東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent

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今日で10月も終わりか。夕べは来月発売予定のチャラの新作「ボクのことを知って」を聴いた。年末を狙ってか、カップリング曲はクリスマスの曲と「きよしこのよる」だった。もうそんな季節なのか、とユニバーサルミュージックの藤田君とNonのカウンターで野郎二人、いや「Non」のカナイ君も入れたら男三人でしみじみと年の瀬を感じてしまった。チト早いがなぁ。

今朝もNHKの「ちりとてちん」を観た。このドラマ、福井県小浜市の若狭塗り箸職人の家に生まれたダメダメなヒロインがひとり大阪に旅立ち、上方落語と出会い落語家を目指す、と言う人情話である。
そのヒロインを演じているのは若手女優の貫地谷しほりだ。映画「スウィングガールズ」では好演をしていたが、「メガネの和真」のCFはドーモいただけない。まぁ、彼女が悪いと言うより演出がいただけないのだろうが。

今回のドラマでの一番興味を持ったのは女優の和久井映見だ。彼女の新境地を切り開いた役どころと言っても過言ではない程だ。演出家も多分、和久井映見の新しい魅力に気付いたので抜擢したのだろうが、こんなハマり役今まで観た事がない。「ちりとてちん」は和久井映見が裏の主役だと言っていい。僕はすっかり彼女のファンになってしまった。
また、ドラマがスタートした当初は、京本政樹演じる役柄がどうもしっくりとこなかったのだが、主人公の喜代美が大阪で落語に触れ始める頃から漸くその真意が見えてきたのだ。落語の噺「辻占茶屋」を和久井映見、松重豊らと落語の舞台の役どころを劇中劇で演じるのだが、これもまた京本政樹が見事に好演しており、流石と頷くばかりなのだ。

ドラマを観終わり、家を出る。目黒駅近くの「谷中珈琲」でホット珈琲を飲み、オフィスへ向かう。
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目黒川沿いを歩き、テニスコートを抜けた辺りで朝から実に素敵な出来事に遭遇したのだ。オフィスへ向かっていると目黒川の方から何とも言えぬオーラを放つ御仁が歩いて来るではないか。
僕が目黒にオフィスを構えてから1年余りになるが今までに4、5回程この界隈でお姿をお見かけした事があった。

その御仁とは、なんとショーケンこと、萩原建一さんなのである。
昨日の夕刊の明日の運勢で「なんでも積極的にすると良い」と書いてあったのだが、その占いに従い今日は思い切って「ショーケンさん」って声を掛けてみた。いつも大抵険しい顔をして歩いているので、内心ちょっと気難しくて怖いお方なのかなぁと思っていたのだが、それが大間違い。まったく僕の思い過ごしであったかの如く、ショーケンさんは清々しい笑顔で接してくれたので、もう嬉しい限りである。

人通りも車も少ない朝のひととき、とりとめない会話をさせて頂いた。僕の一つ歳下の従兄弟がショーケンさんに憧れて、本当に板前になり、自分の店を構えた事や、僕らの世代は皆ほとんどが中学、高校時代に憧れてしゃべり方のマネまでしていた、なんて云う他愛ない事を興奮して話してしまった。

最後にショーケンさんからも素敵なお話を伺った。「大分時間が掛かったけれど、君たちが大好きだったあの名作を復活させるから」との事だった。タイトルを聞いて「えー、マジですかっ!」って可成り驚いたが、それが何かは後の楽しみにしておこう。ショーケンさんは、テンプターズの頃からの憧れだったので、朝から感動しっぱなしであった。
僕ももう40代後半の親爺のクセに、この時ばかりはすっかり少年時代に戻ってしまったなぁ。

午前中に東銀座方面の某代理店まで出掛けたので、帰りに歌舞伎座裏で昼食をとることにした。「割烹 おさき」は、その佇まいが良い。
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ガラガラと格子戸を開けると先の暖簾まで風情ある飛び石が敷かれている。小さなカウンターの中でご主人が一人で料理を作り、女将さんが切り盛りをしている。なんとも美しい和服姿の女将さんはもしかしてご主人のお嬢さんなのだろうか。後ろ姿の襟足に思わず口を開けて見とれてしまった我輩である。

この店、昼を過ぎると大変な混み具合いになる。先日も友人と来たら、少し待つ事になり、二階の座敷で食事をした。二階も良い雰囲気だが、今日は昼少し前に入ったのでカウンターでのんびりとした食事を楽しむことが出来た。
この店での僕の好物は「明太子秋刀魚焼き」だ。秋刀魚のわたの辺りにたっぷりと明太子を入れて焼いた一品である。
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ぴりっと効いた明太子と香ばしい秋刀魚がふっくらと炊き上げたご飯にぴったりで、必ずおかわりしてしまう程だ。
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カウンターの奥には秋の草花が花瓶に飾られていた。壁には筆で描かれた句が掛けられている。

   秋草を握りて土にかえる壷

何とも秋らしい句だが、誰の句だろうか。筆はご主人によるそうだが、文字も草の絵も味が出ている。中々絵心もあるご様子。
美味い昼飯となって気分もすこぶる良い。さて、帰りは愛宕に寄ってから目黒に戻るとしよう。
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by cafegent | 2007-10-31 18:31 | ひとりごと
先日、映画「sadistic mika band」を観た。シネカノン有楽町のこけら落とし作品だったが、音楽ドキュメントとしては可成り面白い映画に仕上がっていた。井筒和幸氏が監修をし、撮影・編集・監督は井筒組の助監督で鍛えられた滝本憲吾氏であり本作品が監督デビューだそうだ。

ビールのCF撮影の為に久しぶりに再結成されたサディスティック・ミカ・バンドの1夜限りのライブの模様を中心に、レコーディング合宿やメンバーのインタビューで構成されてた。また、今野雄二氏や当時のジャケ写を撮っていた鋤田正義氏が久しぶりに登場し、結成時のミカ・バンドの思い出を語っているのも貴重だ。

ベースの小原礼氏が「幸宏はいつでも最先端を求めている。トノバン(加藤和彦氏)はいつも最高級を求めている。」と語ったのが印象的だった。実際に二人ともそのまま今まで通しているのだから。各メンバーのインタビューが随分と占めている中で、ギターの高中正義氏だけ一度もインタビュー場面が出て来ないのも、このバンドの性質を明快に伝えてくれて面白かった。

この再結成では加藤和彦氏の「直感」で木村カエラをミューズに迎えたそうだ。この映画を通して観る限り、その抜擢は大正解だったのではないだろうか。常に「お洒落で格好良い、冷めたロック」がこのバンドの最大の魅力だと思う。彼女もそのへんのツボを心得ているのか、見事にミカ・バンドの一員になっていた。ライブの最後「タイムマシンにおねがい」では、まるで自分がNHKホールで観ている気になっていた。

久しぶりに有楽町の中華料理店「慶楽」に入った。いつ行っても変わらぬ味と言うのは嬉しいものだ。
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焼売でビールを酌んで、メニューに載っていない「タイ風焼そば」を頼み、辛い調味油と酢をぶっかけて食す。あぁ,幸せ。

11月18日まで、京都国立博物館にて『狩野永徳』展が開催されている。天下人である信長、秀吉が好んで絵を描かせた永徳は桃山時代を代表する絵師であった。時に繊細に、時にダイナミックに描いた作風は後の画家たちにも大きな影響を与えた。

最後は働き過ぎの過労死ではないか、と伝えられているのだがその晩年期に秀吉が依頼した「檜図屏風」が凄い迫力である。
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ぐぅわんと曲がりくねった枝が何とも不気味な様相で広がっている巨大な檜の姿はカイカイキキ(怪々奇々)と呼ばれている。
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本展覧会では、「唐獅子図屏風」が宮内庁から、代表作である「洛中洛外図屏風」が米沢市の上杉博物館から運ばれてきてる。また、数年前に発見されたばかりの「洛外名所遊楽図屏風」も展示されているので、これは見逃せない。
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     洛外名所遊楽図屏風(上が左屏風、下が右屏風)
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他にもメトロポリタン美術館から里帰りした「四季花鳥図屏風」など金箔や金泥を多く使った作品に桃山時代の豪壮華麗な屏風画は、時代を牽引する戦国武将の覇気と栄華を映し出している。タイムマシンにおねがいして、時代をひとっ飛び出来るならば、永徳の絢爛豪華な障壁画や襖絵が全面に描かれた安土城、大阪城、聚楽第を一目拝みたいものだ。
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今回、織田信長を描いた絵も展示されている。僕はまだ「芸術新潮」誌の拡大図で観ただけだが、鋭い目力を感じるこの表情から信長の気性の荒さがひしひしと感じられた。
信長が永徳に依頼した「安土山図屏風」がローマ法王の元に届いた時は本能寺の変の後だったそうだ。そして、そのすぐ後には、秀吉の元で仕事に取りかかっている。そんな波乱の戦国時代を思い描こうとするのだが、どーも「ガスパッチョ!」のピエール瀧の姿が浮かんでしまう。

狩野派を代表する永徳の絵画をこれだけ一堂に集めた展覧会は初めてだそうである。今まで何故開催されなかったのだろうか、不思議だ。
本展覧会では、新発見作「洛外名所遊楽図屏風」ともう一つ吉野山の風俗を描いた「吉野山風俗図屏風」が初公開されるそうだ。

もうすぐ吉野の山も紅葉を迎える。あの圧倒的な迫力も見逃せない。
11月に入ったら京都、奈良と廻って時代をひとっ飛びしてみようか。
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by cafegent | 2007-10-30 18:39 | ひとりごと
土曜の朝はテレビ小説「ちりとてちん」を観て、ジムに行き一汗流す。
10時を廻ったので、電車に乗って京成立石駅へ。土曜の至福「宇ち多”」の開店に並ぶのだ。外は雨だが立石仲見世はアーケード街、屋根が有るから濡れずに待てるのである。この日は、運良くホネをゲット出来た。うん、嬉しい限り。何しろこのホネ(豚の顎部分の肉)の煮込みは十数皿しか用意してないので、タイミングが悪いとすぐ無くなってしまうのである。
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タン生、ガツ生、ハツ生にレバ素焼き若焼きを貰う。梅割りは二杯にとどめて、千と20円。よし!と上機嫌で「栄寿司」に寄り、握りを少しつまんでいく。昼も廻ったし、幸せのひと時も終えて品川まで戻る。

品川駅スターバックスで珈琲を飲み、午後の予定を考えることに。
天気が良ければ、杉並のアニメーションミュージアムで開催中の「赤塚不二夫と愉快な仲間たち これでいいのだニャロメ!展」に行こうとしていたのだが、あいにく外の雨風はどんどんと強くなってきている。

こりゃ、近場が良いかと行き先を目黒雅叙園に変更し、『華道家 假屋崎省吾の世界』を観る事にした。
別にカーリーが好きな訳では無いが、有形文化財指定の「百段階段」や豪華絢爛の6つの各部屋すべてに華を飾っており、昭和の装飾美と調和する華の世界を観てみたいと思った訳だ。今までずっと観る事の出来なかった最上階の「頂上の間」も今年から資料室として拝見することが出来るようになったのでこれも楽しみだった。
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「清方の間」は僕の好きな鏑木清方画伯の美しい女性たちが扇の中に描かれている。「星光の間」には板倉星光画伯の四季折々の草花や虫などが四方の欄間を取り囲んでおりこれもまた実に素晴らしい。
「魚礁(本当は木へん)の間」の豪華絢爛な内装はウっと窒息しそうな程観る者を圧倒する。純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げたと云う部屋は正面の美人がに吸い込まれそうになったが、芸術とグロテスクは紙一重とでも云うべき床柱の彫刻のインパクトがふと我に返らせてくれた。まるで「パンズ・ラビリンス」の世界だ。なる程、この部屋を観ればここが「昭和の竜宮城」と呼ばれたのが頷ける。
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「百段階段」の途中々々には、この他にも橋本静水、池上秀畝、小山大月、荒木十畝(じっぽ)、菊地華秋、磯部草丘などの明治、大正,昭和期の日本画を代表する画伯の素晴らしい作品が飾られている。飾られていた華も見事だったが、結局華よりも部屋の装飾に魅入ってしまった。
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雅叙園の館内では美しい秋を演出していた。

夕方からは目黒の「立ち飲み ビストロ・シン」で生牡蛎とワインを戴く事にした。
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この店,最近「メトロ・ミニッツ」に乗ったせいか、平日は劇的に混んでいる。もうわざわざ土曜日に来ないと入れないね。
旬のきのこは、岡山産マッシュルームと赤城山のエリンギをアンチョビバターで料理してもらった。
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この他、塩もつ煮込みとメリメロ焼きも頼み2本目のワインも空く。

いい酔い心地になってきたので、歩いて数歩の「権ノ助ハイボール」の戸を開けた。あぁ、またしても夜を彷徨うのであった。
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by cafegent | 2007-10-29 18:24 | ひとりごと
美味い飯は美味い店に聞くのが一番である。
そんな訳で、権ノ助ハイボールで酌んでいた時のこと。大井町の名料理店「廣田」のエンドさんとお会いしたので、以前から名前だけ聞いていた蒲田のおすし屋さんの事を尋ねてみた。すると、どうもエンドさんその日もそこで寿司を食べていたらしい。

そして、エンドさん曰く「久しぶりに自信を持って薦められる美味いすし屋だよ」との事だった。小さくて、立ち食いで、いつも混んでいてエンドさんも外で並ぶと言っていたが、一品一品きっちりと丁寧な仕事をした握りは、待ってでも行きたくなる程の素晴らしい店との事だ。

そこまで聞いてしまったら、もう行きたくなるに決まっているのだ。
それからの数日は居ても立っても居られなくなり、仕事が終わると品川経由で蒲田まで繰り出す事にした。
駅前には幾つかのアーケード街が在るが、小さな方のアーケードを真っすぐ抜けると右手に小さな白い暖簾が揺れていた。目指す「くま寿司」は案の定一杯であった。十時近かったが、4組の客が居たので暫く外で待つ事にした。真向かいの鰻料理屋「寿々喜」(すずき)は最後の客が引けたのか暖簾をしまっていた処だった。ここも良い佇まいの鰻屋だ。焼き場の人の年期を感じ、良い店だと直感したので今度食べに来よう。
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10分位待った所でカップル客が外に出て来たので、中に入れた。
それでも、まだ二人客二組、一人客二人居る。この店はご主人が一人だけで切り盛りしているので、当然ながらいっぺんに二つの事は出来ないのである。であるからして、店に入っても暫く待たなくてはならない。
ここは「くま寿司」と云うくらいだから、先行イメージで随分と強面で頑固な職人を想像していた。スキンヘッドで、体型は確かにクマのように大きい。手なんか熊手のようにふっくらとしている。勝手が判らない僕は「郷に入ったら郷に従え」で、大人しく様子を伺うことにした。飲み物は自分で勝手に取るのだ、と教わった。入口脇の冷蔵庫からビールを取り出し栓を抜く。

ご主人、グラスを出しながら「すいません、もう少し待っててくださいな。」と語る。ところが話をすれば、実に優しさが全面で出て来る様な感じだった。ここで漸く僕の中の空気が和み始めた。ビールが喉を潤し、「はいはい、好きなだけ待ちましょう。」と云う気持ちになった。
先客の寿司をひとまず握り終わると、「おまたせしました」と寿司ゲタが前に置かれる。先ずは平目の刺身から。口の中でキュっとした歯ごたえが待ち遠しかった空腹の時間を一気に吹き飛ばしてくれた。次にたっぷりとタレに漬け込んだ煮蛸を切ってくれた。しっとりした甘さといい蛸の柔らかさといい、もうこの時点で「くま寿司」の虜になりそうだ。

ここで、権ノ助ハイボールの馴染み客のプリンセス天功ことみやこさんがやってきた。最初、お二人かと思っていたら、なんと総勢六人で登場。彼女はここのお馴染みさんでウィスキーのボトルが入っていた。7、8人も入れば満杯の店内が一気に賑やかになった。こんなにいっぺんに客が来て、ご主人一人で大丈夫なのだろうか。と、ちょっとは心配したモノのこっちはこれから握りの登場である。ぐふふ。

ビールを一本に抑え、日本酒にする。冷蔵庫の中には全国津々浦々の地酒のカップ酒が並んでいる。では、京都の酒呑童子から。
ここから握ってもらう事にした。熊の様な大きな手で握るのは、意に反してご飯も少なめの握りだ。軽く〆た鯖で始まった。次に良い色に茹で上がった車海老の殻を頭から剥く。おもむろに何か出してきたので、それはと聞けば、芝えびのおぼろであった。車海老の握りの中に芝えびのおぼろを入れるとは、同じ蒲田にある老舗の名店「四代目 蒲田初音」の握りと同じだ。なる程、どんどんと主人の職人気質が伝わってきた。続いて間八だ。これも今が一番旬だな。小肌は余りキツくなく〆ていて美味い。
この辺りからどんどんと仕事をした鮨が握られてくる。鮪は国内モノだろうか。醤油漬けで出てきたが本当に美味しい握りだ。次もまた小さな器の中に鱚を潜らせている。これは酢橘か。鱚をこんなにも美味しく喰わせてくれたのは、ここが初めてかもしれない。鱚と云えば天婦羅だからなぁ。それにしても、ここは一体全体何なのだ。硝子サッシ戸で風情などまるで無い小さな立ち食い寿司屋の筈なのに、今度は目黒の名店「寿司いずみ」顔負けの握りを出してきた。

酒を石川県の萬歳楽にする。ふっくらした穴子のつめも良い味だ。この甘さが日本酒と合う。
今度は長崎のバフンうに。今の時期は北海道よりも美味いらしい。平目のえんがわは肉厚で最高の味だ。最後は山葵の効いた干瓢巻きと鉄火巻きで腹一杯である。

エンドさんがあれだけ薦めてくれたのが理解できた。またすぐにでも来たくなる美味い寿司だ。ご主人、翌日から月末まで旅に出るとの事で店を休むと聞いた。おぉ、なんとタイミングの良い訪問だったのだ。
来月がまた楽しみである。
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by cafegent | 2007-10-27 12:44 | 食べる

枝豆は生意気だ

目黒川近くの民家の庭に随分と立派な柿の木が在り、沢山の実をつけていた。雀に交じってムクドリやヒヨドリも柿の実に集まっている。
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古本屋で池田弥三郎師の本を見つけた。
師は慶應義塾大学の文学部教授の傍ら、国文学、民俗学を研究したり、随筆家としても活躍していた人であった。著書も多数有るが、実家が銀座の老舗天婦羅屋「天金」と云うこともあり、食や酒に関しても結構多くの随筆が残っている。「天金」はその昔、銀座本店を閉めた後も渋谷東急文化会館の中に分店が在ったがそれも今はもうない。

池田弥三郎師の随筆は、軽妙洒脱な文章で存分に楽しめる。そして、今回手に入れた本はタイトルも随分と洒落ている。
「枝豆は生意気だ」である。
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師と親交の深い戸板康二氏が装丁画を描いているも素晴らしい限り。
戸板康二氏も歌舞伎評論家として名を馳せたが、江戸川乱歩の強い勧めで推理小説を書き直木賞まで取っているのだが、画才もどうして素晴らしい。久保田万太郎宗匠も仲間達だが、才人の廻りには必然的に才人が集まると云う事なんだろうなぁ。

で、何故枝豆が生意気か、と云うとである。師は大の相撲好きである。大相撲の夏場所が始まると、そら豆の季節が到来する。美味いそら豆となると夏場所が終わらぬうちに、もう固くなってしまい、姿を消してしまうと云う。

少し紹介すると、
『そうしてそのあとに、エヘンともっともらしい咳払いをしてしゃしゃり出て来るのが枝豆だ。生意気にも枝豆は、そら豆をそうそうに追い立てて、したり顔に登場するのだ。〈中略〉

 枝豆は夏場所から川開き(注:墨田川の花火のこと)まで五月、六月、七月と、まだ続いている。ひいき目にみたって、少し長すぎるとは思いませんか。ましてそら豆に目のない私が、枝豆は生意気だと言っても、そう無理な言い分でもなかろうではないか。
 その上枝豆は、たべられもしない莢(さや)のまんま、食膳にのぼって来る。さやから出て、薄ものの皮だけで出て来るそら豆にくらべて、その点でも生意気だ。〈中略〉

 遅いのになると枝豆のくせして初秋の走りの松茸と同居して出て来る。松茸が、さやと甘皮と二枚も着ている枝豆にたいして、いい感じをもっているはずがない。松茸はふんどしもしていないのだから。
 ところがである。枝豆は季節の長いのをいいことにして、五月から四、五ヶ月というものは、旅館の夕食だろうが料理屋の膳だろうが、洋酒のバーでも、日本酒の呑み屋でもビヤホールでも、つき出しは枝豆にまかせて、安心しきっている。〈中略〉

 この生意気な枝豆に、いばらせておくバーや飲み屋も気に入らない。いささか坊主憎けりゃのたぐいかと反省するが、つき出しに、サッと枝豆をつき出されると、二杯のところは一杯で、三杯のところは二杯で五杯のところは四杯で....十敗のところは九杯でやめて、ごめんをこうむることにしている。九杯飲みゃたくさんだ、などと言ってもらいたくない。あと一杯飲みたいところを、グっと枝豆をにらんで帰るつらさである。
 まったく枝豆は生意気だ。』

池田弥三郎師のことを書いていたら、銀座の「はち巻き岡田」に行きたくなってきた。かつて山口瞳大先生が「鉢巻岡田の土瓶蒸しを食べないと私の秋にならない」また「鉢巻き岡田の鮟鱇鍋を食べなくちゃ冬が来ない」と名言を残した程の江戸前料理屋の老舗だ。今でも銀座松屋の裏手に暖簾がかかっている。

最近、このあたりには「栄庵」なるカウンター・フレンチの名店を知ってしまったので困ったものである。過日もこの露地を歩いて居て、外に出ていた「栄庵」のご主人に遭遇してしまった。
「今日はヒマでねぇ。寄っていくかい?」との嬉しいおコトバに頭を下げて、「今日は岡田なので」とは言えないのである。

「はち巻き岡田」の暖簾には池田弥三郎師がお元気だった頃の諸先生方の筆による句がかかれている。里見弴、河口松太郎、久保田万太郎、久米三汀、そして小島政二郎の面々だ。暖簾だけで参ってしまうのだから凄いねぇ。

秋の句を詠んでいるのは小島政二郎先生だ。 
          うつくしき鰯の肌の濃き薄き

うーん、やっぱり行きたくなってきた。
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by cafegent | 2007-10-26 18:59 | ひとりごと
昨晩、夕刊を見ていたら「晴乃ピーチクさん」の訃報が出ており大変びっくりした。今年の八月の朝日新聞で「朝草の灯よ 六区の芸人」と云う特集が組まれ、その中で元気に舞台に立つ師匠の近況を知って、舞台を観たいなぁとずっと思っていた矢先だったから、非情に残念だ。
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「ピーチクパーチク」のコンビを解消してからは、絵を描き出し、似顔絵漫談で舞台に立っていた。67歳から始めた油絵でも二科展に何度も入選する程の腕前になっていたと知る。享年82歳、心よりご冥福をお祈りしたい。合掌。
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新橋演舞場にて「錦秋演舞場祭り 中村勘三郎奮闘」が開催されている。昼の部は十月大歌舞伎であるが、三遊亭圓朝が口演した人情噺「文七元結」を山田洋次監督が補綴(ほてい)を手掛け、話題になっている。夜の部は、勘三郎がずっと競演を待ち望んでいた森光子を迎え、新作舞台「寝坊な豆腐屋」が上演演目だ。
オリンピックの開幕を控えた、昭和37年の東京下町が舞台の人情話。豆腐屋の癖に朝寝坊ばかりしている清一と三十数年前に幼い清一を置いて、ぷいと出て行ってしまった母親の澄子の再開のドラマを中村勘三郎と森光子が、笑いあり、泪ありの素晴らしい舞台に仕上げていた。脇を固める佐藤B作や米倉斉加年、そして勘三郎の姉の波乃久里子が好演しており、芝居に厚みを持たせてくれた。

僕が子供の頃も家の前をまだ都電が走り、豆腐やの喇叭(らっぱ)が鳴ると訳も無く追い掛けて行ったものだ。僕が兄にくっ付いて無理矢理幼稚園に行ったのも丁度この頃だったので、芝居を観ながら舞台と昔の自分の遠い思い出が度々重なってしまった。
クレージーキャッツの唄に乗せ、懐かしい昭和三十年代の舞台セットも素晴らしかった。全体に大いに笑わせてくれる場面が多かったが、最後に漸く母親に「お母ちゃん」と云えるようになった清一が、母をおんぶして花道を歩いて行く時なんか、泪がどっと溢れてしまった。ここ最近、続けて勘三郎の芝居を拝見しているが、本当に素晴らしい役者だと実感した。当分、勘三郎から目が離せないのだ。
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ここ何年も母親と逢う機会が減っており、年に一度も逢うかどうかになってしまっている。近くに居ながら兄貴にも暫く会っていない。
でも、みんな元気に生きていてくれているだけでありがたいもんだね。先月も友人が癌で亡くなってしまったが、若くして去ってしまう連中が増えて行くのは寂しいばかりである。
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by cafegent | 2007-10-25 18:20 | ひとりごと
先日の週末は川越市で「川越まつり」が催された。池袋から東武東上線乗り換えだったせいも或り随分と訪れていなかった街だ。この日も恵比寿から池袋まで埼京線で行こうかとホームで電車を待っていると、行き先が「川越行き」になっているではないか。東上線に乗り換える心づもりだったので、こんな些細な事であるが妙に嬉しい気分になった訳だ。

駅を降りると先ずその人の多さに圧倒された。
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古き良き小江戸の風情を堪能しようかと思って来たのだが、それ処ではない。駅から続く道はずっとディズニーランド以上に人が溢れかえっていた。縦横総べての道に縁日の屋台が出てたが、関東中のテキ屋が勢揃いしたのではないだろうか。

クレアモール商店街を通り、蓮馨寺(れんけいじ)まで普段20分くらいだがこの人の多さに30分以上かかってしまった。この寺には福禄寿が奉られており、お参りをしてから蔵の街並みへ出る。各町内の山車が集まり、夕暮れ時に行われる「宵山の山車揃い」に向けて街中を練り歩いている。高さが10メートル近くもある山車が圧巻で、各町内ごとにてっぺんに人形が掲げられ豪華絢爛な飾り付けで競い合っている。
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連雀町の人形は太田道灌である。他にも徳川家康、弁慶、素戔鳴尊(すさのおのみこと)なども出ていた。日が暮れた頃に提灯の明かりに浮かび上がる山車が勢揃いする姿は壮漢だろうなぁ。
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川越の街のシンボルにもなっている「時の鐘」界隈も人が溢れていた。
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菓子屋横丁を抜けて、80過ぎの爺さんが今でも元気に焼いている団子屋「池田屋本店」で醤油団子を買い食い。
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素朴な味わいにホっとしたら、川を渡った辺りの観音時で折り返す。
のんびりと2時間ばかりの散策だったが、途中で大好きな「まめ屋」のきな粉豆と抹茶豆や「金笛」の丸大豆醤油を買ったり、と何かと楽しい街なのだ。
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途中で小腹が減ったので祭りの出店で一休み。地元の養鶏屋さんの卵かけご飯が大人気だったが、早々にご飯が無くなり炊いている。喰いたかったが腹が鳴る。もう待っても居られないので、他を覗いてみた。町内のお母さんたちが作った手作りのいなり寿司がとても美味しかったので、これ幸いであった。
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人の多さには参ったが、「川越まつり」はとても楽しく過ごせた。
今度は普通の時にまた来てみよう。若干時間はかかるが恵比寿から埼京線一本で川越まで行けると知ったので、これからはちょく々々出掛けようかな。
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帰りは本川越駅から西武新宿線に乗る事にした。何故ならば、野方の「秋元屋」が暖簾を出す時間だからである。こんな良い秋晴れの夕暮れ時は外の卓を囲んで一杯やりたいもの。駅を出て、露地を曲がると提灯が赤く灯っていた。ぐふふ。

しかし店まで来ると、ここも川越祭り状態かと唖然。口開けしたばかりだと云うのに秋元屋はもう一杯である。凄いねぇ。
しばし待つ覚悟であったのだが、道路脇に小さな卓席を出してくれたので運良く座る事が出来た。それにしても美しい茜色の空だナ。
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これでまた、特製ハイボールの幸せなひと時を過ごすのであった。
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by cafegent | 2007-10-24 18:33 | 飲み歩き
先日、「立ち飲み なるきよ」の取材をさせてもらったので、そのお礼もあって店に行ったのだが、相変わらず大繁盛で一人入るのもやっとと云う具合だった。
それでも続々といつもの顔が集まり、狭いカウンターを前後に使い呑むことにした。ここは多くのファッション関係者が贔屓にしている店だが、なるきよもまた今回面白い事をやってくれた。
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なんと「DRESS CAMP」で制作したスワロフスキー製「なるきよTシャツ」である。余りにも可笑しく洒落ていたので、早速「インソムニア バー&グリル」のオープンに着て出掛けてみた。
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それにしても、こんな遊び心が吉田成清の茶目っ気であり、皆から好かれる所以だろうなぁ。

さて、先日都営新宿線瑞江駅よりタクシーで1メーターの処にある焼肉屋に行って来た。

目指す『焼肉ジャンボ』は篠崎の新町商店街入口に位置するのだが、どの駅からも遠い。歩くと20分以上かかる。ここ江戸川区篠崎は、もう東京の端っこである。すぐ近くの今井橋を渡れば、千葉、行徳だ。
この辺りは、夏の風物詩「江戸川区花火大会」で訪れる篠崎緑地くらいしか知らなかったのだが、先日途或る酒場で「篠崎にべらぼうに旨い焼肉屋が在る」と云うのを聞いたのである。そして、もう居ても立ってもいられなくなり、早々に食べて来たのだ。
予約する時に瑞江の駅からタクシーで「ジャンボまで、と云って貰えれば大丈夫です。」との事だったが、まったくその通りだった。運転手も羨ましそうな笑顔だったので、期待に胸躍らせて乗り込んだ。

商店街の外灯が消えると、途端に真っ暗になる通りにその店はポツンと佇んでいた。細い階段を登ると店内は家族連れや競輪選手等々、実にいろんなお客さんで賑わっている。いたって普通の内装で、各テーブルにそれぞれガスコンロが埋まっている。なんだか、鶴橋の焼肉屋さんを彷彿させて、僕には非常に居心地の良さを与えてくれた。青山墓地近くのゴージャスな重厚インテリアの某焼肉店なんかとは大違いだ。

席に着く早々にビールを頂き、ナムルをつまみにメニューを眺める。まずは、並ロースとタン塩を頼んでみた。感じの良い兄さんが美味く味わえる「3秒焼き」を教えてくれた。
「生でも十分美味しく戴けますが、片面3秒づつ焼いてみてください。」と謂うじゃないか。そして、目の前でサッと焼いてみてくれた。ぐふふ、これが実に美味いのだ。口に入れた途端にトロけてしまった。こんな美味いロース肉は『焼肉京城』の「上巻きロース」以来だなぁ。

東京には焼肉の名店が沢山在る。どの店もそれぞれに上質の旨い肉を提供してくれるのだが、それ相応の値段である。殊に北千住の京城でもしかりだし、鹿浜の『スタミナ苑』でさえ2,200円の根付けだ。でも、ここはこんなにも旨い和牛ロース肉が一皿1,000円なのだ。しかも1200円の和牛並タンだって肉厚でプリプリ。
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他店で喰えば当然ながら倍以上取られるだろう。上ミノを頼み、一息ついた所でご主人にオススメの裏メニューをお願いすることにした。
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まずは、「上(うわ)ミスジ」、「イチボ」、「しんロース」なる三種の肉が登場。牛前足の肩甲骨の下あたりの部位ミスジは見事な霜降り肉で、薄くスライスされていた。これは片面6秒程焼くと良いと教えられた。さっと網の上に置き、焼き過ぎない程度で返す。ご主人曰く、「旨い肉は焼き過ぎよりも多少赤く残っていた方が美味いんだ。」そうだ。

イチボは、牛の尻の先の赤身だそうだ。もう言葉が出ない程旨い。ちなみに、牛の臀部の骨がHのカタチをしている所から「H骨」(エイチボーン)と呼び、それが訛って「イチボ」になったそうだ。
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ドーンと登場した「肩しんロース」とは、まさに和牛ステーキである。四角くカットされた肉厚な塊を網に乗せ4面を程よく焼き上げる。
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ここでまた大将が登場し、見事な焼具合を披露してくれる。同席の連中が「これ喰っちゃったらもう『あら皮』で無駄な金使ってる場合じゃない!」と唸っていた。いや、それは本当である。サワーで口の中をリフレッシュさせ、さらにご主人オススメの裏メニューをお願いする。
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今度は、「ザブトン」だ。大阪ではクラシタと呼ぶ部位だが、これはもう特上希少価値の肩ロース肉である。四角く取れる部位なので座布団と呼ばれるそうだ。
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所謂有名焼肉店などだと「特上ロース」5,000円とかで出ている肉がこれだね。さっきからつい値段の比較をしてしまうが、それ程ここが良心的な値段設定と云う事を伝えたいのだ。

最後にご飯が欲しいところだが、最高に美味いと云う肉をお願いした。それは、「トモ三角」なる肉である。マルと呼ばれる和牛もも肉の中でサシが多く入っており、マグロで謂う所の「大トロ」である。もも肉の味を一番堪能できる所なのだが、ご主人からまたも美味しいアドバイス。「まずは一度、この肉をタレに浸けたらそのままご飯の上に乗せて巻いて食べてみて。ご飯の余熱だけで肉の表面が加熱されいい具合にご飯に脂が落ちてくる。そりゃもうトモ三角の握りだね。」だと。いゃあ大トロ真っ青だ。こんなウメェ肉、初めてだ。続いて今度は表面をサッと炙ってご飯に乗せる。
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これまた関サバの炙り寿司を越える美味さだった。焼き過ぎないことで肉本来の味を楽しめた。
それにしても、ご主人南原竜男さんの肉に対する思い入れと意気込みは素晴らしいに尽きる。本当に美味しい肉を一番旨く食べさせてあげようと云う思いが僕らにドスンと刺さるのだった。

最近は恵比寿の『焼肉チャンピオン』の様に「牛一頭買い」と称して人気を誇る焼肉店が増えてきたが(事実、恵比寿カドヤ隣にそのまんまパクッた店も出来たし)
どこもイチボやザブトンなど希少部位を出しており、それ相応に旨い。
でも、牛一頭にこんなにも肉の種類が有り、それぞれがどこの部位でどんな味でどう焼けば一番美味か、などと云う事を実に懇切丁寧にそれも楽しく教えてくれた店は『焼肉ジャンボ』が初めてであった。ご主人は、本当に肉を愛しているのだなぁ。

実は家から歩いてすぐ、白金四の橋商店街の出口の処にも『焼肉ジャンボ』が在るのだ。永く篠崎の店で南原さんの元で修行した二人が出した支店である。篠崎店をようやく訪れる事が出来たので、今度は近所のジャンボに行ってみたいと思う。白金店は場所がら少しだけ高い価格設定だそうだが、まぁ近所には老舗『金龍山』や『きらく亭』と云った名店もあり焼肉激戦区であるし仕方がない。しかし、交通費と時間を考えるとコストパフォーマンスは篠崎まで行くのと一緒かもしれない。
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当分、旨い肉が食べたくなったら『焼肉ジャンボ』だなぁ。そして、肉の愛情に触れたくなったら、篠崎の南原さんに会いに行くとしよう。
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by cafegent | 2007-10-22 20:45 | 食べる
70年代頃、渋谷・百軒店に在ったロック喫茶「ブラックホーク」の軌跡が1冊のムック本『渋谷百軒店 ブラックホーク伝説』(音楽出版社刊)として、今月29日に発売されるそうだ。この店のレコード係を担当し、後に音楽評論家になった故・松平維秋さんのエッセイや当時この店が発行していた冊子「スモールタウントーク」の中で組まれた特集「ブラックホークの選んだ99枚のレコード」も再収録されているという。

「ブラックホーク」は、しゃべるとすぐ怒られる厳しい音楽喫茶だったが選曲するロックは今でも色褪せていない名盤ばかり。喜楽の炒飯や金龍菜館のにらそば、ムルギーのカレーなどと一緒にZOOやブラックホークと云う喫茶店は、渋谷で過ごした僕の毎日に欠かせない場所だった。
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この写真は当時のブラックホークの前でポーズを決めた若林さんだ。
僕の身近なJ.J伯父さん的存在だった故・若林純夫さんもこの店で働いていた敏子さんと出会い結婚したんだったっけなぁ。山本コータローさんたちと武蔵野たんぽぽ団を結成し、唄仲間の故・高田渡氏を京都から東京に呼んでしまったのも若林さんだと聞いた事が有った。僕は若林さんからロックやフォーク、時計、洋服、雑学等々を学び、渋谷道玄坂界隈の楽しさも沢山知る事が出来た。

ブラックホークのマッチに書かれていた『HUMAN SONGS』は70年代後半の渋谷の街にしっくりと馴染んだ。この店やZOOで回転していたザ・バンドやニール・ヤングがとってもこの街の匂いにハマっていた気がしたのだった。

大好きだった餃子の大芽園は10年近く前にご主人が亡くなり閉めてしまったし、カスミコーヒーやフレッシュマン・ベーカリーの跡には近くヤマダ電気が出店すると聞く。渋谷百軒店界隈も随分と様変わりしたが、まだまだ当時と変わらぬ店も在る。喜楽もムルギーもBYGも変わっていない。時代は変わり、百軒店では僕より一回り以上も若い連中があの頃の音楽を架けている。今でも僕はこの辺りで酒を呑むのが楽しく大好きだ。松平さんや若林さんが教えてくれたロックはしっかりと渋谷の街に根付いているのだ。

あの頃のロックミュージックは今知っても素晴らしい音ばかりだ。そして今回発売される『渋谷百軒店 ブラックホーク伝説』は、当時の渋谷の街の様子をうかがえる貴重な一冊になるであろう。
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渋谷百軒店ブラックホーク伝説
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by cafegent | 2007-10-22 12:43 | ひとりごと
昨晩、京都から丹波の松茸を戴いたとの朗報を受けたので、友人宅へお呼ばれした。松茸はこれと云って栄養がある訳ではないが、あの香りはたまらない。随分と前に京都の亀岡の旅館で出された松茸料理は今も記憶に残っている。十月になると必ず思い出す味と香りだ。

松茸の香りを存分に味わうのならば土瓶蒸しがいい。家で食すならば、炊き込みご飯がいい。土鍋の蓋を開けた途端に、ふわっと芳醇な香りが鼻を誘う。よく松茸は香りが命なので決して水で洗ってはいけない、と聞いていたものだったが、昨年テレビで京味のご主人が水でゴシゴシと松茸を洗っていた。水で洗ったって松茸の香りは飛ばないと豪語していた。大きな土鍋で炊き上げたので残りご飯をおむすびにして土産に包んでもらった。これは冷めても美味いので、今朝のご飯に大変良かった。

宴の用意が出来るまで、まだ少し時間がかかるとの事だったので、久しぶりのバーに寄ってみた。湯島の駅を上がるとすぐの露地に佇むバー『EST!』だ。
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このバーは都会の喧噪をしばし忘れさせてくれる処である。実に六年ぶりの訪問になったのだが、マスターの渡辺師がちゃんと覚えていてくれたのが嬉しい限り。マスターは健在だが、他の従業員は新人に入れ替わっていた。なんでも、以前のバーテンダー氏は近くの不忍池方面のビルの7階に自分のバーを構えたそうだ。夏の夕暮れ時あたりは景色が良さそうなので楽しみなバーだな。

エストの渡辺師は御歳74歳とのことだ。銀座の吉田翁と同い年だそうである。このバーは盆暮れ以外無休である。故にマスターも毎日カウンターに立ち、シェイカーを振るっているのである。その元気な姿は10歳以上は若く見える。

まずは、マティーニを戴いた。このカクテルはつまみにオリーブが付いているのがいい。空腹の胃に強い酒を流し込む前には何か口に入れる方がよい。
渡辺師は最初渋谷のバーで修行し、その後『琥珀』という酒場に入り、そこから独立したのがここである。それにしても琥珀からこんなに近くに独立した店を出すなんて、当時大騒ぎにならなかったのだろうか。
琥珀は三島由紀夫が愛した店でも或る。時間が許せば、どちらも寄りたいバーだ。
二杯目はマンハッタンをオン・ザ・ロック。前日が余りにも寒かったので、この日は冬仕立ての洋服を来て出掛けたのだが、思いのほか気温が高く汗をかいた。ジャケットを壁のコートハンガーに掛けたのだが、それでも体温は上昇したままだった。マンハッタンは、口に当たる氷がひんやりと気持ちが良かった。
三杯目はギムレット。これで完璧に汗が引いた。小一時間の至福を堪能し、近々また寄らせてもらう事を渡辺師に告げ、店を出た。

やはり、空腹に3杯のカクテルは効くなぁ。でも、気分は上々である。頭の中では「松茸、松茸、京都の松茸〜」とずっと鳴り響いているからであった。
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by cafegent | 2007-10-18 15:09 | 飲み歩き