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by cafegent
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今日で二月が終わるネ。現在の暦は古代ローマ皇帝ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が作ったと謂われている。

元々、奇数月(3、5、7、9、11、1)が大の月で31日、偶数月(4、6、8、10、12)が小の月で30日と定めたのだが、それにケチを付けた輩が居たのだ。そう、夏が大好きなアウグストスだ。

〈なんで、ワシの好きな盛夏の8月が30日やねん!〉と無理矢理1日を追加して31日になった。
そんな訳で、2月が1日減り、また月の調整をする為に閏(うるう)年が設けられ4年に一度29日が巡って来るのだナ。なんとインクレディブルなハナシだ。

余談だが、古代ローマでは、新緑の春が訪れる3月を年始と定めた。
古代ローマ暦では、一年は1月から10月までしか無かったそうだ。年の終わりに60日程名前の無い余りの月があったとの事。

そんな訳で、カサエルは自分の名前のJulius(ユリウス)を生まれた年の5月に付けてJulyとした。そして、アウグストスも初代ローマ皇帝を記念して誕生月の6月をAugustにしたのだナ。

で、先に述べた様に最後に余った60日をJanuaryとFebruaryと名付け、年始の3月の前に無理矢理入れ込んだ訳だ。それによって全部が2ヶ月ズレて7月がJuly、8月がAugustになったのヨ。

朝日新聞に連載中の4コマ漫画、しりあがり寿さんの『地球防衛家のヒトビト』で、2月が短いのはアウグストスの仕業だったのか、と大忙しに仕事をこなすハナシだったので、思い出してみた。
       ◇       ◇       ◇
今日は朝から雨が降っているが、また雪になるかもしれないそうだ。

昨日、2月最後の日曜日は好天に恵まれた。
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窓の外では、ヒヨドリがシクラメン等の花の香りに誘われたのか、色んな花を啄んでいたナ。
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このところ、やけに花が落ちていると思ったら、コイツらの仕業だったのだネ。
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それにしても可愛い仕草だった。
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ヒョコヒョコと歩いてるが、落っこちないのだナ。

都心では、東京を走るシティマラソンが開催され、応援する人々も割れんばかりの声援を送っていた。

僕はと云えば、信州飯田の「大名きんつば」を食べながら、ノンビリとテレビの中で走る姿を眺めていた。
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酒朋ビリー隊長は、今年は走ってないのかナ、ハテ?

午後は眩しい春の陽射しが、板の間の上に細長く斜めに傾いた影を落としてた。床暖房のぬくもりにいつの間にかウトウトしていた。

閉じた瞼を通して映る光景は、窓から差す陽の光で淡いオレンジ色に輝き、まるで自分が繭に包まれているみたいな気分に浸っていた。

ほんの十数分程しか経っていなかったが、沢山の夢を見たようだ。

2時頃、外に出た。顔に当たる風も暖かく、心地良い散歩日和だった。
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林試の森公園では、沢山の方がピクニックをしていた。
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一足早く、河津桜が見事に咲き誇り、春の訪れを祝福していたネ。
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いつもシェトランド・シープと一緒に散歩しているウサギ君も人気の的だった。飼い主の方に伺うと、ウサギは兎に角マイペースだそうだ。
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犬にも向かっていくし、自分中心で世の中廻っていると思っているらしい。面白いなぁ。そう云えば、バー『権ノ助ハイボール』の店主、武田さんもウサギを飼っていたっけ。
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頭ナデナデさせてやっているのだナ、きっと。
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更に人集りが出来ていたのは黒豚のカトリーヌちゃんだった。
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武蔵小山界隈では人気者なのだが、オスも飼っていてもう一回り大きいのだナ。飼い主の伯父さんがいつも引っ張られているのだヨ。

一時間程公園を歩き、野方へと向かった。無事に三日間の酒断食が終わり、デトックスよろしく体内のアルコールが全部浄化されたかしらん。

そして、口開けの『秋元屋』へ。
夕暮れ間近の午後四時、中野区の公共放送スピーカーからドヴォルザークの「家路」が流れるといつもの「ヨジアキ」のスタートだ。
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早く家路に帰ろうと子どもたちに促しているのだが、オジサンたちは家に帰らず暖簾を潜るのだナ。

この日も酒朋荒木マタエモンさんと一緒にいつもの定席へと着いた。

禁酒明けの一杯は生ビールから開始。
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小春日和の夕暮れには冷えたグラスで呑む生が最高に美味い。ものの3口で呑み干してしまったヨ。
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続いて、キンキンに冷えた三冷ホッピーをゴクリ。
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半焼ハツと半焼きタンを戴いた。
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そして、絶対にまかないの残りだろう、と思っている揚げシュウマイも酒のアテに最適だった。

荒木マタエモンさんがいつもやきとんより先に食べている煮込みライス「ニコライ」を最後に食べた。茶碗から溢れんばかり。
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ツユダクにすると美味さが増すなぁ。

この日は、ツイッター仲間のジェシ・江戸シラスさんも一緒にヨジアキで呑み、そのまま皆で都立家政『竹よし』へと移動した。
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そして、先に席を確保してくれたQちゃんと合流し、マタエモンさん、シラスさんと乾杯!
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この日の刺身盛り合わせは、黒マグロや活じめの真だら、カワハギなどがてんこ盛りだった。夕べのマスターの相棒は、チクちゃんだ。

焼酎もスグに空になり、また追加。ボトルに名前を書くのが面倒なのでチクちゃんに漏斗で入れ直してもらうのだナ。
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相変わらず素敵な笑顔に「惚れちまうやろー!」とWエンジンか!
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〆さばの登場に菊正宗を熱燗で戴いた。
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イカの塩辛も酒がススム、と二合徳利を何度もお替わり。
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一段落したチクちゃんに生を一杯差し入れし、皆でまた乾杯だ。
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禁酒明けは、酒が飛び切り美味い!
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最後に穴子押し寿司と重箱に入った鉄火巻きにシビレてしまったネ。
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蓋を開けると、ホラこの通り!
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シラスさんもゴキゲンで、マタエモンさんと共にドーンッ!と決めてくれた。
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それにしても、愉しい酒宴になったなぁ。

マスター、美味しい料理に多謝感謝!
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こうして、毎度毎度いろんな酒場で愉しく酔わせて頂いている訳だが、この先狗馬之心(くばのこころ)で、酒場の皆様に報える事が出来るといいなぁ、と思いつつ酩酊していく自分が居た。

いやぁ、三日間の禁酒明けは怒濤のチャンポン酒と相成った。

そしてまた、ヘベのレケで次の酒場へと向かったのであった。
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by cafegent | 2011-02-28 16:27 | 飲み歩き | Trackback | Comments(2)
今日は関東地方に春一番が吹いたそうだ。
一年を日本の風土に合わせ72等分して節気を表したのが「七十二候」。
今は丁度「霞始靆」(かすみはじめてたなびく)、霞がたなびき始め、春の訪れがもうすぐと感じる時季でアル。

午前中から気温も高く、汗ばむ程の陽気だったネ。
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花浅葱色の空では、綿菓子のような淡い雲も南風に乗って東京の街を泳いでた。

確定申告の書類を提出した帰り道、春一番に乗ってふわりふわりと唐綿(トウワタ)の種に似た綿のような種子が幾つも飛んで来た。
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風の向くまま、気の向くままに辿り着く先がアスファルトや池じゃないことを願うばかり。上手く飛来し、新しい土地の土の上に無事に到着するといいナ。またひとつ都会の地に自然の命が宿るのだから。

早春の今、落葉樹や多年草の芽吹きが始まる時季だネ。公園などを散歩して、植物が芽吹く瞬間を見つけるのも心が穏やかになることだろう。普段何気なく見ている街路樹も、小さくて可愛い芽が沢山発芽する。
新しい木々の生命が生まれる芽吹きを楽しむのも素敵だネ。
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園芸家の杉井明美さんが、上手い事を語ってた。
「ガーデニングというと、植物をうまく成長させたり、花を咲かせたりすることがクローズアップされがち」と云う。そして「それももちろん大事ですが、観察して心を動かされるというのも楽しみの一つです。」と続ける。最後に「秋の紅葉のように、早春には芽吹きを楽しむという方が増えるとうれしい」と結んでいる。

ガーデニングのみならず、普段の散歩や街歩きの際に、こんな楽しみ方を知っている人は幸せだナ。

春一番が吹いた日の夜は、南風から北風に変わる。大抵、翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、寒さが戻ることが多いのだ。気を許して、花粉症の風邪っぴきなどにならぬよう気をつけるとしいよう。
        ◇        ◇        ◇
さて、日曜日はいつも昼口開けの八広『丸好酒場』で昼酒を楽しむか、夕方4時口開けの野方『秋元屋』で呑んでいる。

どちらの酒場も暖簾を潜れば、顔馴染みが集い愉しい休日を過ごす事が出来るからネ。20日の日曜は、日中に家の掃除をしたり録画した番組等を見ていたので、4時を目指して野方へ行く事にした。

四時開店の秋元屋に集う事を我が酒朋たちの間では、「ヨジアキ」の符丁で通ってる。これが、「ヨジカワ」となると阿佐ヶ谷『川名』の口開けとなる。
「明日は、ヨジアキかい?それともヨジカワ?」なんて具合だ。
で、口開け15分前ぐらいになると秋元屋の赤提灯前から行列が出来る。

ほぼ毎週一番乗りで並んでいるのは、荒木マタエモンさんでアル。
コの字の一番奥角が定席となっている皆川さんは、ここ最近は桜台支店の口開けに行く事が多くなり、その帰りに野方本店に顔を出している。なので、僕はもっぱらメイルにて桜台店情報を仕入れている次第だ。

前日に立石『宇ち多゛』でもお会いした鈴木さんもまた此処のご常連。
鈴木さんは、酒場で出逢う方たちの中でもピカイチのお洒落なのだナ。この日は、同じ電車だったらしく、駅で合流してマタエモンさんと三人でいつもの定席に座る事が出来た。
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長い間、野方本店の焼き場を担当していた三浦さんが桜台支店に移動になったが、今じゃ松っちゃんが立派に現場を仕切ってる。以前にも書いた事があるが、此処は本当に働いているスタッフが素晴らしい。
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彼らが機敏に動き、気持ち良い応対でお客と向き合ってくれるので、僕らはまた来るのでアル。決して、老舗の酒場じゃないが、料理・人・佇まいが三位一体となって『秋元屋』と云う居心地の良い店が形成されている。

いつもは三冷ホッピーから始めるのだが、前日の深酒と家の掃除で喉が渇いていたので、生ビールを戴いた。
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アテは半焼きタンと半焼ハツだ。
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醤油とごま油を少し垂らすと美味さが増すのだナ。

続いて、三冷ホッピーをグビリ。
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マタエモンさんは〆の飯をいきなり注文だ。
煮込み掛けライスで、符丁は「ニコライ」だね。

そう云えば、昔新橋SL広場近くの路地に在った甘味処『華屋』は、必ず口上を述べて甘味を運んで来た。
キリリとした和服姿のお姐さんが「ニコライの鐘が鳴るなりお茶の水」と言ってお茶を置くのだ。ところてんは見た目の通り、「滝の白糸」の口上を述べてたっけ。お会計でお釣り銭を渡す時は「道明寺の釣り鐘」と大げさに云うのだった。

いつも一人カウンター牛鍋の『かめちゃぶ』に行った帰りに甘い物を食べに行ったものだ。良い店は再開発の波で、随分消えてしまったネ。
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閑話休題、マタエモンさんは『丸好酒場』でも最初からいきなりホルモン丼を頼んで、キョウコさんに呆れられていたが、どうもあの人の中では「先ずは飯モノ」が酒場のルールと化しているらしい。

秋元屋の味は、日々進化している。煮込みも以前は豚だったと思うが、今は牛ホルモンだ。もちろん、味も素晴らしい。
以前、森一起さんも料理誌に「秋元屋のもつ焼きには、様々な名店の叡智と教訓が脈々と息づき、さらなる進化を遂げている」と書いていた。

下町に根付くもつ焼きの名店を憧憬し、今では此処から多くの弟子たちを排出している。
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話が弾み、酒も三冷お替わり、トマト割、特製ハイボールといつもより可成り長居をしてしまったネ。松っちゃん達、すまななかったネ。

程良く酔っぱらって来た我々は一駅歩いて、都立家政へ。
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『竹よし』の暖簾を潜る。地元のご常連さん達が詰めてくれて仲良く三人でカウンターに座る事が出来た。
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みんなで入れている芋焼酎を白湯で割って呑む。
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鈴木さんは冷酒にして、マスターとオキポンに振る舞っていた。
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日曜日は大抵チクちゃんがヘルプで入っているが、この日はオキポンが頑張ってたヨ。

お通しも素晴らしいネ。
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これで200円なのだから頭が下がるばかり。

こちらは、マスター自慢の「いかわた味つけ」だ。
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凍ってる時も美味いし、トロリと溶け出した頃合いも酒に合うのだネ。

さぁ、この日のオススメはスッポン鍋だ。
じっくりと煮込まれるまで、スッポンの生き血を戴いた。
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濃厚な生き血も赤ワインで割ると美味しいのだ。
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スッポンの旨味がしっかりとスープに出ていた。
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〆はマスターが雑炊に仕上げてくれた。あぁ幸せ、むふふの美味さ。
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それにしてもスッポン鍋千円は安過ぎですヨ、マスター!

こちらは、たらのお刺身だ。
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「いいものが入ったときしか出さない」と云う、厳寒の北海道で活締めされた鱈だからこそ、刺身で戴けるのだネ。
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最後は荒木マタエモンさんオススメのしめさばを戴いた。
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使い込んだ包丁はもうマスターの腕の一部と化しているようだ。こまめに研いでいるのが判る。

この日曜日の夕暮れ酒もまた愉しい酒朋たちと過ごすことが出来た。

二月最後の日曜日はどんな一日を過ごすのかなぁ。
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by cafegent | 2011-02-25 17:55 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)
行きつけの銭湯『武蔵小山温泉 清水湯』の梅の木に花が咲いた。
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小さな木なのだが、毎年美しい花を咲かせるから素敵だ。
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明日は気温が19度まで上昇するらしいから、都内の梅も一気に開花することだろうネ。

毎週朝日新聞に掲載される「朝日歌壇・俳壇」をいつも楽しみに拝読している。あぁ、こんな表現もありか、とか上手いなぁと一人感心しながら参考にしているのだ。

昨年の夏に掲載された歌で、数字の羅列が気になった作品があった。
当時は、そのまま詠み飛ばしていたのだったが、先月末にまた新聞に出て気になっていた短歌だ。

一月に発表された第27回朝日歌壇賞にて、選者の高野公彦さんが選んだ歌である。

     六二三、八六八九八一五、五三に繋げ我ら今生く

大阪岸和田市に住む西野防人さんの詠んだ歌だ。

最初、この歌の意味が全く判らなかったのだが、先月末の「天声人語」の中でこの歌を引用し、「忘れ得ぬ日々。意味不明を言う若者の少なきを願いつつ」と締めくくっていたので、思い出した歌だった。

この時の話は、児童養護施設に年長の子どもが年下の子の為にお菓子を用意したと云う逸話から、この冬話題となった伊達直人/タイガーマスクの寄付活動に関するものだった。

再びこの歌を目にしたナ、と更に興味を抱き調べてみた。
すると、最初の「六二三」は、1945年6月23日の「沖縄慰霊の日」だと云う事が判った。

「八六八九八一五」とは、B29爆撃機エノラ・ゲイが広島に原爆投下した1945年8月6日、同じくB29爆撃機ボックスカーが長崎に原爆を投下した1945年8月9日でアル。広島平和記念日と長崎原爆記念日だ。
そして、1945年の8月15日は、昭和天皇が「戦争終結の詔書」を読み上げた終戦の日だ。

こうなると最後の数字「五三」も記念日だと判った。そう、5月3日は憲法記念日だネ。終戦の翌年、1946年5月3日、「国民主権」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」を基本理念として、制定された。

何れにせよ僕の生まれる前の出来事であるが、我が国の戦争の苦い記憶として語り次がれなくてはならない事でアル。

朝日新聞の読者の中にも僕と同じ様に、この歌が気になって調べた方が居らしたのだ。
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尾道市で農業を営んでいる岡野幸枝さんが、昨日の新聞に寄せていた。

最後に「終戦65年が過ぎると平和ぼけの症状が甚だしいのだろうか。今でも基地問題で戦後を引きずっている沖縄の人たちにとって重要な日を失念していたことを、おわびしたい。」と締めくくっている。

本当にその通りだ。僕もネットでググらないと6月23日が「沖縄慰霊の日」だと云う事が判らなかった。

朝日歌壇の選者、高野さんは、「数字仕立てで歴史の重さを思う歌」と評した。

俳句は「五七五」、和歌は「五七五七七」でアル。
西野防人さんは、このとても短い言葉の制約の中で、見事に戦争の記憶を我々に再認識させてくれた。今再びこの数字の歌に沈思黙考。

更に岡野幸枝さんの「声」に、素直に頷くばかりであった。
        ◇        ◇        ◇
昨日は仕事先で打ち合わせ後、そのまま真っ直ぐ木場へ向かった。
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暫くするとライターの森一起さんが息子を連れてやって来た。
トア君は、今年から中学生になるが、幼い頃からモツ好きでアル。
今はまだウーロン茶で煮込みだが、成人するのが今から楽しみだナ。
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酒朋ハッシーも登場し、河本は満席だ。午後8時に暖簾を下ろし、店仕舞い。森さん親子、ハッシーと連れ立って神保町『兵六』へと向かう。

こちらも随分と賑わっていたネ。
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僕の左側には、神保町の宮崎駿こと中西さんに掌中人形作家の舌波君、それにワインレッドのソフト帽がお洒落なドクター鈴木さんが居た。

そしてコの字の反対側には、呑んだフル氏に荒木マタエモンさんだ。
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デッカいトクちゃんとマタエモンさんに挟まれて、トア君が更に小さく見えるゾ。
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此処の名物餃子が美味い。これがイイ酒のアテになるのだネ。

二つの卓席もコの字カウンターもびっしり満席だったが、暫くすると卓席が一斉に空いた。

そんなグッドなタイミングで現れたのは、我らが俳句の師匠吉田類さん御一行だ。この日は近くの酒場『人魚の嘆き』にて句会だったのだナ。
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俳句仲間で僕の酒朋でもある伊勢さんもご一緒だ。
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真希姐さんとパチリと写したら、背後でトクちゃんがズッドーンッ!を決めていた。

兵六も閉店時間が迫って来た。
いつもの面々しか残ってないところで、毎度お馴染み二人仲良くズッドーンッ!と来たもんだ。
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店主も呆れるばかりなりけり。

さて、再び我らは酒場を変えた。向かった先は、神保町・銀漢句会を主宰する俳人・伊藤伊那男さんの店『銀漢亭』だ。
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既に類さんたちが来ていたネ。

銀漢亭のイルミネーションが綺麗に輝いていたナ。
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シークァーサーサワーに酔い、酒場談義に華が咲いた。

酒場詩人・吉田類さんと一緒にパチリ!
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こうなるとブレーキが効かなくなってくる悪い癖が出た。
そして皆で、さぁもう一軒!と大移動。『明治屋2nd』へ。
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ハッシー、伊勢さん、それにイナちゃんも一緒に乾杯!

最後にもひとつ、カンパ〜イ!とナ。
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そして、ヘベのレケ状態となりすっかり酩酊。

なんとか帰路に着いたのだが、またもや家庭内閉め出しを喰らったのであった。あぁ、これで何度ソファーで朝を迎えたことか。トホホ。
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by cafegent | 2011-02-24 17:15 | 飲み歩き | Trackback | Comments(4)
      梅が香や根岸の里のわび住居(すまい)
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東京もそろそろ、梅が見頃の時季だろうか。台東区根岸は、かの正岡子規が住んだ「子規庵」が在り、文人墨客が多く住む地域だった。
今では乱立するラブホテルに街を奪われた感が否めないが、先代林家三平記念館『ねぎし三平堂』や老舗の酒場遺産『鍵屋』の灯りが、辛うじて其の風情を守っている。

先の句だが、中七下五の「根岸の里のわび住居」は誰もが聞いた事があるだろう。上の五文字には、何を当てはめてもいっぱしの俳句になってしまうからだ。

「春雨や」でも「うぐいすや」でも収まりが良い。かつて、酒朋が根岸の居酒屋『鍵屋』にて、こんな句を詠んだ。

      燗恋し根岸の里のわび住居

なるほど、何でもハマるのだナ。この定番となった「根岸の里のわび住居」を最初に詠んだのは、落語家の入船亭扇橋師匠でアル。御歳80歳になるが、まだまだ現役で高座にあがっている。扇橋師匠の十八番「ねずみ」は、本当に見事だ。

扇橋師匠は、俳句も落語も、大事なのは言葉をそぎ落とすことだという。まったくその通り。目に映る情景を捉え短いことばで表現するのは一見簡単そうだが、これが相当難しい。久保田万太郎や夏目漱石で俳句の面白さを知ったそうだ。

僕も久保田万太郎の句がとても好きでアル。

      きさらぎや亀の子寺の畳替

      春浅し空また月をそだてそめ

「閑話休題」と書いて「あだしごとはさておき」とルビをふったのが、久保田万太郎だと言うことを最近イラストレーターの原田治さんのブログ「原田治ノート」にて知った。
「あだしごと」とは、無駄話、与太話の類いの事だネ。

で、「東京自由人日記」はと云えば、総てが閑話休題なワケなのだナ。

「根岸の里のわび住居」のハナシは、結城昌治さんの「俳句は下手でかまわない」(朝日新聞社刊)の中で知った。
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この本もまた、僕を俳句の世界に引き込んだ一冊なのだナ。
        ◇        ◇          ◇
先週の土曜は、朝から立石へと向かい『宇ち多゛』『ゑびすや食堂』へとハシゴ酒。これはもうほぼ毎週のライフワークと化している。
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立石の重鎮イシさん、自転車野郎ホシさんと一緒に乾杯!

この日は、午後から酒朋ハッシーと武蔵小山にて呑もうと云う事になっていた。三田で乗り換える筈だったが寝過ごした。品川からJRで目黒に出て、慌てて武蔵小山駅へと向かったのだった。

そして、午後2時過ぎ、なんとか15分遅れで到着だ。
駅から程近い26号線を渡ってスグの大衆酒場『牛太郎』の暖簾を潜る。
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此処も『宇ち多゛』同様、常連さん達が開店前から席に座って待機する為、口明けと同時に満席となる。それでも、この日はタイミング良く入れ替わりで座る事が出来た。
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ポテトサラダをアテに燗酒が美味い。
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ハッシーは緑茶割りだネ。
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ハッシーのお隣さんは、すっかり出来上がってカウンターが枕になっていた。
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牛太郎を出て、二人で武蔵小山温泉『清水湯』でひとっ風呂浴びた。
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天気も良く露天風呂が気持ちよかったナ。
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駅前の立ち飲み『晩杯屋』にて軽く夕暮れ酒を引っ掛けて、酔い覚ましに軽く歩く事にした。
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武蔵小山から学芸大学駅前を抜けて、祐天寺へ。
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午後6時過ぎ、もつ焼き『ばん』の赤提灯が灯ってる。
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名物とんび豆腐をアテに生レモンサワーがススム、ススム。
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ホーデン刺しも美味かったネ。ホーでんがナ。 

『ばん』ですっかり酔いが復活した二人は、午後9時頃祐天寺から三宿方面へと歩き、昨年秋にオープンした『しとらす』へと向かった。

祐天寺駅を抜けて、五本木一丁目から下馬方面に向かい三宿通りまで出ると金の買い取りの『大黒屋』のオレンジ色の看板が見える。その真隣りが『しとらす』だ。
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ガラス張りの入口から、活気溢れる中の様子が丸見えでアル。
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此処は、青山の名店『立ち飲み なるきよ』にて仕事をしていた津川君が晴れて独立した店だ。早く行かなくちゃと思いつつ、3ヶ月以上経ってしまった。

なるきよ同様に九州直送の美味い素材を安価で楽しめるとあって、連日賑わっているそうだ。美味い焼酎も揃っているし、料理も美味しい。
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酔っぱらって写真ブレブレだが、それだけこの店が愉しくて居心地が良いってことだからネ。

ハッシーから、しとらすの写真が届いたので、追加してアップしてみました!
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このステーキ本当に美味かったヨ。
開店祝いのご祝儀に「一番高い料理出して!」って頼んだら、これが来た。でも、滅茶苦茶安かったなぁ。津川君、ありがとうネ!
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こちらはお通しだったかナ。
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僕も大満足の酔い心地だった。
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若い彼らの今後が大いに楽しみだナ。これからも『しとらす』を応援しなくちゃ。

そんな訳で、京成立石から武蔵小山、祐天寺、三宿と週末ぶらり酒の旅だった。

      春寒し根岸の里のわび住居

おあとが宜しいようで。
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by cafegent | 2011-02-23 14:01 | 飲み歩き | Trackback | Comments(2)
日々、芽が膨らんでいる桜の木を眺めていて、昨年日本橋高島屋で見た小泉淳作画伯の桜の絵を思い出した。
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    願わくは花の下にて春死なん 其のきさらぎの望月の頃

かの西行が、最後に詠んだ歌でアル。西行は陰暦の2月16日、釈尊涅槃の日に入寂(にゅうじゃく)したと云われてる。

昨秋、日本画家の小泉淳作画伯は、この西行の歌を見つめながら、五年の歳月をかけて奈良・東大寺本坊の襖(ふすま)絵を完成させた。
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東大寺本坊は皇族の接待所としても使われる重要な場所にも関わらず、その歴史上で一度も絵が描かれたことがなかったのだ。
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鎌倉・建長寺の天井画「雲龍図」と京都・建仁寺の巨大な「双龍図」を一人で描き上げた小泉画伯がこの栄誉ある仕事に選ばれたのだ。

緻密な筆使いで、リアリズムを追求した蕪の作品など、これまでも独自の画風で知られているが、80歳を過ぎてからの大作は東大寺本坊の襖40面全てを描いたのだ。
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「大広間 蓮池」と「大広間 桜」は言葉を失う程に、その存在に圧倒される。
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何度も何度も塗り重ねられた蓮の葉の濃淡と蕾みから見事に咲かせ、散り行く蓮の花群。
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桜の花は、それまで一度も描いた事が無かったと云う。今回、桜の花のデッサンを幾度も繰り返し、脳裏に刻み込んだそうだ。
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老いて行く自分と向き合いながら、一日一日孤高の画家は筆を動かし、丁寧に桜の花びらを描いていった。

京都大阪の巡回展も先日終了してしまったが、いつか東大寺本坊に納まった襖絵を拝みたいものだ。
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        ◇        ◇        ◇
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さて、昨日は月曜日だったが、夕暮れから酒朋ビリー隊長に誘われて京成立石まで出向く事に。

改札を出ると知った顔が居るではないか。某新聞社のコカ爺ぃ御一行だった。『宇ち多゛』に着くと彼らは鍋側へ並び、僕はいつもの宗さん側へと向かう。暖簾の下では地元のウーさんが並んでた。

それぞれ順次先に入ったが、そこはホラ、此の店の良い所!ちゃんと全員仲良く中席に座らせて貰ったのだナ。コカ爺ぃ御一行が6名、それにウーさんとボク、そして遅れて登場したのはビリー隊長だ。
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先ずは、大瓶で喉を潤し、「ハツガツ生お酢」を戴いた。

二大「宇ち多゛イジられキャラ」のビリーとコカ爺ぃ、それにハチマキ部長の三役揃い踏みでアル。
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ハチマキ部長は光ったおでこの真ん中に凄い傷を付けていた。まるで梶原一騎の名作漫画「愛と誠」の主人公・太賀誠を彷彿、しないしない!
聞くところによると、歩行中に鉄板の表示看板に激突したらしい。トホホなこってす。

コカ爺ぃ画伯は、店が混んでるにも関わらず鞄からゴッソリと絵筆を十数本取り出して絵を描き始める。その前からソウさんはそのペンを邪魔だと言って、勝手に胸に差す。
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大笑いの渦に包まれた中、皆さん梅5.5杯やっちまってましたナ。
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画伯の絵が完成。左からソウさん、ビリー隊長、ワタクシ、そして三代目朋一郎あんちゃんの図だ。
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なかなか見事な絵の出来上がりだったのだが、そこはホラ、コカ爺ぃの躓(つまず)く所!ビリーに絵をあげようとノートから破ったら、絵のど真ん中で破けてしまったのだヨ。トホホなこってす。(と、リフレイン・ギャグで〆てみた!)
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楽しい酒宴も終わり、コカ爺ぃ御一行は『鳥房』へと向かうご様子。
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僕とビリーは先日再び営業再開をした八広の『亀屋』を目指した。

此処のハイボールは、素晴らしい味だものネ。
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此の風情ある佇まいは道路拡張により取り壊されてしまったが、ボールの味は受け継いでるのだナ。
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ところが、シャッターが降りている。
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なんと、臨時休業だ。あぁ、残念。酒場にふられると、女のコにふられるよりショックがデカい。(いや、ウソです!)

月曜は『丸好酒場』も定休だし、では仕方無いと酎ハイ街道を真っ直ぐ鐘ケ淵駅方面へと歩く。もちろん目指す先は『はりや』でアル。

先月は混んでいて小上がりだったから、今回は是非ともカウンターでご主人とゆっくり話をしたいと思っていたからだ。
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次の『東京黄昏酒場』は、此処を書こうと思っていたのに、ナント閉まってるじゃないか。早速、酒場事情通のクマちゃんに連絡すると『はりや』は店仕舞いを決めたらしい。なんでも、もう「入居者募集」の看板が出ていたそうだ。

なんともショックなことでアル。
昭和の酒場遺産の灯がまたひとつ消えたのは、非常に残念なことだ。

あぁ、今一度、張谷さんのプシュープシューと炭酸を注ぐ、美味いハイボールが呑みたかったナ。そして、優しい奥さんの作る手作りの料理も食べたかった。

あの白州二郎張りの見事な白髪にもう会えないのだろうか。何度考えても残念だ。

一日に二度もガールフレンドにふられた気分だネ。
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灯りの消えた『はりや』の前で、異彩な光りを放っている自動販売機が寂しさを増幅しているようだった。

僕ら二人は、この名酒場に今一度、満腔(まんこう)の敬意を表しお辞儀をした。

「ありがとう、はりや。ありがとう、ご主人、ありがとう、奥さん」

夜空の向こうでは、スカイツリーの灯りもひとしきり寂しく見えた。
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軽く目眩を覚え、足が重くなった僕にビリー隊長が缶チューハイを買って来てくれた。
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酒が入ると復活するのだナ。ワタクシ、まったく現金な奴でアル。
そして仕方が無いので、鐘ケ淵駅から浅草に出た。

駅から程近い、『串あげ 光家(みつや)』で呑み直した。
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此処はmooちゃんに教えて貰ってから、ちょくちょくお邪魔している。
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大阪風の串揚げなのだが、揚げ油が良いのか胃にもたれないのが良い。
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串揚げだけに、サクッと呑んで帰ろうか。
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ご馳走さまでした。

そして、僕はまたいつもの深夜食堂へと消えたのであった。

NHK「日曜美術館」のサイト
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by cafegent | 2011-02-22 13:23 | 飲み歩き | Trackback | Comments(6)
埼京線が出来てから都心から十条、赤羽までの距離がグッと縮まった。仕事帰りにちょっと一杯と思ったら、迷わず埼京線に乗れば良い。20数分程度で十条駅に到着だ。

少しずつ陽が伸びて、黄昏時も六時頃になった。買い物帰りの主婦や塾に向かう学生たちを尻目に足は真っ直ぐ酒場へと向かうのだ。

駅を降りてロータリーを右に進み、プチロードの路地を入るとすぐ左手に「斎藤酒場」の暖簾が揺れている。
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ガラリと戸を開けると、中はいつだって満席だ。既に赤ら顔のオヤジから若いOLさんまで幅広い客層が和気藹々と賑わっている。壁に掛けられた鏡を見れば、創業昭和三年と書いてある。幾つか置かれている大きなテーブルも原木の形を活かしたもので、此処は昭和の香りを其のまま残した実に風情溢れる酒場で在る。

空いた徳利を必ず横に倒す人、必ず同じ席にしか座らない古い常連客、いつもポケットからマイ味の素の小瓶を出す常連客などなど、長い歴史の中で生まれた人生劇場を数多く垣間みる事が出来る。

定番のポテトサラダと串カツ、カレーコロッケが酒の肴に合う。
これからの季節は冷や奴なんてのも良い。何を頼んでも安いし旨い。
サラリーマンの懐にも大変優しい酒場なのである。店の看板に唱っている「大衆」の文字に偽り無しなのだ。

可愛い笑顔で働くおばちゃんたちもまた此の店の魅力である。

此処はつまみも旨いが、ビールが飛び切り旨い。
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壁の短冊には「冷やしビール」と書かれているのだ。ビールなんだから冷たくて当たり前って云ってしまえば、それまでだ。最近はどこの酒場に行っても最新の冷蔵庫でガンガン冷やしているが、「斎藤酒場」は水冷式の冷蔵庫で瓶ビールが気持ち良く冷やされている。それをおばちゃんたちが注文がある都度に、ひょいと抜いて布巾で丁寧に水を拭いて持って来てくれる。そう、冷えすぎず、程良く美味いと感じられる冷たさを保っているのだ。

瓶ビールの美味さに仕事の疲れも忘れたら、日本酒に切り替える。
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しめ鯖をアテに一献なんて、至福の時を独り占めなのだナ。

スーツ姿のサラリーマンが樽酒をクィっと呑み干し、颯爽とコートを羽織る姿は粋だ。大衆酒場に長居は無用だ。だからこそ、毎日暖簾を潜れるのだから。

こんな素敵な大衆酒場はおいそれとは出来ない、日本の財産に指定したいものである。此処もまた「十条の良心」と呼べる酒場でアル。
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by cafegent | 2011-02-21 17:08 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)
今年の第144回芥川賞を受賞した西村賢太氏の「苦役列車」を読んだ。
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読後の爽快感と云うものは全く感じず、口の中が苦くなる様な小説だ。だが、もう一度読みたくなるのだナ。何故か、何とも云えない閉塞感に襲われ、太宰治の小説の読後感に通じるものを感じるのだ。

自ら「私小説家」と公言している様に、この「苦役列車」も己の体験をベースに書いている。父親が強盗強姦罪で刑務所送りとなり、母と共に転々と引越を繰り返し、中卒後は荷役の日雇い労務者となり怠惰な日々を送ると云う、映画になりそうな壮絶な実体験を持つ作家なのだ。

ただ、16歳頃から神保町の古書街に通い、「私小説」に傾倒した。
本好きが彼を支え、其処で出逢った藤澤清造の「私小説」の世界がこの人を文学の世界に導いたのだ。

破天荒を絵に書いたような生き方をしてきた西村賢太が、小説「根津権現裏」を書いた藤澤清造に「僕よりダメな人がいて、それで救われた」と受賞後にスポニチに語ってたが、芥川賞候補となった「どうで死ぬ身の一踊り」から一貫して、破天荒な私小説に徹している事が凄い。最低なダメ男で、ろくでなし、読みながら腹が立ち、それでも滑稽な主人公にいつしか引き込まれている自分が居るのだ。

どうで死ぬ身の一踊り (講談社文庫)」が2006年の芥川賞候補になった時、間違いなく受賞すると思っていた。漸く長い春が来たのだネ。

西村賢太は僕より7つ若い。文中、主人公の台詞で「木賃宿」とか「彼奴(きゃつ)」などが出て来た。17,8歳の男の子が普段の会話時に使うかなぁ、などと思ったりしたが、まぁ、アウトローな世界で生きて来たのだから、自然に大人びた言葉も覚えるのだろうナ。

同時に受賞した朝吹真里子さんの「きことわ」とは、作風も作者の経歴も真逆なのが面白い。
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芥川賞の選考委員、高樹のぶ子女史の講評。
「朝吹さんはすばらしい感受性と表現力を持っている。挑戦して変わってほしい。一方、人間の美質を描こうとしる私の作品と対極的な西村作品が売れているのはショッキング。自分のアイデンティティを壊しかねない人の末路を見定めたいので、このまま変わらず書き続けてほしい」だと。
スゲーッ、凄くないですか、この講評は。西村賢太と云う私小説家は、これからも苦役列車に乗り続けて生きていくしかないのだろうか。

そして、ずっと読み続けて行こうじゃないか。
       ◇        ◇        ◇
この日は、バー『トスティ』にて軽くジン&ソーダを呑んでから、外堀通りを渡り三笠会館の方へと歩く。

目指す先は坂口ビルの五階に暖簾を出す『てんぷら近藤』だ。もう何年も誕生日には天ぷらを食べる。もっとも誕生日以外でもハレの日には天ぷらが多いのだがネ。

昨年は山の上ホテルに在る『てんぷらと和食 山の上』で祝った。彼処も『バーノンノン』で軽く仕事の事を忘れてから行けるので、とても重宝している。だが、今回は『山の上』出身の名店『てんぷら近藤』にて、ささやかに祝ってみた。
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此処、坂口ビルは、十時(ととき)シェフの『レディタンザ・トトキ』や寿司の『鰤門(しもん)』等も入っており、何かと仕事で良く来るのだナ。

午後6時の予約だったが、暖簾の奥は既に沢山のお客さんで賑わっていた。
カウンターに座り先ずは生ビールで乾杯。
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大いに『近藤』の天ぷらを堪能しようと小鉢とか刺身は頼まず、天ぷらのみに徹した。我が愛しの池波正太郎先生がこよなく愛した店なので、食べる前から胸躍り心弾むのでアル。

先ずは、車海老の頭が二つ登場。口の中でゆっくりと咀嚼(そしゃく)し、海老せんべいの様に楽しむのだ。
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香ばしさの中に濃厚な味を秘めており、素晴らしい酒のアテとなる。
続いて、車海老が二尾小気味良く揚がる。
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最初は塩で戴き、二尾目は天つゆで食した。

揚げての天ぷらは、熱々をスグ食べるのが宜しい。特に海老などは我々の口に入るまでを絶妙なタイミングで計って揚げているので、尚更だ。カリっと香ばしい外側とプリっとした半ナマの微妙な食感が見事に融合するのだネ。そして口の中で旨味が広がるのだ。

此処はこまめに油取りの紙掻式(かみかいしき)を取り替えてくれるのも嬉しい。いつでも気持ち良く天ぷらに箸が進むのだネ。
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メキシコ産アスパラガスは、太くて甘かった。

続いて、熊本宇城(うき)の「ばってん茄子」との事。
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初めて食べたが普通のナスよりも甘みが強くて美味しかった。

此処は、本当に野菜が美味い。近藤さんが日々美味しい食材を求めて、探求している姿勢が伝わるのだナ。

この辺で酒を桜正宗のぬる燗で戴いた。
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酒に合わせるのは、江戸前の鱚(きす)だ。
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板前さんが見事な包丁さばきで鱚を開いていくのだが、その光景だけでも惚れ惚れしてしまう。

お次ぎは、岩手県八幡平の原木椎茸の登場だ。
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香り高く、椎茸の美味しさに改めて感心してしまったヨ。

穴道(しんじ)湖の白魚はまとめて数匹を大葉に包んで揚げてくれる。
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一尾ずつ揚げる『みかわ』の白魚も美味いが、まとめて口に入れる贅沢さも良い。

レンコン(写す前に食べちゃった)もサクッと美味い。
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小玉葱は中が思いっきり熱いので、天つゆに浸して食べた。
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江戸前穴子、言わずもがなの美味なり。
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桜正宗をお代わりしていると、さぁお待ちかねさつまいもが完成。

拳ほどもある丸十は、僕らが席に着いた途端に揚げ始めるのだヨ。そして、じっくりと30分近くかけて揚げ、さらに暫くの間蒸すのだネ。
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こうして、中までしっかりと火が通りホクホクで甘みを中に封じ込めた名物さつまいもの天ぷらの出来上がりでアル。
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菜の花、百合根と野菜を追加した。春を食す幸せなり。
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百合根の甘いことったら、ぐふふの美味さ。

さらに帆立貝とイカの天ぷらもお願いした。
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この時季だからヤリイカだろうか。ねっとりと甘かった。
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帆立は殻から剥いたばかりで、プリプリ。貝柱の分厚さに驚いた。
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お漬け物を戴いて、〆のご飯はかき揚げ天丼にして貰った。
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シジミの赤出し味噌汁も美味しかったなぁ。
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それにしても、あのさつまいもの天ぷらが腹に堪えたナ。一気に満腹感が襲って来た。

それでも、もう一本ぬる燗を戴いてご馳走さま。
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デザートに出て来た「とちおとめ」も糖度が高く、瑞々しくてまるでシロップに漬けてあるのかと思う程に甘かった。

すっかり満腹で気分も上々になった。
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本当に美味い野菜が食べたくなったら、迷わず『てんぷら近藤』だナ。夏野菜の時季も楽しみだ。

幸せの余韻に浸りながら、神保町に出て『兵六』の暖簾を潜った。
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立石『宇ち多゛』のご常連ウシさんが独りダレヤメの酒で仕事の疲れを癒してた。
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そこへ、荒木マタエモンさんが登場し、毎度お馴染みドーンッ!と一発決めてくれた。うーん、最高の誕生日祝いだったナ。
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薩摩無双の白湯割りが満腹の胃に滲み渡る。
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そして、ドクターと真希姐さんも愉しそうな酔い心地。

暫く、誕生日祝いを口実に「日々ヘベレケ酒行脚」が続きそうだナ。
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by cafegent | 2011-02-21 13:36 | 食べる | Trackback | Comments(2)
僕の通う鰻屋に対して、辛口のコメントを戴いた。しかし、こう云う意見は非常にありがたい。

味の好みと云うものは、人それぞれだと思う。
特にうなぎの味などは、関西風の蒸さずに焼く蒲焼きと関東風の柔らかく蒸す蒲焼きでは、これはもう別物だ。

僕は『と乃村』も『尾花』も大好きな鰻屋だ。と乃村の歯ごたえの有る関西風の蒲焼きの食感も尾花の口に入れた途端にフワッと溶けてしまう程に柔らかい蒲焼き、どちらも素晴らしい味わいを楽しむ事が出来る。

「まずい店らしい」と言う事は、実際には食べてないのかナ。
出来れば先ずは、自分の舌で一度食べてみて欲しい。
そして、舌に合わず気に入らなければ、もう二度と行かなければ良いのだ。

また、気に入る店と云うのは、料理の味だけではないと思ってる。味はもちろんの事、其処で仕事をしている人の姿勢、ふれあい、店の醸し出す佇まい等々、その全てが一体となって満足し、また来てみたいと思う訳でアル。

僕だって、気に入らない店など沢山あるのだ。
幾ら味が良くたって、もてなしの心が見えなかったり、剣もホロロな態度を取られたりしたら、二度とその店の暖簾は潜らない。そして、そんな店のことは決して書かないのだ。

まぁ、いろんな方の意見もしっかり聞かないといけないので、参考に致します。貴重なコメント、どうもありがとう。
       ◇        ◇        ◇
東洋経済新報社より「ラーメン二郎にまなぶ経営学 ―大行列をつくる26(ジロー)の秘訣」と云う本が出た。
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経営学者の牧田幸裕さんが上梓したのだが、

多くの熱狂的ファン「ジロリアン」から支持される人気ラーメン店の成功の秘密を経営学の視点から探って分析しているのが面白いのだナ。
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朝日新聞の書評でも、東大教授の久保文明氏が〈体育会系的な学生に顧客を絞り込んだ戦略が成功の基本であるが、同時に、二郎が提供する価値は、巨大なラーメンを完食した「達成感」と「爽快感」なのだ、と著者は説く。〉と書いている。

〈二郎の魅力の核心は、その顧客の特質、著者のいうエバンジェリスト(伝道師)的性格を指摘した部分〉が興味深かったと語っている。

『ラーメン二郎』にちなんだ26項目のテーマは、「セグメンテーションとターゲティング」「ポジショニング」「コア・バリュー」「チャネルとオペレーション」「プロモーション」「消費者動向の進化」など、まさに経営学なのだ。

健康ブームなのに何故『二郎』が支持されているのか、何故お客が丼を片付け、カウンターを拭くのか等、筆者が熱烈ジロリアンだからこそ、徹底して分析し誰にでも非常に判り易く紐解いて論じているのだナ。

かくしてジロリアンは、「二郎の顧客であると同時に、二郎という特別な時間を他人にもシェアするエバンジェリストになるのだ」ネ。

僕の仕事場の通りの向かい側に『ラーメン二郎 目黒店』が在る。
開店の40分前くらいになるといつも列が出来始める。僕は大抵郵便局に行くついでに、並び具合を眺め比較的行列が少ないと足が向くのだナ。

もうずっと「野菜・アブラ・ニンニク、マシマシ〜」なんて呪文を説いてない。さて、今日は、どうだろうか。
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by cafegent | 2011-02-18 12:56 | ひとりごと | Trackback | Comments(15)
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早いもので、今日でとうとう51歳になっちまった。
同級生の中にはもう孫が出来た奴も居るし、娘が成人式を迎えたなんて知らせも届くと云うのに、ボクは相変わらず呑気に暮らしてる。

先日も新聞を開いたら、学生時代良く遊んだ友人が天下の資生堂の社長に就任したと大きな写真入りでニュースになっていた。創業家一族の福原氏が社長になった時以来の若返り人事だそうだ。他に類を見ない程の立身出世だネ。

まぁ、こちらは我が道を行くだけだ。無手勝流に生きて来た訳だしネ。誰に何と言われ様が、恬然としているしかないのだ。

     荒東風(あらごち)や我が半世紀吹き飛ばし

あぁ、腹が減った。昼飯は何を喰おうかナ。お気楽、極楽!
       ◇       ◇       ◇
作家立原正秋の随筆「美食の道」の中に「ギネスと平和」と云う短編が納められている。これを読むと、もうたまらなくギネスビールが呑みたくなるのだナ。
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立原正秋は長年ギネスを愛飲している。その大好きなギネスの生が飲める会が催されると云う事で、時間を割いて出掛けることにした。

 「場所は新橋の〈ミュンヘン〉で、ここはかつてビール会社の倉庫であったのを、すこし改造してビヤホールにした建物である。表からみるとわからないが、なかは赤煉瓦積みの壁で、生ビールをのむのに相応しい雰囲気である。ギネスの生は、壜づめより苦味がすくなく、味がやわらかであった。」と綴っている。

懐かしいあの赤煉瓦の建物が脳裏に蘇ってくる。当時、スタミナビールなどと呼んでいたギネスのカラメル風味が今にも漂って来そうだナ。
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”赤レンガ造りのビヤレストラン”のコピーで有名な『ミュンヘン』は、良く行ったナ。ニュートーキョー経営と古いマッチに書いてあった。

 「戦後二十三年、日本は、外国の生ビールをのめるまでになった」としみじみと綴ってる。そして、「二十三年間も平和であったことは、明治以降いまがはじめてである。あの日、ギネスの生をのんだ人たちは、そのことを考えただろうか。悪魔は気づかない場所からやってくるのである」と結んでいる。

遠い異国の民主化デモから派生して、各国に飛び火している今、新しいエジプトに軍事政権がまた介入し続けるのじゃないかと云う悪魔の囁きが、何となく重なって来た。

さて、先日銀座の街を歩いていて、古いビルがどんどん消えている光景が目立っていた。何処もパーキングになっている。
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ビルが取り壊されると云う事は、当然そこに入ってるテナントも移転するか、店仕舞いをする訳だ。数寄屋橋の交差点から銀座8丁目方面へと歩きながら、昔通った酒場などを思い出した。
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蔦の絡まるバー『Bordeaux』が今だに健在なのは少しだけ嬉しい。

美味い生ビールが呑みたくなると、新橋の『ビアライゼ '98』か神保町の『ランチョン』に足が向く。古書街での戦利品を持ってランチョンの階段を上がる時は胸が踊る。一人だと入口レジ近くの窓側が良い。本をめくりながら呑むビールは格別だ。

もう一軒忘れちゃならないのは、銀座『ライオンビアホール』だナ。
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昭和9年に創建されたレンガ張りのビアホールは生ビールの味のみならず、ビアサーバーの背面のガラスモザイクの壁画など昭和モダンの佇まいが僕らを包み込んでくれるのだ。

かつては、八重洲に在った『灘コロンビア』や建て替え前の銀座交詢社ビルヂングに在った『ピルゼン』が好きだった。
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灘コロンビアの生ビールは、そのままビアライゼの松尾さんが引き継いでいるが、ピルゼンのビールはもう呑む事が出来ない。

マガタマの形をしたカニクリームコロッケやボルシチをアテに何杯でもビールが呑めたっけ。ビルの両側から入る事が出来て、大きなタンクがひと際目立ってたナ。そうそう、影絵作家の藤城清治氏のガラス絵が今でも印象に残ってる。

此処で腹を満たし、隣りのバー『サン・スーシー』のドアを開けるのが背伸びしていた頃の僕だ。安月給だが、銀座で呑むってのがカッコイイのだ、と粋がってた。

レンガ作りの渋いビルにステンドグラスの窓やドアがノスタルジックな雰囲気を漂わせていた。実際、創業したのが昭和4年だった思うので、僕が通ってた1985年頃で56年も経っていたのだナ。
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交詢社ビルは、今ではバーニーズなどが入った洒落たビルに生まれ変わったが、当時からハイカラなビルだったと思う。

『サン・スーシー』の名前は文豪・谷崎潤一郎が命名したと伺った事がある。そう云えば、ハイボールで有名なバー『サンボア』も谷崎の命名だったネ。

銀座の名店が時代と共に次々と店仕舞いをしている。『クール』も8年前に閉店し、『トニーズバー』も一昨年その歴史に幕を下ろした。

銀座三原通りに在る老舗のバー『樽』は今も健在だが、6丁目地区の再開発の影響で戦前に建てられたビルは無くなるかもしれないとの噂だ。
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広い店内は創業当時のままで、正に昭和モダンだ。
六角形の大きなテーブルと長いカウンターが印象的だが、此処のインテリアデザインは巨匠・渡辺力氏と故・剣持勇の両氏の手によるものだ。

あぁ、こうして書いていると銀座の酒が恋しくなってきたナ。
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と云う訳で、7丁目に在るバー『TOSTI』のドアを開けたのでアル。

開店したばかりの誰も居ないカウンターに座り、三枝さんにギネスを注いで貰った。
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バックバーのオーディオからは、サラ・ヴォーンの唄う「バードランドの子守唄」が流れてる。そう云えば、数日前にこの名曲の生みの親ジョージ・シアリングがお亡くなりになったネ。慎んでご冥福をお祈りしたい。R.I.P.
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by cafegent | 2011-02-17 13:45 | ひとりごと | Trackback | Comments(14)
ヴァレンタインデーと誕生日が近いと殆ど一緒にされる。それでも多少なりともチョコレートなんぞを戴くとオジサンは嬉しいのだナ。
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日頃から酒浸り不摂生の日々を送っているからか、チョコレートに交じって「レバウルソ」なる肝臓に効くクスリを頂戴した。ちょいと試してみるとしようかナ。

そして、誕生日祝いに岡山の地酒を戴いた。
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「符羅芭(プラバ)」と云う変わった名前の純米吟醸酒だ。

プラバとは、サンスクリット語で「鴨」の事だそうだ。備中宇治の豊かな風土の中、合鴨農法で育てた有機無農薬栽培の山田錦米で造った酒なので、名付けたらしい。

余りにも呑みやすくて、クイクイと一気に空になってしまったヨ。
        ◇        ◇        ◇
さて、展覧会の話題をひとつ紹介したい。
写真家・比嘉康雄の没後10年を機に昨年11月から年始にかけて沖縄県立美術館にて開催されていた写真展「母たちの神」が、静岡県長泉町に在る『IZU PHOTO MUSEUM』に巡回される。
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比嘉康雄さんは、奄美諸島から与那国島へ連なる琉球弧に古くから伝わる祭祀(さいし)を永きに渡り撮り続けた写真家だ。

1968年のB52爆撃機の墜落事故がきっかけとなり、警察官から報道写真家に転じた異色の経歴を持つ。
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米国から返還前、激動期の沖縄を写真と云うカタチで社会に伝えて来たが、1974年、民俗学者の取材に同行し宮古島の祭祀と出逢い、「人間と神との厳粛な交感」に衝撃を受けた。それ以来、祭祀の撮影をライフワークとしたそうだ。
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琉球信仰に於いて、神が宿る聖域「御嶽(ウタキ)」は男子禁制だ。
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今でも、一定区域までしか男性は入れない。
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久高島では、「男は海人(うみんちゅ)、女は神女(かみんちゅ)」の諺が昔から伝わっている。
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琉球弧の祭祀は、女性(母)が神となり、島の守護神となる「母神」にある。豊穣や繁栄を祈る白装束の女性たちが神々とともに舞い踊る「神遊(あし)び」や「イザイホー」(30歳以上の既婚女性が「神女」になる儀式)の光景など、それまで男性が立ち入る事が出来ぬ神聖な儀式だったのだ。
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比嘉さんは、祭祀に関わる女性たち「神女」との親密な交流により信頼を得てこの儀式を撮影することが可能になったのだ。
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久高島には百回以上も通ってその熱意を伝える事が出来た。
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昨年放映されたNHK「日曜美術館」にて知ったのだが、今回の写真展開催にあたり展示される「母たちの神」と云う162枚のシリーズは、比嘉さんが写真集にするため、亡くなる直前まで構想を練っていたが、遂に日の目を見る事無く封印されていた作品群でアル。
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独自の「ベタ黒」の深みのある陰影を本人亡き後にどうやって再現してプリントするか、写真家の小橋川共男さんはじめ、関わった方々の苦労する姿がとても印象に残った。
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展覧会は5月8日まで開催しているので、静岡酒の旅を兼ねて拝見して来ようかナ。
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母たちの神―比嘉康雄写真集

「IZU PHOTO MUSEUM」のサイト
「日曜美術館」のサイト
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by cafegent | 2011-02-16 13:21 | ひとりごと | Trackback | Comments(1)