東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/神楽坂『伊勢藤』で独り酒を酌む。

    初霜や 踏まねば行けぬ 草分けて  稲畑汀子

昨日から暦の二十四節気では「霜降」(そうこう)となった。秋が一段と深まり、北国や山間部では、霜が降り始め朝には草木が白くなる頃だネ。東京でも花が減り始め、代わって紅葉が街を彩る時季の到来となる訳だ。
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    初霜や 束ねよせたる 菊の花    正岡子規

「初霜」は冬の季語なのだが、季節を72に表した「七十二候」では昨日から「霜始降」(しも、はじめてふる)の頃。深まり行く秋の頃にもしっくりとくる句だと思ったのだナ。

毎朝歩く公園では、子どもたちが夢中になってどんぐり拾いをしており、大人たちは彼方コチラで銀杏(ギンナン)拾いをしている。

一口にどんぐりと云っても、色々とあるのだナ。クヌギやコナラと云った落葉高木の実、カシ、シイ、マテバジイ等の常緑高木の実もどんぐりと呼ぶネ。
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どんぐりにはゾウムシの幼虫も隠れているかもしれないから、虫好きは幼虫探しも面白い。小さい頃は、拾ったどんぐりでコマなどを作ったりしたけれど、今の子どもたちは、どんぐりをどうしているのだろうか?
     ◇          ◇          ◇
閑話休題。

日々酒場で酒を吞む事が多いが、たまには背筋を伸ばし襟を正して酒と向き合いたくなる時がある。夕べがそうだった。

雨が降りそうな鼠色の空の下地下鉄に乗って飯田橋へ向かった。

神楽坂出口を出て、坂を毘沙門天の方へと歩く。
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午後5時を廻るともう辺りはすっかり日が暮れている。

毘沙門天前、石畳の路地を入ると右手に風情溢れる木造二階建てが目に入る。
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椿の葉を照らすのは『伊勢藤』の行灯だ。優しい灯りに導かれて長い縄のれんを潜り、右手奥の戸を開ける。ほの暗い店内に入ると、何故かほっと浴塵を洗われるのだナ。

此処『伊勢藤』は静寂の中で、独りじっくりと酒を嗜みたい時に訪れたくなる。黒光りのする自然木のL字カウンターは丸太の椅子に絣の座布団が敷いてある。この六席の他に座敷席が二つ在る。

カウンターの内側には板張り床に四角く囲炉裏(いろり)が切ってあり、作務衣を纏った主人が端座し、お燗をつけてくれる。主人の横に置かれた白鷹の四斗樽も見事にこの民家風の佇まいに馴染んでいるのだ。

見事にならされた灰の真ん中で、赤く灯る炭火が囲み赤茶の銅壺を温めている。

酒は灘の「白鷹」樽酒のみでアル。ビールも焼酎も置いていない。この潔さがこの酒場の神髄だ。熱燗、ぬる燗、常温の何れかを告げれば、あとは黙っていても一汁三菜が出てくるのだから。

夕べは海鞘(ほや)や蕪の甘酢漬け、煮物などが小鉢に盛られ、酒がススんだ。

豆腐の味噌汁も胃を優しく包み込み、酒を旨くさせてくれるのだナ。

盃を置く陶製の盃台を使っているのも酒に対する敬意の表れだろうか。これも初代から受け継がれている。此処の酒器もこの酒場の自慢だネ。盃も徳利も見事な作品ばかり。此処の酒器はすべて小堀遠州流好みの横山朝陽の作品だと聞く。

壁には初代が掲げた「洗心酒洞」の額がある。昭和12年創業の酒場はその佇まいを今も変えていない。また初代の筆による「希静」の書額も掲げられている。

「希静」とは、心境が静かなる事を願うこと。目先の事に振り回されずに、常に平静な心を持ち続けたいものだ。

座敷席に座る数人の客の声が甲高いと「お静かに願います」と注意されるのも、代々変わらぬこの酒場の流儀でアル。中にはこの洗礼を受けたことがある、と自慢する輩もいるが、此処では無用だ。

静寂の中で、炭火の弾ける音や外を歩く人々の響きも酒の旨味を引き立てる。

酒がススメば、追加の料理もある。

豆腐、納豆、味噌でんがく、丸干、たたみいわし、えいのひれ、皮はぎ、くさや、いかの黒作(くろづくり)、いなご、明太子。東京の酒場ならではの酒の肴が揃っているのだネ。
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初めて此処を訪れたのは大学を出て就職をしたばかりの頃だった。居酒屋好きの先輩に連れられた酒場の大半は、今はもう無い。

浅草の『松風』、上野の『おせん』、銀座『窓乃梅酒蔵』や神田『六文銭』も閉めてしまった。

神保町の『兵六』、根岸の『鍵屋』、銀座『はち巻 岡田』など変わらずに健在の酒場も在る。また、銀座の『樽平』や自由が丘『金田』など佇まいは変わってしまったが、今も営業を続けている名酒場も在るネ。

五十を過ぎて、漸(ようや)く『伊勢藤』の「希静」が、しっくりとくるようになったかもしれない。

静かに酒と向き合い、背筋を伸ばして盃を傾ける。あぁ、夕べは良い酒が吞めたかもしれない。
by cafegent | 2013-10-25 15:49 | 飲み歩き