東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent

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今日は28日。目黒不動尊では、今年最後の縁日だ。
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後3日もすれば、今度は初詣で大層賑わう事だろう。

   熱燗や永くもがなの酒びたり

新劇の名優、故・中村伸郎さんが晩年詠んだ句だ。毎年、今頃になるとこの句が浮かぶのだ。酒呑みの詠む句が好きだなぁ。

週末は金曜日の深酒がたたり朝寝坊をした。酒朋ビリーと立石で待ち合わせをしたのだが、待ち合わせ時刻に飛び起きた次第でアル。急いで顔を洗い、駅まで走った。10時47分に立石駅に到着。
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既に『宇ち多゛』の暖簾は出たが、奇跡は起きるのだナ。23日は長蛇の列が出来て1時間40分も待ったのに、土曜日はスンナリといつもの奥席に座る事が出来たのだ。ナント、ビリーとスーさん、岩崎さんしか居らず、8人席に3人だった。こんな日もあるのだネ。
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そしてビリーと『えびすや食堂』へ移動。
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軽く呑んで僕は武蔵小山『牛太郎』へと向かった。
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キャ別をアテにホッピーをゴクリ。カウンター越しに顔馴染みの笑顔が見える。互いに語らずとも愉しい時間を過ごしている事が判る。

ホッピーをおかわりした頃合いにお待ちかねの湯豆腐が出来た。
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此処の湯豆腐は一人じゃ多過ぎる程のボリュームで、これで280円なのだから申し訳ないよネ。

   酔うほどに湯豆腐箸を逃ぐるかな

この句も中村伸郎さんの句だ。酒が本当に好きなのだナ、情景が目に浮かぶ。

心地良く酔ったので、昼寝しに帰った。夜は友人インテリアデザイナー矢野兄の忘年会で恵比寿まで。
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恵比寿ガーデンプレイスでは、毎年恒例となったバカラのシャンデリアが夜の闇に輝いていた。
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オヤ、入れ違いにバー『246』のタボちゃんも来て居たのだネ。
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今年最後の忘年会は酒好きが沢山集まり、愉しい宴となった。
      ◇        ◇        ◇
日曜は、これまた今年最後の『牛太郎』へ。
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年末だから、臨時営業だ。2時丁度に入ったのに既に満席。20分程、後ろの待ち合いで待ち、席に着いた。
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出来立ての「とんちゃん」をアテに瓶ビールが美味い。

3時に牛太郎を出て、『秋元屋』の口開けに向かった。
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空の灰色が寒さをアピールしている様子だ。
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外は寒いが焼き場の前は温かい。先ずは3冷ホッピーを頂いた。

たっつんが居なくなったので、拡張店舗の方に三浦さんが立ち、いつものカウンターには大将が立った。
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酒仲間、荒木さんや『竹よし』のご常連さんも登場し、またまた長っ尻の和み酒となった。
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17時を過ぎた辺りで外を眺めると、待つ中に知った顔を発見。ナント、神保町『兵六』ご常連のH教授が並んでいるではないか。(H教授と云っても助平のエッチでなナイ。一応、念のためネ)

18時を廻ったので、そろそろ席を譲る頃になった。皆さんとご挨拶をして目黒へと移動。『権ノ助ハイボール』にて、武田君の作る飛び切りのウイスキー・ハイボールを戴いた。
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キリリとした後味が頭をリフレッシュさせてくれた。なので、家に着いてからも「坂の上の雲」を居眠りせずに観ることが出来た。

今日は朝から仕事場の大掃除をした。夕方は取引先の処へお邪魔して、年末のご挨拶だ。その後は今年最後の『宇ち多゛』詣ででアル。荒木さんからのメイルによると、今日も口開けから大行列で早めに開いたそうだ。ハテ、僕が着いた頃、開いているとよいナ。
間に合わなければ、門前仲町『大坂屋』に顔を出し、神保町へと向かうのだろうか。

明日から暫く東京を離れる。てな訳で、この日記も当分お休みだ。皆さん、来年も呑んだくれ爺ぃの駄文散文にお付き合い戴ければコレ幸い。では、良いお年を!!
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by cafegent | 2009-12-28 14:21 | 飲み歩き | Trackback | Comments(3)
 そのホテルの一階は、通りの向こうまで見渡せるガラス張りの気持ちの良いカフェになっていた。朝、起きると新聞を持って部屋を出る。ロビーを通り抜け、馴染みのベルボーイに声を掛けてから窓際の席に座るのが、ここ数年来の決まり事の様になっている。
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 毎年冬になるとニューヨークを訪れる。仕事の合間をぬって古書店でブックハントをしたり、美味しい料理を求め歩いたものだ。

 或る日、ヴィレッジで十冊近く本を買い込み、ダウンタウンに在るカフェ・レッジオで一休みした。カプチ−ノをすすりながら、買ったばかりの写真集などを眺めていた。70年代のグリニッチ・ヴィレッジの風景が沢山写っていたが、学生たちのファッションが今でも通用する程、格好良く着こなしていた。
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 ふと気付くと横のテーブルに座っていた女の子が僕の写真集を覗き込んでいた。顔を合わすと、口元の端だけを少し上げ何とも品の良い笑顔で挨拶をされたのだ。一瞬ドキっとしたが、僕も写真集を持つ手を差し出し、精一杯の笑顔で応えてみた。

 ニューヨーク大学の学生だろうか、なんて素敵なんだろう。栗色の髪が胸元までかかり、白いタートルネックのセーターに似合っていた。
 コーヒーをお代わりして、僕らは何時間もおしゃべりをした。次から次と買った本を出して眺めている間に、茜色をした空もすっかり暮れてしまった。

 彼女は大学2年生で、いつもは授業が終わるとリトルイタリーのレストランでアルバイトをしていたが、この日は休みだったので、近くのインド料理店に付き合ってくれた。その店は酒販免許が無かったので、隣りの酒屋で酒を買って持参するのだ。安い赤ワインを買って二人で乾杯をした。
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 僕は日本の文化や東京について、夢中になって語った。そしてワインが空になるとまた隣りに買いに行ったのだ。二日後には東京に戻るんだと伝えると彼女は翌日もバイトを休んでくれると云ってくれた。

 明日はクリスマスだ。仕事も休みだったので、朝から彼女と二人でブルックリンのコニー・アイランドへと出掛けた。頬に当たる海風が冷たかったが、僕の心は熱くなっていた。ほんの数日間の出来事だったが、僕は今でも忘れない素敵な想い出となった。
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 あれから十数年が経っただろうか。結局、それきりになってしまったが、彼女もすっかり大人になった事だろう。
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 今日はクリスマス・イヴだ。今朝も外は寒そうだ。路上では地下から白いスチームが舞い上がっている。

 トーストにバターを塗っていたら、通りの向こうのホットドッグスタンドに素敵な女性が立っていた。ショートボブで、トレンチのベルトをギュッと締めた姿が凛としていた。こっちを向かないかなぁと期待をしていたら、コーヒーを受け取る時に振り返ったのだ。「えっ、まさか」と心の中で呟いたが、それは間違いなく彼女だった。

 すっかり大人に成った彼女は、あの頃以上に素敵だった。それから僕は、トーストを持ったままホテルを飛び出し、交差点に向かって全速力で走った。そう、あの頃に向かって。
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         ◇       ◇       ◇
なんて事がホントに起きる訳ナイノダヨ。まぁ、ちょいと仕事の合間のショートブレイクでした。
by cafegent | 2009-12-25 12:58 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
先日、武蔵小山の『牛太郎』で呑んで居た時の事でアル。広告制作をしている友人と森山大道とか長浜治など写真家の話になって盛り上がっていたのだが、近くの工場で働く若い兄ちゃんが「僕は断然、操上和美が好きですネェ!」と会話に参加して来たのだ。ヘェ、広告業界の連中しか知らない様な渋い写真家の名前をリーゼントのあんちゃんが知っているって事に、僕らは驚いた。

でも、どうして操上和美氏の写真が好きなんだろう、と思い聞いてみると、彼の大好きなYAZAWAの写真を撮り続けているからなんだそうだ。
そうか、彼にとっちゃ神様の写真を撮る写真家こそ一番なんだネ。
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これには納得したが、大衆酒場でのちょいとした出会いも面白いなぁ。
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ちょうど写真集が発売されたばかりだったんだネ。

ちなみに、『牛太郎』の常連の中には、元タイガースのトッポこと、加橋かつみ氏が居るのだ。ひとみ姐さんは以前トッポさんに駅前ですれ違った時に「今日も牛太郎ですかぁ?」って聞かれていたっけ。懐かしいなぁ。
      ◇        ◇        ◇
毎年の事だが、23日の祝日は立石『宇ち多゛』に長蛇の列が出来る。
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そして、これまた毎度の事だがいつもの調子で来てしまい口開けに入れなくなっちまうのでアル。
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1時25分に立石に到着したのだが、皆は12時半頃から並んでいると云うのだ。凄いなぁ。で、祭日なので皆越しが重い。結局僕が席についたのは、午後2時40分だった。口開けに間に合った方々はどんどんと帰って行く時間だ。

久しぶりにホネを喰いそびれたが、テッポウとコブクロがまだ残っていたのでホっとした。
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一時間以上も待って、滞在時間数十分なのだ。それでも此処は美味い上に安いからウレシイのだナ。

『栄寿司』でちょいと握りでもと思ったら、シャリが無くなって早仕舞いとの事。ならば、とヨーカドー裏手の『えびすや食堂』へ。
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緑茶割りにカレーライスを戴いた。
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此処のカレーって子供の頃に食べた味に似ていて好きなんだヨ。

立石仲見世商店街もクリスマスムードで盛り上がってたナ。
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お惣菜屋さんもローストチキンだぜ。
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で、ボクは『愛知屋』のメンチを買い喰いして渋谷へと移動。
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外はもう夕暮れだ。
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買い物を済ましたら、6時を廻ってた。銀座線に乗って浅草方面へ。
いつもの『簑笠庵』へお邪魔するとこれまたいつもの面々が集って酒を呑んでいる。まるで休まず学校に通う子供の様に皆さん毎度毎度来ているネ。

そして、『兵六』ご常連のキクさん手作りのハムをお裾分け。
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昨年末に戴いたベーコンに続いてこのロースハムもバカウマだった。感謝!感激だ。
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ジワジワと『宇ち多゛』の酒がボディブローの様に効いて来た。それでも、夕べは電車を乗り過ごさずに帰れたのだった。

さて、今日はクリスマスイヴだ。ロマンティックなデートに心トキメいている輩が街に溢れている。そんな中僕は国立小劇場にてTBS落語研究会へ出掛けるのだ。

大好きな権太楼師匠は年の瀬ネタで「言訳座頭」、そして年末と云えば恒例の「芝浜」を五街道雲助師匠が聞かせてくれるのだ。うーん、これで安心して年を越せるかナ。
by cafegent | 2009-12-24 17:24 | 飲み歩き | Trackback | Comments(1)
さすがに十二月は酒席が多いナ。毎日の趣味の酒と違って仕事関係などの気が張る宴が続く。それでも、その合間を縫って居酒屋の暖簾をくぐるのが楽しい訳だ。

日曜日は年賀状の宛名書きをし、午後四時の野方を目指して家を出た。
この日の『秋元屋』は、開店前から大勢のお客さんが並んでた。十人なんて団体さんも居たが、ご近所の忘年会だろうか。

他にも知った顔が並んで居たが、たぶん皆13日が最後の秋元屋となる「たっつん」こと藤井龍成氏にお疲れさまとエールを贈りに集まったんだろう。僕だって、そうなのだから。
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僕が初めて『秋元屋』を訪れた時は、既に彼が仕事をしていたっけ。

野方には有名なメラの三脚の製造販売の「ベルボン」が在る。ベルボンの社員の方々も仕事帰りにいつも此処で呑んでいる。そして、僕は三脚のカタログを作っていた友人に連れられてやって来たのが最初だった。カウンターも表もびっしり人が埋まっており、奥の冷蔵庫前に座ったのが『秋元屋』デビューだ。

焼酎ハイボールも京成エリアに負けない程美味いし、なによりもつ焼きの味噌ダレに感動したもんだ。たっつんサンとは余り言葉を交わしたことは無かったが、テキパキと働く姿が実に格好良いのだ。焼き場に立つ三浦さんもしかり、此処は全スタッフが皆笑顔を絶やさず、それでいて懸命に仕事をしている。見ていて本当に気持ちが良いんだナ。

僕もそうだが、経営者なんてもんは、日々の事が当たり前になって来るとついつい見落としてしまう事が多い。そんな時は決まってスタッフから教えられて気付く事が多々あるのだ。で、彼らが僕以上に若い連中を育ててくれるのでアル。

この日も僕はいつもの席に座ったが、焼き場に立ったのは三浦さんじゃなく、たっつんサンだった。最後の晴れ舞台は矢張り此処に立たなくちゃネ。こう云う粋な計らいもまた後に残る仲間の気遣いだろう。
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ニッキーさん、荒木さん等いつもの面々も集っていたし、居酒屋礼賛の浜田さんも入れ違いにやって来た。
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たっつんサンは近く、沼袋に自身の店を開業するそうだ。今度は自分が大将になる訳だネ。『秋元屋』での経験を最大限試す時でもある。只、これだけ素晴らしいスタッフが育っているのだから心配無用だろう。
永く地域に愛される繁盛店に成って欲しいネ。

でも、通う店がまた増えちゃって、こっちも大変だ。
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何はともあれ、長い間お疲れさまでした。

     冬空に煙り立つ様昇り龍

さて、『秋元屋』を出た後は、都立家政の『竹よし』へお邪魔した。荒木さんとちょいと寄り道をしてから伺ったら、ニッキーさんたちが先に呑んでいた。

此処は魚料理が美味い。どうですか、このハタハタは。
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ぶりこ(卵巣)もたっぷりと入って酒が進む進む。
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オヤ、お猪口はキティちゃんか。
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ウニといくらの手巻き寿司をお裾分けして貰って、もうゴキゲンだ。
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楽しい酒は酔いも早いのかナ?高田馬場で乗り過ごし、西武新宿駅に降りてからの記憶がまるで無い。家に帰ったのが深夜12時過ぎだったが、ハテ何処で何やって過ごしたんだろう。困ったもんだ、ワタクシは。
by cafegent | 2009-12-22 13:24 | 飲み歩き | Trackback(1) | Comments(0)
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先週の木曜日、友人から届いたメイルで八広の名酒場『丸好酒場』のマスターの訃報を知った。ちょっと前まで元気な姿を拝見していたので、病気もすっかり治っていたもんだと思っていたから、ショックが大きかった。

自分の目で確かめなくちゃと店まで行くと貼り紙がしてあった。

そんな訳で、週末の土曜はいつもの様に朝立石まで出掛け『宇ち多゛』の口開けを待つ。そこでも『丸好酒場』の常連に会ったので、マスターを偲んで梅割りを呑んだ。
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宇ち多゛の後は『ゆう』で珈琲割りを呑み、昼過ぎに一度家に戻った。
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夕方銭湯でひとっ風呂浴びて、八広駅に向かった。『丸好酒場』に向かう途中の大きな歩道橋の処に在る斎場にてマスター山口才二氏の通夜が行われた。
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いつも陽気に呑んでいる常連の面々もこの夜は喪服に身を包み、マスターとの最後の別れをしに集まった。
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競馬とゴルフが大好きなマスターは、若い頃は卓球の代表選手として活躍しマッカーサー元帥から表彰された話を聞いた事もあったナ。
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若い頃は、スポーツ青年で格好良かったんだなぁ。

『丸好酒場』はマスターも常連さんも皆競馬好きだったので、日曜は競馬中継に合わせて昼から店が開くのだ。最近は日曜は12時開店と書いた貼り紙が出ているが、以前はずっと4時開店としか出ておらず、日曜日も4時からだと思って来る客が多かった。
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僕は此処の焼酎ハイボールが大好きでアル。氷が入らないので、味が薄まる事もない。で、ヌルくなる前にグィっと一気に呑み、炭酸の爽快感を喉で感じるのだ。
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一服しながら競馬の予想を確認している姿が、今は懐かしい想い出となっちまった。
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女将さんとお嬢さんの二人きりになってしまったが、僕らは今までと同じに此処に通い美味いハイボールを呑むだろう。お店が再開したら、真っ先に行かなくちゃ。
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これは、今年の9月に写したマスターだ。

最後にお顔を拝見したら泪がこみ上げて来た。
謹んでマスターのご冥福をお祈り致します。 合掌。
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by cafegent | 2009-12-21 16:47 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
今朝、移動中の山手線の中で隣りの方が見ていた週刊誌に目が行った。

先週の土曜日に鳩山首相が立石『宇ち多゛』で呑んだ時のグラビアなのだが、エアコンの下にカメラを構えるボクの姿が写っていたのだ。
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正面は左から仙谷行政刷新担当相、鳩山総理、立川左談次師匠、後ろは新人早川久美子議員、背中姿が中山首相補佐官、松井官房副長官だ。総理より一足早く呑んで居た仙谷さんは可成り出来上がっていて、ネクタイ姿の総理を見た途端、そのタイを解いていた。

それにしても電車の中で自分の姿を見つけるなんて、ちょっと変な気分だが、駅の売店で「週刊新潮」を買って仕事場に戻った。
日々、呑んだくれ日記用にデジカメを持ち歩いて何でもカンでも写しているのだが、そんなカメラ小僧なジジィの姿を週刊誌に撮られるとは或る意味「カメコ冥利に尽きる」ってもんか。

ところで、新聞も週刊新潮も『宇ち多゛』が「宇ち多」になってたナ。
       ◇       ◇       ◇
テレビドラマ『深夜食堂』が十話で終わってしまった。最初から最後までホロリとさせられっぱなしだった。視聴率も良かったらしいし、今年のテレビ番組の中でも可成り評判が良かったと新聞でも書いていた。

この番組で初めて新宿ゴールデン街を知った人も多かったんじゃないだろうか。ストリッパーのマリリンも良かったし、ヤクザの竜ちゃんも良かった。でも、豚キムチ好きのまゆみちゃんが登場しなかったのが心残りだったナ。来年きっと第2シリーズとなって復活する事を願おう。
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シリーズの中で一番泣けたのは、第2話の「ねこまんま」だった。
田畑智子演じる売れない歌手のみゆきちゃんも良かったし、作詞家のセンセイを演じた田口トモロヲがいい味を出していた。

そして、センセイの書いた曲が大ヒットしスター街道をまっしぐら、となる筈だったのだが...

  〜眠らない街新宿を 今日も彷徨う野良猫一匹 
   喧噪離れた路地裏で 男が落とした一夜の愛を
   探し求める独りの女 あたいこれから何処へ行く
   新人千鳥みゆきが 唄うその名は「迷い猫」

司会に続いて人気歌手になった千鳥みゆきが唄う「迷い猫」がまた良いのだ。

  ♪恋を忘れたホステスの 膝に抱かれて聞いている
   昔の男の愚痴話 夜の新宿 迷い猫

   行きずりばかりの毎日に 想い出だけが
   降り積もる うそつき男に身を委ね
   夜の新宿 迷い猫

   待つのに慣れた女には 酒をあぶっても
   恋地獄 にじんだネオンが目にしみる♪

あぁ、これ本当にCDになったら覚えてカラオケのレパートリーにするんだけどなぁ。
       ◇       ◇       ◇
夕べは丁度五時に神田錦町で仕事が終わったので、いつもの『兵六』にお邪魔した。吐息が白くなる程東京も冷え込んできた。無双のお湯割りが冷えた躯を温めてくれるのだ。

此処に通ってもう40年以上と云う東大助教授や神田の歴史を本にまとめた編集人、古株の詩人のセンセイ等々神保町の酒場には様々なジャンルの方が集まって来る。一人黙って酒を呑みながら皆の話を聞いているだけで面白いのだ。

陽も暮れていつもの面々が集って来たが、一足早く店を出た。

電車で移動し、武蔵小山の日本酒処『酒縁 川島』にお邪魔した。
馴染みの『牛太郎』からスグ近くに在る酒場は、今年創業三十年の名店だ。いつも混んでいて入れない事が多いのだが、夕べは時間も早かったのでスっと入る事が出来た。

小さなカウンターの中では仲睦まじい夫婦が趣向を凝らした料理でもてなしてくれるのだ。そしてカウンターの外側では、「日本酒伝承の会」会長の岩井さんが全国から調達した酒を丁寧に解説しながら注いでくれるのだ。地酒は常時100種類以上は揃えており、此処で初めて目にした銘柄も沢山有る。
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この日も純米吟醸「結人(むすびと)」の新酒あらばしりから。
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続いて山県の純米大吟醸「秀鳳(しゅほう)」の愛山袋取りしずく酒、同じく秀鳳の玉苗袋取りしずく酒を戴いた。
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幻の米「愛山」を47%精米で醸された味はスッとした旨味だったナ。
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鯖の干物をアテに戴いたのは、同じく「愛山」米で作られた静岡の地酒「志田泉」だ。
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この酒は目黒の寿司屋でもお馴染みだ。
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鯖も脂が乗って美味い。
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彩り鮮やかな温野菜をつまみながら、お次の酒は新潟は、小黒酒造の「嘉山(かやま)」越淡麗純米酒の無濾過生原酒だ。
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口当たりがなめらかで、呑んだ後にキリリと感じさせてくれた。
こりゃ、美味い酒だったなぁ。
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旬の生牡蛎には、山口の小さな酒蔵、旭酒造「獺祭」が登場だ。この酒は10月にユニクロのパリ・オペラ店のオープニングでの鏡割りに使われ話題になった酒だネ。
これも呑んだ人にしか美味さを伝えられない旨みを感じたナ。
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満腹中枢を刺激する為にマスター自慢のオムライスを戴き最後の酒は、愛媛首藤酒造の「寿喜心寿(すきごころ ことほぎ)」を注いで貰った。
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山田錦の無濾過純米の中取りはフルーティな香りを放ち、実に上品な味わいだった。
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酒良し、肴良し、人も良し、と三拍子揃った『酒縁 川島』は、日本酒好きを連れて来たくなる武蔵小山の隠れた名店だ。

おっと、此処と『牛太郎』の間には、とびきりのハラミと正統派直系ホイスが堪能出来る『みやこや』も在るので、ぐるりハシゴ酒も楽しいかもしれないゾ。
by cafegent | 2009-12-18 16:46 | 飲み歩き | Trackback | Comments(1)
師走ともなると仕事関係の忘年会やら送別会、仕事と全く関係の無い飲み会が毎日の様に続くのだ。まぁ、毎晩酒が呑めると云うのは良い事なんだが、いつも行く行きつけの酒場に行けないのがチト辛いのだ。

そんな訳で今週はまだ神保町に行けてない。
先日、後輩が株でちょいと儲けたので飯を奢りますとの連絡が有った。で、芝公園近くのパークタワーホテルに在る鉄板焼きの店に入った。地階なので、東京タワーの絶景は拝めないが、美味い肉が待っていた。

此処は33階に在るバー『ステラガーデン』の眺めが素晴らしい。

丁度今、東京タワーのイルミネーションは、「クリスマス・ライトダウンストーリー」と銘打って毎日19時半になるとタワーの灯りが消える。そして、再びライトアップするまでの30分間に音楽にあわせてハートのマークやフラッシュライトが夜空に浮かび上がるのだ。
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二年ぶりの復活との事だが、不景気だった今年一年を忘れさせてくれ、ちょっとロマンティックに浸れるかもしれない。

クリスマスの二日間はダイヤモンドヴェール「七彩の光色」が夜空に灯るのだ。
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ちょっとだけお洒落してガールフレンドと二人でカクテルでも飲みながら眺めるなんて極上の贅沢かもしれんナ。

ステーキハウス『桂』は目の前で和牛や鮑などを焼いてくれるのだが、シェフの見事なパフォーマンスを眺めながら飲む酒が美味いのだ。
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鉄板焼きは目で愉しみ、音で楽しみ、そして舌でタノシメルから良い。

以前、お邪魔した時は大きな活鮑が元気良過ぎて、皿から飛び出し一人歩きしてシェフも僕らも唖然とした事があった。
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後輩は不景気の煽りで、領収書が切れなくなったらしく此処最近は銀座もご無沙汰だそうだ。てな訳で、奴が飯をご馳走してくれた訳は、その後の銀座を世話して欲しい魂胆だったのだナ。チャッカリしてやがる。

銀座も随分と人が減ったようだ。
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花屋の顔馴染みと立ち話をしたがホステスに花を贈る客もメッキリ減ったらしい。ポルシェビルの中に在る店は、不況知らずか可成り賑わっていた。此処ももう20年近く通っているナ。三十代の頃は、学割と称して随分とママに甘えさせてもらった。沢山の方々も此処で紹介してもらったし、仕事にもなった。散財も今思えば、無駄では無かったのだナ。

以前は、皆が自分の顔の効く店を数軒持っており、其処を使うときは連れて来た連中に金は払わせなかった。ちゃんと月末にまとめて請求書が届くので自分の行きつけの店の支払いは全てこっち持ちだった。各人がそうするので、三人で呑めば、それぞれの行きつけのクラブを三軒ハシゴするって事になる訳だネ。
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タクシーを呼んでくれた黒服やホステスに渡す心付けを入れるポチ袋は銀座『平つか』に限る。なんて事も銀座通いで覚えた事だ。
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以前の様に頻繁にクラブで飲む事は減ったが、それでも8丁目界隈を歩いていると方々から顔見知りの黒服やホステスたちから声が架かる。

後輩よ、お前もケチケチせずに稼いだ金は使え。よし、決めたゾ、次回からは交互に払うとするか。

うん、ステーキも美味かったゾ。
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これからもどんどんご馳走したまえ。
明治の文人が素晴らしいことばを残している。「金を惜しむと、情を欠き、義理を欠き、恥をかく」とね。
そうしたら、お前も銀座辺りで皆から愛される立派な男になるのだヨ。
       ◇       ◇       ◇
さて、夕べは酒朋ビリー隊長と立石『宇ち多゛』で待ち合わせた。
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店に着いたのは閉店間際の19時半過ぎだったが、それでも楽しく呑む事が出来た。

立石から青砥経由で鶯谷へ出た。根岸『鍵屋』の灯りを目指すが、寒さのせいで急ぎ足になる。もう吐息が白いんだネ。
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年季の入った酒燗器でご主人の清水さんが熱燗をつけてくれるのだが、長年の経験から手で何度か徳利を入れ替えて、絶妙な温加減で出してくれる。
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良い塩梅の桜正宗が外の寒さを忘れさせてくれた。

七味と刻み葱をたっぷり乗せた煮奴が酒のアテに合うのだナ。
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そして、味噌おでんを戴いた。関東の連中は「ちくわぶ」に目がない。ちくわぶの入ってないおでんなんて認めない。そんな訳で此処の味噌おでんも豆腐とこんにゃく、それにちくわぶでアル。
ご主人曰く「ちくわぶは柔らか過ぎても固過ぎても駄目、丁度良い歯ごたえのちくわぶを探したんだよ」。
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此処は安政三年創業の酒屋が始まりだから、もう150年以上にもなる。

清水さんが育った当時の建物は現在『江戸東京たてもの館』に移築保存されている。
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今の店は大正時代のものだそうだ。戦時中攻撃は鉄道に向けられたのでこの辺りは戦火を逃れたそうだ。
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昔の話を聞いていたら、まるでその時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

穏やかな時間の中で、主人と向き合いながら呑む酒は格別だ。
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暖簾も中に入ったし、燗酒もこのくらいにしておこう。
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ちなみに新年は五日から始まるそうだ。『宇ち多゛』が六日から営業だから、その前にこっちかナ。
by cafegent | 2009-12-17 14:38 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)
あと二週間もすれば、今年も終わりだネ。
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毎年この時期になると浅草では、浅草寺本堂の裏手広場に「ガサ市」が立つ。
ガサ市は、注連縄(しめなわ)、輪飾り、門松用の松など正月のお飾り用品一切合切が売られる市だ。品物を出し入れする際にガサガサと音を立てるところから、ガサ市と呼ばれるそうだが定かじゃない。
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祝い扇子、注連(しめ)飾り、大根〆、牛蒡〆、玉飾り、輪飾り、伊勢海老、干し柿、神馬藁(ほんだわら)、裏白(うらじろ)、譲葉(ゆずりは)、薮柑子(やぶこうじ)、末広、福包と云った縁起物が、全国各地からトラックで運ばれて来て、此処で初めて町の鳶(トビ)職達に売られて行く訳だ。

「伊勢海老」は甲冑鎧に見立てて、疫病を防ぐ縁起物、「神馬藁」は、繁殖旺盛なことから、一粒万倍、子孫繁栄を意味している。「譲葉」は家や資産を譲渡する、ゆずるを意味し、どのお飾りもこんな風に見立てや洒落から成り立っているのだ。
江戸っ子は何でも洒落ているが、これが縁起物らしいのだナ。

小売りをする訳じゃないので、一般客は居らず、トラックで来る業者や鳶職連中しか居ないが、この市が始まると新しい注連飾りの藁の匂いに誘われ「今年ももうすぐ終わりか」などと感じるのでアル。ただ、最近じゃ門松や注連飾りを飾る家(いや、飾る場所が有る家)が少なくなってきて、売れ行きはイマイチらしい。なんだか寂しいネ。
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そして、明日から浅草寺の本堂前で催される「羽子板市」(歳の市)は沢山の人出で賑わいを見せる。早咲きの盆梅や福寿草、千両万両の花などの小さな盆栽が処狭しと並べられて、一段と年の瀬を感じさせてくれる浅草の風物詩だ。
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年の暮れの気忙しい最中、ちょっと街を抜け出して浅草まで出掛ければ日本に生まれて来て良かったナ、としみじみ思うのだ。
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奉納羽子板を見た後は、薮の熱燗で暖まるとしようか。
by cafegent | 2009-12-16 16:46 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
今朝は寒い。早く起きて床暖房のスウィッチを入れ、また布団に潜る。
ちょっと布団から出ただけで躯中が冷えきった。出来ればこのまま二度寝してしまいたい程、部屋の空気が冷たかったナ。
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七十二候では、「熊蟄穴」(くま、あなにこもる)だ。熊が穴に籠って冬眠する時季なのだから寒い筈だネ。

夕べは仕事を切り上げた後、立石『宇ち多゛』へと向かった。
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土曜日のお礼も兼ねてだが、相変わらず混んでいたナ。

既にテレビのニュースで放映していたので、ご存知の方も多いだろう。
12日の土曜日、京成立石のもつ焼き『宇ち多゛』に鳩山首相が来訪されたのだ。

煮込み鍋の前のカウンターに鳩山総理、仙谷由人行政刷新大臣、その両脇を立川左談次師匠と談四楼師匠が囲み、皆で寶焼酎の梅割りを呑んで居た。
その廻りには、松井孝治官房副長官と中山義活首相補佐官、他に立川一門の二つ目、立川キウイさんや立川談修さんも居て、終始賑やかで和やかな店内だった。
立川キウイさんのブログでは、その日のうちにその模様がアップされていたナ。
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まぁ、和やかなのは店の中に居た我々だけで、店の外は仲見世商店街から駅の方まで万全の警備体制で臨んでくれていたので警察の方々や護衛のSPの方々はピリピリしっぱなしだったんじゃないかナ。いや、本当に苦労さまでしたナ。

そうそう、中山議員と一緒に立って呑んで居たのは、今年初当選した地元立石出身のハヤクミこと早川久美子議員だった。スラリと背が高く、中々好感の持てる素敵な方だったナ。

松井議員は僕と同じ歳なので、鳩山内閣に入閣する以前から何かしてくれるだろう、と注目していた方でアル。
趣味が下町居酒屋巡りだと云うし、此処『宇ち多゛』も以前から好きで来ていたので、今回も総理に「立石を訪れたら、此処に来なきゃ!」と云う事で『宇ち多゛』での宴となった次第らしい。
松井議員は爽やかな笑顔を絶やさず、下町酒場には余り居ないような粋なスタイルで黄色のセーターを着こなし、いかにもジェントルマンと云った雰囲気だったナ。
同い歳とは思えん程に格好良くて、オジサンはトホホであった。

松井議員と共に、総理より一足先に来ていた仙谷大臣は、実にフランクな会話で我々と交流を深めてくれた。一緒に呑んだ皆がきっと好感度を高めた筈だ。
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鳩山総理は左談次師匠らと酒を酌み交わした後、我々のテーブルに来てひとり一人と挨拶を交わしてくれたのだ。仕事の疲れを忘れ、ひとときの憩いを愉しむのが大衆酒場の醍醐味なのだから、ほんの少しの時間でも政治の事を忘れ、『宇ち多゛』に集う皆と一緒に楽しく焼酎を呑んでくれた事と思っているのだ。

そして、人と人の垣根を越えた憩いを提供してくれた『宇ち多゛』の皆さんに只々感謝するのみでアル。
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鳩山総理も下町酒場の家族の絆をシカと見たことだろう。それが、何か直接的に庶民の暮らしに反映する訳じゃないが、代々受け継がれた小さな店を長年家族みんなで切り盛りしている姿を総理自身の目で見て心に刻んでくれただけで良い。と感じた訳だナ。

恵比寿の『縄のれん』しかり、此処『宇ち多゛』しかり、家族で営む小体の店に足を運んでくれた事がとても嬉しいのだなぁ。お連れ頂いた松井議員にも感謝だネ。
        ◇         ◇         ◇
さて、昨日は立石の後、中野へと移動した。もつ焼き『石松』にて酒朋仲間が集まっていると云うからだ。シマッタ、またヤッちまったヨ。確か週末に約束して中野駅で待ち合わせをしていたらしいが、すっかり忘れて立石で呑んで居た。

てな訳で、急いで中野に向かい『石松』へお邪魔した。此処もカウンターのみの小さな店なので、タイミングが悪いといつも入れないのだ。
で、向かいの『パニパニ』ですっかり酔ってしまい、そのまま帰る事が多々有るのだ。

カウンターには雷門『簑笠庵』の二人を囲み、いつもの酒仲間の面々が集っていた。皆テレビに夢中だネ。
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アラちゃん、キューちゃん、ハッシーに小ヒロさんと気心しれた連中なので、どんどんとキンミヤのボトルが空になっていったのだ。
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流石、『石松』のモツ焼きは何を食べても美味い。本当に待つ甲斐が有る味だナ。
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ナンコツにシロにレバ、そして絶品だったのがシビレだ。シビレとは仔牛の胸腺の事だネ。
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フランス料理だとリードヴォーと呼ぶが、スィートブレッドとも云う。コレが訛ってシビレになったそうだ。しかし、酒にベストマッチ。

月曜からモツ焼きのハシゴ酒、あぁ庶民で良かった良かった。
さて、今日はデザイナーの送別会だ。久しぶりに芝大門の薬膳中華『味芳斎』の味を堪能出来るので、今から心ウキウキなのだ。
by cafegent | 2009-12-15 13:16 | 飲み歩き | Trackback | Comments(2)
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人生、半世紀近く生きて来た。
我ながら良く暮らしていけてるものだと不思議に思う事が多々有る。
バブル崩壊後のどん底期に会社を興し、それから20年が過ぎている。
世間から消えていってしまった奴もいれば、会社をたたみサラリーマンに戻った者も居る。

「微欲」こそ、細く長く生き残る術かナ。

随分前に台湾の占い師に観てもらった事が有ったが、「アナタは大器晩成型ですヨ」と云われたのだ。その時既に四十歳を越えていたのだが、「晩成」とはまだまだ遠い先らしい。ハテ、いつのことやら。

僕の座右の銘は「No Pain No Gain」、「痛み無くして得るもの無し」と云う訳だ。
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こうやって、もうあと半世紀生きてみるか。

何故そんな事を思ったか、と云えば、先日始まったNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の第一部二話分を録画しており、昨晩一気に観たからだ。
司馬遼太郎本人もドラマ化は難しいと思っていたり、脚本家の野沢尚さんが五年前に自殺してしまったりと、一時は制作が危うかったが、なんとか無事に乗り切ったのだネ。
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語りべに渡辺謙を配したり、伊東四朗、西田敏行といった渋い役者が脇を固め、観る者を一気に引き込んでしまう力を持ったドラマだ。

少年時代の秋山好古が全速力で弟真之が生まれようとしている自宅に掛け戻るシーンから、このドラマのスケールが伝わり、あぁ最後まで見続けたいナ、と思った。
小説を読んでいる者にとっては、可成り説明のナレーションが多過ぎるかなと思ってしまうが、耳あたりの良い渡辺謙の声に免じて良しとしようか。まぁ、原作を読んでない方には、これくらい丁寧に時代背景などを語ってくれた方が嬉しいのだろうネ。
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そして、秋元真之を演じる本木雅弘、兄好古を演じる阿部寛、それに正岡子規を演じる香川照之の三人がずば抜けて良かった。

このドラマを観て、久しぶりに「気骨」と云う言葉を思い出したナ。
我が人生に於いて、いつの日か「気骨のある男」と呼ばれる時が来るのだろうか。

フジテレビのディレクターでカーマニアの河毛俊作と云う方がいる。
テレビドラマ「救命病等24時」や「ナニワ金融道」シリーズを手掛けている人だが、その河毛氏の父上は元王子製紙の会長・故河毛二郎氏だ。

河毛二郎氏は、東大生の左翼系読書会で警察に捕まり留置所に入れられた事がある。エリートな人生にケチをつけた為、銀行に進めず、製紙会社に拾われ異国サハリン(樺太)の工場に赴任した。昭和16年12月8日の「開戦の日」も樺太で戦争勃発を知り、まさかそれから七年も樺太に残るとは思わなかったそうだ。

晩年、河毛氏は名言を残している。「ある時期のマイナスはいつまでもマイナスではないんだから、人生は長い目で見る方がいいようだねぇ」と。(11年前の朝日新聞のコラムから)

来週、14日は赤穂浪士による吉良邸討ち入り決行の日だ。大石内蔵助率いる赤穂浪士たちも皆「気骨な連中」であったのだろうか。

この時季の雨は少しだけ物寂しくさせる。
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歩きながら、自分の半世紀を振り返り、そして先人たちの「気骨な生き方」を思い出してみた。
by cafegent | 2009-12-11 15:17 | ひとりごと | Trackback | Comments(3)