、ご祝儀に置いてく。コレが大事なんだよナ。

   三の酉しばらく風の落ちにけり

こちらの句は久保田万太郎の詠んだもの。浅草生まれの万太郎は吉原や向島芸者とも馴染みが多かったのだろう。小説「三の酉」は、芸妓おさわと酉の市に行こうと約束しながら、彼女の死により果たせなかったのだ。悲しみの虚無感から生まれた一句だろうか。

昔から三の酉まである年は、火事が起きたり、吉原に異変が起こると云われているそうだ。そんな言い伝えを知って読み返した事があったナ。

でも、本当は浅草酉の市へ出掛けた帰り道に旦那衆が吉原に繰り出さぬように注意を促したものだったらしい。家を出るときは女房に堂々と大腕降ってお酉さまにお詣りに行ってくると云って出掛け、ちゃっかり帰りに吉原へしけこんで朝帰りってやつだネ。あぁ、なんと羨ましい時代だったコト。
  
    お多福に熊手の客が引っかかり

これは川柳だが、お多福ってのは遊女だナ。みんな気分良く浮かれているから、つい足がふらふらと大門を潜ってしまうんだろうネ。

正岡子規も酉の市を詠んでいたので、ちょいと紹介。

    吉原ではぐれし人や酉の市

今年は二の酉までだが、生憎のギックリ腰のせいで一の酉に行けなかったのだ。来週はなんとしても二の酉に行かなくては。
       ◇        ◇        ◇
b0019140_1631592.jpg
今日は目黒川近くの美味い蕎麦屋『川せみ』で昼食をとった。
冬野菜がたっぷりと入ったつけ汁のせいろ「冬せみそば」を戴いた。
b0019140_15454423.jpg
手打ちの蕎麦は申し分なく良い薫りでいつも通り美味かったのだが、つけ汁がちょいと味が濃過ぎて少しだけ浸けて食べる事にした。それでもレンコン、人参、大根、ごぼうは味が滲みて美味しかった。汁はそば湯で割っても呑む事が出来なかった。あぁ、ふつうの蕎麦にすれば良かったなぁ。

火曜日は酒を抜き、お茶菓子食べつつ読書で過ごした。
b0019140_15461016.jpg
貰い物の「寛永最中」は粒餡が甘過ぎずお茶との相性も良かったナ。

奥田英朗の最新作「無理」は、過去の作品「最悪」と「邪魔」に続く漢字二文字作でアル。
b0019140_1546534.jpg
何処かの地方都市に暮らす五人の登場人物が、どんどんとんでもない状況に追い詰められていく様にこっちまでグイグイと引きづり込まれてしまうのだ。

新聞を開くと毎日の様に目にする事件や諸問題がてんこ盛りに登場し、彼らが疾走していく姿に息をのむ。読みながら、心の中で、「あぁもう無理」と唸ってしまうのだが、流石は奥田英朗でアル。各人の人間味の描写や展開が素晴らしく一気に読み終える群像小説だった。この方、僕と同い年だったナ。凄いねぇ、次から次と素晴らしい作品が書けるのだから。

水曜は、日暮れと共に立石召集令状。酒朋ビリーと『宇ち多゛』で待ち合わせることに。

京成立石駅の階段を降りつつ宇ち多の暖簾を確認すれば、並んでいる人がいない。で、スンナリと中へ。真ん中のカウンター席に座り、カシラの素焼きお酢掛けを戴く。この日は普段ならば開店早々に無くなってしまうコブクロの固いトコが残っていた。
b0019140_15485675.jpg
コブクロとは子宮のことでアル。柔らかいトコも好きだが、固い方のサクサク感がたまらん美味さなのだ。
b0019140_15494341.jpg
暫くするとビリー隊長が登場し、いつもの奥席へと移動した。やっぱり定席に座ると落ち着くのだナ。

この日は珍しくツルを出して貰った。
b0019140_15501295.jpg
中々平日の昼間に来れないので、久しぶりにツルの味を堪能した。ツルとは豚のオチンチンでアル。これが実に美味いのだヨ。

大根とシロ素焼きお酢掛けを食べて一軒目終了。
『栄寿司』も品切れか早々に閉店していた。たまには別の処で呑もうと云う事になり、八広駅へ出た。
b0019140_15573024.jpg
此処から水戸街道を突っ切り、鐘ケ淵の駅を過ぎるまでの449号線を「酎ハイ街道」と呼ぶ。
b0019140_15514498.jpg
『伊勢元酒場』に始まって『日の丸酒場』『丸好酒場』『亀屋』『和楽』『愛知屋』『十一屋』『大吉』、そして『はりや』辺りまで。
b0019140_1554168.jpg
この奥様公認酒場ってのが泣かせるゼ。
b0019140_15575989.jpg
良い店が軒を並べているナ。

丸好を覗くとあいにく一人分しか空いていない。では、ドン突きまで行こうと鐘ケ淵の商店街を歩き、開かずの踏切を待つ。
b0019140_1552712.jpg
鐘ケ淵駅を越え暫く歩くと酒場『はりや』の灯りが見える。
b0019140_15522969.jpg
初めて訪れた人は中が見えないので一瞬躊躇する店構えだ。

此処の酎ハイはウマい。ウィスキーハイやジンハイも有るが、やはり酎ハイを頼む。
b0019140_15524892.jpg
ほうれん草のお浸しに鯖焼きを戴いた。
b0019140_15531478.jpg
此処の佇まいは、侘びた雰囲気が実に良い。縄のれんをくぐり、ガラリと戸を開けると時が止まった様な空気が漂っているのだ。昭和6年創業の店内は、永年使われ縁が丸く艶光りしたカウンター板が僕らを和ませてくれる。

親爺さんの見事な白銀髪に見とれてしまう。
b0019140_15503863.jpg
あぁ、こんなカッコいい年寄になりたいものだ。『はりや』は夫婦揃って実に知的で凛とした風貌で、若いときはプロレタリア文学なんかにハマってたんじゃないだろうかと思わせる。

ちょいと小腹も空いたので、キャ別炒めも戴いた。
b0019140_15533712.jpg
此処の「キャ別炒め」とは焼そばのコト。酎ハイは親爺さんが作り、肴は、素敵な奥さんが奥で作ってくれるのだ。あぁ、此処はホっと出来る酒場だナ。
b0019140_1551892.jpg
『亀屋』の酎ハイも後ろ髪ひかれたが、交差点を渡り『丸好酒場』へ。
b0019140_1615952.jpg
ビリーが初来店との事だったので、先ずは名物「牛レバー刺し」だネ。
b0019140_15545313.jpg
そして僕の一番好きな焼酎ハイボールで乾杯。肉じゃがを貰い、ボールがススム。

ビリーとは八広駅で別れた。お互いに反対方向の電車に乗るのだ。そして、僕は都営三田線に乗り換えて武蔵小山『なな福』へ。何故か最近のお気に入りの居酒屋でアル。
b0019140_15554080.jpg
本日二度目のほうれん草お浸しを貰い、オススメのあん肝鍋を戴いた。
b0019140_15552240.jpg
鮟鱇の肝は寒くなってからが美味いねぇ。あぁ、そろそろ銀座『はち巻き岡田』の鮟鱇鍋の季節到来だナ。
b0019140_15555556.jpg
しかし、今週も良く呑んでるなぁ。休肝日を設けたら、その反動で一日に呑む量が増えたかもしれない。イカンね、これは。
[PR]
by cafegent | 2009-11-20 16:11 | 飲み歩き | Trackback | Comments(1)