東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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日々是日記/半夏生の夏、亡き酒朋を想い酒を酌む

今日は夏至から数えて11日目であり、季節を72に分けて表す七十二候では「半夏生」(はんげ、しょうず)の時季となった。農家では、田植えを終わらせる頃の節目とされている。半夏生(片白草)の葉が半分白くなり半分だけ白化粧をしているかのようになる頃だから、とも伝えられている。
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本来ならば、梅雨明け前の厳しい暑さを感じる季節なわけだが、今年はなんと6月のうちに関東の梅雨が明けてしまったのだネ。これには、さすがに驚いた。6月に関東甲信地方の梅雨が明けたのは初めてのことらしい。

       半夏生葉を白く染め梅雨あがる    山口青邨(せいそん)

関東では、昔から半夏生にタコを食べる風習がある。田植えが終わる頃、沢山有るタコの吸盤のように稲穂が多く付き実るように、またタコの八本足のように稲がしっかりと根を貼るようにと願をかけたからだそうだ。実際にタコを食べると疲労回復にもなるし、農家の人々の生きる知恵だったのかもしれないネ。

今夜は、蛸を肴に冷酒でもやろうかナ。
        ◇              ◇              ◇
閑話休題

昨日は夕方から浅草にて酒朋ハッシーと老舗居酒屋の『三岩酒場』で待ち合わせをした。

田原町で地下鉄を降り、寿四丁目の交差点からなるべく日差しを避けるように雷門方面へと歩いた。天ぷら「てんや」の角を左へ折れれば、浅草すしや通り。
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もう風に揺れる三岩の暖簾が目に入る。

ガラリと戸を開けるとスグ手前のテーブルでハッシーが呑んでいた。先ずは、冷えたビールで喉の渇きを潤そう。キリンの瓶ビールをお願いして、一緒にそら豆と漬物も頼んだ。
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クーッ、ビールが美味い!そら豆も良い塩梅で茹でてある。漬物は、南瓜に瓜、しば漬けだ。かぼちゃが入っているのが独特だナ。

二本目のビールが空いた頃に酒朋トクちゃんが入ってきた。
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ビールとどじょう鍋を追加した。どじょうは骨を抜いて開いてあるのが「柳川鍋」、骨を残して捌いていない丸のままが「どぜう鍋」だ。
カルシウム補給と夏バテ防止に、僕らは「どぜう鍋」をチョイス!
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此処は、昭和二年創業。女将さんに聞けば、最初から大衆居酒屋として始めたとのことだった。
寿司屋が並ぶ「すしや通り」だから、てっきり開業当時はお寿司屋さんなのかとばかりに思っていたが、ハズレだった。

この写真は、まだこの通りがアーケードになるずっと昔だ。
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『三岩酒場』の立て看板には「宝焼酎35円」と書いてあるのだヨ。

『三岩酒場』は此処で修行を積んで独立したり、暖簾分けをした店が数十軒も有り「三岩睦会」を作って親睦を深めていると伺った。みんなで親睦会を開いたり、旅行に行ったりしているそうだ。上の席に三岩睦会の皆が集まる時には、店を閉めてしまうそうだ。この大らかさも浅草育ちの気風(きっぷ)の良さを感じるのだナ。

ゴボウと刻みネギがたっぷりと入ったどじょうは、山椒が合うネ。ウーロン酎ハイがススむススむ。

こちらは、三岩名物の「鮪フライ」でアル。
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あぁ、旨い!コレ、衣が軽くて口当たりも良く、マグロの旨味も閉じ込められている。これはソースじゃなくて醤油で食べた方が良いのだナ。

大将、女将さん、ご馳走様でした。

『相模屋本店』で一杯やろうと思いきや、満杯でダメだった。では、のんびり散歩しながら夜の酒宴の場所まで歩こうということになった。

浅草ロック座の前を抜けて浅草寺の裏手へと進む。「正直ビヤホール」の在る交差点から「ソンポーン」の方へと歩く。夕暮れになり少しだけ風が吹いてきた。
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浅草四丁目の通りでは植木市が開催されていたナ。
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移転前のソンポーンの前を抜けて、角町通りへ。

この界隈は言わずと知れた吉原ソープ街だ。昔は送迎用のリムジーンが主流だったが、今は殆どがグランビアクラスの高級ワンボックスカーなのだネ。

吉原大門に到着だ。この日の酒宴は、吉原『金すし』さんだ。
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早いもので、酒朋ミヤッチの七回忌でアル。妹のカズちゃんから連絡が有り、ミヤッチの呑み仲間が集って楽しく呑んで語ろうということになった。

ミヤッチこと宮本征一は浅草の祭りをこよなく愛していた。
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お母さんに見せていただいた写真だが、子供の頃から祭り好きだったんだネ。
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三社祭の終わった後は、いつも蝉の抜け殻のようになっていたっけ。
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寿一丁目の祭袢纏がよく似合っていたヨ。ダンディさんやビリーたちともよく上野あたりで呑んだナァ。
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ミヤッチは、いつも自転車でやって来ていたっけ。
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北海道産の毛ガニも味噌がたっぷりと詰まっていて美味かった。
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此処は、いつも美味しい魚介を出してくれる。冬場の鍋などは、食べきれないほどのボリュームだしネ。
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この日も、腹一杯になり過ぎて最後の握り寿司がキツかった。

大いに呑み、食べて笑って、ミヤッチの笑顔を思い出すことも出来た。
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ミヤッチのお母さんももう80歳を過ぎたと云うが、アメリカに旅行に行ったりと元気にアクティブな生活を送っていると伺った。妹さんも元気そうで何よりだった。
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2012年の七月に亡くなったミヤッチ。僕の幼馴染みで酒朋だったひとみ姐さんも七月にこの世を去った。毎年七夕の月は、二人の酒朋を偲んで酒を酌んでいる。笑って過ごしたいから献杯はしないんだ。
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いつものようにいつもの呑み仲間と集って酒を酌み交わすのだ。これが一番の供養だろう。

来週は、ひとみ姐さんを偲ぶ酒宴だ。これも毎年恒例の行事となったが、この日のように楽しく笑ってひとみさんを思い出すとしようか。
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by cafegent | 2018-07-02 15:07 | 飲み歩き | Trackback | Comments(0)