東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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<   2009年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

昨日、今日と梅雨間近の気配を感じさせる雨が続いている。先週末は朝から天気も良く立石日和だったのになぁ。
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そんな訳で、土曜日は川を越え、朝10時ちょい過ぎに京成立石に到着。
立石仲見世の『宇ち多”』では既に表も裏も人が並んでた。
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酒友ウチダ君が早くも並んでる。地元の面々も次々登場だ。『宇ち多”』の週末は日を追う毎に口開けの時間が早くなっている気がするナ。
開店が早いって事は、次に行く店の目星を先につけておかんと困ってしまうのだ。

馴染みの面々と休日の昼間酒ってのは愉しいひとときだ。
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浅草で買ったマイやげん掘の七味は、山椒を多めにしてもらってる。
これが宇ち多のホネ煮込みにゃ最高にあうのだナ。
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毎度の事ながら、変わらぬ酒友とで杯が多かったかナ。

12時前に店を出て、此処なら開いていると裏手の『えびすや食堂』へ。
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皆は酎ハイで、僕は緑茶割り。
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梅割りしこたま呑んだので、一寸休憩のつもりの一杯だ。
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段々と冷や奴が美味い季節になってきたネ。
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それにしても、ツワモノどもは酒が強い。いや、確実に酔っぱらってるのだから、案外強くはないのかナ。まぁ、愉しい酒を呑んでいるって事だけは確かだ。
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川エビも良い酒のアテだネ。
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日本橋の老舗うなぎ屋の職人だって、ホラこの通り幸せ一杯の笑顔で酒を煽るのだ。
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2軒ハシゴした所で、時計を見ればまだ午後1時。では、少し電車で酒を抜こうと云う事で、僕とウチダ君は武蔵小山へと向かう事にした。

『牛太郎』はちょうど口開けしたばかりで、満席だった。そんな訳で、我々は後ろの待ち合い席にてビールを戴き、心地良く席が空くのを待つ事にした。
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あぁ、窓から差し込む日射しがビールグラスをまるで万華鏡のように輝かせていた。

暫くするとガラリと戸が開き、ひとみ姐さんが現れた。仲良く後ろで待ち合い酒だ。30分程して漸く席が空いた。
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酒をホッピーに変えて、とびきりのテッポウをアテに愉しい昼間酒が続くのだ。
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あぁ、もう云う事なしの週末だった。
       ◇       ◇       ◇
今週は仕事帰りにまた『宇ち多”』へ行った。ひとみ姐さん、酒友ビリーと三人で夜の宇ち入りである。煮込みも残っており、カシラもレバ生もまだ有った。気心しれた連中と酌み交わす酒ほど旨いものはないねぇ。ビリーはいつもの調子で梅5杯半いっちゃったのかな?立石2軒目は、『栄寿司』だ。
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相変わらず、此処のシャコ爪は美味いぜ。
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ホタテも殻を剥いたばかりで新鮮だ。

その後三人で恵比寿へ戻り、『Whoopee』で赤ワインを呑み、古い友人に会う。相変わらず、ひっきりなしにお客さんが入ってくるので、早々に『カドヤ』へと移動した。
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姐さんもビリーもすっかりゴキゲンだネ。
この時期のカドヤは、入口が解放されていて外の風が心地良い。いつもの立ち飲みコーナーへ落ち着くと、なんと此処でも古い知り合いのJBに会った。ひとみ姐さんも一緒だったから、二人でびっくりしたネ。

焼酎ハイボールが喉に爽快感を与えてくれる。外を眺めていたら、知った顔が自転車を押しながら歩いてくるじゃないか。s-kenさんだった。一緒に呑もうよ、とお誘いしたら快諾してくれ中へ。s-kenさんは初カドヤだそうだ。いつも混んでいて入れなかったらしい。丁度、テーブル席も空いたので、座ってゆっくりと呑む事になった。s-kenさんとは昨年夏のパーティ以来である。

s-ken&Hot Bombomsのアルバムも一昨年再リリースされたし、プロデュースワークも忙しいみたいだ。この世代の音楽家が元気に頑張っているのは、素晴らしいネ。今までゆっくりとお話をする機会もなかったので、この晩は酒の力を借りながら色々と愉しい話を聞く事が出来た。

ひとしきり酒を呑み、楽しい話に花が咲き、『カドヤ』を後にするとs-kenさんは颯爽と自転車を漕いで雑踏の中を消えていった。いやぁ、カッコイイね。

今週水曜は、BS−TBSの人気番組『酒場放浪記』でお馴染みの吉田類さんと神保町『兵六』でお会いし、そのまま立ち飲み『銀漢亭』へとハシゴ酒となった。此処は類さんが先日出版した『東京立ち飲み案内』にも紹介されている店である。
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ご主人が俳句を嗜んでいる事もあり、俳句好きが集まる立ち飲み屋だ。
吉田類さんも句会を催しており、句会の後は大抵『兵六』に立ち寄っているのだナ。

それにしても、s-kenさんしかり、吉田類さんしかり、最近また一世代上のオヤジたちのカッコ良さに嫉妬してしまうのだナ。

木曜日は休肝日にしてみた。ここん処、肝臓やらすい臓やらを壊して病気になった人ばかりを目の当たりにしているので、我ながらバカでも少しの知恵が働いたみたいだ。
それでも仕事が終われば盛り場に行かなくちゃ駄目な性分な訳で、「呑んべい横丁」の『Non』へお邪魔して、グレープフルーツジュースを呑みながら、雨降りの渋谷を眺めて過ごした。
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さて、今夜も『宇ち多”』の暖簾をくぐるとしようか。
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by cafegent | 2009-05-29 15:37 | 飲み歩き
今年もまた恒例の「新橋大古本まつり」が新橋駅SL広場前で開催されている。近くで午前中に打ち合わせが有ったので、ちょいと覗いてみた。最近はインターネットで検索すれば全国の古書店の在庫から欲しい本を探す事が出来るのだが、矢張り古本は実際に古本屋を廻って、探していた本や掘り出しもの、メッケモンを見つけるのが愉しい。
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今日のように澄んだ青空の下での古本巡りはとても気分爽快だ。年に数回催されるのだが、寒過ぎず暑過ぎず、今の季節が一番だナ。

そして、今回は三冊を購入した。
先ずは、古今亭志ん生の『びんぼう自慢』。志ん生師匠が70代の後期に「週刊サンデー毎日」に連載した師匠のおしゃべりを落語研究家の小島貞二氏が聞き書き風にまとめたものだ。それにしても凄いタイトルだが、読めば読む程、目一杯びんぼう生活を楽しんで来たのだナ、と云う事が伝わってきた。本人自ら「三道楽免許皆伝」と豪語し、十二、三歳頃からいっぱしに呑む、打つ、買うを楽しんでたと云う。初代柳家権太楼師匠との貧乏競争なんてのも可笑しかった。
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あとがきで小島氏が、「落語を地で行くような、型破りな人生行路が、つまり志ん生芸術をつくり出したといって過言ではない。無数にあるレパートリーの中で、とくに“長屋もの”のおかしさは、こうした生活体験が、登場人物の中ににじみ出ているからだ。」と記していたが、全くその通りだと思った。近頃の落語ブームで古今亭志ん生も大人気だが、この本を読んでから、師匠の噺を聴けば愉しさ倍増だろうなぁ。
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挿絵を清水崑が描いているのも良い。

     雨だれに首を縮める裏長屋

最後は、こんな師匠の句で締め括ってあった。イイネ。

お次ぎは、谷崎潤一郎の『台所太平記』だ。こちらも「サンデー毎日」に連載していた小説の単行本だったが、奇遇だナ。作家の家で働く幾人ものお手伝いさんたちの行状記だ。谷崎自身の邸宅が舞台となり、グラマーな女中が出て来たり、同性愛者が登場したり、と過去の小説のモデルだったのかナ、などと想像も膨らみ、それぞれの女中たちのストーリーを各章毎に綴っている。可成り晩年に書いた小説だが、さらりと読めて面白かったナ。前にNHK-BSで放映された森繁久弥の映画で観ていたので、あらためて本が手に入って良かった。
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こちらの本の装釘と挿絵は、横山泰三画伯だ。面白い本は、大抵挿絵が良いのだヨ。

最後は、新劇の名役者中村伸郎のエッセイ『永くもがなの酒びたり』。
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タイトルが良いネ。1991年7月、82歳でこの世を去ったが、この本はその年の8月に出版され遺稿集となった。
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小津安二郎ファンならば誰もが知っている俳優だが、この人のエッセイはとても面白いのだ。また、その本から獅子文六や久保田万太郎へと興味を抱き、果ては俳句にも興味を持ったのだ。
  
     奇遇とて昼酒となり冷や奴

酒をこよなく愛した役者ならではの粋な句だネ。

いやぁ、今回は三冊とも総て良かった。
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これ全部で800円なのだから、古本巡りは愉しいなぁ。 

それにしても、中村伸郎さんの文章は素晴らしかった。小津の『東京暮色』での冴えない雀荘の主人役が僕は好きなのだが、本業の役者も素晴らしいが、その上こんなに上手い文章が書けるとは非凡な才の持ち主は素敵だネ。

さて、先日恵比寿の大衆酒場『カドヤ』にて、フリーペーパー『108』の第2号を手に入れた。以前、フリーペーパーの『88』で編集を手がけていた友人、鈴木完君が独立して発行しており、表紙も遠藤ソウメイ画伯が相変わらず素晴らしい絵を描いている。
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この冊子の中で、毎号愉しみにしているのが川内一作師の「極楽食堂」でアル。名酒場の店主ながら、実に素晴らしい文章を書くのだから、前出の中村伸郎同様に非凡なのだ。

今回のハナシは、寺山修司に始まり、高木町に在った伝説の酒場へと移り、先日他界した生粋の不良親爺Hさんのカッコ良すぎる最後へと綴られていた。たった一言の強烈な言葉でグイグイと引き込まれてしまう。今回も「今でもジャンクな風にあたりたくなると、ひとりで新宿を徘徊する。」で一発ノックアウトだった。そして最後は「すべての優しき真夜中の放浪者に愛を込めて。」で締めくくる。もう、これまたカッコ良すぎるぜ。読み終えて、何故だか僕の脳裏に浮かんだのはショーケンの姿だったのだが、一作さんしかり一世代上の先達たちにはいつまでもかなわないなぁ。
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その川内一作師が、先月高木町の伝説の酒場『クーリーズ・クリーク』を復活させた。三十年と云う年月を経て、白金高輪の川沿いにオープンした。僕はタイミング悪く出張と重なってしまい、オープニングに行けなかった。酒場の友、矢野カンメイ君やモリンコさんたちはお祝いに駆けつけたそうだ。僕も早々に行きたいナぁ。おめでとうございます。
        ◇       ◇       ◇
一昨日、神保町の酒場『兵六』にて一人で手酌酒をやっていると、見覚えのある客が一人入って来た。暫くは、お互い語らずに呑んで居たのだが、そのうち、向こうから声を掛けてくれた。すると、可成り昔に一緒に酒を呑んだ事が有ったソニーミュージックの方で、以前、酒場の友の坂西伊作さんと一緒に呑んだりした人だった。

伊作さんとは、最近酒場でも会わないなぁと思っていた所だったので、聞いてみたら、なんと数日前に病気で亡くなられたとの事だった。
その日に伊作さんの訃報を知ったので、一人此処に「お弔い酒」を呑みに来たとの事だった。伊作さんの訃報も僕には可成りのショックだったのだが、そんな晩にこうやってO氏と巡り合わせるのだから、天国の伊作さんが僕に引き合わせてくれたのだろう。
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それにしても、伊作さんと僕とは2つ位しか歳が違わないのだ。最近五十代で亡くなる方が廻りで多すぎる。悲しすぎるなぁ。人の分まで、こちとら長生きせんとイカンな。

随分と型破りな方だったが、いろんな酒場やライブで良く会った。ソニーミュージックでも確か昨年役員になったばかりだったのに、早すぎる死は残念でならない。

その晩は共に泪のかわりに酒を呑み干した。家に戻っても、走馬灯のように数々の場面が頭をよぎって、酒の力を借りても眠れやしない。灰色と紺色が混ざったような空の色が少しづつ明けて来た。なんだか久しぶりに目にしたような朝焼けだった。悲しすぎるぜ、まったくよ。

心からご冥福をお祈りします。合掌。
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by cafegent | 2009-05-27 20:11 | ひとりごと
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小説「楢山節考」を書いた深沢七郎は、晩年曳舟駅近くで『夢屋』と云う今川焼き屋を営んでいた。そのお焼きの包装紙を横尾忠則氏がデザインしているのは有名な話だ。『立ち飲み なるきよ』に行けば、横尾さんデザインの美濃焼ガイコツ柄の大皿で刺身を盛りつけてくれるが、買い食い駄菓子のお焼きの袋をデザインしてたなんて、一度で良いから見てみたかったナ。

毎週、立石の『宇ち多”』で呑んだ後は、同じ仲見世商店街の中に在る大判焼き屋でお焼きをひとつ買って行く。
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最近、いろんな街の商店街にたい焼き屋さんが在るが、僕はお焼きの方が好きだ。カリカリに香ばしい角の辺りをかじるのがたまらなく好きなのだ。中からはみ出したあずきを地面に落とさないように気をつけながら歩いて行く。

そう、僕は甘いものに目がない。酒呑みのくせに、大の甘党でアル。
ちょうど今の時期は新茶の季節。香り高き緑茶に合わせるのは、矢張り和菓子だろうか。まぁ、ロールケーキなどの洋菓子も好きなので、概ね菓子類は好きなのだろうナ。

そんな中、今とてもハマっている菓子が有る。銀座六丁目のコリドー街に店を構える『甘楽』さんでアル。甘く楽しいで、"かんら"と読む。
豆大福やどら焼きが人気だが、僕は何と云っても「銀六餅」がお気に入り。以前、頂き物として食べて以来、病みついている。そして、事ある毎に手頃な手土産としても利用させて戴いているのだ。

さて、その「銀六餅」だが、見た目はどう見ても小さなどら焼きだ。だが、一くち口に入れたら、どら焼きの生地とはまるで違うモッチリした食感に驚かされることだろう。どら焼きの生地は薄力粉に卵で焼くので、とてもふんわかしているのだが、こちらは餅粉を使っているので、食べればやっぱりお餅なのだ。
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甘さを控えめにした粒餡が絶妙にマッチし、虜になってしまうのだ。

また、此処が使う小豆は北海道は、留寿都の契約農場だと知って、北海道出身のボクとしては増々親近感が湧いたのだ。ルスツは小さな頃、よくスキーをしに行ったところだ。

銀座のど真ん中で毎日餡を炊き、餅をつき、生地を焼いてひとつ一つ丁寧に和菓子を作っている。その日に作った菓子を、その日のうちに食べてもらいたいと云う事だろうか、此処では「朝生菓子」と呼んでいる。この小さな心意気が僕らを魅了して止まないのだろうナ。これ、ホントにオススメしたい一品だ。

銀座の銘菓を紹介したのだから、我が故郷のお菓子も紹介しないと、だナ。

ひとつ目は、『千秋庵』が作る「ノースマン」だ。パイ生地の中に小豆餡を入れて焼き上げている。今でこそ、馴れ親しんだ味なのだが、初めて食べた時は驚いたなぁ。
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パイって云うもん自体が洋風でとても洒落ていた。それまで『千秋庵』と云えばミルク煎餅の「山親爺」だったが、これが登場してからは、帰省する度に買っている。これだけは、いつも自分用の土産なのだ。

二つ目は、『六花亭』の銘菓「チョコマロン」かな。ペースト状にした栗をラム酒で味付けし、しっとりと仕上げココアビスケットで挟み、六花亭自慢のチョコレートで包んである。何処にも奇をてらった所が無い素朴な菓子なのだが、六花亭でも長年大人気の銘菓なのだ。
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これを食べながら、シングルモルトを呑むのが僕の好み。大人の味わいだね、むふふ。

和菓子じゃないが、大変美味しい物を戴いた。岡山産の完熟トマト「桃太郎」をまるごと1個使った岡山『佐野屋』の「完熟トマトゼリー」である。
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プルンプルンのゼリーは甘みを抑え、トマトそのものの甘みを引き立ているのだ。こんなに甘いとトマトって野菜なのか果実なのか悩んでしまうナ。これからの季節、こんなさっぱりしたデザートは嬉しい限り。
ただし、1個525円と、チト高いのが辛いね。また、お土産に戴きたいもんだねぇ。

冷たい菓子続きでもうひとつ。
砂町銀座商店街を歩いていて見つけたクリームパンをご紹介しよう。
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包み紙には「創業昭和八年 広島みはら港町 八天堂」とある。クリームパンと云っても、フワフワなカスタードクリームがたっぷり詰まっており、パンもしっとり、もっちりでパンと云うよりは菓子だナ。
そして、買う時にお店の方から「冷蔵庫で冷たく冷やして召し上がってくださいネ」、との事だった。その通り、冷やして食べたら大変美味かったのだ。カスタードの他に抹茶、あずき餡などもあってお土産にしてみた。

西小山商店街でも出張販売していたので、ここ最近、都内各所の商店街に限定出店しているのだろうネ。1個200円とこれまたチト高いが、包装紙も素敵だし手土産にすれば、喜ばれるだろう。
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すみれが可憐に咲いていた。
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by cafegent | 2009-05-25 16:15 | ひとりごと
札幌は桜と梅がほぼ同時期に開花する。
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今は蝦夷山桜や八重桜が満開だ。そしてちょうど今ライラックまつりの時期だ。街中に紫色の花が咲き誇る。そう、札幌の木だね。

春の北海道は空気が美味い。東京に住んでいても時々思い切り深呼吸がしたくなり、緑溢れる自然教育園や林試の森公園などを訪れる。それでも、ほんの気休め程度の森林浴なのだが。

札幌の繁華街から丘珠空港を抜けて郊外へ出るとイサム・ノグチ設計の「モエレ沼公園」が在る。
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緑広がる大地と蒼く抜けるような空が目に飛び込んでくるのだ。廻りを取り囲む沼がモエレ沼。サギが時折飛び立っている。

この公園にはすり鉢を逆さにしたような大きな山が二つ在る。
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ゆっくりと頂上まで登り、その上で寝転ぶのが好きだ。そこで、久しぶりにヒバリの声を聴いた。高い空を独り占めにでもしたかの如く、楽しそうに啼いていたナ。此処は何もない。ただ緑の中を歩き、寝転んで空を仰ぎ、深呼吸をする。それだけの為に来る価値のある処なのだ。目を閉じると鳥のさえずりと共に風の音も聞こえるのだ。そのまま眠りこけたっていい。予定の無い気ままな時間を過ごせるなんて、贅沢なひとときなのだ。暫くすると近くの野球場で試合が始まったみたいだ。大きな歓声の中でバットの金属音が空に響き渡っていた。

札幌市内は大通り公園に近い四丁目駅から僕の実家の方を通りグルリとススキノまで市電が走っている。時折鳴るチンッて音から「チンチン電車」と呼ばれ、永く市民の足として親しまれている。

チンチン電車に乗って藻岩山ロープウェイ入口まで出掛けてみた。
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此処で降りるのはハテ何年ぶりだろうか。札幌には珈琲の文化が根付いており、『可否茶館』、『北地蔵』、『宮越屋珈琲』等々、実に沢山の珈琲店が在る。皆、独自の焙煎を売りにしているのだが、それぞれに皆味わいが深くて美味しい。
僕は幼い頃から両親が珈琲好きだったせいもあり、今だに朝から晩まで飲んでいる。ニューヨークでも、パリでもカフェ文化が有るから、何度も訪れたくなるのだろうナ、と思っている。そんな訳で札幌は街中いたる処に喫茶店が在るので、ハシゴも楽しい。

この日は、飛行機の中で読んでいた山本一力の文庫本がもう少しで読み終えるので、『ろいず珈琲館』の窓辺の席に腰を落ち着けた。
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どうですか、この佇まい。

此処は元北大農学部の教授だった小熊博士邸として1927年に建てられた家を「景観重要建築物」として修復保存され1998年、藻岩山の麓に移築された。そして、市の行政、企業、市民が一体となり、喫茶店事業として再生を遂げたのだ。札幌や小樽で珈琲店を経営するロイズコーヒーユニオン社が運営を受託されている。珈琲が美味しいのは言わずもがなでアル。
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旧小熊邸は田上(たのうえ)義也の設計による建物だが、フランク・ロイド・ライトの弟子として有名な建築家だ。この人は建築のみならず、クラシック音楽にも情熱を捧げていた。ライトの事務所では帝国ホテルの建築設計に携わり、ホテル竣工後、関東大震災により北海道に渡ったそうだ。そこで、なんと北大のオーケストラの指揮者となったのだ。そして、札幌交響楽団を創設し、初代の指揮者となった。オーケストラを率いながら、この小熊邸を建てたんだネ。素敵な人生を歩んでいるナ。

建物は随所にライト建築を彷彿させ、歴史ロマンを感じるネ。
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こんな素敵な邸宅でのんびり珈琲を飲み、読書出きるなんて幸せだネ。
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夕方、実家から歩いて旧友オリヴィエの住む家を訪ねてみた。行く途中には、子供の頃に遊んだなかよし公園が在る。
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向かいの『カフェ・アンジュ』で手土産にアップルパイを購入した。
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東京で出会って、かれこれ30年以上になるが、ひょんな事から東京を離れ、札幌に住み出したのが3年程前だったかナ。
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オリヴィエに会うのも久しぶりだったが、顔も体型もどんどんと父親に似てきたね。
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円山動物園に行く途中の入口付近の古い家を現在改装しているそうだ。フランス人ってのは、何でも自分でこなしてしまうから凄いネ。渋谷に住んでいた時も床壁天井と自分で改装していたが、今回も同様だ。
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ただ、家の大きさが違うから、可成り大掛かりの改築作業のご様子だ。
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珈琲をご馳走になり、彼のお気に入りのソフトクリーム屋さんにお邪魔してみた。
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『BARNES』は大きなガラス窓の中で、皆のんびりとソフトクリームを舐めていた。
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これで本当に商売が成り立つのかナ、なんて思ってしまう程お店の方ものんびりしているのだが、これも札幌のカフェ文化なのかもしれない。
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まるで、映画「カモメ食堂」に出てくる店のようだった。場所は北海道神宮の裏手、円山テニスコートの向かい側である。
此処のソフトクリームは濃厚で美味い。年配の方々も来ていたが、大人度が高いのも判る気がする。
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オリヴィエがお気に入りなのも頷ける。うん、病みつく味だった。
いや、まてよ。ひょっとして彼がお気に入りなのはソフトクリームじゃなくて、あの可愛い店主だったのかな?なんちて。
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さぁ、どうだ。僕だって酒を呑まない時だってあるのさ。むふふ。
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by cafegent | 2009-05-22 14:53 | ひとりごと
一年近くかかった仕事が漸く終わり、気分転換をしようと札幌へと出掛けた。

と云っても何処かホテルへ泊まる訳でもなく、両親の住む実家へ帰るのだ。六月の中旬あたりに行けば、美瑛や富良野の丘一面に広がるラベンダー畑が美しく、素敵な薫りを一杯に届けてくれたことだろう。だが、今回の目的はなんつったって酒場なのだ。
地方へ遠出する事もなく、ただひたすら馴染みの酒場へと向かいハシゴ酒を楽しんだのだった。

朝早めに家を出て、九時台の飛行機で出発だ。JALの「クラスJ」にしてみたが、座席がゆったりとしており、1時間ちょっとの空旅だが実に快適だったナ。これでプラス千円上乗せなら絶対コレだね。
「クラスJ」で大満足なのだから、昨年からスタートした「JALファーストクラス」ってのはさぞかし凄いんだろうネ。でも、8千円もプラスするんだったら、その分ススキノで呑んだ方が良いのかナ、ハテ。

千歳空港に降り立つと、東京と変わらない程の温かい気候だった。ジャケットを羽織るどころか、汗をかくほどの陽気だった。

ここ数年千歳から札幌市内までは列車で帰っていたが、久しぶりにバスに乗ってみた。外はすっかり雪が解けて春らしい景色が広がっていたが、藻岩山の上はまだ雪が残っていた。札幌じゃないが、北海道は先週も雪が降ったって云うからネ。
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ススキノでバスを降り、家に向かう前にラーメンを食べることにした。
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元祖ラーメン横丁では、『天鳳』、『華龍』と云った老舗に混じり、新しい店も増えていた。でも、何処が店仕舞いしたのか、さっぱり判らなくなってしまった。
何処に入ろうか悩んだ挙げ句、結局横丁では入らず、狸小路へと向かったのだ。矢張り自分がホッと出来る店に入るのが一番だ。
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そんな訳で狸小路七丁目に在る『一徹』の暖簾をくぐった。
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此処は僕が学生の頃、兎に角通ったラーメン屋『富公』の味を受け継ぐ店だからネ。無骨で愛想のない親爺の菅原さんが作るラーメンは本当に美味かったのだが、もう随分と前に病気で亡くなってしまった。それから暫くして、同じ場所に店を構えたのが『一徹』だ。

此処のご主人も『富公』の味に惹かれ、ラーメン屋を始めたが、在りし日のの『富公』に引けをとらない程美味いラーメンを出してくれる。
だから、僕は『富公』の味を懐かしんで足を運ぶのではなく、『一徹』のラーメンが喰いたくなるから帰省する度に寄ってしまうのだナ。
そして、僕は此処のラーメンどんぶりの小ささが何とも云えず大好きなのだ。

ラーメンで腹を満たした後は、散歩がてら家まで歩いて帰った。
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途中、こんな酒場も沢山あるのだヨ。

日が暮れるまで、久しぶりに両親と話が弾んだナ。80を過ぎても元気なお袋で、なによりだ。親爺も相変わらず毎日趣味に明け暮れているご様子だ。映画に時代小説、マリア・カラスにサクラソウ。まだまだ沢山の趣味を持つ。

そろそろ咲き始めてきたサクラソウの鉢も数百になっている。
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月末にはこれらを一斉にひな壇に飾り隣近所の方々を招いて大お披露目会を催すのだ。もうバカが付く程呆れるのだが、その性格をそっくり受け継いでしまったのが、このボクなのだから仕方ない。
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この先、大量のサクラソウの手入れを引き継がなくちゃならんのだろうか。トホホ。
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庭にはクロユリや一輪草が咲いていた。

さぁ、日が暮れた頃合いをみて、夜の街へと繰り出すのだ。
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先ず1軒目はと向かったのは繁華街から創成川通りを渡り、南2条東1丁目に在る大衆酒場『第三モッキリセンター』だ。此処は兎に角安く、親爺たちしか居ない名酒場でアル。
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だが、着いたら看板の灯りが消えていた。なんと、土曜日は早く閉まるんだったのか、残念。いつもながら愛想のないお姐さんの「今日はもう終わり!」の声に負け、別の店へと向かったのだ。

3条通りまで戻り、屋上大観覧車が在る「ノルベサ」ビルの斜向いに昔から在る正統派居酒屋『たかさごや』の暖簾をくぐる。
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此処は僕が生まれた年に創業した古い酒場だ。コの字のカウンターも年季が入ってる。
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先ずは生ビールで喉を潤し、名物の卵焼きを戴いた。
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この店の生ビールは本当に美味しい。冷え加減が良いのかグビっといっちゃうのだナ。
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刺盛りと煮込みを追加し、酒をぬる燗にした。うーん、変わらぬ味ってのは良いねぇ。此処はいつも北海道の旬の味覚を味わえるから嬉しい。

札幌ハシゴ酒を満喫する為、早々に次へと移動する。『たかさごや』から歩いて数分の処に在る『串かつ千里』へとお邪魔した。
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カウンターに座ると三代目がまな板の上で何やら捌いていた。
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聞けば、ホッキ貝だった。それにしても見事な大きさだった。北寄貝は刺身でもバター焼きでも美味いが、これをフライにしてくれると云うので戴いた。
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いやぁ、驚きの味わいだ。むふふ。こんなに美味い北寄貝を食べる事が出来たなんて、実にラッキーだった。

此処は家族仲睦まじく営んでいるのだが、二代目もまだ現役で仕事をしていたし、お母さんも細かく気を使ってくれるので、なんとも豊かな気分で酒を愉しむことが出来る名店だ。今から40年以上前、僕の家は此処のスグ近所に在った。毎晩、親爺と通った銭湯の並びに『串かつ千里』は既に在ったナ。って事は、一体、何年営業しているのだろうか。
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そして、これが名物の串かつだ。大阪の串かつと違いいわゆるトンカツ屋のソレに近い。2串で340円と値段も嬉しいし、酒も千歳鶴が一杯250円なのだ。熱々の揚げたてを頬張りながら、酒を引っ掛けてサーッと帰る兄ちゃんも居た。イイネ、これこそ大衆酒場の魅力って事だネ。

時計の針が十時を廻ったところで、お次は『うさぎや』だ。ススキノ方面へ出て、今朝バスを降りた停留所の前のプレイタウン藤井ビルの9階に在る。早い時間は何時も予約で一杯で入れない事が多いので、あえて閉店間際のこの時間に寄ってみた。うまい具合にカウンターが空いていたので、店主の前に座る事が出来た。

此処『うさぎや』はオープンして早や23年が経つと云う。
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店主の中沢登志子さんとはもう古い付き合いになるナ。僕が学生時代、札幌の大学に進んだ仲間たちが毎日たむろしていた喫茶『キッチュ』を営んでいたのが、登志子さんだった。そんな訳で僕も夏休みなど帰省した時には通っていた。今では美味い料理と手頃なワインが豊富に揃えてあるって事で全国からお客さんが集まっているのだ。

その評判は東京でも有名だ。札幌に出張に行く度に通っている方も居る程でアル。
昔話に花が咲き、実に愉しい時間を過ごしたナ。
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ホタルイカと山ウドの酢みそ和えをアテに冷酒がススんだ。此処は兎に角丁寧な仕事をしている。
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見た目にも舌にも実に上品で繊細だ。こんな一軒を知っているだけで、モテ具合が違うだろうネ。ぐふふ。
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とっくに閉店時間を過ぎていたが、酒をおかわりしてしまった。スタッフの皆さん、ごめんなさいね。

てな訳で、最後の〆はソウルバーへと繰り出した。
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南5条西2丁目、美松村岡ビルの7階に在る『Jim Crow』も全国の名だたるソウルバーの中でも有名だ。特に東京のソウル専門レコード店では、此処の店主は知らぬ者が居ない程でアル。それ位レコードを買い漁っているってコトなんだがネ。
その店主、安芸君は僕の高校時代からの旧友である。高校の頃はお互いにソウルの話なんてした事は無かったが、僕が下北沢に『アルゴンキンズバー』を開いたのが1989年で、アキが『Jim Crow』を開いたのがその1年前だっただろうか。2月に21周年のハガキが届いたが、もうすっかり札幌ソウルバーの老舗になったネ。

アキも今月50歳になると云う。そうだよナ、同い年だもんなぁ。
心地良い音楽をアテにギネスビールをおかわりした。久しぶりの札幌の夜はエンドレスだった。
        ◇       ◇       ◇
日が変わり、こんどはチョイと早い時間に行ってやろう、と午後2時過ぎ『第三モッキリセンター』へとお邪魔した。

ガラリと戸を開けると白いコの字型のカウンターには既に何人もの酔客が居る。見事に皆ジジィたちである。隣に座ってた方に、「珍しいね、こんな若い人が来るなんて」と云われたが、どう見ても僕が一番若い客だったナ。その人だって、多分80歳くらいだったもんなぁ。
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〆サバをアテに生ビールをゴクリ。午前中は肌寒かったが午後から日射しが強くなったせいか、汗ばんだ。ビールで生き返ったナ。
此の店は曳舟や四つ木など京成沿線の酒場と同じ空気が漂っていて、実に馴染むのだ。そして兎に角安い。
今時、ビールの大瓶が450円、濁り酒の「白馬」も「白鹿」も200円でアル。焼酎は180円と『宇ち多”』価格なのだヨ。
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そして、お品書きがイイ。何とも微笑ましいのが、いちいち銘柄が記されていることだ。餃子も「紀文の焼き餃子」、ソーセージも「シャウエッセン・ウインナー」ってな具合でアル。あと、「ハム・エッグス」ってスが付いているのもイイ。

随分前に、「モッキリ」って何だろうって思って聞いてみた。酒をグラスに盛り切りで注ぐところから、モリキリがモッキリになったそうだ。すり切り一杯の酒の事だったんだヨ。札幌で昭和な気分で酒を呑みたい時は、ココしかないネ。

今まで地元以外では誰にも教えてなかった札幌名酒場だったのだが、いつも愛読しているブログ『宇ち中』さんが何年か前に札幌出張の時に此処を訪れた事を丁寧に紹介していたので、もう全国区で知れ渡っている事だろうと思い、今回は僕も書いてしまった。
そうそう、『宇ち中』さんが書いていたが、此処の暖簾もえんじ色で立石『宇ち多”』の暖簾を彷彿させるのでアル。
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「正統七十年」の文字も凄いが、その下にある二つの相合い傘が泣かせるぜ。あぁ、今回も良く呑んだナ。
「Jim Crow」のサイト

「うさぎや」紹介のサイト
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by cafegent | 2009-05-21 20:02 | 飲み歩き
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五月はとても過ごし易い季節だネ。気温は高くとも、肌にまとわりつく梅雨のジメジメさも無い。
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日が暮れるのも大分遅くなってきたので、仕事帰りの夕暮れ時の何とも美しいことか。そうそう、マジックアワーだね。
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そんな気持ちの良い季節に打ってつけの憩いの場が今年も開幕だ。
武道館のすぐ近くに在る九段会館の屋上、『緑のビアガーデン ビア・フレンズ』は一足早く夏モードになっていた。場所柄8割方がスーツ族だったが、皆ネクタイ緩めて極楽気分に浸ってる。

ジョッキ片手に乾杯すれば、今日一日の仕事疲れも一気にフッ飛ぶってもんさ。
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カラになったジョッキを持ったまま、目の前を行き交うバニーガールちゃんに釘付けで口が半開き状態になっていると、誰かが勝手に注いでくれるのだナ。
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嬉しいね、楽しいね。

空があかね色から深い蒼に変わろうとした頃、颯爽とひとみ姐さんが登場した。
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姐さん既に顔が赤いが、立石帰りだと云うこった。皆への手土産にと四ツ木のパン屋『ホームメイド長楽』の美味しいカマンベール入りのパンを買って来てくれた。嬉しいネ、楽しいネ。
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さぁ、姐さん交えてまた乾杯だ!
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僕らがバニーちゃんに大いに湧いていると、ステージではサンバのショーが始まった。
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何人ものカワイコちゃん達が壇上から降りて来て、テーブルの方へと腰を振りながらやってくる。
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しかし凄いね、このナイスな身体。僕らを含め、全テーブルから拍手喝采なのだ。ぐふふ。
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皆、サンバガールに夢中でアル。そんなボクらはサンバカなのだナ。
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どうです、この呑みっぷり。
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サンバガールたちは、次々とテーブルのお客さんたちを誘い出し、長い行列を作りながら踊り行進していくのだ。こういう時の客たちの連帯感ってのは凄いネ。

すっかりと日が暮れても、屋上の熱気は冷め止らず。テーブルを駆け抜ける風も心地よく、ほんとビールが美味い季節がやって来たのだナ。
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屋上ビアガーデン、9月30日まで開催中である。
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そして、ハシゴ酒もススムって訳だ。と皆の足は神保町『兵六』へと向かうのであった。
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by cafegent | 2009-05-20 15:18 | 飲み歩き
先日、浅草雷門の『簑笠庵』に行ったら、京子さんから嬉しいプレゼントを頂いた。僕の大好物のどら焼きでアル。
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今までずっと、どら焼きと云えば『うさぎや』だったのだが、此処『おがわ』のどら焼きは兎に角デカい。そして、香ばしい。
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どら焼き屋なのに何故か屋号にうなぎの絵が描かれているのだ。
聞けば、浅草の老舗鰻屋の『初小川』の息子たちが此のどら焼き屋を営んでいるそうだ。そして、その息子兄弟の兄が雷門店、弟が寿店とすぐ向かい通しでどら焼きを焼いているのだ。そして、雷門の方だが凄いボリュームなのだ。
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むふふ、の味わいだネ。
      ◇        ◇        ◇     
週刊朝日に梨本勝氏がショーケンについて書いていた。5月2日付け朝日新聞の日曜版beの連載記事「うたの旅人」で、BOROが創った「大阪で生まれた女」と云う歌を巡るストーリーだ。

ショーケンが芸能界で大活躍をしていた頃、特ダネを追いかけて何度も張り込みを続けたそうだ。女、大麻、等々数知れずの話題を提供し続けた男、ショーケン。
復帰後何年か経ち、映画の撮影所でショーケンに会った時、彼は梨本さんに手を差し伸べて握手をしてきたそうだ。芸能人とそれを追う芸能レポーターはイタチごっこを続けながらもいつしか奇妙な間柄になるみたいだネ。梨本さんは、それがたまらなく嬉しかったみたいだ。いや、ショーケンと云う存在が、皆をそんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。
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内田裕也はBOROを世に送り出したが、「大阪で生まれた女」と云う楽曲はBOROより3ヶ月前にショーケンの歌で発表された。東京で火が付き、西へ広がり、BOROの歌で不動の名曲になったのだ。裕也さんは、この大阪生まれのブルース、関西人しかつくれないストリートミュージックの起爆剤となるのはショーケンしかいないと云う事だった。

それでも、各界のお歴々はショーケンの復活をずっと願っていたのだ。
瀬戸内寂聴さんは、「もうだめよ、これ以上は。ショーケンの人間としての才能を信じてる」とエールを送った。『傷だらけの天使』の脚本を手がけた市川森一さんは「ショーケンと豊と3人で『傷天』再演のオチをつけないと、僕の人生は終われない」とまで云っているのだ。そして、大御所、ショーケンが敬慕する内田裕也さんは語った。「『大阪で生まれた女』をステージで唄うショーケンを眺めるオレ、そんな光景を夢見てるゼ」と。

自叙伝『ショーケン』によれば、「気がついたら、散々に生活が荒れていた。毎日、朝から大麻を吸い、アルコール依存症になって、何人もの女とつきあっている」ってな日々を送っていたらしい。83年にマリファナで捕まって、執行猶予付きの判決が下るまでの間に最愛の母親を亡くしたそうだ。この時、テンプターズ解散後の2度目の挫折感を味わったと云う。

その後のショーケンさんは地道に役者を続け、お遍路さんを始めたらしい。だが、好事魔が多しって事か、4年前降板した映画の出演料を巡って恐喝未遂で逮捕されたのだ。結局、有罪判決を受け3回目の地獄を見たと云う。
「人は3回地獄を見るといいますが、おれは自業自得です。これからが、やり直す最後の機会だと思ってる。35年前の『傷だらけの天使』を始めたころのまっさらな気分です」と語っていた。
そして、『大阪で生まれた女』と云う唄は、挫折を経た「今のほうがよくわかる」と云う。「『これで青春も終わりかなとつぶやいて』、このあたりの歌詞もいいね」と。で、最後に、「本当の友だちは、黙って、じっと、オレが立ち上がるのを待っててくれる。何もいえないのは本人以上につらいはずさ。ありがたい」と締めくくった。

カッコ良すぎるゼ、ショーケン。僕が朝事務所に向かう途中、時々ビシっとスーツに身を固めたショーケンさんに会う事がある。
勇気を出して、言葉を交わした僕に「今度、『傷だらけの天使』が新たな復活を遂げるから楽しみにしてくれよナ」と云って片手を天に挙げて去って行くショーケンさんの後ろ姿が、僕の最高の宝物だ。
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中学3年の時、札幌から東京に出掛け、キラー通りの2階に在ったメンズビギで真っ白なバギースーツにコカコーラ柄の開襟シャツを買った自分が懐かしい。少し前、矢作俊彦が書いた『傷天』は30年後の小暮修を描いていた。ショーケンに夢中になっていた僕ももう50歳になろうとしている。

冒頭に語った梨本勝さんしかり、みんなショーケンの持つオーラに惹かれているのだ。清志郎さんが亡くなってしまって、途方に暮れていた僕は必然的にショーケンがバリバリに元気なのだと云う事を思い出したのだ。

そんな他愛のない独り言であった。あぁ、酒が恋しい。
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by cafegent | 2009-05-14 18:58 | ひとりごと
まったく、トホホである。

先日、清志郎さんの葬儀の帰り、浅草で呑んで帰ろうと地下鉄に乗ったのだ。銀座線から南北線に乗り換えようとした時である。後ろから無理矢理出ようとする客に押されて、僕は電車のドアが開いた途端に前にツンのめってしまった。足が電車とホームの間に引っかかり、そのまま顔面からホームにぶっ倒れたのだ。メガネを掛けていたんで、とっさに目を防御したのだナ。顎からガツンと顔が落っこちた。手にはバッグを持っていたし、全体重が顔面に負荷をかけた。

そして、顔面血だらけになった訳だ。他の乗客は心配して抱き起こしてくれたのだが、僕を突き飛ばした当の本人はササっと何処かへと消えてしまったのでアル。その時は余りにも急な衝撃だったので、ただ口を切っただけかと思ったら、下の歯が三本下クチビルから貫通していたのだった。更にどんどんと下顎に激痛が走る。持ってた手拭いも真っ赤に血で染まってくるし、もう最悪である。
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で、広尾の救急医療センターへと駆け込んだのであった。これじゃぁ、高校時代のケンカで負けた時みたいだナ。

まぁ幸い唇には静脈などの血管も通っておらず、大事に至る事はない。それに歯も折れずに済んだのだが、左顎がズキズキと疼くと思ってレントゲンを撮ると小さなヒビが入ってたみたい。
こんな目に遭わせた奴が誰かも判らないのだから、怒りのぶつけ処が無いのだヨ。まったく、ぐやじいのだ。

それにしても、これくらいの怪我で済んで、酔っぱらって線路に落ちなくて良かったって云う事か。日頃の呑んだくれに対する神様からの忠告って事で我慢しよう。

以前、すっ転んで足のスネを打った時も骨が出てしまい、そこからバイ菌が入りとんでもない症状になった事があった。今回も傷口が塞がらないうちは、化膿しないように気をつけなくちゃならない。で、毎日通院して抗生物質のクスリを呑んで治している訳だ。
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熱いもんはシミるし、顎に力が入らないから食べ物もロクに噛めない。この数日はウィダーイン・ゼリーみたいな流動食が主食になっており、酒も呑めないのだ。悲しいなぁ。そんな日が4日も続いているのだ。
あぁ、情けない。
マスク姿の僕は情けないオペラ座の怪人にでもなった気分だナ。

てな訳で、今週は大人しい日々が続くのであった。ったくよぅ。
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by cafegent | 2009-05-13 15:45 | ひとりごと
小学校の六年か中学に上がったばかりの頃、僕はエレック系のフォークソングを夢中になって聞いていた。拓郎、泉谷しげる、中でも古井戸が好きだった。

当時、RCサクセションも「僕の好きな先生」が人気だったが、僕は「さなえちゃん」ばかり聴いていた。「大学ノートの裏表紙に〜♪」って歌詞に無性に胸がトキメキ、大人の恋と云うモノをしてみたいと思っていたマセたガキだった。
ずっと後になって古井戸の仲井戸麗市がRCサクセションに参加してから改めて深く聴くようにり、僕ももう高校三年生になっていた。

五月二日、忌野清志郎が亡くなった。享年58歳である。
テレビのニュースに映った生前の姿を見ていて、忌野清志郎さんは本当に音楽が大好きで、自分の子供が大好きだったのだなぁ、としみじみ感じた。そして、自宅のスタジオだろうか、彼の後ろの壁にはオーティス・レディングの肖像画が飾られていたのだった。

僕はソウル・ミュージックが大好きで1989年6月、趣味が高じて下北沢にソウル・バーを開店した。
当時、オーティスをはじめ、O.V.ライト、オーティス・クレイなどのディープソウルとフィラデルフィア系のアマアマ・スウィートソウルものばかりを集めては店で架けていた。或る時たまたま聴いたRCの「スローバラード」と云う曲がモロにオーティスじゃないか、と驚いた記憶が残っている。高校生の頃にゃ、なんにも判らんかったしなぁ。確か、あの頃、再録したんだったかナ。
それからは、よく酔っぱらうとカラオケで「雨上がりの夜空に」なんかを唄ったっけ。

清志郎は確かに”King of Rock”だ。そして、その根底に宿るオーティス・レディングへのリスペクトを生涯貫き、完全に自分の歌としてモノにしたと思う。だからこそ、聴く者すべての心に深く刻まれて来たんだろうナ。

雨あがりの晴れた土曜日、僕はいつもの様に立石「宇ち多”」へ行くと、常連が週末だと云うのにダークスーツにネクタイ姿でやってきた。てっきり、仕事かと思ったら、青山へ行くと云う。清志郎より3つ年下の彼は、今日はちゃんと正装して見送りたいと語った。

そして、僕も午後2時少し前に乃木坂に着くと、既に物凄い人の列が出来ていた。気温27度の炎天下の中、最後尾の列に加わった。
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乃木坂のグラウンド広場を出るまでに2時間程待ち、そこからがまた長かった。青山陸橋、青山墓地、そして根津美術館方面までグルリと道の両側に人の渦である。早い人は前日の夜から並んだそうだ。

ずっと彼の歌を聴きながら待っていたのだが、これだけ長い時間待つ訳だから、自然と廻りの方々とのコミュニケーションも生まれたのだ。
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聞けば、新潟や九州から清志郎にお別れを言う為にやって来たと云うじゃないか。凄いね、素晴らしいネ。音楽って、垣根を飛び越えて皆をひとつにするチカラがあるのだよネ。

強い日射しが徐々に引け、青山墓地の陸橋の上に夕陽が輝いていた。
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午後7時、ようやく青山斎場に辿り着くとガンガンに清志郎の歌が聞こえてくる。アナウンスの声は「今日は、青山ロックンロール・ショウへようこそお越し下さいました!」と伝えていた。
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会場前には彼が描いたウサギのキャラのデッカいバルーンが僕らを出迎えてくれた。
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遺影の清志郎さんはとても素敵で良い笑顔をしていたナ。
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写真と目が合った途端に泪が出てきちゃったじゃないか。イカンなぁ。
「素晴らしい歌をありがとう」献花を終え、最後の別れを惜しんだが、悲しんじゃいけないのだ。そう、彼の歌はみんなの心の中にこれからもずっと鳴り響くのだ。
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外はすっかり陽が暮れていた。雨上がりの夜空にいつまでも彼の歌が鳴り響いていた。

心の中で叫ぼうぜ、「イェーッ!!愛しあってるかい?」と。
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心からご冥福をお祈りします。
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by cafegent | 2009-05-12 14:50 | ひとりごと
小雨がパラついた子供の日、浅草ROXのスーパーマルチコートでは大勢の子供たちがナントカレンジャーたちと記念撮影大会で賑わっていた。此処はBMXの大会やラジコンカーの大会など休日は大抵何かイベントを開催しているナ。でも此処、本当はフットサル場だったっけ。

そして、僕はその向かい側の洋食屋『ヨシカミ』へと並んだのだ。此処は朝11時45分と云う微妙な時間に開店するので、それを逃すと1時間近くは待つ事になる。で、午後1時を廻る頃には名物のハヤシライスもオムライスも品切れとなった。
でも、僕の目当ては違うのだ。むふふ、カニサラダにビールなのだナ、これが。

此処は一人だとカウンターに座り、修行中の若者が大きなフライパンで必死にチキンライスを大量に一気に作る姿を眺めながら、ビールを飲むのが好きだ。
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大勢ならば、奥のテーブル席が良い。ヨシカミは何が良いって、味はもちろんの事、働く人たちの姿が実に素晴らしい。これは目黒の『とんかつ とんき』も同様だが、此処でしっかり修行をして、故郷に錦を飾るのだ、って云う意気込みがヒシヒシと伝わってくるのだヨ。ホント、見ていて気持ちが良いのだ。
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どうです、このカニサラダ。これでビールを一本空け、お次ぎはオムライスといきたい所だが、売り切れなのでメンチカツにチキングラタンにしてみた。
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メンチかハンバーグサンドにするか悩んだが、今回はメンチにトーストに軍配だ。
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此処のグラタンは濃厚なベシャメルソースが旨いのなんの。幸せな休日を過ごしてるって感じだナ。ぐふふ。もう、うますぎて申し訳ないス!ってネ。
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満腹になった所で、『アロマ』で美味しい珈琲を戴いた。

休日は美味い飯に落語だろうって事で、午後は「浅草演芸ホール」の夜の部を楽しんだ。
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それにしても、ゴールデンウィーク特別興行と銘打っただけの事はある凄い顔ぶれが集まった。
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僕の大好きな権太楼師匠をはじめ、小満ん師匠、志ん五師匠、のいる・こいる師匠も出たのだ。そして、務めトリを飾るのは柳家小三治師匠なのだから凄い顔ぶれだろう。先日も「国立演芸場」の開場三十周年記念公演でも拝見したが、本当に素晴らしい噺家だネ。立ち見もなんのその、で大いに笑ったナ。

飯を喰らい、大笑いし、また腹が減るので飯を食う。てな訳で、躯が肉モードに突入していったのでアル。

川崎で大当たりした『ホルモンしばうら』が目黒本町に支店を出していたので、行ってみた。鮨も焼き肉も兎に角美味い店を知ってしまうと、それ以外はそこそこ美味しくて安い店ってのが気軽に使えてイイネ。これにスタッフの感じが良いとすぐリピーターになってしまう僕なのだ。

で、此処も大変素晴らしい店だった。なんせ、安くて美味い。
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ウリのホルモンも網の上でサッと炙って口に運べば、ジュワっと脂が溶け出し、適度な歯ごたえが幸せを運んでくれるのだヨ。むふふ。和牛肉はA5級しか扱わないらしい。
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最近、カルビよりもロースが好みの僕には、此処の塩ロースが気に入ってしまった。
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メニューの品数が適度ってのも良い。余りに多いと決め悩んでしまうからね。ハラミは輸入肉だそうだが、これはタレが良い。ハラミは『みやこや』って決めているが、此処だって十二分に美味かった。

沢山食べて、呑んで、最後の会計で、また幸せな気分に浸れるのだ。それほど手頃な価格で可成り美味いのだから云う事ナシだネ。あぁ、この日はまたも幸せな休日を過ごせたな。
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もうすぐ三社祭だね。今年は2年ぶりの宮出しで盛り上がるネ。
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by cafegent | 2009-05-11 15:09 | 食べる