東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2005年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

朝から、パシフィコ横浜で仕事が入っていたので、前日から横浜ロイヤルパ−クホテルに泊まった。
このホテルは何度か来ているが、非常に落ち着くホテルだ。ロビーフロアのシャンデリアのしつらえや調度品がヨーロッピアン・アンティーク風(本物なのだろうか)なのだが、恵比寿のウェスティンと違い妙に僕にしっくりと来る。横浜に来る大抵のカップル同士は海の見えるベイサイドという部屋を予約するのだろうが、僕は決まって富士山が見える部屋を予約する。朝早く目がさめて富士山が見えるのは実に気持ちが良いものだ。そう言えば今年の正月は、自分の部屋から富士山が絶景に見える、と云う脳天きな『夢』を見た。我ながら幸せモノだと思ったなぁ。

昨日は仕事を終えてそのまま渋谷からみなとみらい線で中華街まで出かけた。久しぶりに美味しい中華が食べたくなったのだ。b0019140_17505014.jpg本当は、中華街大通りのすぐ脇を入った所の「海員閣」で、牛バラ飯と海老の辛し煮が食いたかったのだけど、何しろこの辺の店は閉店が早い。ここも8時には閉まってしまうのだ。まぁしょうがない、と海員閣のおカミさんが大好きだという「慶福楼」に行こうと思ったが、まだ時間があるなぁと思い中華街の関帝廟通りに面する「金福楼」に行ってみた。「慶福楼」は中華街ではめずらしく夜中2時まで営業しているので、別の日でもいいのだけれど、たまに早い時間(と云っても「海員閣」は閉まっている時間ね。)に来たんだから、こっちにしてみたのだ。ここは、我らがクレージーケン・バンドの横山剣御用達の美味しくて安い広東料理の店である。ここに来たら、まずは酢豚。
b0019140_1753113.jpg
そして、小龍包、湯葉巻。青菜の炒め物である。b0019140_17502984.jpg昨日は豆苗(トウミョウ)があるって云うので、それをニンニクで炒めてもらった。b0019140_1750155.jpg絶品だった。風邪気味の躰に栄養分をしっかりと補給出来た感じがした。ここのおカミさんは木田喜代子さんと云う。何故か、美味しい中華のマダムは美人が多い。六本木の新北海園、西麻布の南翔小龍しかりだ。b0019140_17504211.jpg

中華料理は、大勢で円卓を囲みながらワイワイと食べるのが種類も沢山頼めて楽しいものだけど、この店の逸品を楽しむのであれば一人でも十分堪能出来るものだ。以前、オフィスが飯倉片町にあった頃は、「中国飯店別館」の牛ガツ麺と中華粥が好きだったし、「新北海園」の豚の黒豆煮込みや黄ニラ炒めを良く食べた。もう、20年近く経つだろうか。西麻布の北海園の料理長がケンカでもしたのか辞めてしまって、子供家族たちとマネージャーを連れて飯倉片町に開店した店が「新北海園」だった。当時、息子の漢明が東京を余り知らないと云うので仕事が休みの時にディスコに連れて行ったりした思い出がある。また、ここの名物マネージャーは、過去訪れたお客様全員の名前を覚えていると云う。数千人と云っていたなぁ、客商売のカガミだね。

中華はどの店にも必ず名物料理があるから、それを教えてもらうと良いと思う。白金台の「聚寶園」は揚州炒飯(カニあんかけ炒飯)、六本木六丁目「中国飯店」は、黒酢の酢豚とメニューには無いが、海老のニンニクせいろ蒸し(絶品だぜ!)、西麻布の「南翔小龍」は、焼小龍包。この店は以前、青山のスパイラルの脇道にあったのだが、何を食べても美味しかった。特に焼いた小龍包は、ここで初めて口にして感動した思いがある。南翔小龍は、料理に加えマダムの千賀子さんが美人で素敵だった。クリスマスにはスパイラルカフェのケーキを訳もなく持って行ったものだ。小龍包は昔から新橋の新亜飯店だったけど、今はここかな。あぁ、マダムも食べたい!!
他にも小龍包と云えば、新宿高島屋に台湾の超人気店「鼎泰豊」(ディンタイファン)があるが、あれも台湾で食べるから気分も増して美味しいのだろうね。高島屋で主婦のざわめきの中で食べても何にも美味しく感じられないのは僕だけじゃないだろう。
あと、西麻布「麻布長江」の純ごま坦々麺も美味しい。長坂シェフの料理に対する探究心とアイディアの量は誰にも負けなんじゃないだろうか。前にも紹介したけど、芝大門のエロ爺いの店「美芳斎」の重慶牛肉飯(牛丼)とマ−ボ飯も風邪が一発で吹き飛んでしまう刺激とウマさだね。

たまには、一人で中華三昧も楽しいぞ、諸君。
ここ最近は、グルメーな話題を書いていなかったなぁ。ここも「ポタ食」に追い付かなくては!!...
[PR]
by cafegent | 2005-01-27 17:55 | 食べる
種子島在住の中島修一という画家が居る。通称、修(しゅう)さん。筋金入りのサーファーでもある。もう10年位も前から波乗りの聖地を求めて、ビーチバム(浜乞食)と呼ばれる連中のコミューンの頭的存在でもあるらしく、いわゆる「兄貴」なのだ。修さんの描く絵は、スピリチュアルな世界が多く、波乗りをしながら、大きな波に飲まれるときのあの感じは天国との境を感じるのかもしれない。
画家の中島修一さんのサイト

そんな彼が「ガベージ・ファクトリー」と言う小説を書いた。全国書店にて販売しているが、刊行と同時に映画化が決定した。今年の夏あたりからクランク・インするだろうか。b0019140_12553616.jpg修さんは、僕の友人のキムさんから紹介されたのだが、数年前の在る日に、キムは友だちの葬式に参列するために種子島に渡ったそうだ。その友だちは波乗りをする為にこの地に住み付き、酒の飲み過ぎでこの世を去ったらしい。島の住人全てが日に焼けて真っ黒な顔付きの中、キムさん1人青白い顔をして葬式に参加していたから妙に気になって声をかけたそうだ。只の飲んだくれのサーファーの為に平日に仕事を休んでまでして、種子島にやって来たキム。それだけで、修さんは、キムと意気投合したんだそうだ。b0019140_12561449.jpg

僕は何年も前に、友人から関西で昔とてつも無くでかいサーフィン・チームを組織していた話を聞いて居た。趣味の域を超えて、サーフィン、ジェットスキーのブランドまで作ってしまい一斉を風靡する程のブランド展開をしていたらしい。僕も知っていた位だから相当な勢いだったのだろう。何でもやり過ぎると破綻してしまう傾向がある。その西村氏も一切を棒に降り、実家も取られて案の定、夜逃げしたそうだ。
そんな大阪の有名人、西村氏が世の中から消えて何年も経ち、まさか東京でインディ−ズ映画の中心人物になろうかとあの頃、誰が想像しただろうか。「あづみ」を撮った北村龍平監督や山口洋輝監督等を世に排出している「インディーズムービー・フェスティバル」を主催している。TSUTAYAで借りて投票できるシステムで優勝監督にはメジャー映画を撮らせてあげるのが人気の秘訣だ。この西村さんも非常に面白い人生を歩んで来た人で、彼の話だけで映画が1本撮れるほどハチャメチャな人生を送ってきた。その西村さんと大阪でつるんでいたのが修さんだったのだ。西村さんの独立映画人共和国サイト

歳の瀬にキムさんから映画のオーディションが在るから見に来ませんかと誘われ、修さんを紹介された。b0019140_1254250.jpgその映画の制作者が西村さんだったのだ。久しぶりに一緒に酒が飲めた以上に修さんと出逢えた事が嬉しかった。今の世の中と今の若者に一石を投じるのに、彼はペンのチカラを使ったのだ。

東京の中堅ゼネコンが鹿児島県と不正に許認可を取り付けて種子島に穴を掘っているらしい。誰もが採掘業との知らせを受けて、ただ黙って採掘現場を見て居たらしいのだが、その真相は実は原子力廃棄物の投棄の為に海の底に穴を掘っていたそうだ。地元の住民たちが反対運動を興して訴訟をしたそうだが、案の定敗訴したらしい。国と結託している連中にマトモに戦っても勝てる訳がない。だから、修さんは小説というカタチで世の中に戦いを挑んだのだ。西村さんも本を読んで、すぐ映画化を決めた。僕らも手伝わない訳には行かないだろう。みんなの力で、この映画を世に送り出し、表現の自由という立場で戦うとするか。
[PR]
by cafegent | 2005-01-24 12:57 | ひとりごと
1月だと言うのにシャルル・ドゴール空港では、コートもいらない程陽が燦々としていた。毎度のつもりで防寒体制バッチリでやって来たのに拍子抜けしてしまった。

今回は、パリ在住のインテリアデザイナー、クリスチャン・リエグル氏に逢いに来たのが旅の目的であったから、まずは彼が手掛けた「ホテル・モンタランベール」に泊まった。b0019140_11403465.jpg10年ちょっと前に古いホテルを買い取りリノベーションしたらしく、シックで落ち着いたインテリアが特徴的だったなぁ。今から20数年前、80年代の始め頃に初めてパリにやってきて、友だちの家に泊めてもらったのも丁度この辺りだった。リュ・ド・バック駅からすぐの処で、オルセ−美術館の裏手側。リエグルさんとの打ち合わせ以外は、街のインテリアショップや雑貨屋を見て廻った。サンジェルマン・デ・プレを散策し、ポンピドォーセンターを抜けてオシャレなマレ−地区へ。b0019140_11404755.jpg数年ぶりに来るのにまるで変わりのない街並み。シックな石畳の街だからこそ、色鮮やかなファッションが映えるのだろう。b0019140_1142919.jpg
ここ何年かは、クライアントを連れてのパリ訪問が多かったから、泊まるホテルも右岸が多かった。シャンゼリゼ近くとか、フォーブル・サントノーレとかばかりだったから、今回久しぶりの左岸滞在で何だかホッとした気分に浸れることが出来た。

b0019140_11382175.jpgパリのマレー地区には、ボ−ジュ広場のすぐ前に「パヴィヨン・ド・ラ・レーヌ」という4つ星のシャトーホテルがある。1泊350ユーロだから、約5万円弱だけど、それなりに価値のあるホテルだと思う。ルイ13世頃のアンティークな調度品でしつらえているそうで、中庭もあってお忍び旅行にもってこいな処だった。

行きの機内の中で「ダヴィンチ・コード」という小説を読んだ。頭の中でパリの街並の記憶を辿りながら、読み進み一気に読破してしまった。b0019140_11375892.jpgパリに着き、実際にルーヴル美術館の中を通り抜けて、ガラスのピラミッドを見るとキリストの聖杯伝説もまんざら小説の世界だけでは終らない様な錯覚を覚えてしまった。

クリスチャン・リエグル氏は、欧米ではかなり著名な方で、サンジェルマンにも大きな家具の店を持っている。基本的には、個人住宅や別荘を多く手掛けていて、その家や住む人に合わせて家具もデザインしていた。b0019140_11384174.jpg
彼に家を建ててもらった方々は、カルヴァン・クライン、カール・ラガーフェルド、ヴァレンティノ・ガラバーニ、などがいる。みな個性的でこだわりを持った連中だが、彼等の個性を十分に把握してから取り組むそうだ。日本でも過去に2件だけ住宅を作ったことがあるそうだが、今は欧米が中心らしい。62才のインテリおやじだったが、40人近くいるというスタッフの大半が若い女性だった。お茶を持って来てくれるコや資料を運んでくれるコたちが何故かみんな若くて美人で、これが若い秘訣か、って勝手に解釈。本人も鍛えた体をさりげなく自慢するようなタイトなセーターを羽織っていて、ニクいオヤジだった(ちょっと、悔しいが..)そして、言うことがまたニクいのだ。「大抵いつも10幾つプロジェクトが進行しているから、
無理して仕事紹介してもらわなくっていいんだよね。とくにプロモートもいらないし。」と来たもんだ。「仕事の内容が、興味を惹くもので、あとはギャラが納得すれば請けるよ。」だってさ。ウムウム、僕もこんなセリフ吐いてみたいものだ。さすが、トップクラスだけの事はあった。誰かと仕事がしてみたいと思ったら、まずどこに居ようが、飛んで逢いに行ってしまう。これが一番だね。今回も本で見ただけのインテリアデザイナーに直感が働き、心が疼き、男3人で逢いに行ってきた。まさにピッタリの人だった。彼に仕事をお願いしたい、と思いつつ策略を練る日が続くんだろうなぁ。そんな事を考えつつ夜は、生牡蠣三昧の毎日であった。b0019140_114219100.jpg
[PR]
by cafegent | 2005-01-24 11:49 | ひとりごと
2005年が始まり、今日から仕事をしてるけど世間はまだ休みの処が多いのか電話も無く静かなオフィスだ。僕のオフィスは元々倉庫だったもんだからエアコンを入れてもすぐには暖かくならず、メイルチェックをしていると体が芯から冷えてくるからたまんない。体育館のようなハコだから仕方ないが、大抵ここが暖かくなる頃には外出してしまうんだよなぁ。毎年、新年初出社というと、まずメイルチェックして、膨大な年賀状を拝見し、しばらく御無沙汰の処から賀状が届いていると電話してみる。b0019140_14294792.jpg今年も20人くらい御無沙汰している人達に新年の挨拶電話を架けてみた。みんな案外会社に出ているんだね。とっくに昼も過ぎているが、オフィスはまだ寒いのだ。

珈琲ももう3杯目だと云うのにまだ手が冷たい。

今年の正月は、どこにも行かずにほぼ全日ウチに居た。いつもだと大抵温泉に行ったり、海外に行ったり、誰かの家で新年会と称して飲んだくれていたりするのだが、今年は違った。年末にガーデンプレイスのTSUTAYAに行って『24』のDVDを24枚も借りてしまったのだ。いわゆるシーズン1と2を借りた訳だけど、1シリ−ズ見るのに約24時間かかる訳だ。皆に言わせれば、何今頃見てるのかって云われると思うのだけど、普段余りテレビとかを見る時間が無い僕にとって今回の正月は長旅の機内の様なものだったのだ。いつもニューヨークとかロンドンとかに行くと10時間以上飛行機の中に居るので長編小説とかを読破するのが楽しみなのだが、今年はそれのウチバージョンになった。過去、余りこの手のシリーズは観なかった。
「ツインピークス」も「ロズウェル」も1、2回見て辞めてしまったし、一回で終らないと途中で見る時間がなくなりそのまま辞めてしまうんだね。「24」もテレビで 放映しているのを何度か目にしたけど、話が判らないから、見ていなかった。年末にたまたまジムでシー・ユー・チェンさんと話をしていたら、彼が今24にハマっているという話を聞いた。あのこだわり屋で目利きのチェンさんが面白いって云うんだから、こりゃあ本当に面白いんだろうって思った。で、素直な僕は30日に一気にDVDを借りたのだ。さすがに正月休み中に2シリーズは観られなかったが、あと6時間で終るのだ。Assh特製のコーヒーウォッカちびちび飲みながら、こんなに長い時間映画を見たのも久しぶりかもしれない。それにしても物凄い展開のドラマだね。正直、僕もハマってしまいました。
年末は「デロリ」でカウントダウンをして発砲の濁り酒で年越しをして、そのまま西麻布のレッドシューズに向かってシャンパンを飲み、(そう云えば、シャンパンは別料金だったなぁ、Assh。)記憶の途切れるまま朝を迎え、そこから「24」を観だしたのだった。
b0019140_14254626.jpgさて、仕事始めの今日は芝大神宮に祈願もしたし、このブログの読者にも幸多き1年になる事を祈っております。
[PR]
by cafegent | 2005-01-05 14:39 | ひとりごと
今年の2月に表参道のラユンヌ・ギャラリーでアーティストISSEIの展覧会が開催される。2003年12月に渋谷パルコ・ミュージアムで僕が企画した展覧会に参加してくれた画家である。ISSEIは、もともと『JUICE』というグループでMCを担当していた。b0019140_16175263.jpgキューンソニーより数枚のアルバムを出していたけれど、昨年の3月に活動を休止して、ISSEIも新たな音楽&絵画活動の準備をしていた。Candy Flavaという東京でも最大のHIP HOPイベントを毎年仕掛けているDJ RYUJI君から頼まれて、毎年そのイベントのスポンサードを手伝っているのだけれど、ISSEI君も彼に紹介してもらった。


b0019140_16174195.jpg 
   左から2人目がISSEIだ。

音楽、絵、写真、オブジェ、ファッション、マンガと云ったあらゆるジャンルで活躍しているクリエーターに参加してもらいたくて、展覧会の内容をRYUJI君に伝えたら、ピッタリの奴がいるよと云ってISSEIの絵を見せてくれた。僕は、絵を見たとたんに一目惚れしてしまい、その場で作品を依頼した。『JUICE』は、2MC&2Track Makerという4人編成のHIP HOP Groupで、「ヤングジェネレーション」という曲はシングルカットされ、僕も結構好きだった。
年末、久しぶりに逢ったISSEIは相変わらずの笑顔でまわりを人集りにしていた。彼は握手をするなり、分厚い作品集を2冊も差し出して見せてくれた。
b0019140_16343100.jpg
b0019140_1635526.jpg
それにしても1年間で、こんなにも作品のクォリティが高くなっているなんて正直びっくりした。NYでも個展を開いた事があるISSEIだけど、今度展覧会をする会場は元々森英恵がファッションショーをする会場だった場所をインテリアのショールームにした処だ。ここはまるでNYの誰かの家に来たみたいな場所だけど、偶然ミーティングの為にラユンヌを訪れたらISSEIに再会したのだ。b0019140_1641126.jpgb0019140_1641975.jpgb0019140_1642993.jpgこの場所はインテリアショップだけれども、いろんな使い方が出来る様になっている。12月に『Le Book』のパーティも同じ場所で開催されたけど、まるでバブルの頃のような盛り上がりだったなぁ。この話は、また今度書こうかな。ISSEIがこの空間にどう作品を飾るかが今から楽しみだ。

主催 S A G 〈Sound Art Gallery〉:Tomoya Saito Gallery 
共催 LAUNE

〈 日 時 〉 2005年 2月16日(水)〜2月28日(月)
〔終了日は延長の可能性あり。開始日の2月16日は確定。〕
〈 場 所 〉 LAUNE galerie

東京都港区北青山3-6-1 ハナエモリビル5F
TEL 03-6418-1130 (最寄り駅:表参道駅)
ラユンヌのウェブサイト&Map
2月16日(水)〜2月28日(月)
〔終了日は延長の可能性あり。開始日の2月16日は確定。〕
[PR]
by cafegent | 2005-01-04 13:50 | ひとりごと