日々雑文雑多日記/いつもの宇ち入りと桂離宮のお話。
2010年 08月 17日
仕事場に向かう途中に目黒不動尊が在るのだが、夏前に木々の整備があった。昨年まで植えられていた木々が無くなってしまったので、土から出た蝉の幼虫も面食らったのであろう。
これもまた殺伐とした都会の光景なのだナ。
月曜日、お盆休み明けの立石『宇ち多゛』では、この暑い最中行列がずっと続いていたみたい。
僕らに遅れること15分、ビリー隊長も合流。
二軒目はいつもの『二毛作』外席へ。カウンターには早々に宇ち入り帰りの宇ち中さんが居て、ユリちゃんたちと呑んでいた。
◇ ◇ ◇
さて、明日から松屋銀座の『デザインギャラリー1953』で開催される写真展「石元泰博 桂離宮」は是非観たい。
「名前くらいは聞いたことはあったけれど、何も知らなかった」と、この写真集の中で写真家石元泰博が言っているのだ。
長いこと海外にいた石元氏は、日本の美の象徴とも云うべき桂離宮を「何も知らなかった」故に斬新な切り口、構図で桂離宮を捉えている。
森村氏は本書を次の様に綴っている。
「ここには、日本美の粋を見学するたぐいの、悠長な観光気分はない。洒落たデザイン感覚とも異なっている。そうではなく、この写真家がこだわるのは、桂離宮の肌合いである。
桂離宮は戦中を生き、焼けずに戦後に生き永らえた。それは戦争体験を経て戦後に生きようとする日本人の姿と重なる。両者には、形は違っても根はひとつである戦争の傷跡があり、その傷跡が皮膚を傷めザラつかせる。「なにも知らなかった」カメラアイが敏感にとらえたのは、この荒れた肌合いであり、その皮膚感覚を通じて見えてくる時代のリアリティーである。(中略)
千変万化する時代の荒波の中で、それ自身の命を生き続けた桂離宮の地肌が写る写真。これを2010年に復刻させることと、戦争や戦後が風化してゆくことへの危機感とは無関係ではない。本書は優れた「戦後論」の書として読み込まれるべきではないだろうか。」と。
今回の写真展では、この中から30点のオリジナルプリントが展示されるそうだ。
森村氏が語る「戦後論」としての桂離宮の地肌をこの目で感じ取ってみようかナ。
「デザインギャラリー1953企画展」