東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent

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銀座「Apple Store」裏手の洋食「グリル・スイス」でカキフライと元祖カツカレーを食べたので、帰りに並びの「白いばら」を覗いてまみた。なんと!まだその店は健在だった。新宿のグランドキャバレー「クラブハイツ」も昭和の香りがする処だが、銀座の「白いばら」もかなり昭和だ。ここはご当地ホステスさんが沢山いて、出身地を云うとそこ出身のコを付けてくれるのだ。値段も安いし、何よりもあのバタ臭さがたまらない。もう10年以上も行っていないけど、きっと店内の様子は変わらずなんだろうなぁ。こーゆー店はずっと残っていて欲しいものだ。
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この前、昭和30年代がブームになっていると書いたけど、小金井公園の中にある「江戸東京たてもの園」なる所で『できゆくタワーの足もとで −昭和30年代のくらし』展を開催している。ここは広大な敷地の中に江戸から昭和初期の家とか商店、居酒屋なんかを再現したり移築して展示していて、こんな所がこんな場所にあったのか、と思う程東京の歴史を垣間みれるテーマパークな訳だが、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に連動したカタチのタイムリーな企画展だ。
「江戸東京たてもの園」

僕が小学生の頃はまだテレビがモノクロで、アニメや「ヤング・セブン・ツーオー」を見てから学校へ行くのが日課だった。中でもとりわけ好きだったのが日曜の昼番組「お笑い大正寄席」だった。あの頃は1社冠スポンサーの番組が多かったけど、大正製薬と云えば「大正寄席」と決まっていた。(丸美屋と云えば「エイトマン」ね。)牧伸二がウクレレ片手に漫談と司会をこなしていたが、何と行っても、「東京コミック・ショー」が大好きだった。その「東京コミック・ショー」のショパン猪狩さんが今月13日に亡くなった。数十年間、ほぼ同じネタで登場する訳だが、ここまでやるから名人なのだ。ショパンさんは、ターバン巻いた偽インド人の芸風で「 レッドスネーク、カモーン!」「キス・オブ・ファイヤー」なんかのギャグがウリだった。奥さんが台の下に潜って両手でヘビになって、ショパンさんが怪しいヘンな日本語と笛でそのヘビを操るのだ。何年か前にテレビに出ていた時は、奥さんじゃない人がヘビを操っていたっけ。amazonを検索していたら「東京コミック・ショー」が出演しているDVDを発見した。「昭和名人芸大全〜珍芸・奇芸・ビックリ芸〜 初日」と云うタイトルだが、そうそう昭和の名人芸なのだよ。
うーん、アマゾンでレッドスネーク、カモーンか。合掌。
「昭和名人芸大全」
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by cafegent | 2005-12-19 17:31 | ひとりごと
ここ数日、気持ちが良い程晴れている。
展覧会の準備の為にここ数日、新宿の文化服装学院のビルの20階に居るのだけど、
ここから見える富士山は絶景だ。雪の帽子をすっぽりと被った冨士が冬の太陽の下で僕に元気を与えてくれる。
             ▽この下あたりだけど見えるかなぁ。
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今日から3日間だけだが、新宿の文化服装学院C館20階のイベントホールで、アディダスの展覧会が開催されている。
「WALKING IN THE SHOES OF LEGENDS」アディダスシグニチャーライン・エキシビジョンだ。
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アディダスが過去数十年に渡り開発してきた、スポーツ界の伝説的スタープレーヤーのシグニチャーモデルを一堂に集め、その開発秘話等を展示しています。中にはヨダレモノのビンテージアイテムも展示されており、スニーカーファン必見でしょうね。2006年、サッカーのベッケンバウアー、テニスのグラフ、スタン・スミス、ナスターゼ、バスケットのカリーム・アブドゥール・ジャバー選手の往年の名シューズが復活するので、その記念として新旧のシグニチャーラインを紹介。

そして、なんと僕が中学、高校の頃に神様として憧れたジャバーさんがこのイベントの為に来日します。身長2m18cmもありながら、華麗にジャンプして放つシュート「スカイフック」で世界中を湧かせたNBAの名選手だったバスケット界の神様ですよ。ジャバー氏は、バスケットの他にマーシャル・アーツに興味を覚えてブルース・リーの弟子になりました。あの『死亡遊戯』の中でもブルース・リーと戦う敵役で出演もしていたのを覚えています。もう59歳でバスケット界も引退していますが、今でも人気は根強いらしいです。今回は彼のモデル・シューズ「JABBAR LO」もニューモデルとして復活しています。
「アディダス/イベント情報」
それにしても、adidasがアディ・ダスラーと云う創業者の名前だったとは知らなかった。もともとダスラー兄弟社と云う会社が兄弟別れしてadidasとPumaになったんだってね。また1つ、どーでもーいー知識を入手。
さて、久しぶりに面白い展覧会をプロデュース出来て楽しかったなぁ。ジャズ好きなジャバーさんは、日本に来ると必ずジャズCDハンティングに出掛けるそうだ。
SOIL&"PINP" SESSIONSのCDでもプレゼントしようかな。
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by cafegent | 2005-12-15 15:18
和歌山の取引先から大量にみかんが送られてきて、毎日ビタミンCだけは豊富にとっている。
で、さっきみかんの皮を剥いたら、なんとクリスマスらしい事か。
カタチがジンジャーマンになっていた。あんまり可愛いからまたおバカな写真をとってしまった。
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ここ最近の日本映画界は、昭和30年代が流行っているらしい。映画を創るネタの宝庫がこの時代だ、と朝日新聞のコラムに書いてあった。今から40数年前の東京は戦後の復興と高度成長で生活がどんどんとモダンに移り変わっていた時代だったっけ。テレビは急速に普及していたが、まだまだラジオの時代だった様な気がする。
僕の生まれる数年前に東京タワーが完成し、小学生の頃はまだ家の前の通りを都電が走っていた。生活スタイルも様式になり、ちゃぶ台が無くなり、メラミン仕上げのテーブルとパイプ椅子での生活になったりしても、魚を焼く時は、玄関の外で七輪だった。渋谷の東急東横店の前には沢山の傷痍軍人がハーモニカを吹いたりしながら、座って寄付を集っていた。渋谷は、安藤昇率いる安藤組と云う一家が仕切っていたが、ウチのおじいちゃんがそこの組員とかに勉強を教えたりしていたから、
小さい頃は、彼らに可愛がられたりしたものだ。
先日、そんな時代をそのまま再現した「ALWAYS 三丁目の夕日」と云う映画と「カーテンコール」を観た。
「三丁目の夕日」は、僕が中学生か高校生の頃に読み出した西岸良平の漫画の映画化なのだが、最近のCG技術はとてつもなく凄い!。家々はセットなのだが、汽車の窓からの風景や都電が走る街並のリアルな事。架空の夕日町3丁目が舞台なのだが、建設途中の東京タワーが見えたり、都電が走っていたりで、まるで僕の育った恵比寿3丁目界隈を思い出してしまった。昔は西麻布界隈も材木町、霞町、笄櫻町って呼ばれてたし、恵比寿、白金あたりも伊達町とか豊沢三光町などと粋な名で呼ばれいた。近所に従兄弟の家があり、そこが町工場(こうば)だったから学校が終わるとみんなで工場に集まって訳の分かんない部品とかをもらって宝物にしたりして遊んだっけ。「カーテンコール」は昭和36年の下関にあった「みなと劇場」と云う映画館の幕間(まくあい)芸人を探して行く話なのだが、こちらの映画はそこに当時の在日問題を取り上げており、今の韓流ブームを昭和の歴史を振り返りながら受け止める事が出来た映画でもあった。
ただただ、古き良き昭和30年代を懐かしく、可笑しく、切なく泣かせてくれたのは「ALWAYS 三丁目の夕日」かな。最低5回は泣くぞ。こんな映画を観て、男もたまには泣かなくちゃあかんのだ。
「ALWAYS 三丁目の夕日」
「カーテンコール」
あぁ、あの頃はあんなに純粋無垢だったのに、今はただの飲んだくれ爺ぃだ。いや、素直で純粋には違いないか。だって、すぐ惚れるもんなぁ、俺たち飲んだくれたちは。さて、今日は冨士屋本店、Nonのコースと行くか。
そうそう、テアトル新宿で公開している「狼少女」も昭和の「見せ物小屋」をモチーフにした映画だ。のんだくれ御大、なぎら健壱が出ているので週末にでも観てこようっと。
「狼少女」
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by cafegent | 2005-12-13 19:51 | ひとりごと