東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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カテゴリ:ひとりごと( 472 )

今日、6月29日はフランスの作家サン=テグジュペリの誕生日だそうだ。
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今から50年近くも前、父親から2冊の本を貰った。一冊がバージニア・リー・バートンが書いた「せいめいのれきし」という絵本、そしてもう一冊がサン=テグジュペリの書いた「星の王子さま」だったナ。

「せいめいのれきし」は大判の絵本で、地球に三葉虫などの生命が誕生してから、現代までの壮大なヒストリーをカラフルな絵と分かりやすい文章で紐解いてくれた。鳥も恐竜が進化したものだったなんて、この本で初めて知ったっけ。

  みなさん、お待たせいたしました。いよいよ、舞台の幕が上がります。プログラムは「せいめいのれきし」。地球上に生命が誕生した瞬間から、地上でひとびとの暮らしが営まれている今、この時までのおはなし。・・・・

タキシードを着た司会者がステージに立って生まれたての地球の姿を紹介しているイラストは、まるでスペースオペラを客席で観劇しているかのように、その絵に魅入ったナァ。

三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と続いた恐竜の時代が白亜紀の後期にこの地球上から姿を消したのだが、恐竜の絶滅の原因がまさか巨大な隕石がメキシコのユカタン半島沖に衝突した衝撃によるものだったなんて、この絵本が出た頃は誰も知らなかったからネ。そんな歴史の大発見を踏まえて、実に半世紀ぶりにこの絵本の改訂版が出たのだネ。

当時読んだ絵本は、もう手元に残っていないけれど、隕石の衝突や、その後の恐竜の進化などが新たに書き加えられているみたいなので、「せいめいのれきし 改訂版」を買ってみようかナ。
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おっと、サン=テグジュペリの誕生日から話がそれてしまったネ。「せいめいのれきし」は何処かへ無くなってしまったが、「星の王子さま」は当時読んだものと同じモノが、今も僕の手元に有る。10年ほど前に新橋の古書市で見つけて、懐かしさのあまり手に入れた一冊だ。岩波少年文庫の小学5・6年以上向けのもので、扉の王子さまとバオバブの木の挿絵以外は全部がモノクロだ。
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この本は、小学生の頃に読んだ時、高校生の頃に読み返した時、そして社会に出てから再び読んだ時とまるで印象が違っていたのだナ。

大人になってから、誰かのエッセイで「星の王子さま」からいろんなことを学び、心が洗われた、と綴ってあったので読み返してみたワケだ。なるほど、その通りだったナ。

バラの花のことでキツネと話をしている場面があった。五千ものバラの花が咲いた庭で、王子さまは遠い星に残してきた一本のバラのことを想っていたのだナ。「僕はこの世に、たった一つという、珍しい花を持っているつもりだった。ところが、実は、当たり前のバラの花を、一つ持っているだけだったんだ。僕はこれじゃあ偉い王様になんかなれない...」と嘆いて泣いたのだ。

そこで出会ったキツネが泣いていた王子さまと言葉を交わし、少し元気を取り戻した。仲良しになったキツネは「もう一度、バラの花を見に行ってごらんよ。あんたの花が、世の中に一つしかないことがわかるんだから。・・・・」

再びたくさんのバラの花の庭に行った王子は、花たちに向かって「あんたたち、僕のバラの花とは、まるっきり違うよ。ただ、咲いているだけじゃないか。だぁれも、あんたたちとは仲良くしなかったし、あんたたちの方でも、誰とも仲良くしなかったんだからね。...あの一輪のバラの花は、僕が水をかけて、ガラスで覆いをかけ、つい立てで風に当たらないようにしたからね。不平も聞いてやったし、自慢話も聞いてやったし、黙っているならいるで、時には、どうしたのだろう、と聞き耳を立ててやった花なんだからね。僕の花なんだからね」と言って、キツネのところに戻って来た。

キツネは「もう一度、バラの花を見に行ってごらんよ。あんたの花が、世の中に一つしかないことがわかるんだから。・・・・」そして、「心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ。肝心なことは、目には見えないんだから・・・・あんたがバラの花を大切に思っているのはね、そのバラの花のために、時間を無駄にしたからだよ」

偶然出会ったキツネとの会話を通じて、王子さまは大切なことを気付かされたのだナ。「人間っていうものは、この大切なことを忘れているんだよ」

なるほどネ。旅の途中で王子さまが気づいた多くの事柄が、社会に出た自分のことに置き換えられるのだ。忘れていたことを思い出させてくれるのだ。
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そんな訳で、「星の王子さま―オリジナル版」をもう一度読んでみようかナ。
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by cafegent | 2017-06-29 15:57 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
地下鉄神保町駅のA7番出口の階段を登り右手の路地へと入る。車も通れないこの細い路地を作家の坂崎重盛さんは著書『神保町「二階世界」巡り』の中で、「さラミ兵三」横丁と命名している。
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路地に入ってスグ右手に喫茶『さぼうる』が在る。名物のナポリタンを求めて、いつも人が並んでいるネ。
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その路地を歩き進めると喫茶『ラドリオ』だ。
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昭和24年創業の老舗喫茶は重厚なレンガ造りで、創業当時はかなりハイカラでモダンだったであろう。
なるほど、ラドリオとはスペイン語でレンガのことだネ。
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古書店巡りに疲れたら、此処のウィンナーコーヒーが体を癒してくれる。
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我が国でウィンナーコーヒーを最初に出したのもラドリオだと聞いたことがある。

ラドリオの斜め前には世界のビールが揃う『ミロンガ・ヌォーバ』だ。昔は炭火焙煎の珈琲を味わいながらタンゴの名曲に耳を傾けるタンゴ喫茶「ミロンガ」だったのだが、ビールを提供するようにあってから「ヌォーバ」を付けたそうだ。向かい合う重厚なレンガ造りがこの路地を古き良き時代へとタイムスリップさせてくれるのだナ。
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ミロンガ・ヌォーバの前を過ぎると老舗居酒屋の『兵六』が在り、路地の突き当たりが『三省堂書店』の裏口にぶつかる。駅から三省堂書店までの路地の名店の頭文字をとって「さラミ兵三」となった訳だネ。

日が長くなった六月、酒場『兵六』の縄のれんが出る五時はまだ明るい。
入り口を半分ぐらい覆うほどに大きな提灯が初夏の風に揺れている。買ったばかりの本を抱えて、三省堂書店の裏口からまっスグに「兵六」の暖簾を潜るご常連も多い。
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此処は昭和二十年代頃から続く民衆酒場である。来年創業70周年を迎え、東京でも古参の居酒屋と言えるだろう。小体の店だが、店主をグルリと囲むコの字カウンターが妙に和む。口開け早々から席が埋まり、皆が良い笑顔で酒を愉しんでいる。初代店主の平山一郎氏は、まだ東京の酒場では馴染みがなかった鹿児島の本格焼酎を提供していた。

一年中、芋焼酎のさつま無双は燗酒で出される。
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添えられた小さなアルマイトの薬缶には白湯が入っており、自分の好みの濃さに湯で割って嗜むのが此処の流儀だ。

麦焼酎は氷の入ったグラスと水が供される。そして度数の高い球磨焼酎「峰の露」は冷凍庫でキンキンに冷やされており、ストレートで出されるのだナ。

店内には、初代の写真と共に『阿Q正伝』で知られる作家、魯迅の額が飾られている。上海で魯迅と邂逅した平山氏は、文化芸術と共に上海仕込みの餃子と炒豆腐(ちゃーどうふ)を酒の肴にこの地に『兵六』を開いたのだ。
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店の片隅に小さな張り紙が貼られている。紫煙で燻された紙には「他座献酬、大声歌唱、座外問答、乱酔暴論」と記されている。「他の席にお酌をするな!声張り上げて高らかに唄うな!他の席に行って喋るな!酔って暴論を交わすな!」と云う意味だネ。

此処では誰もが襟を正して、酒と向き合う。初代の平山氏が作ったこの「酒紳四戒」が、今も店と客の間に無言で保たれているからだ。だが、恐れる事はない。愉しく酔う分には、皆大歓迎だから。但し、無粋な客は今も三代目店主平山真人氏が厳しく叱る。代々引き継がれたコの字酒場の伝統である。

兵六では「酒は三合まで」と云う暗黙のルールがある。誰もがこの酒場に通うにつれて、自然にあの四戒が身に付き、大人の酒の愉しみ方を覚えていくのだナ。

つけあげ(薩摩揚げ)を肴にさつま無双をゴクリ。あぁ、五臓六腑に染み渡る。皆が銘々に酒と向き合っている姿を眺めているだけで、酒の味がグンと上がるのだ。

この酒場で僕は「ダレヤメの酒」と言う言葉を覚えた。「ダレは疲れ、ヤメは取るの意。仕事の疲れを取り、再び活力を得るには、肩の力を抜いて無心で酒と対する時間がオトコには必要だと思います。此処はそういう場であり続けたい。」と三代目の真人さんが語っていたのだ。スバラシイね。酒と向き合って無心になる。肩に乗った疲れも、明日への糧となるのだよネ。

此処は九州の郷土料理の他に、初代が本場中国で覚えた中華も美味い。乾麺で作る焼きそばや皮から手作りの焼き餃子、野菜と豆腐を炒めた炒豆腐(ちゃーどうふ)の濃い目の味付けが焼酎の旨みを引き立てる。
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厨房を仕切るのは、初代店主の娘さんたち。現在三代目の柴山真人さんは初代の甥に当たる。初代から受け継ぐ自慢の酒菜も此処の酒に合う。

独り盃を持ちながら、向こうの壁を見ると林芙美子や壷井繁治の額が目に入る。
     
    友のさし入れてくれた林檎一つ 
     
    掌にのせると地球のように重い
 
プロレタリア詩人の壷井重治が獄中で詠んだ詩を読み返す度に自分の今までの道のりを思いおこし、薩摩無双で我が身を清めるのだ。
 
此処は、開店以来ずっと電話無し、冷暖房無しだったが、厨房を守る初代の次女、茅野邦枝さん他女性陣たちの夏の辛さを考えて数年前よりエアコンが入った。それでも、今の様な季節は窓も入り口の戸も開け放たれて、路地を抜ける風を取り込んでいる。エアコンが無かった頃は、扇子や団扇が欠かせなかった。夏真っ盛りの季節になると、三省堂の社員通用口が開く度に流れ込んでくる書店の冷気を有り難く待ったっけ。

この店は初代が始めた頃とは違う建屋だが、最初の店の醸し出していた大正レトロな雰囲気をそのまま生かしてデザインされている。
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これは、昔の兵六の写真だが、今の店舗を設計したのは建築家の中島猛詞氏で、今も時々この店で一緒に酒を酌み交わしている。

口開けの時間は、初代の頃からの古い常連さんが多い。八十を超える方々も沢山居るのだ。前にも隣りに並んだ御仁が、「戦後」にもこんな素晴らしい酒場が在るのだよ、と独り言を言って猪口を口へと運んでいたナ。この酒場に集う彼らの酒の嗜み方を見習いながら、僕も知らず知らずのうちに酒飲みの作法を覚えていったのかナ。
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『兵六』は酒呑みの学校かもしれない。神保町の片隅で酒呑みの作法を覚えるのは素晴らしいことだ。此処で出会った御仁のように、誰もが素敵に歳を重ねて行くのだから。
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by cafegent | 2017-06-26 15:31 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
昨日の東京は朝から雨が降り続き、テレビでは「新幹線も豪雨により運転見合わせ」とのニュースが流れていが、夕方には雨も上がり雲間から夕日が覗いてきた。雨宿りがてらに立ち寄った馴染みの酒場を出ると、午後6時過ぎには空の色が青、紫、群青と美しいグラデーションとなり、武蔵小山の駅前でしばらく空を眺めてしまった。
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「夏至」とは二十四節気の中で、1月の小寒から数えて12番目にあたり、一年で一番昼間が長くなる日だネ。

梅雨時だけれども、晴れた日には初夏の色合いが濃くなり夕焼けの中を飛ぶツバメの姿に見入ってしまう。暑い夏の日差しもツラいが、早く梅雨が明けて欲しいものだ。

     のびきって夏至に逢うたる葵かな  

夏至の頃の東京は、梅雨真っ盛り。大粒の雨に当たってタチアオイもグングンと空に向かって伸びていき美しい花を咲かせるのだネ。我が家では昔から、夏至の日にはイチジクの実を食べると聞いていた。なんでもイチジクは「不老長寿の実」と言って、高血圧や脳梗塞、動脈硬化の予防になるそうだ。本当かどうかは定かじゃないが、誰かが必ず買って来たような思い出があるナァ。

先の句は、正岡子規が明治29年に詠んだ句だ。前年、日清戦争の従軍記者として中国に渡った子規だが、帰りの船の中で吐血し帰国しすぐに入院生活を送ることになったのだネ。子規がこの句を読んだ時は東京に戻っていたが、激しい腰痛で床に臥せっていたことだろう。空に向かってぐんぐんと伸びる葵(タチアオイ)の花を、腰が痛くて立ち上がれない自分の身と照らし合わせて、夏至の遅い日の入まで縁側越しに寝床から眺めていたのだろうか。
     ◇           ◇           ◇
閑話休題。

人が好きで、酒場が好きだから、いつも酒朋が集う居酒屋に顔を出し酒を酌み交わすことが多い。でも時々、一人でしみじみと酒と向き合いたくなる時がある。そんな時は神楽坂の酒場『伊勢藤』や恵比寿の『さいき』に行くことが多い。

そして、少し遠出になるが目黒から山手線に乗って鶯谷駅へと出かけることがある。30分程電車に揺られ、鶯谷に到着すると降りた車両によって北口か南口のどちらかの改札を出るのだ。

北口から出るとスグに怪しい女性たちの視線を浴びることになる。ミニスカート姿に派手なメイクを施した彼女たちの年齢は不詳だ。ボクの母親よりは若いだろうナァ、と思う方も見受けられるが、女性の好みが合う御仁ならば、この街はパラダイスだネ。
狭い土地に乱立したラブホテルの合間を抜けて言問通りの信号を渡ると住所は根岸になる。立ち飲み『晩杯屋』の手前の路地を曲がると左手に、根岸の里の侘び住いが現れる。

日が長くなったので、17時を過ぎてもまだまだ明るい。
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うん、いつ見てもこの『鍵屋』の佇まいは渋い。
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夏場は白地の暖簾が出ているのだネ。そう云えば、今テレビ朝日で放送している倉本聰脚本のドラマ「やすらぎの郷」の初回、主人公の石坂浩二がテレビのプロデューサー役の近藤正臣と待ち合わせる居酒屋のシーンで店の入り口が映ったのだが、此処「鍵屋」が撮影場所に使われていたのだったネ。

ガラリと戸を開くと店主の清水賢太郎さんの笑顔が出迎えてくれた。

この日は珍しくまだお客さんの姿が少なかったナ。ずっしりとした楓(かえで)の木のカウンター席に腰を下ろし、櫻正宗をぬる燗でお願いした。お通しは煮豆だ。
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この時季になると、煮こごりになったり心太(ところてん)が出たりするのだが、こんな酒肴が東京の居酒屋らしいところだネ。

台東区根岸は、正岡子規が住んでいた街でアル。先ほどの夏至の一句もきっとこの地で詠まれたのだろう。かつては文人墨客が多くすむ街だったが、今では周りをラブホテルに囲まれて、この「鍵屋」の在る一角だけが古き良き時代の名残を感じられるのだナ。

開け放たれた玄関から心地よい初夏の風が吹き込んでくる。今年もあと二週間もすれば入谷の朝顔まつりだネ。毎年、朝顔の鉢を手にした方々が鍵屋の暖簾を潜るので、店も大賑わいとなるので、今回はつかの間のゆったりとした空気の中で酒を味わえたのだ。

初夏の時季、ぬる燗に合わせるのは味噌おでんが好い。
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焼き豆腐、ちくわぶ、こんんにゃくにたっぷりと甘い味噌が乗っている。柚子の香る味噌おでんに和辛子をつけて、竹串を口へと運ぶのだ。あぁ、やっぱりちくわぶが美味い。甘味噌が絡んだちくわぶの存在感は抜群だ。そこへ櫻正宗のぬる燗をグィっとやる。うーん、幸せだナ。

鍵屋のカウンター席に座ると自然に背筋がピンと伸びてしまう。還暦を目前に控えた僕でさえ、この店の醸し出す空気の中では少し緊張するのだナ。でも、その緊張感がいつまでも酒場では初心忘れずに控えめであれ、と諭してくれているのかもしれない。
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真っ白な徳利を持ち、ゆっくりと盃に酒を注ぐ。この店では幾つかの大きさの猪口が用意されているのだが、何故か僕の前には一番デカいものが置かれるのだナ。
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この蛇の目のぐい呑みだと多分二回も注げば徳利が空になってしまうだろう。
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鍵屋には、櫻正宗の他に菊正宗と大関と冷酒が用意されている。
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僕はいつも櫻のぬる燗から始めるが、食後に立ち寄る時などは辛口の大関を冷や(常温)で戴くことが多い。また、朝顔まつりの帰りや暑い夏の盛りには、飲み切りボトル櫻正宗の上撰本醸造クールチェリーが好い。生貯蔵酒のような爽やかな味わいだ。グイッとひと口呑めば、乾ききった喉にキリリと一筋の滝が流れていくようだ。仄かな酸味が暑さを忘れさせてくれるのだナ。

此処、鍵屋の創業は実に古い。今から160年前、幕末の安政三年に遡る。その時代、日本に来航していたペリーの旗艦に乗船し海外に出ようとして投獄された吉田松陰が、出獄し松下村塾を引き継いで明治維新に向けて奔走したのがちょうどこの時期だネ。それにしても大政奉還よりも10年も前から酒屋として開業しているのだから、鍵屋の初代は徳川慶喜の時代を過ごしていたのだナ。

店内の彼方此方に酒屋時代から使われていたであろう道具類や装飾品がさりげなく飾られている。
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この燗つけ器も年季が入っているよネ。

時代と共にこの酒場を訪れる客たちを眺めてきたのだろう。煙草の紫煙や焼き物の煙で飴色になった壁や柱も時代の陰影を刻んでいる。

今の建物も大正元年に建てられたものなので既に106年も経っているのだが、それ以前の酒屋時代から続いた居酒屋「鍵屋」の建物が移築保存されており今も見ることが出来るのだ。小金井公園内に併設されている「江戸東京たてもの園」の中に昔の鍵屋がそっくりそのままの状態で保存されているのだネ。
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安政の大地震も、関東大震災も無事に切り抜け戦火にも耐えた鍵屋だが、昭和49年の道路拡張と云う都市化の波には抗えなかったとは皮肉だネ。
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移築保存された建屋の店内は、1970年頃の居酒屋の姿に復元されている。現在の店も十分老舗の風格を感じさせられるが、歴史が物語る揺るぎない風情を感じることが出来るのだ。
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此処は賢太郎さんの奥様の実家だが、先代のご主人も毎日パリッと糊の効いた白いワイシャツに身を包んで燗酒をつけていたと伺った。ご主人から女将さんに引き継がれ、娘さんにバトンが渡され今こうしてご夫婦二人が中心となって店を切り盛りしている。
この店に通い始めた頃は、口数が少ない賢太郎さんは気難しい人なのかナァと思っていたが、通っているうちに、気さくに声をかけて下さり言葉を交わすようになっていた。この辺りのさじ加減も先代譲りなのかもしれないネ。

女将さんは先代の母親から、燗酒のつけ方やビールの冷やし方、客との接し方についてもきっちりと教えを乞うたそうだ。そして、賢太郎さんと二人、何十年も同じ流儀を貫いているのだ。この日も隣に並んだ客といつの間にか話に花が咲いた。客筋が良い酒場は、居心地が良い。
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昨年、神保町の古書店で見つけた加太こうじ著の「落語的味覚論」の中で、昔の鍵屋の写真を見ることが出来た。当時の坂本二丁目都電角に、幕末から残る二軒の建物が在ったと記されている。
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紺地の暖簾が掛かり、半分は葦簾(よしず)に覆われている。
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店内では、先代の女将が燗酒をつけている。
当時から酒の肴は、冷ややっこ、うなぎのくりから焼き、味噌おでん、さらしくじら、それにたたみいわしなどと、今と変わらない。

今から54年前に出版された本だが、働き盛りのサラリーマン諸氏がびっしりとカウンターを埋め尽くし酒を酌み交わしている姿は今と差ほど変わらない光景だ。
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開催目前に迫っている東京オリンピックの話題で盛り上がっているのだろうか、はて?

さて、桜のぬる燗をおかわりしよう。
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そして、売り切れる前に名物うなぎのくりから焼きをお願いしようか。

     六月を綺麗な風の吹くことよ    正岡子規

東京黄昏酒場/その11.根岸『鍵屋』で東京の酒場を知る。
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by cafegent | 2017-06-22 14:22 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
東京と埼玉を繋ぐ北の玄関口と呼ばれている赤羽は、漫画家清野とおる氏が漫画アクションに連載し大人気となった『ウヒョッ!東京都北区赤羽』やその漫画に感化された俳優の山田孝之が主演したドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』のヒットにより、一躍人気エリアへと躍り出て「住みたい街」ランキングでも第2位になったのだネ。

僕の住む武蔵小山からも東京メトロの南北線で乗り換え無しで赤羽岩淵駅まで行けるし、恵比寿駅からも湘南新宿ラインや埼京線で20数分で着いてしまう。以前はちょっと遠いかなと思っていたのだが、今では思い立ったらスグ飲みに行けるエリアとなったのでアル。

時々、気分転換を兼ねて荒川と隅田川に挟まれた土手沿いや荒川赤羽桜堤緑地を歩いたりしている。深く深呼吸をしながら、たっぷりと歩いたら、ちょいと一休みだ。この街には昭和の香りを色濃く残した純喫茶が幾つか在るのだネ。スズラン通りの『純喫茶デアー』のウィンナーコーヒーも美味しいし、駅前の『梅の木 本店』のレモンスカッシュもスバラシイのだナ。

読みかけのペーパーバッグを区切りの良いところまで読み進めたら、丁度良い酒場タイムとなる訳だ。

昨日は梅雨らしい雨が降り続いていたが、赤羽に着いた途端に上がってくれた。この街に来たら真っ先に足が向くのが赤羽一番街の中に在る大衆酒場『まるます家』だネ。朝の9時から開いており、朝から晩までいつも老若男女で賑わっている。この日も外に7、8人が並んでいたが、雨も止んでいるし並ばないとネ。でも、心配ない。ひっきりなしにお客さんも入れ替わるので、そんなに長くは待たずに入れるのだナ。

程なくして二つあるコの字カウンターの左側に座ることが出来た。
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いつもは二階の座敷席を仕切る和子さんが、この時間は一階で働いていたネ。

「ジャン酎ひとつ!モヒートも下さいナ!」ジャン酎とはハイリキの1リットル瓶の酎ハイでアル。
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ジャンボサイズの酎ハイだから「ジャン酎」なのだ。これにフレッシュミントの葉とライムがセットになった100円のモヒートを足すのだヨ。
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味も香りも一段とアップした酎ハイを氷の入ったジョッキに注ぐのだ。クゥーッ!旨い!

大根にたっぷりと味が沁みた牛すじ煮込みも酒がススむ一品だナ。此処に来るとあれもこれも食べたくなってしまうから二人とか数人で来ると良いだろうか。ジャンボメンチカツもイカフライも美味い。どじょうの柳川鍋も外せない。あぁ、たぬき豆腐も頼まなくちゃ!ってな具合になってしまうのだ。

そして出てきたのは熱々に揚がった里芋の唐揚げだ。カリカリに揚がったまん丸のフライは、一口噛むとサクッ、そしてスグにねっとりとした甘い里芋の味が口の中に広がり、そこへ酎ハイをゴクリ!ふぅ、至福のひと時とはこういうことなんだナ。

暫くすると店のお姉さんから「うなぎの肝焼き、もうスグ焼きあがりますヨ~!」と声が掛かった。これも「まるます家」の名物で、一日に数回しか焼かないのでタイミングが合った時には必ず頼みたい一皿なのでアル。
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おぉ、香ばしく焼かれているネ。山椒の香りが僕の鼻腔を刺激する。ほろ苦のうなぎ肝にタレが絡み、これまた酒がススむススむ。
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そう言えば、長年に渡り朝9時から営業していた「まるます家」だが、七月四日より平日は朝10時開店となるそうだ。ただ、土日祝祭日は今まで通り朝9時から開くとのことなので一安心。

午後6時過ぎ、外は買い物かごを下げた主婦や学校帰りの小学生が行き交っている。この雑多な混在感もこの街の魅力なのだネ。さぁ、もう1、2軒ハシゴ酒といこううかナ。
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by cafegent | 2017-06-14 16:06 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
京成立石で朝酒をヤるようになって、もう何年になるだろうか?もつ焼き『宇ち多゛』を初めて訪れたのは平日の夜だったかナ。午後6時半頃に立石駅に到着すると、何故だか胸が踊り早足で改札を出たっけ。
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皿から溢れんばかりの大ぶりのレバーやアブラを食べながら、琥珀色に輝く寳焼酎の梅割りを胃袋に流し込んだ。
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あの頃は土曜日の口開けなど思いもよらなかったので、平日の閉店間際に残っていた部位ばかりを味わっていた。それでも時々カシラやハツなどが残っていたりすると狂喜したものだ。

「宇ち多゛」に通いだして半年ぐらいした頃、今は亡き酒朋のひとみ姐さんに誘われて土曜日の口開けに向かったのだ。
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あの当時は、東京スカイツリーも無かったしネ!

当時は、10時半頃に店に着くと兄(あん)ちゃんに「まだ早すぎるよ!どっかで時間潰してから、またおいで!」と一喝されたナァ。それでも、並びが気になって近くをウロチョロしながら、何度も店の前をチェックして、11時過ぎに何人かご常連が並び始めたのを見計らって、スグ後ろに並んだのだった。随分長い間、土曜日は昼十二時開店の時が続いたような気がする。
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口開けは、何と言っても豚の顎の部位(ホネ)が入った煮込みをゲットするのが目的だった。
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毎日十数個しか仕込んでいないので、皆がそれを目当てに早く並ぶのだヨ。これは、街のビストロが出す牛頬肉の赤ワイン煮なんか敵わない程に味わい深く、一度食べたら病みつく美味さだった。
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このホンダのロゴのような顎のホネをしゃぶり尽くすのだ!
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もつ焼きだって、平日の夜遅くだと残っている串が少ないため、食べることが出来なかったハツやカシラ、シロなどを頼むことが出来て、正に至福のひと時だった。

そして何年かの間は、ひとみ姐さんと共に鏡下のベンチ席で「宇ち入り」を堪能していたのだが、ある時「宇ち多゛」を出た後に、次に何処へ行こうかと彷徨っていたら、踏切の向こうでひと際濃いメンツたちと遭遇したのでアル。そのメンバーこそ、今も一緒に「土よ宇朝酒」を愉しんでいる奥席の常連客だったってワケだ。僕らは毎週彼らの顔は鏡下の席から拝見していたが、喋ったこともなかったので、挨拶を交わしそのまま一緒にハシゴ酒をすることになったのだナ。
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立石の重鎮イシさん、焼酎に梅エキスを1滴しか入れない大島さん、ダンディ岩崎さん等とカラオケスナックに行き、土曜の午後を飲みまくった。それ以来、僕も土曜日の口開けは奥席に座ることになったのだ。
立石呑んべい横丁の中で混沌とした時間を過ごし、ヘベのレケとなり、何度となく電車で寝過ごして知らない街へと運ばれていったものだ。

奥席もこの十数年の間に新陳代謝を繰り返し、今では寿司屋のマサ君に酒朋ホッシーやウーさん、ネコさんと馴染みの顔が定着して来たのだネ。

口開けの時間が昔よりも随分と早くなってしまったが、どっこい僕らも早くから並ぶのだ。「宇ち多゛」の美味さは不動だし、何よりも集う面々と毎週会えるのが楽しいし嬉しいのでアル。一週間の出来事や他愛ないヨタ話に花を咲かせて、約1時間半ほどの待ち時間を皆と過ごす。この時間が有るからこそ、席に着いてからの1時間がパラダイスとなるのだ。
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さぁ、口開けだ!元気な声で酒を頼もうか。「宗さん、梅割りお願いします!」
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by cafegent | 2017-06-13 15:21 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
三寒四温の律動の中、桃の節句を終えた途端に春の訪れを感じるようになった。
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街に出れば、路傍の足元に小さな瑠璃唐草(ルリカラクサ 別名:オオイヌノフグリ)が咲き、頭上では見事な白木蓮の花が咲き誇っていた。
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路地裏では土の匂いに混じって沈丁花の強い香りが、民家を包み込んでいる。

だが、春の気配に浮かれてばかりもいられない。目はかゆいし、鼻の奥の方がツンツンとして、体調もなんだか優れないのでアル。以前に検査した時は、花粉には一切アレルギー反応は出ず、ハウスダストだけにアレルギーを持っていたのだ。加齢とともにアレルギーの範囲も増えているのだろうか。いやはや、参ってしまうナァ。
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さて、昨日は朝早くから原宿へと出かけた。明治神宮の野鳥探しが目的だ。
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朝9時開門と同時に御苑へ入る。明治天皇が昭憲皇太后と散歩を楽しんだ御苑には、菖蒲田が有り6月頃には花菖蒲が見事な花を咲かせるのだネ。また、加藤清正ゆかりの「清正井(きよまさのいど)」は都心では珍しい湧水の井戸であり、パワースポットしても知られ、いつも長い行列ができている。

明治神宮には、東京ドーム15個分の境内に、なんと17万本もの木々が生い茂る森となり、豊かな自然を求めて野鳥や昆虫が生息し、季節毎に渡りの野鳥も舞い降りるのだナ。

御苑の彼方此方から鳥の啼く声が響き渡り、声を頼りに探して歩くのが楽しいひとときなのでアル。
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清正井の向こうからは、アカゲラの啼く声が聞こえてくる。
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北門近くの木の上では、アオゲラが啼いていた。

昨日は渡りの途中に立ち寄ったトラツグミも居たし、隔雲亭(かくうんてい)の前の芝生ではジョウビタキのメスが餌を探していたナ。
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この日の目当ては、青い小鳥のルリビタキだ。
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もうそろそろ旅立ってしまう時季なので、出逢えて良かった。
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幸せを運ぶ青い鳥だネ!

こちらは、メスのルリビタキだ。
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色合いは地味だが、メスも可愛いよネ。

新芽が出ていた木の枝では、黄色い小鳥のアオジが佇んでいたヨ。
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まるでサラダでも食べるかのように新芽の横に居たナ。

   「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日   俵万智

日差しが強くなり、少し気温が高くなるとシロハラやヤマガラなども一斉に出てくるのだ。
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シロハラは懸命に土の中にクチバシを突っ込みミミズなどを探している。
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人懐っこいヤマガラは餌を求めて来館者の周りを飛び回るのだ。
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ほら、まるで手乗り文鳥のようだネ!
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空の上でカラスが騒ぎ出したと思ったら、猛禽類のノスリが飛び回っていた。
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小鳥を餌にしようと飛んでくるのだが、カラスの群れに追い返されていた。
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ウグイスもたくさん動き回っていたし、幾つかは撮影することも出来たから大いに満足した次第だ。
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約2時間の御苑散歩を終えて、原宿に在る僕の長年の行きつけの美容室へと向かった。冬の間、長く伸ばしていた髪を春に向けて短くしてみた。髪を短くしたら、なんだか足取りも軽やかになったような気がしたナ。

そんな訳で、原宿から恵比寿まで歩いてみたのだヨ。
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by cafegent | 2017-03-09 17:19 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
桃の節句を終えて、季節は「啓蟄」を迎えたネ。啓蟄とは、土の中で眠っていた虫たちが春の気配を感じて動き出す頃と云う訳だ。季節を72に分けて表す七十二候でも、「蟄虫啓戸」(すごもりむし、とをひらく)の時季となった。土の中で冬眠していた虫が土の扉を開けて這い出してくるのだネ。

今日の東京も雨模様だが、この季節は一雨一雨降るごとに春が近づいていくのだナ。雨上がりの街では、木蓮や辛夷(コブシ)の花が咲き、沈丁花の強い香りが漂い始める。
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路傍の足元では小さなスミレの花も咲き始める頃か。

さて、昨日は地元の飲み仲間のケイタが出演する舞台を観に池袋まで出かけた。17時開演だったので、少し早めに池袋に行き居酒屋『ふくろ』で軽く引っ掛けることにした。

午後3時でも、此処はお客さんで一杯だ。カウンター席に腰を下ろし、生ビールを頂いた。
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あぁ、ちょうど良い冷え具合でクィクィと飲めてしまうナァ。

ビールを飲み干したところで、昼の部の公演を見終えた酒朋アベちゃんがやって来た。
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焼酎とホッピーを頂き、カンパイだ!此処は焼酎を頼むと緑色の小瓶に入った甲類焼酎が出てくる。これをジョッキに注ぎ、ホッピーやウーロン茶などを好きに割るのだネ。
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酒の肴にしめ鯖をお願いしたが、これまた良い塩梅で〆てあったナ。

小瓶の焼酎を全部飲み終えたところで、劇場に向かう時刻となった。池袋西口から10分ほど歩いた所に在る『木星劇場』へと向かった。この日は公演最終日という事もあり、開場と同時に続々と人が集まって来た。
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40人も入ったら満席の会場は早々に一杯となったので、早めに席を確保できて良かったナァ。1ドリンク付いていたので、カールスバーグの小瓶を頂いた。このビール、久しぶりに飲んだが観劇の前に、ちょうど良い軽さだったナ。

この日の芝居は「劇団東京晴々」の第8回公演『看取りたがる男たち』だ。
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男3人女1人の「兄妹」が、とうの昔に出て行った父の「最期を看取る」ことになり、バラバラに暮らす彼らの誰が父を看取るのか、を巡って言い争ったり、兄妹ならではの絆も垣間見えたりして、とても面白い作品だった。

今の僕らの世代が現実問題として直面しつつある「家族を看取る」ことをテーマにしたをウィットに富んだ笑いとアイロニーに満ちたセリフ回しに、グイグイと引き込まれてしまったナ。長男役を演じた塩原啓太クンは、普段はCFのナレーションなど声の仕事が多いのだが、俳優としての魅力も存分に発揮していたし、これからもっともっと顔を出す仕事も積極的にやって欲しいな、と感じたヨ。

小さな舞台での芝居は役者と観客の距離が、ほとんど無い。一番前の席だと、役者の口から飛ぶ唾さえかかってしまう近さだろう。役者だって演じながら、観客と目が合ってしまい、可成りやりづらいだろうナァ。でも、これが小演劇の魅力と醍醐味だよネ。あっという間の75分間だったナ。

作・演出の矢野未知生さん、出演したケイタ君、後藤啓太さん、鮎澤由祐さん、加藤朝飛さん、客演の太野裕子さん、お疲れ様!次の舞台も楽しみだネ。

池袋を後にして、一路赤羽へと移動した。向かうはもちろん『まるます家』だ。一階は相変わらず外に行列が出来ていたのだが、僕らは3人だったので、二階の座敷席に入れて戴いた。
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先ずは、ジャン酎(ジャンボ酎ハイ)モヒートをお願いした。氷の入ったグラスにハイリキを注ぎ、生ミントとライムをギュッと絞る。あぁ、爽やかな香りが漂い、小さな春を迎えた気分に浸れるのだナ。

此処に来たら真っ先に頼むのが、たぬき豆腐でアル。めんつゆと揚げ玉が絶妙に豆腐に絡み、酒の肴にも最高だ。
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名物イカフライと共にマグロの赤身と中トロ、しめ鯖を相盛りにして貰った。
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マグロの赤身がとっても美味かったナァ。
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食感が命の鯉の洗いもスバラシかったし、久しぶりのジャンボメンチカツも肉汁たっぷりで美味かったネ。
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酒を丸眞政宗の燗酒に切り替えた。
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酒朋ひょうちゃんと我がカミサンは、うなぎの白焼きだ。
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僕は飯を欲してたので、うな丼を頼んだ。
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あぁ、むふふの旨さだネ。

うな丼もペロリと平らげて、ご馳走様!この日は一階のレジ場を担当していた和子さんも二階に上がって来てくれた。美味しいお料理とお酒、ありがとうございました!

「まるます家」を出て路地の左手を覗くと、なんとまだ『丸健水産』が開いていた。これは、寄らずには帰れない!と云う訳で、丸健兄貴の処へお邪魔した。
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酒はもちろん丸眞政宗のマルカップだヨ。クゥーッ、旨い。

春の夜風が赤羽の路地裏を通り抜けていく。
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燗酒が五臓六腑に沁み渡るネ。熱々のちくわぶも美味いし、カレーボールも最高だ。

酒が残り少なくなったところで、兄貴におでんのダシ汁を注いで貰うのだ。
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オォ、ダシ割り酒は相変わらず旨いネ。

あぁ、こうして赤羽の夜が更けていくのであった。
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by cafegent | 2017-03-06 16:51 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
今日は、木枯らし第1号が吹いたとのニュースを聞いたが、気温もグンと下がり顔に当たる風も強くて冷たいネ。
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テレビでは、どのチャンネルでも米大統領選のニュースを流しており、今現在もトランプ氏が優勢と伝えいてる。ヒラリー女史は政治界の大ベテランだが、トランプ氏は叩き上げの商売人、どちらがアメリカ国民の本音に応えてくれるのか、僕には皆目わからない。ただ、どちらもTPP反対派である訳だから、安倍首相率いる日本国政府はふんどしを引き締めて、新大統領と向き合わなくちゃならないのだナ。

いずれにせよ、政府は我々日本国民の生活に冷たい木枯らしが吹き荒れないようにして欲しいと願うばかりでアル。
       ◇           ◇           ◇
閑話休題。

以前、神保町の古書まつりにて『亀屋忠兵衛 情歌集 都々逸 下町』なる本を手に入れた。丁寧な装丁と挿絵の美しい歌集なのだが、この本の中に新刊本(もちろん、その当時のだが)の案内の栞(しおり)が挟まっていたのだナ。
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出版社の「産報」が出している書籍の案内で、その新刊本は『落語的味覚論』と云い、著者は「加太(かた)こうじ」と記されていた。なんとも魅力的なタイトルではないか。また、その栞には「親代々江戸ッ子の著者が語る東京の味、庶民の味、明るい下町人情がそくそくと胸を打つ異色な味の話」と紹介されていた。

それからずっとその本のことが気になっていたのだが、なんとフラリと入った古本屋さんでその本のタイトルが目に飛び込んできた。しかも、昭和38年の初版本が1,000円だったので、すかさず手に入れた次第でアル。

古書店巡りを終えて、神保町の珈琲店『神田 伯刺西爾 (ぶらじる)』に入り小休止。美味い神田ブレンドを味わいながらページをめくる。

巻頭に載ったモノクロの写真を眺めていると、なんと僕の大好きな根岸の居酒屋『鍵屋』の移転前の旧店舗の外装と内装が紹介されているではないか。
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この建物は今現在、武蔵小金井の「江戸東京たてもの園」内に移築保存されているのだネ。店内も当時のままの姿で見学出来るようになっており、僕も何度か訪れたことがあった。

その当時の鍵屋で客が賑わう姿の写真は、初めて目にするものだったので、思わず興奮してしまったのだヨ。しかも、そこに書かれている文章では、「関東大震災でも無事、昭和二十年の空襲でも焼けなかった奇跡の一角が、この居酒屋・鍵屋」とあり、「できますものは江戸前の冷やっこ、うなぎのくりから焼き、おひたしに味噌おでん、たたみいわしに、さらしくじら」と記されている。なんと今の鍵屋さんの品書きとほぼ同じなのだネ。あぁ、鍵屋が「東京らしい居酒屋」と昔から言われていることが頷ける内容だ。
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浅草、上野界隈を中心としたエリアの和食、洋食、中華、居酒屋、珈琲店など当時著者が通っていた名店での思い出を綴っているのだが、最初の編「東京の味」に登場する紙芝居貸し出し業をしている小山国松と著者とのやりとりを読んでいると、まるで落語であり、故に二人が会話しながら呑んでいる情景がアリアリと脳裏に浮かぶのだナ。
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出版社も実に洒落たタイトルをつけたものだ。紙芝居の脚本と作画を仕事にしていた著者は、当初この本のタイトルは「東京の味」にしたかったそうだが、それを一編目のタイトルに持って行き、本全体の書名を「落語的味覚論」にしたのは大正解だ。

何処かでこの本を見つけたら、是非手に取ってみて欲しいナァ。古き良き東京下町の生活風景が目に浮かぶ筈だから。
そして、根岸『鍵屋』の暖簾でも潜ってみてくださいナ。では、また!
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by cafegent | 2016-11-09 15:59 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
昨日から「霜月」、今年ももう残すところあと2ヶ月になったのだネ。
昨日の雨も上がり今朝は晴れたが、頬に当たる風は冷たかったナ。

朝の情報番組を流し見していたら、ことしは夏が長かったために秋の季節を楽しむことなく冬に移り変わるとのことだった。
今シーズンは、2013年~14年の冬の再来になるかもしれないとも伝えていたナ。あの年は東京でも豪雪となり、山梨あたりでは交通網が遮断され車内から出られない人たちが大勢出たのだったネ。

季節を表す七十二候では「霎時施」(こさめ、ときどきほどこす)の季節。読んで字の如く、時雨が降る時季の到来だ。急に強い雨が降ったかと思うと、スーッと雨が上がり雲から青空が顔を覗かせる、そんな晩秋から初冬にかけての気候だネ。

昨日の東京も朝から強い雨が降り続き、気温もグンと低くなった。秋の渡りの途中に立ち寄った野鳥たちも木々の葉の下や軒下あたりで雨宿りでもしていたのかしら。

    化けそうな傘かす寺のしぐれかな   与謝野蕪村

そう云えば、2013年の晩秋から翌年にかけては、普段都心では滅多にお目にかかれないような野鳥たちが何種類も渡って来て、バードウォッチャーの目を楽しませてくれたっけ。
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あの冬は可愛いルリビタキもずっと居てくれた。
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小さなヒガラや頭のてっぺんが黄色い菊のようなキクイタダキもネ。
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群れでやって来るマヒワも一冬を過ごしたナ。
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マヒワは、とてもカラフルな小鳥だよネ!
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家の近くの民家のテレビアンテナでもジョウビタキが見られるようになったし、もうすぐツグミもやって来るだろう。
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トラツグミもまた来ないかナァ。

野鳥探しは、朝の公園散歩での楽しみだ。おっと、夕暮れの酒場巡りも忘れちゃいけないネ!では、また。
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by cafegent | 2016-11-02 16:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
先日、生出演をしたFMえどがわの番組「あしたへ…笑顔りんりん」の内容が番組のブログに掲載された。毎週金曜日のパーソナリティは高田まゆみさん。彼女とはハイサワーでお馴染みの博水社さんの倉庫飲みイベントの会場で知り合い、以来フェイスブックなどで交流を続けている。
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ちょうど僕の新しい本が刊行したばかりだったので、本の紹介をしながら、何故下町の酒場巡りやハシゴ酒をするようになったか等を語らせて貰いました。FMえどがわのサイトでは、この時の内容の音声も聞けるそうなので、是非ご視聴して貰えるとウレシイ限り。

「FMえどがわ/あしたへ…笑顔りんりん」のブログ

知人から写真展の案内状が届いていたので、西麻布の写真専門ギャラリー「イー・エム」へ出かけた。
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その写真作品は、イスラム国(IS)によって破壊された世界遺産パルミラ遺跡の破壊前のかつての姿を捉えたものだ。撮ったのは元雑誌編集者の椎根和(しいねやまと)さんだ。

椎根さんは雑誌「Hanako」の初代編集長だった方で、今回の写真は雑誌「リラックス」の編集長を辞めた後の1997年に夫婦でシリア、ヨルダンを旅して、パルミラ遺跡に立ち寄った際に撮影したもので、その時のネガは20年近くも本棚の片隅に仕舞われたままになっていたそうだ。

今年になって、あの時撮影した遺跡がISによって破壊されたことを新聞記事で知り、銀盤プリントの写真だけを扱うギャラリーに相談し、今回の写真展が実現したのだネ。
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風景の切り取り方が上手く、さすが編集者だナァと唸ってしまった。

椎根さんは、この遺跡の前に立ち、「何も考えないで撮る」という理想的な心境になったそうだ。2400年前の荘子の教え「分別にとらわれるな!」「逍遥遊」(しょう よう ゆう=さまよいながら遊びなさい)と重なったと云う。

昔、映画「アラビアのロレンス」を観た時に実際のT.E.ロレンスに興味を抱き、イギリスの作家コリン・ウィルソンが書いた「アウトサイダー」を読んだことがあった。もう随分前だが、その頃はこの目でパルミラ遺跡などを見て回りたいと思っていたっけ。椎根さんの写真を眺めていたら、その頃のことを思い出してしまった。
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椎根さんと初めてお会いしたのは、門前仲町の酒場『大坂屋』だった。確か氏が「平凡パンチの三島由紀夫」を出版されたばかりの頃だったかナ。今回、ギャラリーで久しぶりにお会い出来たが、74歳とは思えないほど元気そうだったナァ。

僕もあんな風に素敵に歳をとりたいものだと思った次第でアル。
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by cafegent | 2016-09-23 17:58 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)