東京黄昏酒場/その11.恵比寿の老舗酒場『さいき』で梅雨を払う。
2012年 06月 14日

梅雨入りしたばかりの時季は、まだ新緑が蒼々としており雨に濡れた葉も爽やかに映る。この雨を青梅雨(あおつゆ)という。

そんな梅雨の合間、暮れ泥(なず)む空が茜色に染まる頃、家路に急ぐ前に少しだけ寄り道をして行こう。今日一日の自分を振り返りながら酌む酒も良し、明日への活力となる酒もまた良し。

恵比寿駅を出て交番前の駒沢通りを渡るとすぐ左手にクルマの入らない路地に出る。奥へと進むと左右に多くの飲食店が軒を連ねている。その右手に酒寮『さいき』の灯りが見える。

この時季は、玄関脇に置かれた縁台に店主の齋木邦彦さんが夕涼みをしていることが多い。ご常連の皆から「クニさん」と親しまれており、店主の笑顔に逢いに来る客が多い酒場だ。

ご常連たちが横浜野毛に在る老酒場『武蔵屋』の酒の肴の話に興味を抱き、店を訪れたクニさんがあの定番のお通しを参考にしたそうだ。


中でも一の蔵を凍らせた凍結酒が、六月の梅雨の鬱陶しさを忘れさせてくれる。

生前の立松和平氏は、此処のカウンターが好きだった。今でも出版関係の方々や作家の姿を良く見かけるが、何よりも気兼ね無く吞めるのが嬉しい酒場だ。

時には襟を正して酒に浸るのも良い。格子の窓から時折入る青梅雨時の風が心地良く酔いを冷ましてくれるだろう。
勘定を済ませ、席を立つと今度は「いってらっしゃい」の声が掛かる。そう、また此処に帰って来なくちゃいけないな。
細い路地には、そこはかとなく夏の薫りが漂っていた。