東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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九月に入り、東京も少し秋の気配を感じるようになったかナ。日中は相変わらず暑いが、夜になれば開け放たれた窓から涼し風が虫の音色を運んでくれる。

七十二候では、「草露白」(くさのつゆ、しろし)の季節。草に降りた露が白く光って見える時季となった訳だ。朝早く公園を歩いていると木々の葉や草花に露が降りているのを目にするようになった。朝晩の気温がグッと下がる時に見られ、あぁ、いつの間にやら夏から秋へと季節が変わったのだナァ、と感じるのだ。散歩で出くわす御仁に「朝露が降りているから、今日は晴れるネ」なんて声をかけられると、その日一日中清々しい気持ちで過ごせる気になるから不思議だネ。

さて、そんな秋晴れの土日を利用して仙台まで青春18きっぷの旅に出た。朝7時に家を出て、品川駅でグリーン券情報をSuicaに入れる。これで、快適な居酒屋グリーンを堪能できるってワケだ。
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学生たちが夏休みの真っ最中だったら、上野まで行って上野始発の列車に乗るのが賢明だ。だが、九月に入ってからの土曜日なので品川から乗っても座れるだろうと読んでみた。少し早めにホームのグリーン車の場所に行ってみると案の定、大正解だった。数人しかグリーン車前に居らず、入ってきた列車もグリーン車だけはガラガラだったのだナ。

旅は家を出た瞬間から心が躍りだすのだネ。最寄り駅までの足取りも何故か早足になっており、そんな自分に思わずテレてしまうのだ。

8時12分、定刻通りにJR東海道本線の宇都宮行きの列車が品川駅を出た。車窓からの景色が品川駅から変わったことを確認すると、缶ビールのプルを引っ張るのだ。
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おぉ、キリンの秋味が新しい季節を歓迎してくれているかのようだ。今回の朝飯は駅弁「深川めし」だ。駅で売っている深川めし、実は二種類あるのだネ。
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本当はハゼの甘露煮が入っている方の弁当が好きなのだが、残念ながら品川駅では売っていないのだヨ。でも、あさりとごぼうの生姜煮をツマミながら飲むビールも最高だ。

浦和を過ぎ、ビールを飲み干したので、お次は白ワイン!
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南アフリカのワイン、Okhaのシャルドネーは安くて美味しいのだナ。
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カミさんがツマミにと買ってきてくれた神戸コロッケがワインによく合うナァ。

旅に出るときに紙コップじゃなく、ちゃんとしたグラスを持参するだけで、極上の旅気分を味わえるよネ。白ワインを楽しんでいるうちに列車は宇都宮駅に到着だ。そして、そのまま黒磯行きの列車に乗り換えた。この路線はボックスシートじゃないので、酒はお預けだ。読みかけのペーパーバックを取り出して、しばしの読書タイムとなった。そして約50分、ガタゴトと揺られながら黒磯駅に着いた。

午前11時過ぎ、黒磯で昼酒を楽しもうと『みよし』に向かったら臨時休業だった。では仕方ないと『中央食堂』まで足を伸ばすと、またもや人の気配がない。
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いつもなら朝10時から開いている筈なのだが、あいにくのお休みだった。

気を取り直して、駅近くまで戻り蕎麦の『冨陽』の暖簾を潜った。
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ふぅ、歩き回ったからすっかり汗ダクになってしまったナ。よし、キリリと冷えた地酒といこう!

栃木の地酒「大那」の夏の酒ほたる 特別純米生詰を一合戴いた。
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呑みやすくてクィクィとススんでしまうネ。

「七水」の純米吟醸も昼酒に良いナ。
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枝豆をツマミながら酒を嗜んでいたら、お待ちかねの蕎麦がやって来た。

僕が頼んだのは「湯の花そば」だ。那須や草津の板室の温泉をイメージした蕎麦は、冷たいぶっかけと暖かいあんかけから選べるのだヨ。で、僕は冷たいぶっかけにしてみたのだナ。
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腰のある蕎麦に山菜や豆腐などたくさんの具が絡み合い実に美味い。

カミさんが頼んだのは、「焼きトマトと豆腐のぶっかけそば」だ。
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地物のトマトをじっくりと焼いて甘みを際立たせていたネ。またフライドオニオンの香ばしさが、この蕎麦をモダンな洋風テイストに仕立てていたヨ。どちらも美味しい蕎麦だったナァ。

後から続々とお客さんが入って来たので、僕らは席を譲ろう。
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そしてお隣の酒屋さんへGO!『政喜屋酒店』では、有料試飲が出来るので、「七水」の純米吟醸『55雄町100%』と「菊」の純米大吟醸『栃木の紅菊』を飲み比べてみた。
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どちらも大変旨い酒だったが、仄かな果実の香りとキリッとした後味が僕を釘付けにしたので、「菊」の方を買うことにした。
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あぁ、両方買っても良かったかナ!
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さぁ、郡山行きの列車の時刻が近づいた。黒磯駅の一番奥のホームへと渡り、東北本線の郡山行きの列車に乗り込んだ。
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こちらもまた横長のベンチシートなので、再び読書タイムで1時間を過ごしたのだヨ。
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そして、郡山から福島まではボックスシートだったので、居酒屋ローカル線の旅の復活となった。

福島で15分程の待ち時間を過ごし、今回の旅の目的地仙台へと向かったのだ。
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車窓の向こうでは、ススキが揺れていたナ。

青春18きっぷの旅は、目的地よりもローカル線を乗り継ぐ「移動」を楽しむ方が醍醐味かもしれないナ。

そんな訳で、朝7時に家を出た旅は午後4時ちょうどに仙台駅に到着したのでアール。
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# by cafegent | 2017-09-11 15:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
         春や昔 十五万石の 城下哉

松山の街を詠んだ正岡子規の名句だ。司馬遼太郎の名作「坂の上の雲」の最初の章も「春や昔」が用いられているが、子規や漱石がこの街の人々に俳句の素晴らしさを広めた功績は大きい。
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伊予から電車に揺られ松山市に入ると車窓から城下町松山が誇る松山城を望むことが出来た。
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駅を降り立つとツバメたちが優美に弧を描きながら出迎えてくれた。
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駅前には先の句の大きな句碑が立っている。
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この句碑を見る度に「あぁ、再び子規の生まれた街に戻って来たのだナ」と実感するのである。
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そして、真っ先に市内を走る市電・市バスが一日乗り放題出来る「1Dayチケット」を買うのだ。
400円で一日中乗り降り出来るのだから、実に嬉しい限り。市電の運賃が160円なのだから、3回利用すればもうお得なのだネ。
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JR松山駅から地下道を抜けて市電の松山駅前電停へ。先ず向かうのは「道後温泉」だ。
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チンチン電車でのんびりと20分程で坊っちゃんの愛した道後温泉に到着だ。
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アーケード街を通り抜けると三千年の歴史を誇る威風堂々とした構えの『道後温泉本館』が正面に佇む。
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今年は道後温泉本館の改築から120周年の大還暦を迎えたこともあり、全国各地からいつも以上に観光客が訪れているそうだ。
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此処は「神の湯」「霊(たま)の湯」の二つの温泉が有り、それぞれ二階、三階でゆったりと寛げる4種のコースがある。僕はいつも1階の「神の湯」のみを利用する一番安い410円の湯に決めている。初めての方ならば、湯上がりに浴衣に着替えてのんびりとお茶と名物坊っちゃんおだんごで一休みすると良いだろうネ。僕はさっぱりと汗を流したら酒場へと直行なので、此処は温泉のみにしているのだナ。皆さんもきっと湯上がりには城下町の酒場で冷たいビールからスタートしたいよネ。

神の湯に浸かり、じっくりと汗を出し仕事疲れを洗い流す。旅の途中の堪らないひとときだ。湯船で出逢った青年は東京・浅草のホテルで働いており、スカイツリー&浅草見物などの観光客誘致の為に松山市を訪れているとのことだった。ミシュラングリーンガイドで三ツ星を獲得した温泉に浸かり、良いアイディアが浮かんだだろうか。旅先で出逢った裸の縁だ、彼の仕事が上手く行く様に願うばかり。

さすがに1時間近くも湯船を出たり入ったりしていたから、汗を出し切った感がする。こりゃあ、間違いなくビールが美味いゾ。

脱衣所の天井扇風機の下でゆっくりと身体を休め肌が乾くまで裸で過ごすのが一番気持ちが良い。心身共にリフレッシュ出来た。さぁ、酒場へと繰り出そうか。

再び路面電車に乗り、松山市駅前で降りる。「いよてつ高島屋」前のタクシー乗り場を進みスグ左手の商店街の中に佇む酒場がおでんの名店『赤丹本店』だ。
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本当は先にお隣の『ビアホールみゅんへん』で美味い生をゴクリとやりたかったのだが、この日は生憎の定休日でアル。

隣りの「赤丹本店」の前で、女将さんが花に水をあげていた。まだ開店時間よりも少し早かったが「外は熱いからさぁさ中へ」と入れて戴いた。
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縄のれんを潜り、中へお邪魔する。数年ぶりの訪問だが、先週も来たっけと思わせてくれる和んだ空気が漂う酒場だ。

「赤丹本店」は昭和8年創業の老舗酒場でアル。おでん鍋前のカウンターに腰を降ろし、女将さんに生ビールをお願いした。ジョッキに冷えた生ビールを注ぐお母さん、慣れた手付きでビアサーバーを操っているのだナ。

「さぁ、グゥッと一口飲みな!早く早く!」そう促され一口飲むと「もっと沢山飲みんさい」と僕のジョッキを取り上げて減ったところへ波々と生ビールを足してくれたのだ。あぁ、嬉しい心遣いだなぁ。一気に喉が潤い、躯が生き返った。

使い込まれた木のカウンターが実に良い雰囲気を醸し出している。入口側のカウンターの端が丸くなっており、お客を優しく招いてくれているようだ。

女将さん自慢のおでんを戴こう。じゃこ天、タケノコ、そして牛スジをお願いした。
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此処のおでんは皿にからし酢味噌が載せてある独特のスタイルだ。酸味の利いた味噌が不思議とおでんに合うのだナ。松山ではおでんにからし味噌や酢味噌を合わせるそうだネ。

じゃこ天をアテにビールがススむ。二杯目の生ビールをお願いした。
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開け放たれた入口から時折流れて来る風も心地良い。ボーッと入口を眺めていたら、若い女性が一人入って来た。「お母さん、外のミントの葉貰っていい?」と聞いている。「遠慮せんと持っていき!」近くで飲食店をやっているのだろうか、店の外で先程水をあげていたミントを摘んで帰って行った。地元の素朴なやりとり、良いなぁ。夏の午後の至福の時でアル。

カウンターの奥で、板さんが小魚の干物を仕込んでいた。
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あれは?と聞くと「ホータレ」と返事が返って来た。女将さん「ほっぺたが垂れ下がるほど美味いから『ほうたれ』と呼ぶんよ」と教えてくれた。飯(マンマ)を借りて来る程美味い岡山の魚「ままかり」と似た名前の由来だネ。

これは食べない訳にはいかない。小さなホータレイワシは、1時間ほど天日干したもので、これ以上干すと身が硬くなってしまうと伺った。

暫くすると香ばしく焼かれたほうたれが6尾やって来た。
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レモンをギュッと垂らしそのまま頭から噛む。おぉ、本当に頬が垂れそうになるくらいに旨みが口の中に広がった。こりゃ日本酒だナ。新潟の純米酒「妙高山」をお願いした。濃厚な純米の味とほんのりと苦いほうたれのワタが絶妙にマッチする。

店名の「赤丹」はご主人が花札が好きで、其処から付けたんじゃないかナァ、と云っていた。旅行が大好きで、旅先で味わった炉端焼きの店を始め、おでんも出す様になったそうだ。
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ご主人と二人で始めた店だが、大分前に先立たれ女将さんが切り盛りするようになって60数年が経つと云う。今年で84歳になったと伺ったが、肌艶も良く快活だ。

二杯目の冷酒を呑み干してご馳走さま。次回も美味いおでんと旬の肴を楽しみにしよう。

再び市電に乗り大街道駅へ。

電停前のアーケード街に入り二本目の路地を左へ進むと酒場が立ち並ぶ歓楽街になる。八坂通りの東側、中華料理店とローソンの間の路地も小さなスナックが沢山入居しているソシアルビルが続く。
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若い女のコの勧誘を振り切って、一路向かったのは家庭料理の店『上浦(かみうら)』だ。ソシアルビルの一階の奥にひっそりと店を構えているが、ビルの入口に行灯が出ているから初めての皆さんでも判る筈だ。

此処は、7人掛けのL字型カウンター席と4人掛け席が二つの小上がりの小体の居酒屋だ。女将さんが一人で切り盛りするには丁度良い大きさでアル。
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気さくな女将さんの評判が良く、地元のご常連さん達に愛されている酒場なのだネ。

一軒目の「赤丹本店」の様な老舗の雰囲気は無いが、清潔感溢れるモダンなインテリアは女将さんの雰囲気にとても似合っている。カウンターの上に並べられた大皿には正に「家庭料理」の味が並んでいる。
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きんぴらごぼう、枝豆、焼き茄子、かぼちゃ煮など、ほっこり出来るものばかりでアル。
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先ずは生ビールを戴いた。
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かぼちゃ煮も甘過ぎず、酒の良いアテとなる。続いて頂いた焼き茄子も暑い夏ならではの家庭料理だネ。
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冷えた焼き茄子に鰹節が乗っている。醤油を垂らして口に運べば子供の頃に田舎で食べた懐かしい味が蘇ってきた。

女将の国政美根子さんは、永い間地元の古いスナックで働いていたそうだ。その後、息子さんも立派に独り立ちし岡山で働いているので、10年前に自分の店を構えたそうだ。店名の「上浦」とは国政さんの出身地だそうだ。上浦は大三島(おおみしま)に在り、今は今治市の一部だネ。「しまなみ街道」の愛媛側の入口と云った方が判り易いか。

此処の料理は家で作って来て店に運んでいる。本当に家庭料理なのだネ。

以前、お邪魔した時は女将さんのお孫さんが出ている松山東高校が夏の甲子園の地方大会のベスト8に残ったとかなり上機嫌だった。その年は、僕の出身高校も甲子園への出場が決まったこともあり、店に来たご常連さんたちと高校野球バナシで盛り上がり、心地よく酔っ払ったっけ。

焼酎の水割りを戴いて、この日も高校野球談義に華が咲いた。
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あぁ、たこ天も美味かったナァ。

居心地が良過ぎて長居しそうになったが、この後に予定が入っていたので、〆て戴いた。

女将さん、美味しい料理と旨い酒、ご馳走さまでした。
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# by cafegent | 2017-08-22 20:53 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)
    深山木(みやまき)に雲ゆく蝉の奏(しら)べかな   飯田蛇笏
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暦の上では、今日は「立秋」だネ。まだまだ夏真っ盛りだからピンと来ないが、翅をバタつかせながらひっくり返っている蝉の姿を眼にすると少しだけ晩夏の気配を感じたのだナ。

飯田蛇笏は、声高らかに鳴く蝉の声が流れゆく雲に乗っていつまでも鳴いていて欲しいとでも思って詠んだのだろうか。

蛇笏の句と対極に当たると思えるのが松尾芭蕉が奥の細道の旅を終えた後に詠んだ句だ。

     やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

蝉は思い切り鳴くために生まれ、大いに鳴いたらあとは死ぬだけのことだ、とまるで悟りの境地のような歌を詠んだ。この句の前置きとして芭蕉は「無常迅速」と記している。世の中の移ろいは極めて早い、そして生も死も無常に繰り返す、という意味だろうか。そして、芭蕉はこの句を詠んだ4年後に死を迎えているのだナ。

飯田蛇笏の方が、ロマンチストなのだろうナァ。僕は蛇笏の句が好きだがネ。
    ◇             ◇             ◇
閑話休題。

毎朝、欠かさずに行っていることに「珈琲を淹れること」がある。

豆を電動ミルに入れ、約10秒ほどの目算で豆を挽く。ペーパーフィルターの角を折りたたみ、陶器のドリッパーにセットしたら、挽きたての粉を入れる。

ケトルのお湯が沸騰したら、火を止める。沸々とした湯が大人しくなるまで少しの間、待つ。ケトルの注ぎ口の温度が下がり湯の飛沫が飛ばない頃合いにペーパーフィルターの中へお湯をたらし、珈琲粉を蒸らすのだ。

珈琲の香りに包まれて、だんだんと僕自身も目を覚ましていく。お湯を注ぎはじめ、キメの細かい気泡が膨らんでくれると、なんだか一日が気分良くスタート出来る気がするのだナ。
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以前、表参道に事務所を構えていた時は、毎朝一度出社してメールのチェックなどを済ませたあとに必ず246の大通り沿いの雑居ビルの二階に在る『大坊珈琲店』へと出掛けた。
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角の方が反り返った分厚い木のカウンター席へと座り、大抵「3番」の濃さの珈琲をお願いした。

カウンターの隅で店主の大坊勝次さんが手まわし式焙煎ロースターのハンドルをゆっくりと回す姿やザルの中で冷ました珈琲豆を選り分ける作業など、ずっと眺めていても飽きなかったナァ。
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そして、何よりも左手に持ったネルドリップに丁寧にお湯を注ぐ姿は実に素敵だった。そう云えば、大坊さんはネルドリップを蒸らさずに珈琲を淹れていたけれど、本当に美味しい味だった。
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小一時間ほどを大坊珈琲店で過ごし、二杯の珈琲を飲み終えると事務所に戻るのだが、いつもシャツに珈琲の焙煎臭が染み付いてしまうので、みんなから焦げ臭いと言われる始末だったっけ。

今日は深煎りの珈琲を飲みながら、ふと大坊さんのことを思い出したのでアル。

そうそう、大坊勝次さんが綴ったエッセイやコーヒーの作り方、糸井重里氏や平松洋子さんなど大坊珈琲店をこよなく愛した方々の寄稿文で構成された本が出ているので、是非!

素敵な文章と店内の写真で『大坊珈琲店』を愉しんでみてくださいナ。 
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                      大坊珈琲店

過去の日記から/『大坊珈琲店』12月、38年の歴史に幕
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# by cafegent | 2017-08-07 15:53 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
「土潤溽暑」(土潤うて蒸し暑し)、ムッとした熱波が躰にまとわりつくような、そんな蒸し暑い時季となった。溽暑(じゅくしょ)なんて難しい漢字、書けもしないし読めもしないネ。

アスファルトからゆらゆらと陽炎(かげろう)が立ち上り、路傍からはむせるような草いきれが僕を包み込み息ができなくなりそうだ。

近所に住む爺さんはランニングシャツ姿で家の玄関先に打ち水をしていたナ。僕も子供の頃は家の前で行水などをして涼んだけれど、今の子もするのかナ?

蒸し暑さにバテてしまいそうになるが、街路樹の蝉たちは今が晴れ舞台とでも言わんばかりに盛大に合唱をしている。木々や草花も太陽の光をたっぷりと受けて、ますます蒼々と茂り、夏を謳歌しているようだネ。

今日から八月に入った。八月一日を「八朔(はっさく)」と呼ぶ。花街では、この日に芸妓や舞妓さんがお茶屋さんやお師匠さんに挨拶回りをする習わしがあり、それが八朔だ。その昔、農家ではこの時期に早稲の穂が実り、その初穂をお世話になっている人に贈る風習があった。これを田の実の節句と言い、「田の実」が転じて「頼み」となり、農民のみならず一般にも広まり、お世話になっている(頼みを聞いてもらっている)方へ恩を感謝する日となったのだネ。
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一度でイイから、芸妓さんに艶のある声で「おたのもうしますぅ」なんて言われてみたいものだナ。
    ◇             ◇             ◇
閑話休題。

「いっぺこっぺ」と聞いても東京に住んでいるも者にとっては、何のことやらハテ?と云うことになる。鹿児島の方言で、彼方此方(あちらこちら)とか、所構わずといった意味だそうだ。

そんなローカル色全開の方言を屋号にしているお店が東京・蒲田に在る。其処はいつも外に大行列が出来ているとんかつの名店『檍(あおき)』の真隣りで、且つ姉妹店の『とんかつ檍のカレー屋 いっぺこっぺ』だ。
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「檍」のとんかつだと大体一時間以上は待つ覚悟なのだが、カレー屋さんの方はせいぜい30分程度で順番が回ってくることが多い。

そして何よりも嬉しいのが、檍が誇るとんかつの味が存分に楽しめる上に、カレーライス自体も大変美味しいことなのだナ。

僕はここ最近は大抵ロースカツカレーを頼んでいる。
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1,000円ちょうどとリーズナブルな上に、ご飯の上に乗ったロースカツも十分すぎるほどに肉厚だからだネ。また、カレーのルゥがとんかつを外してご飯だけにかかっているのが好いのだ。

「檍」のとんかつは塩で食べるのがオススメで、アンデス岩塩やヒマラヤ岩塩などが用意されているのだが、もちろん「いっぺこっぺ」でも塩で味わえるのだネ。

小皿に塩を取り、揚げたてのカツを一切れ持ち上げて塩へと運ぶ。サクッと噛むと岩塩の威力によって豚の脂身の甘味が際立ち、そして口の中へと溶けていくのでアル。

塩味を堪能したら、今度はソースで戴こうか。これはもう言わずもがなのド定番の味わいだ。塩とソースで何切れか楽しんだら、いよいよカツカレーを存分に味わおう。

カツの衣にカレーのルゥが沁みて、ちょっと柔らかくなったところをご飯と一緒にスプーンですくって口へと運ぶ。カツカレーは、口いっぱいで頬張って食べるのがウマいのだナ。

こちらで使用している豚肉は「林SPF豚」と言う。ハテ?調べてみるとSpecific(特定)のPathogen(病原体)がFree(不在)の生まれた時から健康体な豚だそうだ。

千葉の林商店が手塩にかけて育て上げた銘柄豚は、肉も柔らかくて美味しいが特に脂身の部分が甘くて美味しいと評判だ。おぉ、こりゃロースカツ好きには堪らんネェ。

とんかつの「檍」でもロースかつランチは1,000円で戴けるのだが、「いっぺこっぺ」では同じローカツにカレーが付いている。まぁ、豚汁とお新香は付いていないので、どちらを選ぶかが肝だネ。

また、こちらでも「檍」自慢の上ロースやかたロース、特上ロースカツのカレーが用意されている。しかも、皿も別盛りなので、完全にとんかつを味わいながら、別料理としてのカレーライスを戴けるって寸法だ。カレーのルゥも肉がたっぷりと入っているし、スパイスも効いているので、ジワジワと汗をかく旨さが凝縮されている。

檍の特上ロースカツ定食は2,000円、いっぺこっぺの特上ロースカツカレーは2,300円と値段の差は300円なのだ。向こうで一時間以上待つ余裕が有るかどうか、で選ぶのが良いかもしれないネ。
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僕の場合は、時々無性に「檍」でしか味わえないリブロースかつが食べたくなる時があるので、その場合は迷わず大行列に並ぶことにしている。
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そんな訳で、先日は『とんかつ檍のカレー屋 いっぺこっぺ』の方に伺った次第でアル。午前11時半に店に到着したが、並んでいる間に注文を聞いてくれる。約25分程、外で待ちカウンター席へと座ることが出来た。此処は事前に注文を聞いてくれているから、座ってからは待つことなくスグに出てくるのが嬉しい。美味しいものはじっくりと時間をかけて味わいたくなるもの。しかしカレーライスって奴は、ついついかっ喰らってしまうのだネ。15分ぐらいでペロリと平らげてご馳走さま。これで、夏バテ対策もバッチリだナ!

外に出るとまた10人ぐらいが並んでいた。ガッと食べて、サッと席を立って良かったナ。
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# by cafegent | 2017-08-01 16:59 | 食べる | Trackback | Comments(0)
      ひやひやと壁をふまえて昼寝哉       松尾芭蕉

子供の頃、夏の暑い日など、土壁に頬や太ももを引っ付けてヒヤリとした涼を感じながら楽しんでいたナ。クーラーなどまだ高嶺の花だった時代、土壁は湿気を吸い取り、梅雨のジメジメした空気や秋の長雨の嫌な匂いなどもかき消してくれて、昔の人の知恵に随分と感心したっけ。

残暑厳しい夏の盛り、旅の途中の芭蕉翁も昼寝の最中に壁に触れてひやっとした涼しさを楽しんでいたのかナ。

僕の住むマンションはちょうど今、大規模修繕の真っ最中だ。あと残り二ヶ月、朝から夕方まで通路やベランダをたくさんの方々が作業をしながら往来している。午前中はずっと部屋でパソコンに向かっているので、工事の騒音に閉口しているワケだが、僕らの快適な住まいのために作業をしてくれているのだから、とこちらも堪えないとネ。そんな工事の音も12時を迎えるとピタッと止まり平穏な時が戻ってくるのだ。そう、作業員さんたちの昼休みの時間なのだ。小一時間のことだが、僕はその時間に大いにキーボードを叩き、文面に集中することにしている。

自分の昼飯を買いにマンションを出ると、駐車場脇や工事現場の空いたスペースなどで昼寝をしている作業員さんを見かけるのだナ。こんな夏の暑い昼間に職人や大工さんが休憩時に仮眠を取ることを「三尺寝」と呼ぶのだネ。太陽の影が三尺ほど傾く小一時間ほどの睡眠だから、この名が付いたと言われているが、作業場の隙間の三尺ほどの小さなスペースで寝転んでいたからとの説もある。

しかし、どの家庭にもエアコンが設置してある時代、昼寝する場所だって室外機の熱気で涼など取れないだろうネ。三尺寝の真っ最中の職人さんたちは、芭蕉の昼寝とまではいかないがせめて日陰が続いていてくれることを願いつつ買い物に出かけたのでアル。
    ◇             ◇             ◇
暑い夏の日に一番飲みたくなるのがミントジュレップだ。
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週末の昼下がり、冷蔵庫から取り出した氷を細かく砕き大きめのグラスにぎっしりと詰める。ベランダから摘んだミントをサッと水で洗い氷の上に置いたら粉砂糖を加えてスプーンの頭でミントを氷に押しつぶすようにして砂糖を一緒に溶かす。その上からバーボン・ウィスキーをなみなみと注ぎ、太いストローで軽くステアすれば完成だ。

あとは、グラスと本を持ってベランダの日影を探すのだ。最近では、もっぱらラム酒を使ったモヒートが持て囃(はや)されているが、僕の時代はバーボンかライ・ウィスキーだった。我が家にはいつもジムビームやフォアローゼス、それにオールドオーバーホルトが置いてあった。特に銘柄にこだわっていた訳じゃなく、その日の気分で選んでいたっけ。

イアン・フレミングが書いた『ゴールドフィンガー』の中で、ジェイムズ・ボンドは甘さを抑えたミントジュレップを飲んでいた。
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何をやってもさまになるボンドに僕も憧れたものだ。

今からもう30年以上も前、軽井沢を訪れた時、ホテルの庭のテラスで初めてこのカクテルを飲んだ。ボンドが頼んだカクテルよりは甘い味だったのだろうが、その時から僕の中では「避暑地の酒」と言えばミントジュレップになったのだナ。
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夏の飲み物と言えば、もうひとつ。英国の夏の定番飲み物が「ピムス」だ。ジン・ベースのリキュール「PIMM’S No.1」をレモネードかサイダーで割り、レモンスライスとキュウリを入れるのだヨ。日本でも下町の居酒屋あたりに行くとチューハイにキュウリのスライスが幾つも入ったものを目にすることがある。この「かっぱ割り」、まるでメロンのような香りを放ち、爽やかな酒となるのだネ。

夏のロンドンでは、パブなどで大きめのグラスにキュウリやオレンジなどを入れたピムスのカクテルを飲んでいる人たちをよく見かけた。彼らの感覚だと、食前のサングリア的なものなのだろうナァ。

昔は、余り日本では目にしなかったリキュールの PIMM’S No.1だが、今はキリンが国内で発売しているのだネ。
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ピムス 25度 700ml
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# by cafegent | 2017-07-31 12:35 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
再開発が進む武蔵小山は駅を降りるとスグ目の前に広大なタワーマンションの建設現場が広がっている。其処には、かつての面影など微塵もない。と言っても、1年半ほど前まではスナックや小料理屋、居酒屋が数十店舗も軒を連ねる飲食店街「りゅえる」が在った。細い路地が縦横に並び、まるで迷路の中をぐるぐると歩き回って二軒目、三軒目の酒場を探したものだ。

馴染みの酒場が幾つも閉店したり、違う街へと移転したりしたが、近くに好い場所を見つけた店も有り、その営業再開は僕ら地元連中にとっては何よりの「嬉しい知らせ」だった。

昔の場所から通りを二つほど奥に遠ざかったが、幾つか飲食店が並ぶ路面店として復活したのが『佐一』だ。その店構えはモダンな和食店のようで、ちょっと敷居が高そうかナと思ってしまうが、戸を開けると仲睦まじいご夫婦の笑顔が優しく迎えてくれて、感じていた空気が一瞬で払拭する筈だ。もちろん、居心地の良い空気感のみならず、抜群の酒肴の美味しさとリーズナブルな価格もこの店の敷居が低いことを納得して戴けることだろう。

L字型のカウンター席のみの小体の居酒屋は、いつも馴染みの顔が集っており、誰もが良い顔をして酒を愉しんでいる。
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大将のユキさんは太い眉と優しい目が印象的で昔の映画俳優のような二枚目で、女将のユミさんも目鼻立ちがはっきりとして凛とした美しさを醸し出している。そう、二人とも実に素敵で華が有るのだナ。
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以前は寿司屋を営んでいたので、大将の仕入れる魚介類は素晴らしい。その魚たちをそれぞれ一番美味しく味わえるように料理してくれるのだ。

「はい、小肌だよ」

何度か通っていると僕の好みなども覚えていてくれて、黙っていても好きな肴を出してくれるのも嬉しい心遣いなのだ。

大将の料理を引き立てるのが、酒の仕入れを受け持っている女将さんの目利きだ。
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ユミさん、実はお酒は殆んど呑まないそうだ。だが、長年の仕入れ経験や全国の酒の情報収集などから、その時一番呑んで貰いたいと思う酒を仕入れている。そして、ユキさんが造る肴に合う酒を選んでススめてくれるのだナ。

この日もお任せで刺身の盛り合わせをお願いした。
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むふふ、好物の小肌やタコを忘れずに入れてくれたし、身がキュッと締まったコチや新鮮なイカのワタも好い酒の肴となった。
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辛口の酒「日高見」も濃厚なワタを絡めたイカの旨味にピッタリだ。

カウンターの向こうから何とも言えぬ良い香りが漂ってきた。大将が何かを蒸し焼きにしているのだナ。その香りがどんどんと強くなり、僕の鼻腔を刺激した。と、その時振り返った大将が、スッと皿をカウンターの上に置いたのだ。熱々のアルミフォイルを開くと松茸の馥郁(ふくいく)たる香気が、完全に僕を虜にしてしまった。
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おぉ、早松(さまつ)だネ。梅雨の時季に季節を早とちりして地上に現れる松茸で、市場ではなかなかお目にかかれない。

香ばしく七輪で焼かれた松茸には燗酒が合うが、ふっくらと蒸されたコイツには冷酒だネ。合わせた酒は東京の地酒、澤乃井の純米吟醸酒「東京蔵人」だ。
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爽やかな酸味が松茸の香りを邪魔することなくスーッと喉を流れいてく。これぞ「生酛造り」の酒の美味さだナ。

箸休め代わりに糠漬けをお願いした。暑い真夏にバテぬように発酵食も欠かせないネ。
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蕪、きゅうり、人参、茗荷にセロリ、どれも好い塩梅で漬かっている。これも酒がススむススむ。

お次にユミさんが出してくれたのは、栃木の宇都宮酒造が造る「四季桜」だ。
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トロッとした口当たりで芳醇な旨味が口いっぱいに広がってくる。あぁ、旨い、幸せなひとときだ。強い糠漬けの乳酸菌を酒の旨味が包み込み渾然一体となって僕の味覚を覚醒させていった。

もう一つ、僕の好物は此処の「なめろう」だ。これは結構手間がかかるので早めにお願いした方が良いかもしれないネ。丁寧に包丁で叩いたなめろうは海苔に巻いて食べる。
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鯵の旨味が凝縮されて、これまた酒がススむ一品だヨ。鯵が無い時もあるが、そんな時も別の魚で作ってくれたりするので、酒好きならば是非頼んでみて欲しいのだナ。

「佐一」は元々、牛すじ煮込みともつ煮込みが評判の、古くから続く地元の名酒場だった。ユキさんとユミさんは長い間、西五反田の桐ヶ谷斎場通りでお寿司屋さんを営んでいたのだが、2010年に地元に戻り二代目を注いで居酒屋「佐一」の看板を守ることにしたのだネ。
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場所こそ変わったが、親から引き継いだ煮込みの味は今も変わらない。そして鮨職人として培った料理人の技を惜しむことなく、この居酒屋で安価で提供されるのだ。

よし、〆に何か握って貰おうか。品書きには載っていないが、大将にお願いすれば鮨も握って戴けるのだヨ。僕は小肌やヒラメの昆布締めなどが好きだが、旬の時季のシンコも堪らない。

この日は簀(す)巻きがいいナァ、と告げると、ユキさんは黙って巻き簀を出して海苔を置いた。サァ、何が出てくるか楽しみだ。

「はい、どうぞ!」

登場したのは、ネギトロ巻だった。
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脂の乗ったマグロが口の中で溶けていく。酢飯をしっかりと食べたので、深か酔いもせずに家路に着くことが出来た。

武蔵小山には、まだまだたくさんの名酒場が在るが、此処『佐一』はきっと皆さんの期待に応えてくれる一軒となるだろうと思っている。

そして、僕だってまだまだ知らない店も多いので、皆さんが訪れてみて気に入ったところが有れば、是非とも教えて欲しいのだナ。

では、また! CHAO!
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# by cafegent | 2017-07-28 13:31 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)
今朝の朝刊を開いたら、懐かしいパン屋さんの名前が紹介されていた。その記事は、下北沢で永く続いたパン屋『アンゼリカ』が今月末をもって閉店するとの内容だった。
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今から30年程前、僕は下北沢と云う街に住んでいた。駅から南口へと出て駅前の商店街を真っ直ぐ進み、茶沢通りに出る代沢三叉路手前に小さな郵便局が在った。一階が世田谷代沢郵便局で、その上がアパートになっていた。その名も「ポストハイツ」と云い、そのまんまのネーミングに物件を見に行った時に、思わず吹き出してしまったっけ。

駅からポストハイツへと向かう途中のちょうど真ん中辺りに『アンゼリカ』は在った。平日は殆ど店が開いている時間には帰れなかったが、土曜日はよくパンを買いに行った。みそパンが名物だったが、僕は此処のカレーパンが好きで、いつも二個買って食べていたナァ。

たまに友人の家に遊びに行く時などは、パンプディングを買い求めた。長細いアルミフォイルに入ったパンプディングはカスタードの香り豊かで、僕自身が大好きだったから、手土産にも重宝したっけ。

午前中に昼飯用のパンを買いに行った時などは、可愛い双子のお嬢さんを連れたシーナ&ロケッツの鮎川さんの姿を見かけたこともあったナァ。みんなもう随分前の思い出だ。50年の歴史に幕を降ろす「アンゼリカ」のパンの味は、ずっと僕の記憶の中に残っていくことだろう。当時は本当にお世話になりました。そして、お疲れ様でした。

僕は郵便局の二階に住み始めてから、毎晩のように茶沢通りに在ったソウルバー『あんずや』に入り浸った。通いだしてから1年ほどが過ぎた時に、店主のテル君から突然店を畳むとの知らせを受けた。そうか、行きつけの酒場が無くなってしまうのか、とまた何処か居心地の好い酒場を探さなくちゃなぁ、と思っていた時に家の近くの不動産屋に物件情報の貼り紙を見つけたのだった。

「あんずや」だった場所が居抜き物件として売りに出ていたのだ。最初は〝また誰かが借りて好い酒場が出来ると良いのだが〟程度のことだった。

当時、収集していたR&B、Soul Musicのアナログ盤が約4,000枚ほども有り、それに加えて当時主流になっていたCDも膨大な量になっていて、アパートの二階の床が抜けないかと心配する日々を送っていたのだ。そして、咄嗟に閃いたのが「居心地の良い酒場がなくなってしまったのならば、自分でバーを開こう」との考えだったのだナ。

部屋に有る膨大なレコードとCDも1階のバーならば安心して置いておけるし、みんなにも僕の好きなソウルミュージックを知って貰える、ましてや自分が一番居心地の良い酒場を作れば良いのだ。

こうして、一念発起して鉛筆ナメナメ事業計画書を仕上げて片っ端から金融機関の門を叩いた。営業譲渡金、不動産契約金、内外装費、酒等の仕入れ代金、音響設備などなど数百万円の見積もりとなったのだが、なんとか五年返済の計画で資金調達をすることが出来た。あとは友人知人たちの手を借りて殆どを自分たちで工事して店を仕上げたのだったナァ。

約三ヶ月の準備を経て1989年、僕は酒場『 ALGONQUIN’S BAR』の主人となったワケだ。
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あれから28年が過ぎたが、アルゴンキンズバーは、今も下北沢・茶沢通り沿いに健在だ。

きっちり5年で金融機関の返済を終えて無借金となり、丸10年が経った時に僕はまた違うことがやりたくなったのだナ。その頃、ちょうど二代目のバーテンダーの日影館くんが結婚し子供が出来たばかりだったので、この店の運営で家族を養えるならば、と彼に無償で店を譲ったのだった。唯一、僕が出した条件は「店の名前を残すこと」そして「僕のレコードを保管すること」だったが、タモツくんはちゃんと今でも守ってくれている。

今朝の朝日新聞の記事を読んで、久しぶりにあのパン屋さんのことを思い出し、当時住んでいた下北沢の街が走馬灯のように脳裏に浮かんだのだった。
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8月に入ったら『アルゴンキンズバー』の扉を開きに行ってみようかナ。

過去の日記から「2010/5月 ボブ・マーリーの命日に昔を思い出す」
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# by cafegent | 2017-07-27 12:38 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
昨日は「土用の丑の日」だった。土用とは、五行に由来した暦の雑節だネ。四季に合わせて、年に4回あり、立夏・立秋・立冬・立春の「四立(しりゅう)」に入る前の18日間のことを土用と云う。

この中の夏の土用は、暦の立秋を迎える前の期間をさし、今年は7月の19日が「土用の入り」と呼び、来月の6日あたりを「土用明け」と呼んでいる。年に4回あることから、夏以外にも秋土用、冬土用、春土用もあるのだナ。

土用の季節の間の丑の日に当たるのが「土用の丑の日」というワケだ。今年は7月25日と8月6日が丑の日となる。
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実は鰻の旬は冬だったのだネ。江戸時代、学者や発明家として流しれていた平賀源内が、夏場がヒマで困っていた鰻屋の主人に頼まれて『本日、土用の丑の日』という貼り紙を鰻屋の店先に貼り出したら、途端に流行りモノに目がない江戸っ子たちがこぞって鰻を求めてやって来て大人気となったそうだ。今で言うところのキャッチコピーが見事にハマッたってことだネ。現代まで「土用の丑の日」には鰻を食べるってことが根付いているのだから、江戸期の天才コピーライター平賀源内、恐るべし!

物心ついた少年時代から、土用の丑の日と言えば鰻の日だった。世話になっていた叔母が、近所のうなぎ屋の軒先で香ばしく焼かれた鰻の蒲焼を買ってきてくれてドンブリ飯の上に乗せてくれた我が家のうな丼は夏のご馳走のナンバーワンだったナァ。ひょうたん型の山椒入れは、多分、年に一度しか食卓に並ばなかったのじゃなかろうか。

そして、たまに北海道に帰省した折に祖父の家に遊びに行った時などは、うな重を出前でとってくれたものだった。重箱に収められた鰻の蒲焼は、それはもう〝特別〟な食べ物だった。蓋を開けた瞬間に香ばしい香りが鼻腔を刺激し、ストレートに胃袋を揺さぶるのだ。目で十分にうな重を鑑賞し、箸を手に取る。サァ、どっちから食べようか。ふっくらした首下の身から行こうか、それともこんがりと焼かれた尾の部分から行こうか、毎回悩むのでアル。最初は鰻だけを味わい、それからご飯と鰻をバランスよく箸で取り分けて口へと運ぶ。程よく乗った鰻の脂がタレと一緒にご飯に絡まり渾然一体となって旨味を増幅させるのだナ。最後に重箱の隅に残った米粒は、蒲焼の名残りのタレと風味でかき込むって寸法だ。

高校時代までは、毎年夏になると鰻にあり付けていたのだが、大学で上京してからはトンとご無沙汰になった。社会人になって数年が経ち、自力で焼肉屋や寿司屋に行けるようになった頃から、再び夏の土用を迎えると鰻を食べるようになった。もちろん、それからは酒も一緒に愉しんだのだナ。
       ◇             ◇             ◇
さて、昨日は朝10時15分、酒仲間のダンディさん、スーさんと新小岩駅で待ち合わせをした。
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駅前からタクシーに乗り込み江戸川区役所方面へと向かった。
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「魚三酒場」の前を通り、区役所を過ぎてから左へとコの字のように回りタクシーを進めると、なんとシャッターが下りているではないか。タクシーの運転手さんが「お休みみたいですネ〜!」と一言。シャッターに貼られた「本日、お休みさせて戴きます」の紙に僕らも諦めた。そうだよネ、最近は普段から流行っている『野田岩』のような鰻屋さんは、土用の丑の日を休むところが増えているものナ。

11時開店に合わせて向かったので、まだ次の手立てを考える時間はある。我ら三人は、タクシーを降りずにそのまま再び新小岩の駅まで戻ることにした。

そして浮かんだのが亀戸天神社の参道に店を構える天ぷら・活鰻の『八べえ』だ。こちらも臨時休業だったら元も子もないので、新小岩の駅から電話を入れてみた。すると、感じの良い声で「はい、八べえです!」との返事が聞こえた。今日は鰻を食べられるかを問い合わせると、この日も11時半から通常に営業をするとのことだった。ただし、近所への出前の注文がいっぱいなので、店内での鰻の提供は12時を回ってしまうかもしれない、とのことだった。

おぉ、これはありがたい!毎週土曜日の立石朝酒で、待つことには慣れている三人だ。喜んで待ちます、と今から向かう旨を告げて電話を切った。

よしっ、とJRの改札に入り、総武線で亀戸へと移動したのだナ。
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亀戸駅を出て北口の商店街を進み蔵前橋通りへと歩く。

夕方に通夜に向かうスーさんは喪服姿で暑そうだ。
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パナマハットに短パン姿と見た目にも涼しそうなダンディさんとは真逆だったナァ。

そして杖をつきながら、僕は後ろから追いかけるのでアル。

11時5分前、『八べえ』に到着だ。11時半開店なので、30分ちょっと待つことにした。
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すると、ガラリと戸が開いて「お暑うございますので、中でお待ち戴いて大丈夫ですよ」とお声掛けしてくれたのだ。これは嬉しい気遣いだネ。先ほどの電話の応対といい、本当にお客様本位の素晴らしいお店なのだネ。

お店の方にご挨拶をして、奥の小上がりへと進み腰を下ろした。駅から亀戸天神社まで歩くと、やっぱり汗も吹き出すのだ。
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冷たいおしぼりで汗を拭い、ホッと一息。すると、飲み物を出してくれるとの嬉しいお言葉!では、お言葉に甘えて「生ビール3つ、お願いします!」
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では、カンパ〜イ!

こうして、お店の方々の気遣いに甘えて、並ぶことなく鰻を待つことが出来たのだ。
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それにしても、喪服姿のスーさんと、真っ白なTシャツ姿のダンディさん、まるでレザボアドッグスに出てくる野郎どもにしか見えないネ。

メゴチの天ぷらを肴にビールが美味い。
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江戸前の天ぷらには欠かせないメゴチの身はふっくらとして塩が旨味を引き立ててくれたナ。

11時半の開店になると続々とお客さんたちが入ってきて、スグに座敷も満席となった。

そして、12時過ぎまで待つとばかり思っていたうな重も程なくやって来た。
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美しい重箱の蓋を取ると、ふっくらと焼きあがった天然青うなぎの姿に目が釘付けになる。
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おぉ、麗しき蒲焼よ。タレとうなぎの脂が醸し出す香ばしい香りが僕の鼻腔をくすぐるのだ。この香りだけで、酒がススむススむ。

よし、戴きます!「八べえ」ではうなぎを頼むと、関東風の「蒸し」か関西風の「地焼き」かを聞いてくれる。どちらも好みなので、気分によって変えることが多いのだが、今回は天然の青うなぎなので、身もしっかりしているだろうから、と蒸しをお願いした。肉厚なうなぎが程よく蒸されているので、ふっくらとした口当たりで実に美味い。
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先ずは、いちばん身の厚い胴のところから口へと運んだ。むふふ、辛めのタレが東京のうなぎ屋らしさを醸し出しているネ。
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岡山は児島湾で捕れる青うなぎは、アナジャコを餌にしているので「しゃこうなぎ」とも呼ばれているのだナ。川で捕れる天然ものと違って、身も柔らかく、脂も程よいのが、青うなぎなのだ。
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肝吸いも三つ葉が仄かに香り、うな重で満たされた口の中をさっぱりとさせてくれる。あぁ、もっとじっくりと味わいたかったが、美味し過ぎて三人ともモノの10分ほどで平らげてしまったネ。

「どうぞ、ゆっくりとして行って下さいネ〜」と声を掛けて頂いたが、真に受けちゃイカン。何と言ってもこの日は「土用の丑の日」だ。長っ尻は待っている方々にも失礼でアル。ご馳走様でした。
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外に出ると蝉の鳴く声が参道の彼方此方に響き渡っていた。
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亀戸天神社を一回りして、藤棚の向こうに望むスカイツリーを拝んだ。

ちょっと外に出るともう汗が噴き出している。亀戸天神社の隣に店を構えるくず餅の老舗『船橋屋本店』にて涼を取ることにしたのでアル。
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再び、三人揃って氷宇治金時の白玉トッピングを注文。
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それにしても氷がデカい。
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こちらでは、純白の氷に自分で抹茶シロップと小豆をかけるのだネ。氷が器から崩れ落ちないように気をつけて食べなくちゃならない。
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意外と、呑んべいに甘いもの好きが多いのだネ。

店の奥の坪庭を眺めながら、冷たいかき氷を戴く。
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なんて贅沢はひとときだろうか。

宇治抹茶も濃くて、甘さも控えめだった。
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冷たく冷えた白玉に甘く煮た小豆が合うナァ。最初は氷の量が多いから、全部食べきれるだろうか、と心配したが最後はペロリと平らげ小さなガラスの器だけになった。

オヤジ三人、茶寮での一服を堪能し、涼を取ることが出来た。
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午後1時、今にも一雨降り出しそうな灰色の空の下を錦糸町まで歩き、次の酒場へと向かったのでアール。

過去の日記から「2011/8月 児島湾の天然しゃこうなぎに唸る。」
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# by cafegent | 2017-07-26 13:28 | 食べる | Trackback | Comments(0)
海の日の月曜日、鎮痛剤が効いているので日本橋の高島屋まで買い物に出かけた。一週間前は、自宅から最寄り駅まで40分以上もかかったのに、この日は10分ぐらいで到着だ。

買い物を済ませた後、地下の食材売り場を散策。東京の百貨店は全国各地の銘菓や名物が揃うから嬉しいネ。この日は「本日入荷」の張り紙に惹かれ、伊賀の菓匠 桔梗屋織居の夏の氷菓「小豆憧風(あずきどうふ)」を購入した。
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水羊羹よりも口当たりがなめらかで、山口のういろう「豆子郎(とうしろう)」を彷彿させた。

名店街をグルリと散策したから、足に随分と負担をかけてしまったのだナ。エレヴェーターで上に昇り甘味処『浅草 梅園』へと向かった。
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店に到着すると、待つ人の列が10数人も居た。
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だが、足を休ませるには暫くじっとしていた方が良いのだネ。そして、30分程で席に着くことが出来た。

此処に来たら、やっぱり「粟ぜんざい」だナ。梅園では、粟(あわ)でなく、餅ちきびを使っている。半搗きした餅ちきびを練り上げて蒸し上げた粒々は、どこかクスクスにも似ている。
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温かく蒸された餅ちきびにじっくりと炊いたこし餡が乗っている。きびの仄かな香りと淡い渋み、それを覆う甘い餡、おぉ、これこれ、これだよネ!東京の味わいを感じる一品なのだヨ。江戸時代は、吉原で遊んだ後の朝帰りの途中、茶店での一服に粟ぜんざいを食べたそうな。

甘いものを補給し、体力も戻ったかナ?日本橋から地下鉄を乗り継いで新宿へと移動した。

新宿西口広場に出て、スバルビルの脇の地下道を歩く。東京モード学園のビルから地上に上がると目の前に新宿副都心にそびえ立つ損保ジャパン日本興亜本社ビルが見える。

エレヴェーターで一気に42階へ。気圧の変化で耳がおかしくなるのだナ。到着したのは『東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館』だ。
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今回は僕が敬愛する画家・吉田博の生誕140年を記念した大規模な展覧会で、昨年の春に千葉県の千葉市美術館で開催された企画の巡回展となる。昨年の夏にNHKの日曜美術館で放映された「木版画 未踏の頂へ 〜吉田博の挑戦〜』を観て、今年の巡回先の長野まで観に行きたいと思っていたのだがタイミングが合わず見逃していたので、漸く東京での開催に行くことが出来て良かった。
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日曜美術館「木版画_未踏の頂へ~吉田博の挑戦~」紹介のサイト

過去に何度か吉田博展を観たことがあるが、ほとんどが後期の新版画の作品が中心だった。だが、今回は幼少期のスケッチの作品から日本画、洋画を始め、吉田博の画業の全てを垣間見ることが出来る貴重な展覧会だった。

「絵の鬼」と呼ばれていた画家だが、僕の中ではずっと「旅する画家」の印象が強いのだナ。明治32年に画家仲間の中川八郎と共に片道の渡航費だけを工面してアメリカに渡り、向こうのデトロイト美術館で二人展を催した。その際に、自分の絵を売って生活費を得るなんて尋常じゃないよネ。しかも、ほとんどの絵が売れて千ドルもの大金を手にしている。当時の金としては、教師の給料の11年ぶんにも相当するらしい。スゴいネ!

アメリカを巡り、そこからロンドン、パリと足を伸ばしている。日本に戻ってからも、各地の山々を登り精力的にスケッチを重ねており、多くの水彩画、油彩画、木版画を残しているのだナ。中でも日本各地の名勝地を描いた木版画のシリーズは僕の大好きな作品だ。

明治36年には再び渡米し、そこからヨーロッパを経由してエジプトまで巡っている。
後年、大正期にはスイス・マッターホルンを訪れ、昭和期に入ってからもインドや韓国、中国にも訪れている。
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晩年、太平洋戦争が起きた昭和16年には、戦う戦闘機から見下ろした大地を描いた作品『空中戦闘』を描いている。戦後生まれの僕は、この絵を前にして胸が詰まる思いで観てしまった。

吉田博の作品の多くは、海外に渡っている。当時から、海外の人たちの琴線に触れる「日本の風景」を木版画にして、外国人ウケするアングルで風景を切り取ってグラフィカルに描いたのだろうネ。これは写真では決して表せない吉田博の世界観で描いたグラフィックアートなのだ。
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本展覧会では、そこに辿り着くまでの画業のヒストリーと画家の旅を辿ることが出来た。

    ダイアナ妃や精神医学者フロイトも魅了した画家

展覧会のフライヤーに書かれたキャッチコピーは、なんだかナァと思ってしまうのだが、広く多くの方々が足を運んでくれるキッカケとなるのであれば、まぁイイか。

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            吉田博 作品集

ゆっくりと館内を回ることは出来たのだが、さすがに足が痛くなってきた。そろそろ痛み止めの効果が切れる頃かナ。
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と云うわけで、杖を片手に家路へと戻ったのでアール。

過去の日記から「2009/10月 吉田博の新版画に浸る」

過去の日記から「2011/8月 夏の百花園にて句会と酒場」
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# by cafegent | 2017-07-20 11:19 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
       簾外(れんがい)のぬれ青梅や梅雨明り    飯田蛇笏

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関東も明日あたりに梅雨明けとなりそうだ。昨日は都内でも激しい落雷に見舞われ、茗荷谷あたりでは雹(ひょう)が降ったみたいだネ。雨が降ると少しは気温も下がり涼しくなるから、と気を抜いて歩いているとスグ近くに雷が落ちたりして腰を抜かしそうになる。

季節は「小暑」から「大暑」へと変わろうとしているネ。今週から暑中見舞いを出す時期になったのだナ。一年の季節の移ろいを春夏秋冬の四季だけでなく、七十二種にも分けて表した「七十二候」というものが中国から我が国へと伝わっている。今週はちょうど「鷹乃学習」(たかすなわちわざをならう)の季節。巣立ちしたタカの幼鳥が大空へと飛び立ち獲物を捕らえることを学ぶ時季になったのだナ。オオタカは環境省の準絶滅危惧種に指定されているそうだが、近年東京都内でも繁殖が増えていて、空を舞う姿を見る機会が増えている。

僕がよく訪れる白金台の「国立科学博物館附属自然教育園」でも、オオタカが営巣をしていたのでヒナが巣立ち始めている頃だろうか。親鳥も鳩やカラスを襲い、ヒナへと餌を運ぶのだネ。食物連鎖の頂点とも言えるオオタカだが、自然の生態系が保たれているからこそ、餌となる小動物を捕獲できるワケだ。近年、勝手に捨てられた外来種のペットが野生化している。都内でもワカケホンセイインコ、ガビチョウ、ソウシチョウなどの鳥やミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)、アライグマなどの侵略的外来種が増えているので、生態系に悪影響を及ぼすそうだ。
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我が家から徒歩数分の「東京都立林試の森公園」でも、時折何処かから餌を求めてオオタカが飛来してくる。野鳥を探して藪の中へと分け入ると、オオタカが捉えたばかりの鳩を解体している所へ出くわすこともしばし有るのだナ。また、タカの仲間で一番小さい雀鷹(ツミ)もよくやって来る。ツミはもっぱら雀やシジュウカラなどの小鳥を狙うのだが、いかんせん鳩ぐらいの大きさしかないので、しょっちゅうカラスに追いかけられている。
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ツミが来ると小鳥たちが逃げて何処かへ隠れてしまうので、バードウォッチングしに行く身としては非常に困るワケだが、まぁ鳥は鳥。小鳥じゃないが、キッとした目鼻立ちが素敵なツミも絶好の被写体としてシャッターを切っているのだナ。近所の家のガレージの軒下ではツバメがこの時季、二度目の繁殖に成功していた。小さな巣の中からはみ出しそうな程大きく育ったヒナたちが大きな口を開けて餌を運ぶ親ツバメを待っていた。七十二候ではないが、「燕乃学習」と言ったところか。

       梅雨明けや森をこぼるる尾長鳥    石田波郷
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オナガも大勢の家族を連れ、餌を求めにやって来るのかナ。
     ◇           ◇           ◇
閑話休題。

二週間前に突然、お尻に激痛が走り動けなくなった。翌日になるとその痛みが右足の太ももから膝にかけて広がっていた。痛む足を引きずりながら病院に駆け込むと「座骨神経痛を発症していますネ」と言われたのだ。もともとギックリ腰になり易かったのだが、臀部から足が痛むなんてことは一度もなかった。聞けば、脊椎の骨が神経を刺激しており、その神経は臀部から足まで繋がっているために足の神経も痛くなるのだそうだ。

しかし、今回一番ショックだったのは、先生に原因を聞くと「歳をとったせいですヨ!加齢ですね」と、あっさり言われたことだった。どんなに若い気持ちでいても、現実はそう甘くなかったってことか。トホホ。

この痛み、尋常じゃないのだヨ。大の大人が涙を流す程に痛いのだ。この痛みを何かに例えると擦れば、打撲をしてアザが出来て腫れている箇所を固い棒の先でグリグリと押された感じかナ?ズキズキ
、ジンジンと痛み、疼(うず)くのだ。この痛みのことを「疼痛(とうつう)」と呼ぶらしい。

最初に先生から処方されたメチコバール錠とロルカム錠という薬は、末梢神経障害の症状を緩和する働きがあり、痛みを和らげると聞いた。薬を飲み、腰から下を冷やさないようにエアコンを極力避けて痛みを和らげていたのだが、それでも激痛は止まらなかった。

そんな中、用事があって駅の近くの郵便局まで行かなくちゃならなくなった。Amazonから届いたばかりの杖を左手に持ち、痛む右足を引きずりながら、必死の思いで郵便局まで向かった。我が家から郵便局までは、普段だと5分程で到着する距離なのだ。それが、ちょっと歩くとスグに激痛が走り、しばらくガードレールなどに腰を下ろし休んでいると再び歩けるようになる。それの繰り返しでアル。「間歇性跛行(かんけつせいはこう)」という症状だと聞いた。

うりゃっ!満身創痍の身体に鞭を打ち、30分かけて到着だ。

汗をかき々々、やっとのこと郵便局に辿り着いたのだが、そこで大マヌケなことをやってしまったのだった。トートバッグを肩から下ろし、郵送する封筒を取り出すと、出す筈のモノとは違う茶封筒だったのだ。おいおい、こりゃ何の天罰だヨ!あちゃーっ、不甲斐ない自分に思わず苦笑いまで出る始末だ。

あぁ、再びこの道を戻り、また来なくちゃならないのか。再び30分、今度は上り坂だ。右足の痛みと痺れを我慢しながらも、己の阿呆さ加減の方が強く僕を攻撃してくるようだった。トホホのホ!

郵便局から我が家へと、這々(ほうほう)の体(てい)で戻って来たのだヨ。あれ、家を出たの確か10時だったよナ。ソファに崩れ落ち、腕時計に目をやると、11時を疾(と)うに過ぎていた。あぁ、疲れたナァ。

病院で処方された薬は、全く効かなかった。この日は郵便局に行くのを諦め、午後にまた病院に向かった。病院までの道のりも辛く、激痛を伴ったが、堅忍不抜の精神で見事に歩ききった。

そして、この二日間の症状を先生に伝えると、ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症かもしれないから MRIの検査をしよう、と云うことになった。

先生が新たに処方してくれた薬は、神経痛を和らげる「リリカカプセル」というものだった。
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このクスリは「ロキソニン」よりも強いとのことで1日に服用する量を調整してもらった。

この日の夜、処方された薬を飲んだ。服用してから1時間余りが過ぎたあたりから、劇的に痛みが緩和されたのだった。これはオドロキだ!今まで、立っていることが辛くて、トイレで立ち小便をすることも出来ない状態だったのだからネ。

ベッドで寝ている間も痛みが少なかった。翌朝、薬の効能が切れたのか、再び臀部から右膝にかけて痛みが走っていたが、薬を服用し1時間ばかりすると痛みが和らいだ。痺れは余り治らないのだが、立って歩けるし、神経痛が緩和されていることが嬉しかったのだナ。

先生が処方してくれた薬が僕の症状に見事にマッチしたのだろうネ。あとは、MRIの検査結果を観て治療に専念しよう。
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よしっ、前日の失敗を糧にして、郵便物を再チェック!杖を片手に意気揚々と郵便局へと向かったのでアール。
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# by cafegent | 2017-07-19 13:26 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)