東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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仙台に住む大越さんや細野晴臣さんのコトバに心動く。

昨日から東京は雨が降り続いた。この雨が放射能を運んでいるかどうかは判らないが、「肌に雨があたらない様にしなさい!」と言う何処かの母親の声を交差点で耳にした。
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沈丁花の香りが雨に掻き消され、土の匂いに懐かしさを覚えた。

羽田空港の国際便が増えた影響か朝仕事場に向かう道のりの間に何度も旅客機が放つ轟音が東京の街に響く。雨の中では、さながら春雷の様に聴こえるのだナ。

春の雨の中、白モクレンの花は空に向けて咲き誇っていた。
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その姿はまるで遠い被災地の方々に元気を与えるかの如く、腕を上にかざして応援しているかに見えた。

仙台に住む大越龍一郎さんから日記にコメントを戴いた。

〈この度の地震災害において、各分野、遠くは鹿児島から仙台に応援に来ていました。このお礼を次のブログでお願いできないでしょうか?
お願い申し上げます。〉と言う内容だ。

遠く鹿児島からも復旧支援に出向いてくれた方々も居るそうです。僕の酒朋キクさんも病院医療関係の仕事に従事しており、週末からクルマで仙台に出掛けている。今回の地震災害は、被災した方々のみならず全国民がこの美しい国の復興の為に一歩踏み出したと思う。

地震と津波災害がもたらした福島原発もいまだに深刻な問題を抱えたままだが、音楽家の細野晴臣さんが昨日ブログに書いていた事がとても印象深かった。

〈暴走する原発をなだめるのに先端の技術は無力だった。だから江戸伝統の勇気ある火消しらが決死の出動をしてくれた。彼らが放水を続け、それが功を奏している。そんな水を穢せば自らを苦しめる。その因果を今、世界が体験しているのだ。その一点だけでも、原発に未来は無いと人類は認識できたのだ〉と。そして〈日本人は戦争に負けて何かを知った。今回も敗北を経験し、さらに深い大事なことを知った。日本人はこの経験を忘れることはない〉と締めている。

渋谷や銀座の街の煌めくネオンが消えて一週間程経つが、僕が子どもの頃に遊んだ風景が街に蘇っている。
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昭和3、40年代頃は、日が暮れると街は暗くなり家路を急ぐ。仕事を終えた親爺たちは夕闇の中に仄かに灯る赤提灯に誘われて、ちょっと一杯の酒に仕事の疲れを癒したのだ。

都会はいつの間にか何処もかしこも必要以上のネオンや街頭ビジョンの明かりに慣らされて四六時中眠らない不夜城の街と化した。

また、あの頃の街の明かるさに戻しても良いのではないだろうか。

先週の朝日新聞に「公共広告」の事が出ていた。
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今、民放各局が流す企業広告が被災地に配慮して放送を自粛している。そのため、公共広告機構ACジャパンが作るCMが大量に放映されているのだ。

オシム監督の脳卒中予防や仁科明子母子の子宮がんの予防広告などだ。これが、余りにも多く茶の間に流れているため、各局や制作元のACジャパンに「しつこい」との抗議が殺到していると言う。その為、「不快」の声が多かった最後の“エーシー”と言う高いメロディに乗ったジングルを削除し出したのだナ。

僕は思うのだが、そんなクレームの電話などをするのならば、テレビのチャンネルをNHKにしておくか、テレビ本体のスウィッチを消した方が良いのではないか。

そう云う「さもしい」行為を被災地で必死に生活している人々、救助、支援活動をしている人々は、どう思うのだろうか。不自由なく過ごす都心の一部の方々の「買い占め」行動も同様だが、実際に被災地に生きる大越さんからメッセージを戴き、更に東京に住む僕らが今何をするべきか考えさせられた。

細野さんの“ぼやき”のサイト
by cafegent | 2011-03-22 13:25 | ひとりごと