12月も半ばを過ぎて、街もクリスマスムード一色になってきたネ。商店街を歩けば、彼方此方からクリスマスソングが流れ、いつの間にか自分も鼻歌を鳴らしているのだナ。
暦では「大雪」を迎え、本格的な冬の到来となる訳だが、東京はまだ紅葉が続き晩秋の余韻を残しているネ。
毎年、この季節は浅草「浅草寺」の境内で開催される「羽子板市」に出向いているのだが、今年はマンションの理事会やら忘年会などが続き行きそびれてしまったナ。
羽子板市は元々「歳の市」と呼ばれており、正月用品や縁起物を売る露店が軒を連ねて、注連(しめ)飾りなどを此処で買い求め訪れる新年の縁起を担ぐ人たちで賑わっている。浅草では年間を通じて様々な行事が催されるが、一年の締めくくりのこの市が浅草人たちの総仕上げと言えようか。
冬の灯が夜空に映え、白い吐息が北風に揺れる。この北風に乗って街の雑踏や露店の啖呵売(たんかばい)などが入り乱れて聞こえてくるのだナ。「羽子板市」は昨日で終わってしまったが、来る年の無病息災を願い、浅草の観音様にお参りに出かけるとしようか。
◇ ◇ ◇
先日、飲み友達の百合子さんを誘って食事に出かけた。午後18時過ぎ、武蔵小山駅で待ち合わせをして、夜の都立林試の森公園を歩く。都会の喧騒が何処かへ消えたように静かな夜だ。風も無く冷たい空気が澄んでいて思い切り深呼吸が出来るほどだったナ。公園を抜け暗渠の道を進み、目黒の住宅街へと歩く。
住宅街の中にひっそりと佇んでいるのが、この日の目当て『寿司いずみ』でアル。
入り口には相変わらず「準備中」の札が出ているのだが、ガラリと戸を開けるとすでに先客が来ており、大将が笑顔でダジャレを飛ばしていた。此処は一年中予約で埋まっているので、「営業中」の札を出したことがないのだヨ。
先ずは、ビールで乾杯!クゥーッ、旨い!
此処はサッポロ赤星が置いてあるのが、嬉しいのだナ。
最初に登場したのは、能登産の海鼠(ナマコ)を使った「茶ぶりなまこのヅケ」だ。
番茶に浸して柔らかくしたなまこは食感も良く風味も抜群だ。土佐酢で和えたなまこに自然薯のトロロとオクラを合わせており、いずみ定番の料理だネ。
続いて「変わり出汁巻き卵焼き」だ。
芝海老のすり身を入れた卵焼きには赤山椒が合うのだナ。
そして、国産物の「鮟鱇の肝」だ。
国内産のあん肝は、築地でも手に入りにくくなっているらしく、年々値が上がっていてキロ1,5~2万円もするそうだ。前回は山口県萩の鮟鱇だったけれど、今回は島根県産と伺った。これは、もう日本酒に行かなくちゃネ。
最初の酒は、宮内庁でしか手に入らない貴重な酒「御苑(みその)」を戴いた。
濃い口の味わいにあん肝が合うナァ。
さぁ、あん肝は半分残しておくのだ。それを潰して陸奥湾で水揚げされた寒鮃(カンビラメ)に乗せて口へと運ぶ。
むふふ、なんて贅沢なのだろう。
刺身をもう二つ、今度は寒ぶりと寒メジマグロだ。旭川で取れた野生のアイヌネギを溶いた醤油にすった淡路の新玉葱、それに京都宇治で作られる和芥子(からし)で戴くのだ。
酒は近江湖南の北島酒造が造る「北島」だ。低温熟成のひやおろしは、口当たりが優しくスーッと喉を流れていくヨ。
次の料理は、紅玉りんごを使った大将のアイディアいっぱいの一品だ。
三陸牡鹿半島の外海で育った天然の真牡蠣とりんごの「土手焼き」だ。真牡蠣は粒が小さいが、味が濃厚でりんごの酸味と絶妙なバランスでマッチしている。土手になる味噌は白味噌と信州味噌を合わせており、不思議な取り合わせの素材を縁の下で支えているようだった。これぞ、正に「いずみの冬の名物」だナ。
七品目は、長崎県対馬産のブランドアナゴ『黄金穴子』を使った「みぞれ揚げ出し」の登場だ。
水深1000メートルに生息し、深海イワシを食べて育ち、対馬市西沖の韓国との国境付近、水深2~300メートルの付近で獲れるので、とても脂が乗っている穴子だ。里芋にも味が沁みて実に美味い。
あぁ、幸せなひとときが続く続く。
これにて、いずみ劇場の第一部が終了だ。我ら夫婦と百合子さんは、日本酒も大好きだから、幕間に酒に合う珍味を用意して戴こう。痛風人生まっしぐらな酒盗とカラスミ類は、総て手間をかけて仕込んでいるのだナ。
一年以上寝かせた鮪と鰹の酒盗は、僕の大好物でアル。あぁ、日本酒がススむススむ。
左上が6ヶ月寝かせた鯛の魚卵の塩辛、右上が5ヶ月寝かせた金目鯛の魚卵の塩辛、右下が5ヶ月寝かせた鱧(ハモ)の魚卵の塩辛だ。
合わせる酒は、秋田の山本合名会社が造る「山本 和韻」の純米だ。
米は「秋田小町」を使い、秋田の新酵母「UT-2」にブルゴーニュのシャルドネ種のワイン酵母を合わせて仕込んだ酒は、ワインと日本酒が見事に融合した新しい味わいだ。カミサンは、同じ酒の純米吟醸を戴いた。こちらは、美山錦の米にUT-2酵母とヌーボースタイルの赤ワインの酵母で仕込んだそうだ。スッキリとした味の奥にワインの香りが仄かに漂うのだネ。
さらに珍味が続くのだ。
これは、ゴマフグの卵巣の塩辛だ。ちょっとずつ舐めながら、日本酒をクィっとやるのだナ。ぐふふ。
この皿は、左から自家製カラスミ、カラスミ味噌漬け、筋子、鶏卵味噌漬けだ。この珍味のオンパレード、大将は「プリン体ア・ラ・モード」と呼んでいるのだヨ!八週間もの間、風干しして仕込んだカラスミは、極上な日本酒の相棒だナ。
さぁ、幕間を堪能し、いずみ劇場の第2ステージの始まりだ。
ちなみに此処の寿司は、総て手仕事を加えた魚しか使っていない。ヅケに使う醤油は、赤身魚用、白身魚用、光りもの用の三種類。米は赤酢、白酢の二種類。煮ツメに至っては、煮穴子、煮蛤、煮蛸、煮烏賊、煮鮑の、何と五種類!凄いよネ!
先ずは、いずみの代名詞である「小鰭(コハダ)四連発」から。
最初は、赤酢〆の小肌から。そして、白酢(米酢)で〆た小鰭。
こちらは、キビ酢〆でアル。4つ目は、白板昆布で〆た小鰭だネ。
あぁ、最高だ!これが食べたいから年に何度かは足を運びたくなるのだナ。
酒は山形の菊勇(きくいさみ)が造る「三十六人衆」の純米大吟醸を戴いた。スッキリとした淡麗辛口で、リフレッシュした気分になれる酒だった。
カミサンと百合子さんの酒は富山の富美菊酒造が造る「羽根屋」の純米大吟醸ひやおろしだ。こちらは、ガツンとした味だったナ。
握りは熟成させたキハダマグロだ。
甘みが強くて美味い。
こちらは、北九州の豊前海で採れた天然赤貝だ。
これまた味が濃くて美味かったナァ。
続いて穴子の白蒸しだ。
江戸前の仕事で、穴子の骨で出汁を取ってから蒸すのだそうだ。米と穴子の間に梅肉が挟まっておりスバラシイ握りだった。
そして、こちらもいずみ名物「車海老の酢おぼろ漬け」だ。
冷蔵庫などまだ無かった江戸時代、魚の保存方法のひとつが「おぼろ」だ。車海老を保存用に漬け込んだおぼろを酢飯の代わりに握ったものがコレだ。酸味と甘みが渾然一体となった握りで、病みつく美味さだヨ。
握りをご覧頂いてお分かりだと思うが、寿司いずみでは、握りをスグに口に運んで欲しいとのことから、握りを置くゲタと云うものが無いのだネ。板前さんが握った寿司は直接こちらの手のひらに置いてくれるのだ。それをそのまま口へと持っていけば良いのでアル。
お次は、スミイカのヅケだ。
柚子が効いて、イカの甘みが引き立っていた。
こちらは、先ほどりんごと一緒に食べた天然真牡蠣だ。
小粒なので3つもの牡蠣が握られていたネ。牡蠣独特の磯の香りに思わずよだれが出てきたヨ。
さぁ、今度は幻のカニと呼ばれている浜名湖のどうまん蟹の握りの登場だ。
内子と外子を混ぜて蟹身と和えてあり、かなり濃厚な味で旨味が凝縮して詰まっていたヨ。この蟹は、トゲノコギリガザミ」と云いガザミの一種だそうで、築地でも希少な蟹だそうだ。
こちらは、寒メジマグロのヅケだ。
アクセントに乗った新玉ねぎが効いていた。
そして、甘海老の昆布〆だ。
これは、ねっとりと甘くて美味かった。
手のひらに乗ったのは、真ダラの焼き白子の握りだ。
おぉ、香ばしい香りが僕の鼻腔をくすぐるのだナ。そして口の中いっぱいに濃厚な旨味が広がった。
銀色に輝くお椀に蓋を開けると、有明の新海苔と昆布出汁のお吸い物が現れた。
香り良く、昆布の出汁も効いている。あぁ、美味い。半分ほど飲み終えたら、そこへバルサミコ酢と黒胡椒を加えるのだネ。ひと椀で二度美味しい吸物だった。
以上で、一通り握ってもらったのだが、僕と百合子さんは更に煮蛤を握って戴いた。
そして、最後にカミサンのリクエストで山葵の効いたかんぴょう巻きをお願いした。
ツーンと効いた山葵と甘いかんぴょうが実に良く合うのだネ。
これにて、いずみ劇場オンステージの終了だ。あぁ、大いに食べて、大いに呑んだネ。
そうそう、『いずみ』の対象が雑誌「buono」に魚と究極のひと皿を紹介する連載を持ったそうだ。
これを読めば、皆さんも此処を訪れたくなることだろうナァ。
大将、シュンスケさん、女将さん、大女将、相変わらずの素晴らしい料理の数々、ご馳走様でした!
冬の夜風は冷たかったが、僕らの身体はポカポカ気分だったナ。百合子さんをタクシーに乗せて、僕らは再び公園の中を通り抜けて武蔵小山へと戻ったのでアール。