東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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<   2007年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

今年の3月に催された「若林純夫 追悼ライブ」がきっかけで、あれから当時頻繁に会っていた友人たちと呑む機会が増えてきた。
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この写真は、今は無き『ブラックホーク』の前でポーズを決めている若林純夫だ。

僕は今でも相変わらず毎晩渋谷界隈で呑んでいる訳だが、彼らと学生時代の頃に通っていた店の話などをしていてるうちに当時を振り返り、既に無くなってしまった店の跡などを歩いてみたくなったのだ。
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千代田稲荷の界隈は昔と変わらぬ雰囲気だ。

学生の頃、授業やバイトが終わると大抵は『ZOO』と云う珈琲屋に入り浸っていたのだが、たまに女のコと逢う時なんかは別の処に行っていた。なんせ『ZOO』には、あーだこーだと口うるさい御仁たちが大勢居たからね。
例えば、渋谷/『ヘッドパワー』と言う絨毯喫茶。靴を脱いで寛げるので、まるで部屋に居る様で何だか胸躍る親密感が湧き出たのであった。宇田川町交番の先にあったので、学校帰りに良くそこでデートなどしたものだ。確かジーンズメイトになっている場所だったかなぁ、記憶が曖昧だ。

あの頃は、とにかく洋服と音楽にどっぷりと浸かっていた。渋谷でロックと云えばまず真っ先に『ブラックホーク』と云う店が浮かぶ。百軒店の『ブラックホーク』は後に若林純夫夫人となった宮地敏子さんが働いていた。ブラックホークはロック喫茶だと言うのに皆煙草を吸いながら、黙って真剣に音楽を聴き入っていた。まるで新宿のジャズ喫茶の様だったっけ。
でも、誰も教えてくれないイカした音楽がいつも流れていた。ザ・バンドやCSN&Y、英国のトラッドなんかもここで覚えた。と云うか、『ZOO』に居た若林さんがどのレコードも勧めてくれるのだが、持っていないレコードはブラックホークに聴きに行ってたんだっけか。

ブラックホークのマッチには、『HUMAN SONGS』と云うスローガンが掲げてあり、まさにそんな唄を歌うシンガーソングライター達の名曲を聴いたものだ。当時、レコードは原宿の「メロディハウス」、青山の「パイドパイパーハウス」、六本木「ウィナース」、吉祥寺「芽瑠璃堂」あたりが中心で、それ以外は、西武百貨店などがたまに催す「レコード祭り」の様なバーゲンセールだった。カット盤がとても安く手に入ったので、段ボール箱のレコードを片っ端からチェックしたものだ。

ノーマン・グリーンバウムの「Petaluma」、ガイ・クラークの「Old No.1」など70年代に好きになったシンガーソングライターは沢山居たけれど、そのほとんどは札幌の『和田珈琲店』のオーナー和田博巳さんとアツシさんに聴かせてもらったレコードだった。(そして、そのほとんどは当然の事ながら兄貴経由だったのだが。)

『ブラックホーク』の近くには、もう一軒『BYG』と云うロック喫茶もある。
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ここは今でも健在だ。
『名曲喫茶ライオン』も変わらぬ佇まいで頑張っている様子だった。(僕は行かないのだが。)
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道玄坂小路にはいい店がたくさん在った。
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今も健在な台湾料理の『麗郷』、そして無くなってしまった『フレッシュマン・ベーカリー』と『カスミコーヒー』だ。

『ZOO』で出していたトーストなどのパン類はフレッシュマンから仕入れており、若林さんが忙しい時なんかは、何故かお客の富塚君なんかがパンを受け取りに行っていた。とりわけ『フレッシュマン・ベーカリー』は、店の佇まいが良かったのだ。朝、古びたガラス戸が開くと土間の様な店内のガラスケースにパンが並んでいるのだ。ここのレーズンパンは良く『ZOO』でトーストにして食べたけど、総菜パンやシナモンパンなどもとても美味しかった覚えがある。数年前にクローズしたがその建物は暫くの間そのまま残っていたけれど、先日前を通ったら「ヤマダ電気」建設予定地との看板が立っていた。なんだか淋しいなぁ。

若林さんが珈琲を入れていた『ZOO』は、宇田川町交番の左側の道をずっと奥に入って行ったところにあるのだが、その途中ヤクルトの販売所の隣にある『金龍菜館』にもかなりお世話になったと思う。

だいたい、学校が終わって夕方から『ZOO』に行き、音楽や映画、洋服の話などのどーでもいー会話で時間を過ごし、途中で腹が減ると中座して金龍に行って「柔らかい焼きそば」か「ニラそば目玉乗っけ」なんぞを食べて、舞い戻り、またもどーでもいー話に花を咲かせていたのだった。
しかし、喫茶店を中座して食べに行ってたんだから、みんなフザケた連中だったのだなぁ。
あの恐い『ブラックホーク』だって、途中で『ムルギー』の「玉子カレー」食べたり、『喜楽』の「もやしそば」か「炒飯」食べて、また戻って行ったのだ。要するにみんな貧乏だったから珈琲2杯頼むお金が無かった訳である。
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その『金龍菜館』も最近閉店してしまった。久しぶりに食べたいなぁ、と思っていたら矢先に友人から店が無くなった事を聞いてビックリしたのだ。

『カスミコーヒー』は、エプロンじゃなくて白い割烹着を着たおばちゃんが珈琲を入れていて、『ZOO』の常連達もみんな好きな珈琲屋だったけれど、僕が23歳の頃にクローズしてしまった。
当時の渋谷では、他にも『TOP』とか恋文横町にあった『ブラジル』なんかもたまに行っていたなぁ。『ブラックホーク』はある種の緊張感がある喫茶店だったので、それをホグすのは所謂フツーの喫茶店に限るのだった。あの頃、ロック好きでも『ブラックホーク』派と『BYG』派に分かれていたと思うが、僕のまわりの連中はほとんどBYGには行かなかったんじゃないだろうか。

井の頭線近くの『珉珉羊肉館』で誕生日祝いもしたし、名前を忘れてしまったがその近くの甘味処なんかにもちょくちょく若林さん達と行ったものだ。
ロシア料理の『サモワール』、鰻の串もので呑めた『うな鐵』も一軒家だった。喫茶『ブラジル』前にはたしか『わらじ とんかつ』と云うトンカツ屋もあった。飲み屋の『カッパ』は、井の頭線の再開発の後も姿を変えて、代替わりして営業しているが、今風立ち飲み屋になってしまい当時の面影はまるで無い。
『うな鐵』はその後立ち退いてビルに移転し、今も『元祖 うな鐵』として営業をしているが、ずっと残っていた『サモワール』もとうとう無くなってしまった。
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今はパーキング場だ。まるで昔の面影なし。

先週久しぶりに『うな鐵』に行ってみたが味も店内の風情も当時のままでホっと安心できた。
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昭和32年創業のうなぎ串の老舗だが、池袋や浅草などに同名他社の店が増えてきたので店名を『元祖 うな鐵』に変えたそうだ。「とんかつ井泉」が「まい泉」になったようなものだなぁ。僕は、入口の「精力絶倫」の文字に惹かれて今だに通っているのである。
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ブリキ屋根の居酒屋『玉久』もいい風情の店だったのに立派なビルに変わってしまった。インテリア井門ビルの地下にあった中華料理『井門』は、渋谷では美味しい中華料理店だったけど、大学を出て社会人になり少し金が出来ると渋谷よりも飯倉片町にあった『中国飯店別館』や当時珍しかった芝大門の『新亜飯店』の「小龍包」を食べに行ったっけ。先日、武蔵小山のアーケード街を歩いていたら『中華 井門』って店があったけど、同じ店なのだろうか。

あの頃は、プライムビルも109ビルも無く、古着屋、輸入レコード屋、喫茶店を巡回しているような毎日だった気がする。
音楽の事は、兄貴の影響も強くあったが、和田さんや若林さんと出会ってから、いろんなジャンルを知る機会が増えていった。そうして兄貴とはまた別の世界に入っていったなぁ。まぁ、そのおかげで後に下北沢に『アルゴンキンズバー』なんて云うSOUL BARも持てた訳だし、そこからいろんな人に出会うことも出来た。

『喜楽』は今のビルに立て替える前は二階建てだったのだけれど、夏なんかは二階の窓が全部開放されていて、気持ちの良い風が通る中で実に心地良く「もやしそば」をすすっていた。
そうそう、『喜楽』での面白い話をひとつ。当時の喜楽は入口の扉も夏は開放だった。僕の兄貴がラーメンを注文している時たまたま偶然、青学軽音楽部の後輩の大森君が店の前を歩いていたのである。大森君を見つけた兄貴は思わず「おぉー、オーモリーっ!」って外に向かって叫んだのだ。すると、らーめん作っていたちょびヒゲ店長が「あいよっ、兄ちゃん大盛りだねっ!!」だって。
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今でも『喜楽』の店の前にはストリップ劇場が在るのだが、当時そこに出ていたコント赤信号が出番の合間で店に居り、兄貴と店長のやり取りを見て、すかさず「そのネタいただき!!」。さすが芸人、ワンチャンスを逃さないのだった。
そう云えば、ちょびヒゲ店長の横で寡黙に淡々とラーメンを茹でていた金ちゃんはジョン・レノンばりの風貌でとてもインテリな雰囲気を醸し出していたっけ。いつの間にか『喜楽』を辞めたと思っていたら、バブルの頃に西麻布、青山墓地下で『香湯ラーメン』を出していたっけ。その後、恵比寿の名店『ちょろり』を開き、今では目黒店に居るそうだ。

『喜楽』の隣り角にあった餃子専門の『大芽園』にはかなりお世話になった。餃子と焼きそばしかないのだが、これがもう絶品だった。カウンター越しに親爺さんが一つ一つ小さなすりこぎ棒で餃子の皮を伸ばしていき、一気に種を入れながら餃子を作って行くのだ。いつでも作りたてを焼いてくれて、これがまたビールに合うのだ。若かったせいもあるが、10皿くらいペロリと喰えたもんだ。ラードをたっぷり効かせた焼きそばも美味い。これ、麺しか使っておらず、具は何も無し。麺とラードと調味料の味のみで勝負しているのだが、病みつく味だった。たまにワイン好きだった親爺の為にワインを持参すると、店を閉めた後に遅くまで一緒に飲んだものだ。でも、話は大抵近所のキャバクラやスナックの話だったような気がしてきた。あの親爺も病気で他界してしまったので、いまはもう『大芽園』は無くなってしまった。『大芽園』の裏にあったバー『壷』も店主が日替わりと変わった店だったっけ。

時代は当然の如く移り変わっているが、その時代時代に光っている店も出来ている。『喜楽』の前の路地を入った処にある『WOKINI』も先日4周年を迎えた。もう立派に道玄坂に根付いているのだ。店主のコースケもここで生まれ育っているし、今月は渋谷生まれの息子も誕生したそうだ。実にめでたい。
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以前、『WOKINI』で一人呑んでいたら、『道頓堀劇場』に出ている踊り子と隣合わせになった。聞けば、定期的に札幌のストリップ劇場から遠征に来ているとの事だった。昔、学生時代のアルバイトで札幌道頓堀劇場の照明係のバイトをした事があった。隣の喫茶店でバイトしていたのだが、時給も高かったので夏休みの間こっちに鞍替えしたのだった。そんな地元の話で盛り上がりながら杯を重ねたが、あのコは今でもまだ東京に来て踊っているのだろうか。

さて、あれから30年近い年月が経つが、僕は今でも『富士屋本店』のカウンターで呑んでいる。
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ここだけは昔と何ひとつ変わらない世界だ。東京一長いんじゃないだろうか,って云う変形コの字カウンターの入口付近にはいつも顔馴染みが集っている。
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塗装屋の大将も赤い顔して上機嫌だ。夏が近づいて、湯豆腐から冷や奴に変わっていた。今日は、スパサラとちくわ天、それに瓶ビールかな。
by cafegent | 2007-05-28 18:34 | ひとりごと
仕事を終えて、さて帰ろうかと思ったらブタドクロのオッサンが戻って来るつぅーので、珈琲でも飲みながら下らないオヤジ駄文でもひとつ。
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オフィスのトイレに入るといつもパンダに向けて小便をひっかけている気分になるのだ。どーも、排水口がパンダの顔に見えてしょうがない。そう思った人は、きっと僕以外にも居るんじゃないだろうか、と思って載せてみた。
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オフィスの近所を歩いていると今度はワン公に出会った。
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こいつは窓と云う窓全部にくっ付いているのだ。それにしても愛嬌のある顔してるじゃないか。
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先日、自然教育園に行ったのだが、あそこには武蔵野の原生林がそのまま再現されているそうだ。
その中でも見過ごしてしまいがちな小さな草花も育てている。
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そんな「路傍植物園」を歩いていると、一人で思わず「ぐふ」っと笑ってしまうのである。
何故かと云えば、子供の来園も多いためか、植物名の表示が全て「ひらがな」だからなのだ。
普段何も気にしない漢字名称も唐突にひらがなで表われると違う事を考えてしまう。
一人でニタニタ笑っている僕の姿はさぞ不気味だろうなぁ。
しかし、オヤジは徹底してオヤジになるのだ。では、行くぞ!!
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頭の中で場内アナウンスが聞こえて来た。
「アント〜ニオ〜〜〜!」
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次は「関白宣言」でお馴染みの、
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不眠症か時差ボケ野郎にこいつぁー欠かせない。
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花形だーっ! 伴宙太だーっ!
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カトー!!
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鷹かと思ったろ!

のび太もジャイアンも、これで別々にデキるなぁ。
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それともドラえもんの3Pか!え〜っ、グヤジィ!!のだ。

「プヒっ」ちっちゃく屁をかまして、
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そんな放屁軍団を眺めるならば、ここしかない!!
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「そこのメタボちゃんっ!」
「なんだいッ」
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あぁ、自分で書いていて実にくだらなくてサイテーだが好きだなぁ、こーゆーの。 では、バイなら。
by cafegent | 2007-05-25 21:14 | ひとりごと
画家の阿部ちゃんから展覧会のお知らせが届いた。
『UNFEIGNED 2007 阿部隆一ポートレイト EXHIBITION』と題した個展で、西麻布『AMRITA』での2回目の展覧会だ。
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今年は2月にも中目黒『Camarada』で展覧会を開催したので、かなり精力的に活動をし始めているみたいだ。

いつも彼からのDMが届くとデスクの前の壁に貼っておくのだが、どうもそこに描かれている女性に魅了され、吸い込まれてしまうのだ。
生身の裸体よりも絵の方がそそられるのは、観る者の妄想が勝手にその絵に付加されるからだろうか。
阿部隆一の描く女性は普通のポートレイトの画家とはかなり違う視点で表現されている。それは、たとえば下腹部の微妙なふくらみとか脇腹にぷくっと乗っかった肉の陰影だったり、お尻のたわわさだったりするのだ。他の画家だとすっきりと奇麗に見せようとするであろう女性の微妙な部分を彼はあえてアピールするが如く筆を駆使して丁寧にじっとりと描いてる。

初期の作品からどんどん独自のスタイルも確立してきているのも興味深く、ずっと彼の作品を追い続けてしまう理由のひとつだろう。
フランス特有のコミック・アート「バンデシネ」(バンド・デシネ)の影響を深く受けていた初期の作品は在る意味ポップで大人の絵本的な技法スタイルだと思っていたのだが、今ではその漫画特有の太い線で描く輪郭線が無くなり、強調する部分とラフに描ききらない部分とが見事にマッチしている。ここ数年の間に自らの作風を大胆に変革させてしまい、単なるポートレイト作品では無い現代美術として語るべき画風に作家の自信が伺える。 

もう3年半程前になるが、スパイダーマンをはじめとしたマーベルコミックスに登場するヒーロー、ヒロインたちをテーマにしたアート展『We are MARVEL Fan Club』を渋谷パルコにてプロデュースした事があるが、その展覧会でもスパイダーマンをモチーフに作品を描き下ろして頂いた事が在る。あの頃から徐々に今の作風に移行しようとしている雰囲気が感じられたが、あそこで描かれてたスパイダーマンは彼女の着替えを天井で覗きながらジーッとただ黙って隠れているしかない様子で、まさにあの作品はアメコミの世界や大人の絵本たるべき「バンデシネ」の精神を彼なりに解釈した素晴らしい作品だったと云える。
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さて、今回はどんな作品で僕らを驚かせてくれるのだろう。来週の金曜日が待ちどうしい限りだ。

そろそろ世間はもっと彼の作品を高く評価するべきだ。そして、TOKYOと云う枠を越えてWORLD WIDEに出て行く様な予感がしてならない。
「阿部隆一オフィシャルサイト」

阿部隆一展覧会
『UNFEIGNED 2007 RYUICHI ABE PORTRAIT EXHIBITION』
会場:BAR AMRITA
Open : 8:00p.m. 〜 4:00a.m. (日・休日定休)
Add : 港区西麻布2-13-15 大山ビルB1
Phone : 03-3409-3301
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by cafegent | 2007-05-25 18:46 | ひとりごと
東京に暮らしていると、ビルばかりかと思いきや、以外と自然が近くにたくさんあるから驚いてしまうのだ。

梅雨入り前のつかのまの陽気。今が一番外で過ごすのに気持ち良い季節じゃないだろうか。都会ならではの隠れたスポットで太陽の下でのブランチなんぞをいくつか楽しんでみた。
外に出て、自然の中で、のんびりした時間を過ごしてみると、いつもの暮らしに少しだけ「ゆとりのエッセンス」なんつーモノを発見することが出来るのである。
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恵比寿から地下鉄で一駅。(僕の場合はテクテクと散歩しながら歩く訳だが)広尾駅近くにある有栖川の宮記念公園(通称、有栖川公園)は、都会のオアシスだ。東京メトロの広尾駅を降りて、ほんの数分歩いただけで、こんなに素晴らしい自然が在るのかっていつも感心してしまう。
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大きな池には、鴨や水鳥が陽を避けて骨休みしていたり、亀が水辺から顔を覗かせたりと大人の僕でさえ、つい心がホッとしてしまう。
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この池の廻りには、いったい何が釣れるのか、沢山の人が釣り竿を垂らして、何時間も小さな椅子に腰掛けている。バケツを覗いても、何も釣れていない人ばかりだったので、訪ねてみると、「何かが釣れると思って、こうしている訳じゃなくて、ただのんびりとリラックスしに来てるんだよ。」と云う答えが帰ってきた。おぉ、仕事モードを切り替えて、完全にオフタイムを楽しんでいるなぁ。
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有栖川公園は、とても広くて、小さな滝の前の橋を渡り、小高い丘を登っていくと、藤棚のある広場に出る。ここでは、歩き始めたばかりの小さな赤ちゃんがのびのびと笑っていたり、犬と一緒に走り回っている人が居たり、皆思い思い自由に時を過ごしている光景に出くわすのだ。さらにその上の方に登っていくと大きな運動場の様な広場に出て、親子でキャッチボールをしたり、サッカーをしている子供たちが目立つ。

東京の5月は梅雨入り前で風も心地良く吹き、爽やかな五月晴れも続き過ごし易い季節だ。有栖川記念公園の入り口の正面には、ナショナル麻布スーパーマーケットが在る。ここは、まるで外国のスーパーマーケットに居るみたい。まずは、駐車場にクルマを乗り入れたら、ドアから降りてパーキング係の方にキーを預ければ、彼らがちゃんと駐車スペースに入庫してくれるのだ。わずらわしい車庫入れもしなくていいし、買い物帰りに公園を散歩したっていい。そして、中に入ると世界中の国々の人が住む地域らしく、いろんな国の食材が豊富にそろっている。肉屋の大将だって流暢に英語で会話してるのだから、ここはもう異国だ。

巷に「東京ピクニック・クラブ」なる集まりがある。僕の古い友人でニッポン東京スローフード協会を運営している吉開君もメンバーなのだが、要するに思い立ったらみんなで集まって外でピクニックしようと云う趣旨の社交クラブなのだろう。「東京ピクニック・クラブのサイト」

僕の場合は、天気が良いと一人勝手に思い立ってその時ヒマな誰かを連れて繰り出す訳である。
朝いつもよりちょっと早起きをしてサンドウィッチを作るのが楽しいのだが、面倒くさけりゃぁ近くの明治屋やナショナル麻布スーパーで、食材を買って行くのも良し、土曜日や日曜日は散歩がてら、有栖川公園まで足を伸ばし、緑の中で少し遅めのブランチだ。ナショナル麻布スーパーは、とにかくワイン・シャンパンの種類が豊富だし、チーズにも力を入れていて安くて美味しい種類が沢山あるのだ。駐車場前の広場には自家製パン屋の「ブーランジェリーグランマーティン」が屋台を出していた。ここの石窯クロワッサンは結構やみつきになるぞ。さてと、ワインとチーズとパンがあれば、あとは美味しい空気がご馳走なのだ。

こんな自然の中でのブランチをジジィらしく、もっと粋に小洒落てみよう。
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それは、出掛ける時にちょっと荷物になってしまうんだが、ランチョンマットとナプキン、ナイフ&フォーク、そしてグラスとワインオープナーを忘れずに持っていく事だ。
まぁ、シャンパンだったらワインオープナーもいらないからもっと楽チンだな。ワイングラスだって普通のグラスで構わない。安物のデュラレックスで十分だ。自然の中なら、何だって素敵に感じてしまうのであーる。

何が一番重要かって云えば、必要以上にゴミを出さないってことだ。使い捨ての紙の皿やプラカップなどを使えば必然的に全部持って帰らなくちゃならない。そうやって緑の木々たちと共存して楽しませてもらっている事を考えなくちゃあなぁ。
まぁ、ジジィは気張ってピクニックバスケットなんぞに入れて持って行くことにするのだ。
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さぁ、ベンチの上がブランチ・テーブルになるように真ん中にランチョンマットを敷いちまおう。
もう無造作にパンやチーズを広げちゃいましょ!
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澄んだグラスに酒を注げば、そこはもう青空の下のパラダイス。どんなレストランにも負けないくらい美味しく感じるのだ。空の青さと木々の緑、そして太陽に輝くシャンパンの気泡、どうだ!これ以上の贅沢は無いだろう。陽が落ちる前までのんびりと本読んだり、昼寝して過ごせば、心地良い酔いも次第に抜けてくる。仕上げはスタバで入れてもらった珈琲で頭をシャキっと覚ますのだ。
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この後は、もう一足伸ばして北品川まで散歩して原美術館まで行ってみたのである。一汗かいてしまったが、うん、こりゃなかなか正解だった。

先週末は好天気が続いたので、翌日も家から散歩して都会の自然の中でブランチと相成った。
この日は午前中からちょっと用事で出掛けていたので、自分で弁当を作る時間がなく、神戸屋キッチンのサンドウィッチに東急プラザの総菜サラダを買って「自然教育園」に向った。
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目黒駅から歩いて数分の所にある『国立科学博物館附属 自然教育園』は武蔵野の原生林をそのまま再現しており、四季折々見事な景観を見せてるのだ。もともと白金長者の屋敷跡があったり、大正時代には宮内庁の白金御料地だった場所が文部省の管轄になり、昭和24年に天然記念物に指定され、国立自然教育園として一般に開放されたんだそうだ。僕はここの四季が好きだから、年に何度も訪れるのだ。しかし、最近また入園料が値上げしていたなぁ。
新緑の香りも和ませてくれて、花しょうぶなんかも奇麗に咲いている。
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さすがにこれだけ良い天気だと入園者も多い。みんな、のんびりとお弁当を食べたりしていて愉しそうだ。
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「自然教育園サイト」
神戸屋キッチンのサンドウィッチも中々イケるじゃないか。燦々と降り注ぐ太陽の下では、何だって美味いんだなぁ。あぁ幸せなひと時なのだ。
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木陰は風が心地良い。ベンチに寝転んだら空を全部独り占めした気になっちまうなぁ。
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自然教育園の中で森林浴とブランチを楽しんだら、隣接の東京都庭園美術館で芸術に触れてみるのも良い。7月1日まで、『大正シック』展を開催していた。
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ホノルル美術館のコレクションの中から大正時代から昭和の戦前あたりまでの美術作品を集めている。日本の古き良き時代の「モガ」の時代に触れてみるのもいいもんだ。

大自然を楽しみ、芸術を楽しみ、どうだ!いつもの呑んだくれ生活とはちょっと違うだろう。むふふ。
「庭園美術館サイト」
by cafegent | 2007-05-24 17:22 | 食べる
アウトサイダー・アートの孤高の天才、ヘンリー・ダーガーの展覧会が原美術館で開催されている。土曜日の午前中にオフィスに行く用事があったので、その帰りに散歩がてら北品川まで観に行く事にした。
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5年程前に青山のワタリウム美術館で観て以来の展覧会だが、原美術館の独特の空気感の中で観ることで、改めて生涯を孤独の中で過ごしたヘンリー・ダーガーのインサイドの部分が見えたような気がした。

今回の展覧会は、作品展示だけではなく、ヘンリー・ダーガーが81歳で亡くなるまでの生涯を過ごしたアパートの一室の光景。彼が集めた膨大な雑誌や電話帳を使ってに貼られたスクラップブック。棚や壁に飾られたキリストの像や十字架、少女の写真等々、人に会うのを嫌い、時には遠くまで歩いて行ってゴミの中から何かを拾い集めていたと云う尋常じゃない収集癖の孤独な老人の姿が浮かび上がってきた。
また、彼にアパートの一室を提供し、生涯に渡り相談役になったり気にかけていた
大家さんのラーナー夫妻にも触れている。作品群を整理して、保存し、生前のヘンリー・ダーガーの過ごした世界を写真に記録し、絵画展と云うよりは、ヘンリー・ダーガーの頭の中の世界を覗く展覧会だった。

ヘンリー・ダーガーが『非現実の王国』の中で描く7人の美少女戦士「ヴィヴィアン・ガールズ」。彼の描く美少女の股間には小さな男性器が描かれている。
以前、何かの記事で読んだのだが、感情障害との理由で児童施設に預けられたり、ちゃんとした教育を受けないまま17歳で施設を脱走し、それ以後カトリック系の病院で皿洗いなどの職に就きながら60余年を人と接さずに過ごしたので、ヘンリー・ダーガーは、一度も生身の女性の裸体を見た事がなかったので、自分と同じ性器を描いたのではないだろうか、と。
でも、はたして彼は本当に女性器を見た事がなかったのだろうか。あれだけ膨大な雑誌の収集をしていたのだから、当然アダルトな雑誌だって拾ってスクラップしていただろう。きっと、彼の創造の中にある『非現実の王国』には現実の女性は必要としていなかったのじゃないだろうか。空想の世界の中だけに生きる「両性具有の美少女」を幾つも登場させる事でリアルワールドとの完璧な遮断を試みたように思えるのだ。

原美術館の階段横に飾られた「彼の過ごした部屋の写真」を見て感じた事があった。
あの部屋自体が実はヘンリー・ダーガーそのものであり、本当は誰にも開けさせたく無い彼自身の世界を、彼の死後「現実世界に生きている世間」と云うモノが勝手に彼の部屋の扉を開けてしまっんじゃないかと思ったのだ。しかし、それは陰から彼の力となり、没後に膨大な作品の整理とヘンリー・ダーガーと云う一人の天才アーティストを世の中に紹介した家主であるラーナー夫妻の尽力とは、何か相反している様な感じがしてならないのだ。内なる彼の世界をそっと見守るための作品紹介となると難しいものだなぁ。
僕も小さな頃に無邪気に絵を書いて空想の世界に浸っていた事があった。でも、決してそれは人に見られたく無いモノであり、兄貴にだって見られないように引き出しの中に隠していたものだ。たぶん、ヘンリー・ダーガーも19歳から10数年の歳月をかけて書いた15,000ページ以上にわたる長編小説『非現実の王国』をその後、清書し直したりしている事から察するに、自分が唯一存在できる世界「アパートの一室」の中で、生涯を終えるまでずっと繰り返し思い描く世界の具象化を試みたのだろう。でも、それは決して誰かに見せるためのモノじゃなかった筈だ。
彼の作品にはかなりグロテスクで残虐な光景が描かれたモノも多くあるのだが、今回展示されている作品は戦争が終わった後の楽園の世界を中心に構成されたそうだ。解説にそう記されていたので、展覧会意図なのだろう。
以前に観たグロテスクな作品群で感じた事は、「本当は観てはいけなかったモノを観てしまった」ような実に胸が苦しくなる感覚だった。

そう云えば、桐野夏生の「リアルワールド」と言う作品の表紙にヘンリー・ダーガーの絵が部分的に使われていて、書店で手に取って思わず買ってしまったことがある。
それ依頼何となく彼女の作品を読むようになった訳だが、少し前に読んだ作品のタイトルが「グロテスク」だったっけ。

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
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「ヘンリー ダーガー  少女たちの戦いの物語 ー 夢の楽園」
2007年7月16日まで、北品川の「原美術館」にて開催中(月曜休館日)
「原美術館のサイト」
by cafegent | 2007-05-21 19:51 | ひとりごと
5月に入ってからというもの「満身創痍」な日々を過ごしているのである。
何故かと云えば、ゴールデンウィーク突入の前日、また大酔っぱらいして階段から落っこちたのであーる。

実は7、8年前にニューヨークに行く時の事。両手に荷物を持った状態で成田エクスプレスを降りる時に後ろの人に押されてしまい、右足が電車とホームの間に落ちてしまったのだ。その時、右足のスネをえぐってしまい成田空港の救急医療室で治療してもらった事があった。あの時も応急処置をしたままNYに飛び、向うの病院でちゃんとした治療をしてもらったのだが、結局そこの部分だけ肉がえぐれてしまいスプーンでメロンをすくったように右足のスネは凹んでしまったのだ。

で、今回またも大崎駅の階段でスッ転んでしまい、元々薄くなっていたスネ部分をガツんと切ってしまい血だらけになってしまった。その夜は皆でよく通っていた不動前の沖縄料理店『てーどぅん』の閉店パーティだったので、泡盛を相当量飲んでおりかなり酔っぱらっていた。
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ヘロヘロの泥酔状態でそこから五反田方面に歩き、どこか別の店で飲み直した筈だが記憶がまったく無い。

そして、気がついた時にゃあジーンズもスニーカーも血だらけでぶっ倒れていた。
しかし、酒が回っていると痛く無いんだね。家に着いて風呂場で服脱いでシャワーで血を洗い流しバンドエイド4枚で傷口を何とか押えてベッドに倒れ込んでしまうと昼までビクともせず爆睡した。昼過ぎ、もうろうとした目を開けると足下のシーツが血の海なのである。一瞬ギョっとして一気に目が覚めたのだが、傷口が全然止血していないのである。祭日だし、薬局でガーゼと化膿止めを買って止血するのを待てば良いと思ったが、その翌日も血が止まらない。それに輪を掛けて痛いのが身体の打撲である。ケガした右足のスネも打撲で腫れているが、左の尾てい骨も背中も打っていたので身体中がズキズキと痛いのである。

打撲は仕方が無いだろうと思っていたが、スネの腫れも引かないし止血もしていない。こりゃ、やっぱ医者に見てもらった方が良いかなぁ、と30日の祭日に広尾病院の救急ERに行く事になった。
さすが、救急病棟は混んでいる。外科は90分待ちと告げられたが、まぁ休みだし診察が優先だから大人しく待つ事に。

傷口に生理食塩水をかけて消毒をしてもらう。血が一瞬止まると、先生がそこを眺めながら云ったのだ。「あぁあぁ、駄目だよ!こんなに傷口が開いているんだかその時病院に来なくちゃあ。傷口から白い骨が見えてるよ。」だって。
うぅ、なんてこった、痛い訳だ。
「骨にばい菌入った厄介だよ。検査しようね。」と云うと血液検査とレントゲン撮影をすることになった。そしてまた1時間程待つ事に。
血液検査の結果を見ると、案の定外からバイ菌が入り感染症を引き起こしているとの事だった。レントゲンの結果では、骨は折れていないが、打撲は効いているらしい。

感染症の治療のためにそのまま抗性物質剤の点滴を投与することになった。
その日は結局6時間も病院で治療をしていたのだが、肉がえぐれ過ぎている為に縫う事が出来ないと云うのだ。自然に傷口の肉が盛り上がってくっつくのを待つしか無いらしい。それから2週間程、感染症の治療が続いた。そして、先週から肉が再生される治療に変わったのである。そう云えば、主治医に「お酒呑むとクスリ効かないからねーっ」と云われていたのだが、そりゃあ無理と云うものだ。結局毎晩呑んでいるのだ。

さて、スッ転んでから、今日でちょうど3週間が経った。
僕の右足のスネはどうなったかと云うと、まだ肉がくっつかずにリンパ液がじゅくじゅくと傷口から出ているのである。

あぁ、書いていて何だかつげ義春の『ネジ式』と云う漫画を思い出してしまった。
このまま一生、傷口が塞がらなくてスネに蛇口を付けたりして。
まったく、呑んだくれはトホホである。
ねじ式―つげ義春作品集
by cafegent | 2007-05-18 19:00 | ひとりごと
5月13日の日曜日、午前中は曇っていたが午後からは暑さがもどって日差しの強い一日になった。この日は2年に一度開催される「神田祭」を観に行ってきた。
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飲み仲間の連中も集まるという事で午前中に秋葉原駅へ向うと駅前には大勢の人だかり。次の宮入を待つ「神田市場」の方々が出番前で寛いでいた処であった。
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銀座のバー『ビザール』の常連、石津さんが神田祭を手伝って出ていると聞いていた。
まぁ、行けばどこかで会えるだろうと何の計画も無く出向いた訳だが、余りの人の多さに圧倒されてしまった。それもそうだ、この日は2年に一度、神田、日本橋、秋葉原、大手・丸の内氏子町会108カ所ものお神輿が80基近くも神田明神に宮入をする。当然、町の至る処で「宮入」を待つ各町会の神輿が待機しているのだ。
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氏子各町会毎にそれぞれが揃いの半纏んや浴衣で身を整えている。
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中にはふんどし一丁の姿も見かけるが、あれだけ大勢の連中が揃いの祭半纏姿で集まっていると江戸から続く粋と心意気が伝わって来る。
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万世橋から須田町をぶらぶらとしていると「鍛冶町一丁目町会」の神輿が威勢良くやってきた。すると、その中から「おや、おや。観に来てたんですか!」と声をかけられた。はて、鍛冶町に友人居たかいな、と思いきや以前オフィスをシェアしていたコンちゃんが「鍛冶一」と大きく染め抜かれた祭半纏姿で現れた。大阪出身のコンちゃんは大の祭好きと聞いていたが、2年に一度の神田祭も欠かさず神輿を担ぎに来ているそうだ。
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実際、神輿を担いでいる時のコンちゃんは、実に良い顔をしていたなぁ。

須田町まで来たら腹が減って来た。平日だったら『まつや』の手打ち蕎麦か『ぼたん』の鳥すきやきも良いが、日曜なので『薮そば』に行く事にした。
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店の近くまで行くと行列が出来ている。そうだよな、神田祭なんだから混んでない方が変だよな、と妙な納得をして並ぶことにした。
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まぁ、蕎麦屋で長居はしないだろうし、天気も良いので庭の木々を眺めながらのんびり待つことにした。20人程が並んでいたが、30分もしないうちに席に通してもらうことが出来た。

まずは、冷えたビールの大瓶を貰い乾いた喉を潤すのだ。山葵の効いた蒲鉾をアテにコップのビールが一気に無くなっていく。江戸前穴子の天ぷらで常温の菊正宗をいただく。神田薮はお猪口がとっても小さいので、お銚子1本でもチビリチビリと飲むことになる。2本目を呑み終わった頃を見計らって仲居さんが蕎麦を運んできた。この絶妙なタイミングが「蕎麦屋で呑む」の楽しみの一つなのだ。酒を呑まないお客さんのおそばはサッと持って来るのだが、肴をアテに酒を楽しんでいる客をちゃんと見ているのである。濃い味のつゆを少しだけ浸けてズズっと戴く。そばの味と喉ごしを堪能したら、もう幸せなのだ。日本酒が効いた胃をまた冷たいそばが冷ましてくれた。さて、外はまだ行列だ。祭りに戻るとしよう。
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妻恋坂から神田明神の境内に入ることにした。
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前日に奉納された平将門のみこと、えびす様、だいこく様の3基のお神輿にお参りをしてから、御社殿の方へ。人を押しのけながら、ズンズンと前の方に行き、各氏子町会のお神輿が宮入りする姿を見物することにした。
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石津さんが参加した神輿は2つ前に宮入をしてしまったそうだが、そこへちょうど「百組」の半纏を来た組頭の徳太郎さんが現れた。
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さぁ、これから「鍛冶町二丁目町会」の神輿が宮入に入るところである。それにしても壮観だ。「まだまだーっ!」「左だ、ひだりーっ!」、「そんなんじゃ駄目だ、下がれーっ!!」のかけ声に合わせて神輿が前後左右に揺れている。担ぎ手たちのかけ声も最高潮になり、見ている僕でさえ胸躍っているのだ。
いざ、無事に「宮入」が終わると大歓声である。
いやぁ、興奮したなぁ。思わず彼らと一緒に神田明神の神様へ二礼二拍手一礼をしてご先祖様に感謝した。

境内で3基ほどの宮入りを見物して、外へ。神田明神下から東京医科歯科大の交差点あたりで『ビザール』のアッコちゃん達一行と合流。
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無事に「宮入」を終えた徳さんも上機嫌で皆と談笑していた。
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ビザールのカズ君も決まっているじゃないか。

さて、「宮入参拝」を終えた神輿は秋葉原駅前の「お祭り広場」でそれぞれ自慢の神輿振りを競う「神輿天国」に向うのだが、我々は所詮呑んだくれ、「お酒天国」に突入するか、と開いてる酒場を探しに町を彷徨うのである。神田明神下から妻恋坂へまたもグルグルと行ったり来たり。

そして、見つけたのが外神田6丁目の「まかない料理 まないた」だ。「12人入れますか?」に心良くOKの返事を頂いたモノのせいぜい6人しかすわれないお座敷が空いているのだ。が、そこは工夫次第でなんとかなるモノ。座敷の外に椅子を拝借して、何とか酒にありつけたのである。
「まかない料理/まないた紹介記事」

枝付きの枝豆をアテに生ビールが美味い。そのうち熱燗が何本もテーブルの上に転がり出している。そんなこんなでひとしきり酒が廻った頃に組頭の石津さんも仕事が終わったとの連絡が入ったので、一同銀座へ移動した。松坂屋の裏手のビルの4階『しゃくしゃく』と云う店へ案内される。15名近くになっていたが、今度はゆったりと個室でした。
宴が盛り上がってきたところで、徳さん登場。

徳太郎さんも組で頭張っているので、通り名がある筈だが、何故か「徳さん」と呼ばれていると伺った。石津さんは「小田二丁目」の頭で通称「小田二(おだに)さん」と呼ばれているそうだ。何だか面白い世界だなぁ。祭や木遣りなどを見ていると、その世界をもっと深く探ってみたくなる。
子供の頃、恵比寿の実家のお向かいさんが「榊原組」と云う鳶だった。夕方になると背中一面に彫り物をした兄さんたちに遊んでもらったりしたもんだが、あの頃は小さすぎて鳶とか祭に深く興味を抱かなかったが、歳を取るに連れてそう云う事に興味が湧いて来る。
近々、石津さん達に「江戸消防記念会」や町鳶の方々のお話を聞いてみたいものだ。
by cafegent | 2007-05-14 19:30 | ひとりごと
昨日は競馬好きのK君が贔屓にしているカウンター洋食の名店に連れて行ってもらい、実に美味しいワインとそれにとても合う料理を堪能することが出来た。

その店は銀座松屋横のマロニエ通りを昭和通りの方へ進み、3本目の細い路地を曲がった処に在る。そこには「まだ、この店あったのか?」と言いたくなる位、古くからのソープランドがあるのだが、目指す名店は、その向い側のビルの1階にひっそりと佇んでいた。

のっけから面白いのが、入口のところに「お酒の飲めない方、ご遠慮願います。」って書いてある。まぁ、もちろん洒落なんだろうが、オーナーのワインに対する心意気を感じてしまう。
シェフとマダムが二人で営んでいる小さなお店なので今回は店名を出さないが、まぁ「えぇやん」とご勘弁願おう。(って、これじゃあ判っちまうか。)
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オープンして10数年目と伺ったのだが、ここのオーナーシェフは元々某広告代理店にてクリエイティブの仕事をしていたそうだが、ワイン好きが高じて料理の世界に転じて、奥様と二人でこの店を開いたそうだ。

自分の手が届く範囲でしか最高のおもてなしが出来ない、と云う訳でカウンター12席のみの小さなお店なのだ。前に東十条の『埼玉屋』のかぶりつきのカウンター席の事を書いたが、正にここもシェフの腕を振るうパフォーマンスを楽しむ事が極上の贅沢なのである。寿司屋のカウンターの如く、目の前の食材ケースの中から新鮮な魚介や肉を取り出して、見事な料理に仕上げて行く。シェフがフライパンを振っている姿に、次の料理が待ち遠しくなるのだ。
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さて、最初はシャンパンで「カニサラダ」を戴いた。これが実に美味い。カニの香りが口の中一杯に広がり、それを辛口の泡酒でサッと流す。

次にマダムが運んでくれたのは「ポテトサラダ」だった。ジャガ芋の味をしっかり残しながら、極上のハムまでふんだんに使ったポテサラは、居酒屋のポテサラとは別な料理だった。カニサラダにポテサラ、こんなところが、肩肘張ったフランス料理店では真似の出来無いカウンター洋食の名店たる所以だろう。

シャンパンに続き、シェフのオススメの白ワインを貰うことにした。
ブルゴーニュを代表する名ドメーヌ、メゾン・ルロワの「ムルソー」を選んでもらったのだが、辛口でムルソーらしい果実味を感じることが出来た。そう云えば、ワインが大好きと云う店主らしくカウンターの前の処に穴がくり抜いてあり、ワインクーラーが各席の前に備え付けてあるのだ。連れの一人が「しゃぶしゃぶ鍋かと思った。」と云う位、妙に馴染んでいたが、昔新橋烏森口にあった一人すき焼きの「かめちゃぼ」を思い出して思わず笑ってしまった。

このワインに合うだろう、とシェフが創ってくれたのが「ホワイトアスパラのバターソテー」だ。コクのあるバターソースにほのかに香るガーリックが隠し味となって、キリリと冷えたムルソーにとてもマッチしていた。

その間にもシェフは叩いた牛生肉を仕込んでいる。さて、何だろうと思いきや、シェフがカウンター越しにお皿を置いてくれた。
小さな薄切りバゲットの上にこんもりと盛られていたのは、先程の牛生肉だ。
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マダムが優しい笑顔で「ウチのターターステーキですよ。」って教えてくれた。
そう、「タルタル」じゃなくて「ターターステーキ」なのである。しっかりと味付けされたお肉は岩手の前沢牛との事で、これも絶品でした。

今度はシェフがヴォルネイの1999年を勧めてくれたので、開けてもらった。
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ここしばらく「ニュイ・サン・ジョルジュ」にハマっていた友人もこのヴォルネイは気に入ってくれたみたいだ。
そして、この赤に合わせてくれたのが、「フォアグラの春キャベツ巻き」である。
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濃厚なフォアグラがたっぷり入った春キャベツを薄味で煮込んであるのだが、流石ワインに合う味を心得ている。感心しっぱなしで、一人「ウンウン」と頷くばかりだった。

さて、セラーに行って次の赤を探そう。
メゾン・ルロワのワインを中心に様々な逸品ワインが種類豊富に取り揃えられていて、何を飲もうかしばしセラーの中で悩んでしまうのだ。そして、その一本一本に値段も添えられているから、安心して選ぶことも出来る。セラーの中には日本酒「久保田」も在ったし、常連K君は、ワインなど目もくれずひたすら「マッカラン」の18年を手酌で飲んでいる。こんな気楽さもこの店の良い処だなぁ。
そうそう、ここのトイレも必見である。パソコンも在れば、食に関する蔵書も凄いのだ。まるでプライベート・ライブラリーなのだ。

次にシェフが創ってくれたのは、「筍とウニと小松菜のソテー」だ。筍の香ばしい香りと濃厚なウニがからまって、何とも云えぬ美味しさで、喜ばしてくれたのだ。

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セラーの中の数あるワインからようやくルロアの「シャサーニュ・モンラッシェ」1990年を選んでみた。こんな良いワインを12,000円で出しているのだから凄い事だ。えっ待てよ、確か同じ90年のを13,000円で買ったことがあった筈だ。おかしくない?これじゃ、まったく儲け無しだろうなぁ、と人ごとながらに心配してしまいたくなる程だ。香りといい、色といい見事なワインを飲ませてもらい全くもって幸せモンだなぁ、僕は。
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そして、本日のメイン料理「ブイヤベース」の登場だ。先程、伊勢エビや鯛を豪快にさばいて煮込んでいたのがこれだったのか。「どうだっ!!」とばかりに皿からはみ出しそうなくらい豪快なブイヤベースは、モンサンミッシェルが一望出来る漁港のレストランで食べた味を思い出さずにはいられなかった。もう、美味し過ぎて唸ってしまった。
ぐるるるぅるぅー!!って、犬か俺は!

これでもか、って程いろんな料理を次から次と創ってもらい、ワインも美味しかったし大満足な宴だった。
そして、かなり満腹になったのだが、誰かから牛肉の話になりどこの牛が良いだの話に華が咲いてきたら、おもむろにシェフが冷蔵ケースの中からデッカい前沢牛の塊を取り出してきた。こんなモン目の前に出されちゃあ、満腹なんて何のその。「食べてみる?」のひと声に全員一斉に「はい!!」だって。
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じっくりと焼かれていく肉を眺めながら飲むモンラッシェが美味い。
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さて、当然のことながらシンプルに焼かれた前沢牛は山葵醤油で戴いた。これまた、口の中でとろけていきもう言う事無しであった。
でもって、ここでトドメを刺してくれたのはシェフでも無く、一緒に食べていた連れの女の子であった。男連中が皆満腹状態なのに、牛肉を前にして、「白いごはん、ありますかーっ」と来たもんだ。
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いやはや、若い女の胃袋には感心してしまう、と言うか驚きだ。軽く平らげていたもんなぁ。

そして、デザートは別腹と云うことで、〆にメロンを半分に割ってコニャックを注いで食べさせてもらった。いや、これも凄い!!
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肉も果物も腐りかけが一番美味いと云うが、このメロンもかなり熟されていて濃厚な味わいだった。
あぁ、この酒も強いから酔ってしまうのだが、後を引く美味さだなぁ。

あっと云う間に2時間半が過ぎ、シェフとマダムの丁寧なおもてなしに敬服しっぱなしだった。こういうお店を知る事が出来ただけで嬉しい限りだ。K君に感謝!!
何か良い事があった時とか、大切な記念日とかにまた来させてもらおうと決めたのだ。

シェフも競馬が好きみたいだが、万馬券でも当たったらここで祝うとしようかな。
ねぇK君、万馬券当ててご馳走しておくれ。って、またも人頼りなのであった。

雨も上がったみたいだし、さて、次飲みに行きますか。

(あぁ、優秀なデジカメを洗濯して壊してしまったから、手ブレ防止の無い古いのに戻ってしまった。ひとつとして、ピンがあっていないのだ。トホホ。)
by cafegent | 2007-05-11 18:32 | 食べる
ゴールデンウィークも明け、またいつもの日々が始まった。
そして、いろんな方々から最近「日記」の更新が無いねぇ、と云われてしまってたので、しゃーねーなぁと、打ち合わせの合間に書いてみた。今日は二つ目の日記なのだ。
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日曜の雨が明け、今週はまたもや夏の様な陽気が続いている。近所の猫も気持ち良さそうに寝ている。外はもう6時だと云うのにまだ日差しが強くて、歩いているだけでじわっと汗をかいてしまう程だ。

この日は、友人たちと美味いものでも喰って精を出そうと、
麻布十番から二の橋に向って数分の所に在るホテル「オリンピック・イン」の2階、京料理の名店『光仙』ですっぽん料理を頂いた。
ここは京懐石の名料理人仙場才也氏が腕を振う店だが、この日は「すっぽん」になった。

まず、最初に「すっぽん生血」が出てきた。
その名の通りすっぽんの生き血をほんのり甘いポートワインで割った様な味わいだった。飲み干すと、とたんに身体がポカポカと暑くなってきた。
こんなにすぐに身体が火照るのか、と夜の事をむふふと考え、冷えたビールを一気に飲み干す。

つぎに先附けで「うの花」。これはあっさりして美味しい味わいだった。
向附は、「穴子とうふ」。豆腐に穴子が載っているのかと思いきや、穴子をすって練り込んだ豆腐にうにと筍を載せてつめタレがかけてあった。旬の筍の香りがしてなんとも春に相応しい一品だった。うの花やとうふの何気ない一品をしっかりと料理している処が、また来たくなると云う気にさせてくれるのだ。

次に出されたお造りには、圧倒された。「城下鰈の薄造り」である。ふく刺しの様に皿の絵柄が透けた盛り付けの城下鰈(しろしたかれい)は、真に天然モノのプクっとした歯ごたえの刺身であり、酒が進む進む。

そして、本日のメインに突入。
まずは、「焼すっぽん」。京料理の店ながら、かなりしっかりとした下味がついたすっぽんをこんがりと焼いてあるのだ。すっぽんを食べた事のない方でもこの一品から食べてみれば、すっぽんに対する先入観も無くなるだろう、と云う程に美味しかった。
コラーゲンの宝庫であるすっぽんは女性に人気があるらしく、なんでも、食べた翌日の肌の張りと艶が違うそうだ。思い込みの様な気もするが、そんな事は決して言ってはならんなぁ、と「うん、うん、そうだそうだ。」とすっぽんの骨をしゃぶりながら聞き流していた。

「焼すっぽん」の次が「すっぽん唐揚げ」が出る。これも結構濃い味付けでふくの唐揚げの様な一品。手づかみで骨のまわりのコラーゲンをしゃぶるのだが、美味かったなぁ。
この日は焼酎を頂いたが、ちょっとの水で割った「晴耕雨読」は、料理の味を邪魔せずに食欲を大いに湧かせてくれた。この日初めてすっぽんを食べた者も居たが、意外と普通に箸を進めていた。まぁ、ふくだと思って食べれば問題ないか、亀を食べてると思って喰うから拒絶してしまうんだろうな、きっと。

酒が進んで、わいわいと会話が弾んでいるとがっしりとした板前さんが大きな土鍋で造られた「すっぽんの丸鍋」を持って登場。一堂、「おおぅっ」と大きな土鍋にしばし釘付けになる。品のある仲居さんがお椀に取り分けてくれるので、僕らはハフハフ、プルプルっとただひたすら喰うだけなのだ。
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外はすっかり陽が長くなってきた。
桜田通りの喧噪をよそに『光仙』の個室の窓の簾から差し込む夕陽が少しづつ蒼く染まってきて、なんとなく京都に居るような錯覚に陥ってしまった。

〆に出汁がしっかりとれた鍋で「雑炊」を頂く。刻んだすっぽんがご飯に絡まって美味しい。先週食べた『分とく山』では、野崎さん自慢の土鍋で炊き上げた「筍ご飯」をおにぎりにしてもらった帰りに土産にして頂いたが、さすがに「すっぽん雑炊」はお土産には出来んよなぁ。と、しっかり平らげてしまった。

結構な量で満腹になったが、最後に出された水菓子の「紅芋羊羹 オレンジソースがけ」はさっぱりとしてとても上品なデザートだった。食前に出されたダッタンそば茶も香ばしくて美味しかったが、水菓子と一緒に出た日本茶も香りが高く口の中をさっぱりとさせてくれた。

家の近所にも鯛めし専門の『鯛の蔵 光仙』と云う支店があるが、やっぱり仙場さんが腕をふるう本店は流石に美味かった。すっぽん鍋も美味しかったが、次回は京懐石を頂くとしようか。
by cafegent | 2007-05-10 16:02 | 食べる
ゴールデンウィークの後半、天気も良いので浅草散策に出掛けたのだが、雷門から浅草寺までの仲見世は尋常じゃない程の人混みだった。
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ふぅ、浅草寺の境内まで、いったいどれくらいの時間がかかっただろうか。まるで、すし詰め状態の電車の中を歩いているようだった。
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懐かしいカルメ焼きの屋台や飴細工の職人技にしばし足を止めて見物したりしながら、ぶらりぶらりと六区の方へ。
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喫茶『天国』のホットドックやホットケーキには、いちいちご丁寧に「天国」って焼き印が押されていて可愛いのだ。なのにいつもショーケースを眺めるだけで、素通りなのだ。何故なら、喉が欲しているモノは冷えた酒な訳である。

おっと、
途中、『正ちゃん』の前を通ると外のテーブルがちょうど空いていた。
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気持ち良く晴れた空の下、さっそく冷えたホッピーで喉を潤すことに決めた。ここは煮込みが有名だが、もつ煮込みじゃなく、牛煮込みなのだ。北千住の『大はし』同様、肉豆腐のような煮込みである。これをどんぶり飯にかけた「元祖 牛丼」は吉野屋なんか比べようのない程絶品の牛丼だ。これだけ頼んでさっとカッくらって去って行く人も結構多いのだ。

牛煮込みをアテにホッピーをお代わりし、さらに「白滝煮」も追加する。
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しかし、太陽の下で飲む酒はいい感じで酔うなぁ。ここはホドホドにしないと後が続かん。2杯で〆てまた散歩。
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途中、路地裏に入ると奇麗な藤の花が下がっていた。
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猫も気持ち良さそうに寝てやがる。可愛いなぁ。
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なんだなんだ、閉まってるのか。
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正直ビアホールがまだ開いていなかったので、ぶらり散歩をして、『喫茶アロマ』で一息つくことにした。
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コーナーカウンターの店内では、浅草演芸ホールでの出番が終わったばかりの漫才コンビ「あしたひろし・順子」の順子師匠がその足で、珈琲を飲みにきていた。

奥のカウンターでは真打ち昇進で林家木久蔵を襲名する師匠の息子、林家きくお氏が木久蔵一門の若手芸人仲間と4人で順子師匠に気配りをしながら賑やかに珈琲を飲んでいた。
そして、彼らが席を立つと、なんと若手のお代は「こっちに回して!」と、順子師匠が全部引受けていた。
流石は浅草の粋が残っているこの世界だなぁ、とひとしきり感心なり。

酸味の効いたオニオントーストを貰い、珈琲2杯飲んで『正直ビアホール』へ、いざ。

さてさて、もう開いてるだろうか。この『正直ビアホール』の話は、また今度にしようかな。
by cafegent | 2007-05-10 12:29 | 飲み歩き