東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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<   2011年 08月 ( 19 )   > この月の画像一覧

今朝の東京は、雲が街全体を覆う様に薄青色の空だった。
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駅のホームに立つと、蒸し暑さに汗が出て来たが、時折吹き込む風は、そこはかとなく秋の気配が感じ取れなくもない。

今日は、久しぶりに朝の阿佐ヶ谷駅を降りた。
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改札を抜けて、そのまま真っ直ぐ駅ビルの路地を抜け信号を渡ると、ゴールド街に出る。
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表に面した階段を上がると、其処がハンドドリップで珈琲を煎れてくれる『可否茶館』だ。
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ガラス戸を開け、真っ直ぐ新聞スタンドに向かって進み、朝刊を引き抜き、席に座る。

もう二十数年前、阿佐ヶ谷に住む友人の家で夜更けまで酒を吞み、語り明かした朝は、決まって此処のモーニングセットで眼を覚ました。
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内風呂が無い友人と一緒に浸かった銭湯は、まだ在るのだろうか。確か『玉の湯』だったっけかなぁ。
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当時は、シナモントーストにゆでタマゴのセットを良く頼んだナ。
厚めのトーストにたっぷりとシナモンシュガーがかかっており、ふわふわのホイップクリームが付いていた。珈琲の香りとシナモンの甘い香りがいつも店内に漂っていた記憶が残る。

今朝は、迷った挙げ句にホットドック&ゆでタマゴのモーニングセットにした。

実は、今日を以て『可否茶館』は44年続いた歴史に幕を下ろすのだ。
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中央線高架下の「阿佐ヶ谷ゴールド街」の建て替えに伴い閉店する。

新しい場所に移転することも検討したそうだが、中々条件に合う場所が無かったみたい。

此処は昭和42年、中野・荻窪駅間の高架化に伴って誕生したゴールド街に開店した珈琲専門店でアル。

入口の看板には「日本最初の喫茶店」と銘打ってある。
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元は、明治21年に台東区上野で珈琲専門店『可否茶館』(かひさかん)が始まりだ。上野の可否茶館の創業者のお孫さんが、この阿佐ヶ谷の店の共同経営者だったのだそうだ。

故に、此処が「日本最初の喫茶店」の名を引き継いで来た訳だ。

一杯毎丁寧にその都度煎れてくれるドリップコーヒーは、実に美味い。
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ブレンドコーヒーも少し深煎りでコクがあり、必ずお替わりしたくなるのだナ。
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このホットドックも素朴な味わいで好きだったのだナ。

此処最近は、阿佐ヶ谷と云えば『川名』に吞みに来るぐらいしか無かったから、『可否茶館』は本当に久しぶりだった。
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昭和の香りを色濃く残す店内は、清潔感に溢れ、ゆったりと寛ぐことが出来る。
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あぁ、此処で朝刊を読む事ももう出来ないのだネ。

二杯目の珈琲を、何故かゆっくりと飲んでいる自分が居た。
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それでも、最後の日の朝にモーニングセットと珈琲を二杯飲むことが出来て良かったナ。
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『可否茶館』の皆さん、永い間お疲れさまでした。そして、美味しい珈琲をありがとうございました。

新しい場所を見つけて、必ずや再建される日を心待ちにしております。

      珈琲の香りの向こう 秋の空    八十八
by cafegent | 2011-08-31 15:33 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
七十二候では、「天地始粛」。てんち、はじめてさむしと読む。
そろそろ暑さも鎮まる時季が来たと云う訳だナ。酒朋キクさんから届いた文京朝顔市の朝顔は、今朝も元気に花を咲かせていた。
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先日京都で求めた朝顔の手拭いをキッチンに飾っていたが、そろそろ秋の柄に変えてみよう。
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日本手拭は安価で四季折々を彩ることが出来るから、良いのだネ。

昨日の夜は新月だったので、月は見えなかった。今夜は美しい三日月を眺めることが出来るだろうか。

今日、吉田博画伯が昭和16年に製作した新版画『新月』を手に入れた。
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元々水彩画の作品を描き続けた吉田博は、渡米渡欧の後の明治40年に水彩の『新月』と云う作品を第一回文展に出品し、三等賞を受けている。
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         (こちらは、国立近代美術館蔵)

この新版画の『新月』は、以前からカナダのコレクターに譲って欲しいと頼んでいたのだが、ずっと断られていたので、実に嬉しい。

吉田博の晩年64歳の時の作品だが、瀬戸内海に浮かぶ舟のマストから望む三日月の何とも美しいこと。漆黒の空では無く、夕暮れ時の三日月と云うのも素晴らしい。

吉田博は、「東京十二題」「日本アルプス十二題」、また「スフィンクス」に代表されるエジプトのシリーズなど、精力的に版画作品を発表したが、版画を始めた大正9年頃に好評だったのが、「帆船」のシリーズだった。
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この『新月』は、当時の瀬戸内海の帆船を再び思い描いて製作したのだろうか。僕の勝手な想像だが、そんなロマンもまたこの一枚の版画から生まれるのだナ。

「月」は、秋の季語でアル。

さて、この版画を眺めながら吞む酒も旨いだろうナァ。
       ◇        ◇        ◇
先週の金曜日、神田出世不動通りに在るイタリア料理店『リストランテ・シャイー』へ伺った。
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この日は、カミさんの誕生日と入籍記念日でもあったものだから、流石に立ち飲み屋じゃマズいだろうと予約を入れたのでアール。

此処のオーナーシェフ大坂政寿とは、もう随分長い付き合いになる。

彼が旧日本テレビ近くのレストランで料理長をしていた時に、友人を通じて知り合った。'97年、そろそろ独立をしたいと云う時期だったので、一緒に表参道に店を出した。その店がカフェ主体の形態だったので、2年後の'99年に銀座8丁目にワインとイタリア料理の店『テイスト!シャイー』を開店したのだナ。

銀座の家賃の高騰や丸10年経ったこともあり、我が社は店を閉じた。
こうして、シェフは満を持して独立したって訳だ。
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今も銀座時代に飾っていた店名の額は、僕の仕事場に架けてある。

銀座時代の大坂ファンも多く残っており、彼は店の名前をそのまま引き継いでくれた。

そして、この神田の『シャイー』も丸3年が経つのだネ。

銀座時代からの定番は、オリーブオイルの効いたシジミの味噌汁だ。
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これを最初に飲むことで胃に膜をはり、悪酔いしないのだナ。

そして、シェフからスパークリングワインを戴いた。
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先ずは、カミサンに誕生日おめでとうだネ。

一皿目は、北海道産の新サンマ。肝と梅干のソースでカルパッチョに。
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パクチーが良いアクセントになって美味い。

続いて、白ワイン。
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「グロプラン・デュ・ペイナンテ・シュルリー」は手頃で美味しい。
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良くオイスターバーなどで出されるネ。ナント地方のグロ・プラン種はライムの様な酸味が特徴的だ。

モンサンミッシェル島から届いたムール貝にもピッタリの白だったナ。
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しかし、凄い時代になったものだネ。フランスの世界遺産でもあるモンサンミッシェルはムール貝の産地で有名だが、それを旬の時季に空輸して東京で食べられるのだからネ。

小粒だが、プリプリして旨味も凝縮されていて実に美味かった。
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ボトルトップに描かれたロワール地方の長閑な風景も良いなぁ。

二皿目は、新イカだ。
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アンチョビとケッパーでさっぱりと。

続く、ワインは、赤でアル。
「センティメント・トランブスティ」の2007年だ。
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こちらもトスカーナのトランブスティ産だ。
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サンジョヴェーゼが主体で、ジビエや赤身の肉に合うワインだネ。
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ルビーの様な琥珀色のワインは、ホロホロ鳥のソテーに。
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イチジクのソースが、これまた絶妙だ。

寡黙な大坂シェフは、一人で厨房に立ちフライパンを振る。
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その合間に料理に合ったワインを開けるのだナ。

〆のパスタには、白ワインを合わせた。
「フェリーヌ・ジョルダン ラングドッグ・ルーサンヌ」の白は、2010年物。適度な酸味とフルーティな香りは、食欲をソソるのだナ。
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そして、シェフが意表をついて出して来たのは、トマトのグラッセと白桃のカッペリーニだ。
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甘い桃が冷製のパスタに合うのだろうか、と躊躇したのも束の間、この新しい味にスグ魅了された。
また、ラングドッグのルーサンヌ種にもバッチグーのパスタだった。
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デザートと珈琲は、パスさせてもらい、もう少しワインを楽しんだ。

『リストランテ・シャイー』を贔屓にしてくれているピーコさんが、9月に成城ホールにてシャンソン&トークのリサイタルを催すそうだ。
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時間を作って、是非伺おうかナ。

美味しい酒とワインを堪能し、素晴らしい記念日を迎えたナ。
大坂シェフ、心から有り難うネ!

神田からタクシーを飛ばし、神保町『兵六』の暖簾を潜った。
いつものホッコリとした日常に戻ったのであった。
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あぁ、我が家もこれで丸三年は過ごせたのだナ。狗馬之心を以て、我がツレに尽くすとしよう。
by cafegent | 2011-08-30 16:21 | 食べる | Trackback | Comments(2)
赫々(かっかく)たる陽射しは依然として強く街に降り注ぎ、歩いているだけで日焼けしてしまう。
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それでも、街を通り抜ける風は、どことなく秋の匂いを漂わせ始めているのだナ。目黒川沿いの区民プールからは、子どもたちの戯れる声が蝉の声に負けんとばかりに響いてた。

風に揺れる樹々の葉の間から、木漏れ日と呼ぶには眩しい太陽が照りつけ、東京の残暑は長いと云う事を思い出させてくれる。
        ◇       ◇       ◇
先週の土曜は、朝から都営浅草線で京成立石まで出掛けた。週に一度の愉しみである「土よ宇朝酒」だからネ。

『宇ち多゛』の宗さん側の入口では、いつもの面々が集ってる。
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自転車ホッシーは、TTISのTシャツが板に付いて来たネ。
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ダンディ岩崎さんは、夕暮れからの隅田川花火大会に備え、浴衣での登場だ。中々、カンカン帽が似合う方も少ないよネ。
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一時間程外で待ち、朝酒スタートだ。
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おしんこお酢をアテに冷えた瓶ビールが美味い。
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ホネもしっかり戴いて、至福の一日が始まった。

二軒目の『ゑびすや食堂』では、立石の重鎮イシさん夫妻も集まり、緑茶割りもススンだネ。皆さん、良き酒をありがとう!
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この日は、これにて立石を後にした。僕も浴衣に着替える為、一旦家に戻ったのでアル。

ひとっ風呂浴びて、汗を流し、いざ浅草へ。
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雷門『簑笠庵』の戸を開ければ、奥座敷にすでに岩崎さんとホッシー、それに立石からウーさんも到着していたネ。寝ていたが!
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ホッシーも花火大会に備えてバッチリ衣更え。イカしてますナ。
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茹でたての枝豆をつまみながら、ビールが美味い。
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風呂上がりなので、最高の一杯なのだナ。
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午後4時、雷門で酒朋トクちゃん、荒木マタエモンさん等と合流。
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はい、トクちゃん、ドーンッ!

Qちゃんも登場し、花火の前に一杯!と云う事で『正直ビアホール』へとお邪魔した。
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澄子ママも体調を崩して暫く休んでいたので、嬉しい再開だった。
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いつもながら、純白の割烹着と銀髪が似合ってますナ。
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粋な晴れ姿のママに乾杯!
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どうですか、この薄張りグラスに注がれた生ビールは!
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ハイ、おまちかねッ、ドーンッ!な二人。トクちゃんも初訪出来たし、Qちゃん、マタエモンさんも愉しい酒でしたネ!
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軽く一杯のつもりが三杯クィッといっちゃったネ。

此処からタクシー飛ばして、吉原大門へと移動。『金寿司』の前で止めて貰う。

今は吉原交番が在る場所は、かつて『松葉屋』と云う手引き茶屋が在った。江戸時代、吉原遊郭の繁栄期、この手引き茶屋とは、花魁の待つ遊郭に遊びに行く前の客達を芸者の踊り等で接待する場だった。

15年程前までは、はとバスツアーで「夜の花魁ショー」が此処で繰り広げられていたが、今は立派なマンションになっている。

昨年に続き、今年もこの瀟洒なマンションの上から隅田川の花火大会を見物しながらの酒宴となった。
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mooちゃん、小ヒロさんの大野夫妻邸は、ベランダからスカイツリーが一望出来る絶景だ。空へと伸びるスカイツリーのすぐ左手に大輪の花火が打ち上がるのだナ。
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花火が打ち上がるまで、暫し酒宴となる。
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午後6時半、準備を告げる花火が打ち上がった。
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さぁ、乾杯!酒朋ハッシーも登場し、いつもの呑み仲間が集まったネ。
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トクちゃんの手土産は、木挽町『辨松』(ベんまつ)の卵焼き!これがまた美味いのだネ。

皆さんが持ち寄った酒と肴、それにmooちゃんが腕を振るった美味しい料理が満載だった。
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今回の花火大会では多くの方々が、夏の終わりを彩る花火に大震災復興の祈りを重ね合わせたことだろう。

屋上に上がると、第一、第二会場両方の花火を眺めることが出来る。
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遠くの方でも花火が上がっていたが、TDL辺りだろうか。
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mooちゃんの酒朋が、祐天寺『ばん』のもつ焼きを差し入れてくれた。
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これは、なんとも嬉しきことなり。
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酒も続々と栓が抜かれるのだナ。実に嬉しい限り。
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「カレーは飲み物!」と豪語するトクちゃんは、酒もラッパ飲みかよ!おいおい。

いやぁ、本当に愉しい花火大会の宴であった。
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mooちゃん、小ヒロさん、今年もありがとうございました。
by cafegent | 2011-08-29 17:17 | 飲み歩き | Trackback | Comments(4)
今日も午後から凄いゲリラ豪雨と落雷が東京の空を覆った。
山手線のホームでも浸水したり、道路もマンホールから水が吹き上がっているらしい。ツイッターで瞬時に情報が伝わるから助かるネ。
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昨日の静岡、浜松では南風の影響で豪雨となり、土砂崩れや道路の冠水被害み見舞われた。一時は新幹線も止まり、在来線合わせて十万人以上の足に影響が出たそうだ。今年に入ってから、大地震、津波、ゲリラ豪雨など自然災害による被害が広がるばかりだネ。

地震とは無縁だった筈のニューヨークでも最近大地震があったらしい。セントラルパークを歩けば判るが、マンハッタンは地表が岩盤に覆われている。その堅い岩盤の上に聳え立つ摩天楼は、地震大国日本と違い、耐震構造建築など施していないだろう。

東日本大震災規模の大地震があの街を襲ったら、エンパイヤー・ステート・ビルディングやクライスラー・ビルが崩れ落ち、ミッドタウンを中心に大きな被害が出るかもしれない。昨日は、ブラックホールが星を呑み込む映像を初めてとらえたとのニュースが世界を駆け巡ったが、宇宙の神様は、この地球を一体どうしようとしているのだろうか。
       ◇        ◇        ◇
今月の半ば頃、青春18きっぷを使って静岡方面に出掛けて来た。
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朝8時、品川駅から快速アクティーのグリーン車に乗り込み、先ずは朝酒から開始。
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日本酒に切り合えて、GTMS!みちのくは「奥の松」をぐびり。
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旅行にも、こんなぐい呑みを持参するだけで、気分が違うのだナ。
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真鶴を過ぎ、丁度昼頃に熱海に到着だ。熱海の街は凄いことになっているネ。
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まさに「はだか天国」でアル。
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ウヒヒとグヒヒが一緒クタにやって来たみたい!
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う〜ん、足が此処から離れたくないみたい。

先ずは、腹ごしらえをしなくちゃ、だ。
駅から海岸まで降り、海沿いの道を渚町まで歩く。

洋食『スコット』の斜め前に佇む赤い暖簾が目印の『わんたんや』へと向かう。
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此処は地元の知り合いに教えて頂いた店なのだが、口コミで評判が広がり、いつも外に行列が出来ているのだナ。

この日も一番混みそうな12時半に向かったのだが、6人程の待ちだったのでホッとした。小体の麺屋さんで長っ尻の方も居ないからネ。

それでも炎天下の熱海でアル。
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頭の上から熱波がジリジリと襲って来る。

漸く入った店内では、先に並んで居た親子と相席になった。
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そしてお互いに瓶ビールを戴き、乾杯だ。

大きな餃子をアテにビールを一気に呑み干した。
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余り大振りの餃子は好みじゃないのだが、此処のはジューシーで、具の野菜も旨味が出ており、とっても美味しいのだナ。

そうそう、ビールのつまみにチャーシューの切り落としを出してくれるのも吞んべいには嬉しい心遣いだった。
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品書もシンプルで嬉しい。

僕はワンタンメン、カミサンは冷やし中華ワンタンメンをお願いした。

さぁ、やって来ました!お待ちかねのワンタンメン!
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千葉製粉のストレート麺は、細くて喉越しも良い。
昔懐かしい昭和の支那そばの味わい深いスープは、鶏ガラだネ。で、なんてったって自慢のワンタンの美味いのなんの、南野陽子!なんちて。

食べながら、頬が緩む幸せって判るかなぁ。でも、本当なんだナ。

続いて、カミサンが頼んだ冷やし中華ワンタンメンが登場。
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どうですか、コレ!皿の廻りを取り囲む城壁の様なワンタンの勇姿!

冷たい汁と共にプルンッと喉を通って行くワンタンよ。冷やし中華そのものは、大変オーソドックスなのだが、酸っぱ過ぎず、ワンタンの味を本当に引き立てていた。

此処がいつも混んでいるのが、本当に判るのだナ。
美味くて、その上良心的な値段だものネ。普通のラーメンが600円なのに、あれだけワンタンが入っていても100円違いの700円でアル。
家族で小ぢんまりと営んでいるから出来るのだネ。

これだけでも熱海に来た甲斐があったってもんだ。いや、ビキニが目的か?ハテ?

熱海に来る度に立ち寄りたい名店だ。ご馳走さまでした。
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腹を満たしたら、ひとっ風呂でアル。
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熱海でも古くから創業している温泉旅館『大月ホテル和風館』へ、温泉を浸かりにお邪魔した。
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名湯「藤沢の湯」は源泉掛け流しだ。
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風情豊かな高野槙(こうやまき)の露天風呂と屋趣漂う岩風呂の露天風呂で珍しいお茶風呂を楽しむことが出るのだ。
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筋肉をほぐし、日頃の酒に参っている肝臓などをこの湯で労ろう。
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ゆっくりと風呂に浸かった後、サウナで汗と残り酒を一気に出した。

熱海を後にし、一路焼津へと向かうことに。今回の旅の目的は、実はこの焼津なのでアル。
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焼津駅に到着し、午後5時の口開けを目指して駅前通りを歩く。
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途中、人魚姫にご挨拶。

さぁ、『寿屋酒店』の大きな暖簾が浜の風に凪いでいる。
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「こんばんは!」と暖簾を潜れば、親爺さんが仕込みの最中だった。
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この日は地元の方々が急に大人数で予約を入れたそうで、刺身とかの手配に大わらわだったらしい。

此処は佇まいが実に良い。
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戦前は酒屋として営んでおり、戦後になってから酒場へと変えた。
故にもう70年以上も続いているのだネ。
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此処は酒の肴が何れも美味しいのだが、何と云っても生ビールの味が絶品なのだ。

この生ビールを飲みたいが為だけに、今回は焼津までやって来たってもんだ。

東京に居ても、美味い生ビールを吞ませてくれる店は数多く在る。
新橋『ビアライゼ '98』、銀座『ライオン』、神保町『ランチョン』などだネ。瓶ビールとなると、何といっても十条の『斎藤酒場』に限る。

あの冷水の冷蔵庫で冷やした瓶ビールの絶妙な冷え加減は、もう堪らないネ。壁の短冊に書いてある「冷やしビール」の文字も愉しい限り。

さて、その件(くだん)の生ビールなのだが、木製の旧式冷蔵庫と暖簾の間に置かれたビールサーバーから注がれるのだナ。

親爺さんがジョッキにゆっくりとビールを注ぐと最初は白い泡ばかりになる。
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以前は、水冷式のビアサーバーだったのだが、今は新式のサーバーだ。だが、ビールを注ぐ金口は、以前の物を使用しているのだネ。暫くそのままに放置し、泡が半分程になった辺りで再度ビールを注ぐのだ。

これを数回繰り返し、最終的にはジョッキの上にこんもりとクリーミーな泡が乗った生ビールの完成となる。
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まるで頭に白いボルサリーノのパナマ帽を冠った紳士の如きジョッキ生でアル。

待つこと数分、この時間が愛おしいのだヨ。判るかなぁ。
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そして、待ちに待った一杯目の生ビールが運ばれて来た。ゴクリッ!
う〜ん、ンまい!この絶妙な冷え方は、木場の『河本』の二冷ホッピーが好きな人には堪らんだろうなぁ。
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〆さばをアテにビールがススむ。

頭キンキンする程の冷え過ぎでもなく、喉越しが爽快になる温度加減には本当に恐れ入る。立て続けに三杯は飲んでしまうのだナ。

目の前の海で水揚げされた海海老をから揚げで戴いた。
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香ばしくて、ビールのアテに最高だ。
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時折、奥の土間から吹き抜ける風が、頬を撫でて行き気持ちが良い。

ビールの次は、日本酒だネ。地元の酒「杉錦」を冷やで戴いた。
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ご主人が刺身が無いと言いながら、マグロを切ってくれた。
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酒もどんどんと空になり、すっかり日も暮れて来た。
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一段落したご主人ともゆっくり話をすることも出来たし、飛び切り幸せなひとときを過ごすことが出来た。
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外の提灯に明かりが灯ったところでご馳走さまだ。
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帰りの電車では、熱海の花火大会を車窓から眺めることが出来た。
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青春18きっぷの日帰り小旅行も中々愉しい旅になるのだナ。
by cafegent | 2011-08-26 17:47 | 飲み歩き | Trackback | Comments(4)
向田邦子さんのコトを綴っていたら、無性に『ままや』のお惣菜が恋しくなった。けれども、今はもう食べることが出来ない。

作家の先生達は、美味しい物に目が無い方が多かった。池波正太郎、山口瞳、立原正秋等々、東京の美味いもの、美味い店を多くの先生たちから知ることが多かった。今でも健在の店も数多く残っており、僕も足繁く通っている店もある。

そんな訳で、今日の昼飯は末広町まで足を伸ばし、『花ぶさ』の暖簾を潜った。
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此処は、池波正太郎さんがこよなく愛した料理屋で、暖簾の文字や包み紙の絵も描いている。夜は、季節の料理が彩る「花ぶさ膳」を肴に酒を呑むのが愉しい。

なにより、昼の献立の素晴らしいこと。穴子煮や季節の刺身、天ぷら、自家製の西京焼など、種類も豊富だし、季節毎に変わる炊き込み御飯や〆の白玉ぜんざいまで付いて千円と云うのが嬉しい限り。

大女将の佐藤雅江さんは、今はもう時々しか顔を見せないが、お孫さんが板長として昼も夜も板場に立っているのが嬉しい。
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以前は、上野不忍池の蓮の花を眺めた後に近くの銭湯『燕湯』で朝風呂を楽しみ、上野ガード下辺りの酒場で軽く朝酒を楽しんだりした後に、此処で昼飯を堪能した。

最近は、もっぱら湯島天神を参詣した後、のんびりと散歩しながらギャラリー『3331Arts Chiyoda』を見学し、午後空いた時間を見計らって『花ぶさ』を訪れることが多い。

今日も一階のカウンターはタイミングよく空いていた。席に座り、おしぼりで汗を拭うと、真隣りに酒朋キクさんが居ることに気がついた。
時々いらしてるとは聞いていたが、平日のこの時間に遭えるとは奇遇でアル。
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キクさんは出始めたばかりの新サンマを刺身で、僕は茄子の味噌田楽を戴いた。
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しっとりとした甘い茄子に味噌の風味豊かな味がしっかりと滲み、御飯がススんだナ。二人とも初秋の味覚に大満足でアル。

今の時季お馴染みのコーンの炊き込み御飯も茗荷が効いて美味かった。
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しっかり、御飯もお代わりし、なめこの赤出しも変わらずに美味い。
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男二人、白玉ぜんざいに舌鼓を打ち、大満足で店を出た。

銀座線の入口でキクさんと別れ、僕は一人JRのガード下に出来た複合施設『2k540 AKI-OKA ARTISAN』を散策。
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神保町『兵六』に毎日通う酒巻君もこの中のアートフレーム屋さんで仕事をしていたので、ご挨拶をして来た。
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館内のマルチスペースでは、にいがた産業創造機構が企画した「百年物語」〜美しい道具を新潟から〜が催されていた。
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8月末までの開催なので、是非。
       ◇        ◇        ◇
さて、先日も日記に書いたが、パイロット万年筆の企業広告が面白い。
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第一弾は、イラストレーターの和田誠さんが描いた。
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続いて、カクカクシカジカやクウネル君、suicaのペンギン、千葉県のマスコット・チーバ君などの名キャラクターを描くイラストレーターの坂崎千春さん。
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そして第三弾はイラストレーター、アートディレクターとして活躍する大塚いちおさんが登場し、とても心に響いて、そして誰かと向き合いたくなる様な、自分を応援してくれる小さな言葉を紡ぎ出している。
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個性的なイラストレーター達が、手描きした『PILOT』の企業ロゴもそれぞれに味わい深くて素敵だネ。

パイロットは、何年か前から「書く、を支える。」をテーマに新聞広告を展開しているのだが、何れもが素晴らしい作品になっている。
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相手に一番言いたいこと、伝えたいことほど、言葉に出せないものだ。

そんな時、ベタでもいいから、たった一言でもいいから、ペンを取り、書いてみよう。手書きで綴った文字の持つ思わぬチカラに驚きを覚えてしまうことだろう。

過去の企業広告を是非、ご覧になってもらいたい。きっと、抽き出しの中で眠っている万年筆を手に取ってみたくなる筈だから。

パイロット企業広告のサイト
by cafegent | 2011-08-25 23:30 | 食べる | Trackback | Comments(6)
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湿り気をたっぷりと含んだ空気が、行く足を重たくさせる。
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めくり忘れたカレンダーの様に今朝の東京はまるで梅雨の季節に逆戻りしてしまったのか。

残り雨のせいなのか、吹き出た自分の汗なのか、ポロシャツから突き出た二の腕がじっとりと濡れている。
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同じ暑さでも、カラッと晴れた青空の下でかく汗の、なんと心地良いことよ。仕事場のカレンダーを見れば、矢張り8月の下旬でアル。
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残り少ない夏を懸命に鳴く蝉たちも、今朝の東京には戸惑っているんじゃないだろうか。
       ◇        ◇        ◇
8月のお盆を過ぎると、いつも思い出すのが向田邦子さんの命日だ。
1981年の8月22日、社会人になりたての僕はラジオのニュースで向田さんの訃報を知った。

その丁度一年前、向田さんは妹さんと二人で赤坂に『ままや』と云う小料理屋を開いた。
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料理好き、酒好きで知られていた方だったので、是非とも伺ってみたいと思っていたのだが、まさかその1年後に飛行機事故で帰らぬ人となるとは夢にも思わなかった。

結局、『ままや』の暖簾を潜ったのはそれから随分と時間が経ってからだった。サラリーマンを辞め、起業をした頃だから向田さんが亡くなって10年ばかり経っていた頃だ。

向田邦子さんは、大の飛行機嫌いだった。あれだけ頻繁に海外旅行をしていたのに不思議だネ。

22日の命日、朝日新聞「天声人語」でも、その事に触れていた。
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〈毎週のように乗っても、離着陸の時は平静でいられない。飛行機が苦手な向田邦子さんは、空の旅となると縁起を担ぎ、乱雑な部屋から出かけた。下手に片付けると「万一のことがあったとき、『やっぱりムシが知らせたんだね』などと言われそうで」(ヒコーキ)〉

この文が出た3ヶ月後、向田さんはその「万一」に遭ってしまった。
妹の和子さんによれば、その時彼女の部屋はいつになく整理されていたそうだ。直木賞を受賞した翌年のことでアル。

僕は彼女が脚本を手掛けたホームドラマが大好きだった。
中学の頃に観た『七人の孫』や『だいこんの花』、そして何と言っても『時間ですよ』と『寺内貫太郎一家』だネ。

『七人の孫』から『寺内貫太郎一家』に至るまで、向田さんと久世光彦さんのコンビが作るドラマは、夢中になって観ていたっけ。

『阿修羅のごとく』は、可成り後になってから再放送で観た。死去後の追悼で放映されたのだったか、今はもう忘れてしまったナ。

『ままや』は料理が好きだった向田邦子さんと妹の和子さんが、二人で試行錯誤して考案したお惣菜が多かった。

「鯵の干物とポテトのサラダ」とか、一見ギョッとしてしまうような取り合わせの様だが、食べると実に美味いのでアル。ザク切りの三つ葉がアクセントになっていたナ。また、さつま芋のレモン煮やクレソン炒飯なんかも、家で真似をして作ったけれど、今でも大好きだ。

『ままや』で長い間板場を預かっていた方が、その後新橋で小体の居酒屋を開いていた。向田姉妹の味もそのまま受け継いでいたのだが、残念ながらその店も今はもう無い。当時、同じ新橋5丁目に仕事場を構えて居たので、仕事の合間を縫って、吞みに行ってたっけ。
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何年か前に「向田邦子の手料理 (講談社のお料理BOOK)」と云うレシピ本が、出ていたネ。

向田姉妹の味は、3年前に百歳でお亡くなりになった母・せいさんの手料理が並ぶ家族の食卓が原点だ。

「向田家のモットーは、熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに戴く。その料理が一番美味しいうちに、パパッと食べる。もたもたしていると父の雷が落ちますから、素早く綺麗に食べる、というのが日々の情景でした」と記している。

向田邦子さんがお亡くなりになって30年の歳月が流れた。今、気がついたのだが僕は今年の春51歳を迎えた。向田さんが亡くなった時と同じ歳になった訳だ。

「人生、まだまだこれからだ」なんて、ノホホンと過ごしている自分が少しだけ幸せに思えたのだナ。

先の本と併せて、こちらも読むと面白い。是非!
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      <とんぼの本>向田邦子 暮しの愉しみ
by cafegent | 2011-08-25 12:28 | ひとりごと | Trackback | Comments(6)
昨日、今日と二日続けてパイロット万年筆の15段広告が出ていた。
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絵と文は、全て和田誠さんの手描きでアル。PILOTの企業ロゴまでもが手描きで、実にほのぼのとした広告だ。

パソコンに押されがちで、文章も日々キーボードを叩く方が多くなって来た。それでも散歩や旅に出る時などは、万年筆を持って出掛ける。
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この小さな万年筆は、「エリート」と云う代物だ。今からもう40数年も前に発売された万年筆だ。大橋巨泉がCMで「ハッパフミフミ」と意味不明なセリフで一世を風靡したスタイリッシュな万年筆だった。

ちゃんと手入れをしていれば、今でも使えるのだから素晴らしい限り。時々、木綿のトートバッグの中でインク漏れをして、バッグに染みを作ってしまうのもご愛嬌なのだナ。

僕は東京堂書店などで、作家のサイン会に行く度に、自分の万年筆でサインをしてくれる先生に殊の外愛情が沸くのだ。万年筆はそんな使い方こそ、面目躍如!たるのだナ。
       ◇        ◇        ◇
また暑い夏が戻って来た。週末の涼しい日がもう愛おしい。

躯の事を考えて、毎朝自宅から仕事場まで約30分歩いてる。今朝も青空の向こうから太陽が路面をジリジリと照りつけていた。
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5分も経たないうちに、腕から粒の様な汗が吹き出して来た。
新陳代謝が良いのは嬉しいのだが、Tシャツの着替えと数枚のタオルは夏の必需品となっているのだナ。

暫く歩いていると、青い空を夏の雲が覆いだした。
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まるで水彩画の空に、太い絵筆で白絵の具を塗っていくみたいだった。眩しかったアスファルトに大きな影が出来て、束の間の日影に涼を取りながら歩いた。

考え事をしながら歩いていたら、ガードレールに気が付かず、膝小僧を思い切り打つけてしまった。
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一人小さな悲鳴を上げていると、また雲間から太陽が顔を出し始めた。

仕事場まで、あともう少し。暑い夏も東京らしくて良いのだナ。
       ◇        ◇        ◇
閑話休題。
岡山に住む義理の母から、児島湾の天然アオうなぎの話を聞いた。
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穴じゃこと云うしゃこ海老を餌にして延縄(ハエナワ)漁で穫るので、「しゃこうなぎ」とも呼ばれている。

身が厚いのに旨味が凝縮されていて、天然ものに有りがちな川魚特有の臭みもないと云う。

この話を聞いたら、もう喰わずにはいられなくなった。そんな訳で、東京で児島産天然うなぎを食べさせてくれる町田の『双葉』へと出掛けたのだ。

当日の朝、店に電話をして天然うなぎが有るかどうか確認した。
電話に出た男性の方は、「有るにはあるが、混んで並ぶ事になるから、確約は出来ない」と、実にツッケンドンな返事を返された。

まぁ、時間が早かったので仕込みの職人さんだったのだろう。「判りました」と電話を切り、家を出た。並ぶならば、早め目に行けば良いのだろうと開店時刻の11時を目指して電車に乗った。

菊名駅で横浜線に乗り換える筈が、週刊誌の中吊り広告に魅入ってしまい、乗り過ごしてしまった。

結局、横浜で乗り換えて店に着いたのは、11時半だった。やれやれ。
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それでも、待つ事もなくスンナリと座る事が出来た。

小田急百貨店のレストラン街に在るので、風情ある佇まいなどは望めないが、老夫婦などが仲睦まじく鰻重を食べている姿が実に微笑ましい。
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先ずは生ビールを頼み、天然しゃこうなぎが残っているかを確認。
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品書きを眺めると、天然しゃこうなぎ重(花)が4,200円から、(月)が3,150円からとなっていた。おや、案外良心的な値段なのネ、と思っていたのだが...。

中居さんが厨房に確認しに行き、「6,300円のモノが一尾だけございますが、如何いたしましょう?」との事だった。

こっちは、天然のしゃこうなぎを求め、遠くから来ているのだから、是も非も無い。迷わず、それをお願いした。

3,40分程お待ち下さいと、ウナギの骨せんべいを出してくれた。
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これも香ばしくて、ビールのお代わりがススんだナ。

「岡山の味風土記」によれば、江戸時代には現在の岡山市青江や八浜の漁民にのみ、ウナギ漁の権利が与えられていたそうだ。児島湾一帯で穫れる鰻が「青江のアオ」として定着しているのは、その名残なのだネ。

明治22年、大阪でウナギの品評会があった。島根の宍道湖産と備前青江産が最後まで残ったが、「味・脂の具合とも、双方互角、ただ風味の一点のみ備前青江が宍道湖に勝るものなり」との判定を下して“日本一の味”の栄冠を青江産が取ったそうだ。
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現在72歳の清水魁さんは、しゃこうなぎ漁の名人だ。今は息子さんも受け継いで、奥さんと三人で漁に出ているらしい。

児島湾のウナギは柔らかい泥の中に生息するため、体は青みがかり、皮は分厚くならないのだ。清水さんによれば、「川のウナギの様にミミズや虫じゃなく、穴じゃこみたいな海のものを食べているので、旨味が違う」のだそうだ。
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ビールから酒に切り替え、ウナギが焼き上がるのを待つ。
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そして待つ事35分、天然しゃこうなぎ重の登場だ。

蓋を開ければ、香ばしい匂いが立ち昇る。
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その身は、肉厚だが皮は薄く、脂っ濃過ぎない。
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頬張るとふっくらと柔らかな食感が口いっぱいに広がるのだナ。
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長年継ぎ足して来たタレの味も程よく、炭火の焼き加減も素晴らしい。朝の無愛想な電話の応対の事は忘れよう。

しかし、ウナギは待つ時間は長いが、あっと云う間にペロリと平らげてしまうから出て来てからは実に早い。まるで、『宇ち多゛』の口開けの様なのだナ。必ず1時間は待ち、席に着いても3,40分で終了だからネ。
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天然うなぎと云えば、麻布の『野田岩』や南千住の『尾花』ばかりだったが、此処『町田双葉』も素晴らしい。ハレの日は、此処に来て天然しゃこうなぎを食べる事にしよう。
by cafegent | 2011-08-24 12:34 | 食べる | Trackback | Comments(3)
今朝、いつもと違う道を歩いていたら、入口の戸が開け放たれていた町工場から油の匂いが漂ってきた。昭和40年代頃の旧式電車の床の匂いと同じだった。たしか、白馬ワックスだったと思うのだナ。その匂いは、幼い頃に実家で嗅いだ香りとまるで同じだったので、一気に小学生の頃の我が家を思い出した。
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我が家は札幌市内。ススキノのど真ん中に在った印刷屋だった。
二階が生活の場で、一階が仕事場だった。床を磨いたワックスの油と珈琲の香りが入り交じった匂いは、今も強烈に覚えている。

幼い頃から、親に「レコードと美術書と本には、金を惜しむな」と教えられて来た。物心ついた頃には、我が家ではストーンズやビートルズ、スタン・ゲッツ、ジェリー・マリガンなどが朝から晩まで流れていた。

レコードは、いつも『玉光堂』で買っていた。両親の好きなアーティストの新譜が入荷するとレコード屋さんの方から連絡が入るのだ。
父は買ったばかりのレコードに針を落とし、母の叩く和文タイプもリズムを刻んでたっけ。

1969年、僕が最初に貰って覚えている9歳の誕生日プレゼントは、このトム・ジョーンズの「ラヴ・ミー・トゥナイト」だった。
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確か兄貴には、ゼーガーとエヴァンスの「西暦2525年」か、1910フルーツガム・カンパニーの「インディアン・ギヴァー」だったと思う。

話はそれるが、69年の洋楽は素晴らしい名曲が多かったナ。
フィフス・ディメンションの「輝く星座」やビートルズの「ゲット・バック」、メリー・ホプキンの「グッドバイ」やマーヴィン・ゲイの「悲しいうわさ」も流行った。フルーツガム・カンパニーの「トレイン」も好きだったなぁ。

今年83歳を迎えた母は、今でもモダンジャズを聴く。そして、父もまたマリア・カラスとライ・クーダーをこよなく愛し、毎日CDを架けながら源氏物語や佐伯泰英などを拝読している。

そんな家に産まれた訳だから、兄は当然の如く音楽家になり、僕は自由気ままに生きる様になった。日々、街を歩き、句を詠み、画廊や古書店へと足を運ぶ。そして、陽が暮れる頃には酒場の暖簾を潜るのだナ。

      雨あがり窓の向こうの秋涼し    八十八
       ◇        ◇        ◇
昨日は、長い夏休みが明けた神保町の酒場『兵六』の暖簾を潜った。
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冷暖房が無い酒場は、当然の如く八月は暑い。当然ながら、窓も入口も裏戸も開け放たれているのだが、コの字カウンターの一番奥に座ったならば、風のかの字も流れて来ない。そんな訳で、毎年この酒場は二週間の夏休みを取るのだナ。

故に、昨日は行き場を失った神保町の酒場難民たちが、一斉に押し寄せた。午後六時を前にカウンターも二卓のテーブル席も一杯だった。

テーブル席で暫く相席をさせて戴き、コの字へと移動。ビールから無双の白湯割りに切り替えたところで、酒朋ビリー隊長がやって来た。

この日三度目の移動をし、一番暑い奥の席へと座った。
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FC東京の不甲斐ない成績に業を煮やしながら、酒を酌んでいるとカウンターの向こうから「東京自由人日記の方だネ」と声を掛けられた。

僕の日記を以前から読んで戴いている様で、随分と僕の俳句趣味や街歩きなどを知っておられた。坂崎重盛さんのお知り合いとの事だったが、その方は中川六平さんと云う御仁だった。ハテ、何処かで聞いた名前だナと思っていたら、昔読んだ坪内祐三さんの「古くさいぞ私は」の編集をしていた晶文社の方だった。

夕べのお話では、もう晶文社には居ないみたいだったナ。ご同席の中村さんも講談社の方で、矢張り此処『兵六』には出版関係の方が多く集うのだネ。

晶文社と云えば、1970年代頃に夢中になって読んだ本の多くがこの出版社が出していた本だった。

小林信彦さんの「東京のロビンソン・クルーソー」や植草甚一氏の「ワンダー・植草・甚一ランド」など、当時の晶文社の本は今も時々読み返す事がある。
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「植草甚一スクラップブック」は、全40巻と別巻の1冊総て揃えたものだ。77年に出た「僕の東京案内」を読んで、初めて池波正太郎に興味を覚えたりしのだったナ。

そう云えば、最後に買った晶文社の本は、ハウエル・レインズの「フライフィッシング讃歌」とつげ忠男の「釣りに行く日」だった筈だから、もう15年以上も前になる。
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昨年、確か50周年を迎えたのだったネ。
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さて、『兵六』を出た僕らは新橋へと移動した。

昨日は新橋駅前ビル二号館の地階に在る『すし処まさ』にお邪魔した。
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間口一間、三席の小さな寿司屋でアル。故にいつも予約で埋まっているのだネ。前回、4月に伺った際に予約を取ったのが、昨日なのだ。
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兵六にてビールを飲んだので、初めから日本酒を戴いた。
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先ずは「銀嶺立山」から。食事は店主の鈴木優さんにお任せでアル。
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僕とカミサンは、縞海老と淡路島の鯛から開始。海老アレルギーのビリー隊長は、代わりに赤貝を戴いた。
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続いて、北海道の新サンマを刺身で。
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脂が乗り過ぎず、刺身が酒に良く合った。
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濃い豆乳で作った豆腐も此処の名物になっているネ。

此処は、本当に居心地が良い寿司屋だ。
何よりも主人の優さんの人あたりが良いのだナ。
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物腰の温かさと丁寧な仕事ぶりには、本当に感謝しながら愉しく時を過ごす事が出来るのだ。
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牡丹の花が咲いた様なメバチマグロは、炙りで戴く。
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ビリー隊長も喜んでくれて嬉しい限り。
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いや、ただの酔っ払いになっていたかナ。
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それにしても酒がススむ。我ら吞んべいの心を察してか、ホヤを出してくれた。
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もう、ぐふふの旨さ。
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続いて、山口の鮟鱇の肝の登場だ。
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酒を黒龍に切り替えて、握りへと突入。
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本マグロのヅケも美味かったネ。
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島根県で穫れた白イカも甘かった。
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シンコも今が旬だネ。
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黒龍もお代わりし、赤貝を喰う。
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車海老も帆立も良い味だ。
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脂の乗った鯵もこれまた美味い。
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どうですか、美味しそうでしょう!
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イクラの小丼と巻物二種を戴いて満腹だ。
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最後は赤出しで〆た。
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今回も本当に美味しい寿司と酒でしたナ。

愉しい時間は、あっと云う間に過ぎていった。ビリーの終電も気になるし、いざ終了。ご馳走さまでした。
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それにしても、あれだけ吞んで食べて一人当たり1万円程なのだから嬉しいネ。

次回はまた当分先の3月に予約を入れた。予約した事を忘れてしまいそうになる程先なのだナ。
by cafegent | 2011-08-23 15:10 | 食べる | Trackback | Comments(4)
暦ではもう「立秋」だネ。本来ならば、まだまだ残暑厳しい夏が続きそうだが、ここ数日は一気に秋の気配を感じる。
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この二週間ばかりは、高校野球に目が離せない日々だった。津波の被害を受けた八戸の光星学院と西東京代表の日大三高の決勝戦は、勝ち負け以上の大きな希望に満ち溢れた力を国民皆が貰った気がする。

それにしても、準決勝の日に東京を襲った豪雨も凄かったネ。横殴りの雨は傘など何の役にも立たなかった。雨に強い筈のメイン・ハンティングシューズさえもくるぶしから雨が入り込み、足がふやけてしまったのだから。

しかし、頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れになってしまうと、開き直って来るのか、子どもの頃に戻った様にグショグショに濡れる事が楽しくなって来たのだナ。普段なら母親に怒られそうなものだが、大雨を理由に好きなだけ服を濡らして遊ぶ事が出来るからネ。

列島を襲った猛暑もこの雨で一段落したかもしれない。今朝は窓から吹き込む風に寒さを感じて目が覚めた。クローゼットを開けながら、もう秋の装いの事が気になりだしている自分が居た。
       ◇        ◇        ◇
8月10日、京都も35度を超す程の暑さだった。
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銀閣寺を拝観した後は、甘党茶屋『梅園』にて一休み。
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此処はいつでも混んでいるのだネ。
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僕は「宇治冷やしぜんざい」を頼んだ。抹茶ゼリーがプルンと美味い。
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カミサンは「宇治抹茶みるく氷」に白玉を乗せていたが、旨そうだったのでちょいと戴いた。むふふ。

汗が引いたので、新京極『スタンド』にてちょいと一杯引っかけに。
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ビールが水の様に躯に沁みていく。
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それでも、外に出ると生暖かい風がしつこく纏わり付いてくるネ。

京都は盆地でアル。市街を三方向から山に囲まれている為に、南側から熱風が入り込み盆地に留まるのだそうだ。
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そんな京都人は、少しでも涼を感じる工夫を忘れない。
前日は京の奥座敷、貴船の川床で過ごしたが、この日は鴨川から吹く涼風を愉しもうと木屋町通りと鴨川の間に佇む京料理の老舗旅館『幾松』にて、夏の風物詩「鴨川納涼床」を楽しんだ。
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此処『幾松』は、桂小五郎(のちの木戸孝允)ゆかりの宿でアル。
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三本木の芸妓だった幾松(のちの松子夫人)は、新撰組の斬り込みを受けたこの屋敷で桂小五郎をかくまった。裏の鴨川に逃げられる様に廊下の下から抜けられる隠し階段も残っている。

天井が落ちて敵を攻める「つり天井」の仕掛けが残る「幾松の間」も現存し、丁寧な解説を聞きながら見学する事が出来るのだヨ。
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桂小五郎直筆の掛け軸も在り、幕末にタイムスリップした気分に浸れるのだナ。
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玄関先から幾松の間へと続く、渡り廊下には吹き抜けの坪庭も在り、実に風情豊かだ。
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黄昏時を前に食事を開始し、京のサンセットを堪能した。
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先ずは、ビールで乾杯。
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食前酒は、ブルーベリー酒。
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先付けは、長芋の素麺。海老とオクラでさっぱりとした味わいだ。
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ガラスの器に盛られた八寸は、鬼灯サーモン、無花果(イチジク)信楽揚げ、鰻の笹巻寿司、海老真丈、蓮芋梅肉掛け、烏賊の酒盗、そして鱚の黄金焼き。
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鰻好きには、たまらないネ!
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酒盗は日本酒に最適なアテだったので、純米酒「幾松」を戴いた。

向付は、愛媛産縞鯵、徳島産鱧に鯛だ。
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鱧がさっぱりと「京の夏を食(は)む」と云った趣きだネ。
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そして、お姉さんにパチリと記念撮影をして戴いた。
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色々と優しい心遣いをありがとう!
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京の夜に、芸妓さんは外せない。
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とは云え、僕らは便乗組だ。それでも十分、目に愉しいのだナ。
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あぁ、酒が弾む。
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鱧と松茸の吸い物でひと休み。
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地元産の鮎を塩焼きで。
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陽も暮れ出して、灯籠に明かりが灯った。
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空が薄紫色に染まり、鴨川の鳥たちが山へと帰って行く。

炊き合わせは、泥鰌(どじょう)柳川豆腐。
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これまた、実に品のある一品だったナ。
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涼しげな小鉢は、汲み上げ湯葉に生ウニとオクラ、とろろだ。
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山葵もアクセントとなり素晴らしい味だった。辛口の酒にも合ったナ。
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すっかり陽も落ちたネ。
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鯵の酢〆と酒煎蛸を茗荷で和えた小鉢。頬が落ちそうになる。
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湯葉の赤出しと蓮根の炊き込み御飯が出た頃には、殆ど見えなくなって来た。
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僕らは大丈夫だったのだが、川に面した灯り側の席だと、蚊が集まってくるので、灯りを消したのだネ。
最後に果物を戴いて、ご馳走さまだ。真夏の夜の納涼床を堪能した。
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祇園祭りと大文字五山送り火の間の時季、本当に素晴らしい京の夏を過ごす事が出来た。
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酔い冷ましに先斗町を歩いていると、知った顔が居るではないか。

青山『立ち飲みなるきよ』などで、ひとみ姐さん達と一緒に良く飲んだ健太郎君と京都で出会うとはびっくりした。

そんな訳で、一緒に記念撮影をパチリ!
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暫くご無沙汰していたので、思わぬ再開にお互い嬉しかったネ。近々、東京で吞みましょう!

細い路地での楽しい再会に盛り上がっていると、何処からか「東京自由人さんですか?」と声を掛けられた。聞けば、高知から京都旅行に来ているご夫妻だった。奥様の方が、僕に気がついたそうだが、良く判ったものだよネ。
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せっかくなので、パチリ!いやぁ、嬉しいなぁ。

早速、ご連絡も戴く事が出来たし、いつか是非ともご一緒に一献賜わりたいものです。横山夫妻、お声掛け有り難うとございました。

この様な、旅での偶然の出逢い程嬉しい事は無いのだネ。
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こうして、夏の京都旅行も無事に終了。
by cafegent | 2011-08-22 15:09 | 食べる | Trackback | Comments(2)
今朝の高校野球準決勝を見ていたら、3回あたりで雨が激しくなり一時間半程中断した。甲子園球場の空は青空が見えて来たが、その頃から東京の空が一面鼠色に変わり、落雷の音と共に強い雨が降り出した。
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横殴りの雨に傘など無用の存在となるネ。仕事場に着いた時には頭から足の先までぐっしょりとずぶ濡れになってしまった。

昨日の朝日新聞『天声人語』の中に、僕の好きな言葉が出て来た。

〈列島の天気予報は久々に傘のマークが連なっている。雨のあと、高い天に刷(は)いたような雲が浮けば、夏と秋がすれ違う「ゆきあいの空」となる▼とはいえバテが出る頃だけに、盆明けの電車に揺られるサラリーマンも楽ではない。生身の体をかばいつつ秋を待ちたい。もうひと辛抱か、ふた辛抱か。残暑の酷ならざるを、お天道様に願いながら。〉

古今和歌集で凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が詠んだ歌に「夏と秋とゆきかふ空のかよひぢはかたへ涼しき風や吹くらむ」がある。

夏が終わり、秋が来そうな空では、片方には涼しい風が吹いている、と云うことだが、二つの季節が行き交う空の事を「ゆきあいの空」と呼ぶそうだ。実は、これも数年前の『天声人語』で知ったのだがネ。

残暑厳しい夏であったが、この豪雨により過ごし易くなってくれることを願いたい。

      ベランダの花もうれしや夏の雨    八十八
       ◇        ◇        ◇
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京都の旅二日目は、三条堺町の『イノダコーヒ』で始まる。
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本店二階のテーブルから見える中庭は、朝から強い日差しが眩しい。
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アラビアの真珠をブラックで戴き、朝飯はハムトーストだ。
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このオーセンティックなハムトーストが実に美味いのだナ。

此処にしても寺町通りの『京都サンボア』でも、一人で入ると新聞を持って来てくれるのが嬉しいのだよネ。

イノダの水用グラスも可愛いよネ。
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昔、良くお土産に買って帰ったっけ。
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あぁ、素晴らしい朝の目覚めとなった。
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近くに在る匂い袋の『石黒香舗』は、素敵な匂い袋が多くて、女性への土産に重宝するのだナ。
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どうです、可愛いでしょ。
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京都の町を散策し、午前中は『清水寺』へ。
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参道を歩き、仁王門を潜り、境内へ。
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暑いのに大勢の人出だったネ。
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沢山の岩手の南部風鈴が涼やかな音色を奏でていた。
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清水の舞台に立つと京都市街が一望出来るのだネ。
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京都タワーに手が届きそうだ。
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万緑の山々も臨む事が出来るし、深呼吸が心地良い。
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千日詣りを済ませ、バスで祇園まで戻った。

この日の昼食は、京都に来るたびに訪れる祇園『御飯処 山ふく』へ。
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花見小路を入り、午後1時の予約だったのだが、外が余りにも暑かったので、30分早かったが中で休ませて頂いた。
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祇園で有名なお茶屋『一力』のスグ裏手にひっそりと佇む『山ふく』は、故山口瞳先生もこよなく愛したおばんざい屋さんだ。
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此処は、女将さんが独特の雰囲気を醸し出しているので、その物言いに慣れていないとちょっと躊躇してしまうかもしれない。
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お昼の定食は毎日20食分しか用意していないので、売り切れたらお仕舞い。暖簾を仕舞ってしまう。

予約をしていなくても、運良くまだ残っていれば座らせて貰えるのだ。だが、必ず女将さんが何か一言云うのだよネ。僕らもご多分に漏れず、「この忙しい時に30分早く来られても、早くは出来ないよ」とピシャリと言われるのだ。それでもちゃんとスグに用意してくれるのだナ。

後から予約無しの三人家族が入って来たのだが、「ウチは小さな店だから、20食でお仕舞いなのヨ。」と一言。

「じゃあ、もう駄目ですネ」と母親の方が言うと、「駄目だったら、入れずに断るわヨ!」と来たもんだ。思わず吹き出しそうになる。

毎度のことだから、女将さんのあの強烈な一言を聞くと、あぁ、京都に来たのだナ、と思ってしまうのだ。
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枝豆とビールを戴きながら、小上がりで汗を拭う。
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先ずは「揚げ出し豆腐」から。
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薄い衣を纏った豆腐は、とても優しい味だ。
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「小鮎の南蛮漬け」は、夏から秋にかけての定番だ。
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そして、作り立ての「冷や奴」。これは、本当に美味い。旨い豆腐の味そのものを楽しみたいと思うほどでアル。

カボチャと生湯葉、高野豆腐等の炊き合わせも実に優しい味だ。
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甘いのにしつこくなく炊いたカボチャの旨い事ったら。

大豆の煮物は、甘さが強いのだが、干しえびの味と絶妙なバランスで整っているのだナ。
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これもビールがススむ一品だ。
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じゃこと法蓮草のお浸しもさっぱりとして、夏バテ防止になる味わい。
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肉じゃがも此処の定番でアル。

ビールを飲み終えたところで、御飯を持って来てくれる。
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この日は、人参の炊き込み御飯だった。松茸だったり、筍だったりと季節に応じていつも変わるのも嬉しい。

前回は、まかない用にしていた前日の炊き込み御飯をお裾分け戴いたりしたナ。そんな気遣いも又嬉しく、京都に来るたびに訪れるだ。

皿にてんこ盛りのお漬け物は、柴漬け、白菜、人参、塩昆布、胡瓜、蕪の浅漬け。

赤出しの味噌汁と炊き込み御飯で満腹になった。今回もまた美味しい御料理をご馳走さまでした。

これだけ食べて、定食1,800円なのだから、大満足なのだナ。
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午後の祇園では、和服の似合う芸妓さんたちととすれ違うのだ。
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この界隈も歩いているだけで、楽しいのだヨ。
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食後は、腹ごなしに『銀閣寺』まで足を伸ばした。
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琵琶湖疎水に続く、分線沿いに植えられた桜並木が見事な「哲学の道」を歩き、銀閣寺へ。
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此処は500円の拝観料を払うと入場券が付いたお札をくれるのだネ。
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入口で下部を切り取ると「銀閣寺お守護」のお札となる。
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中に入ると侘びた佇まいの銀閣寺とその廻りを囲む素晴らしい池泉回遊式庭園を眺める事が出来る。
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大きな円錐台形の砂盛りは「向月台」(こうげつだい)と言う。
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向月台とこの本堂前に在る砂盛「銀砂灘」(ぎんしゃだん)の何とも言えぬこの奇抜なモダンデザインは、かつて岡本太郎さえもが「私の発見したよろこびの、もっとも大きなもののひとつだった」と語っている。
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此処から眺める景色が美しいのだネ。
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午後に入ってからの京都は、一段と陽射しがキツくなって来た。首に巻いていたタオルもぐしょぐしょになっている。

新しい手拭いを買おうと八坂神社前のコンビニに向かったのだが、このローソン、京の町に合わせたデザインになっているのだネ。
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このセンスが、素晴らしい。

さて、続きはまた来週ネ。
by cafegent | 2011-08-19 17:15 | 食べる | Trackback | Comments(2)