東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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「はち巻岡田」の鮟鱇鍋で僕の冬が到来した。

銀座松屋の裏にひっそりと佇む料理屋が在る。その店の名は「はち巻き岡田」と云う。東京の和食屋の殆どが関西割烹料理に押される中、ここは頑(かたくな)に江戸小料理の味を代々受け継いでいる。

大正十二年九月一日の関東大震災は、マグニチュード7.9と云う凄さで東京の中心を一気に焼け野原にした。
水上滝太郎の小説「銀座復興」は、この店の初代岡田がモデルである。
「イガグリ頭に豆絞りの手ぬぐいを兎の耳のようにおっ立てたはち巻きをし」て、「むっつりとした赤面の、額にやけに深い横皺のある」亭主も小説に書いてある通りの人だったそうだ。

狩野近雄著の「食いもの好き」を読むと、初代岡田は「骨っぽい大男で、口をきいたら損みたいに、大きな口を、への字にしっかり結んでいる。笑うといい顔になる」、「おかみさんが唯一の助手。自分一人で仕入れられ、自分一人で料理出来るだけのことしかやらなかった。」と記されている。
初代岡田が戦災の苦労がたたってか早世し、息子の千代造さんがオヤジさんのアトを継いで、今は更にその息子さんが三代目を継いで岡田の味を守っている。

初代の頃から、この店は政界、財界、文壇界の蒼々たるお歴々が集うところだった。
水上滝太郎は一番のゴヒイキ旦那だと聞いたが、「はち巻き岡田」の暖簾には常連の諸先生たちの筆で四季の句が書かれている。
五枚垂れの暖簾の真ん中に里見弴が「舌上美」と大きく書いた。その左右に四季の句が書かれた。

雑炊を煮込むその夜のあられかな 川口松太郎
春の夜の牡蠣小さくはしら大きくいみし 久保田万太郎
夏の夜の浅き香に立て岡田碗 久米三汀
うつくしき鰯の肌の濃き薄き 小島政二郎

店の中にも沢山の先生たちの画賛が掛けてある。二代目千代造さんの時代、この店を大変ひいきにして、全国的に知らしめることになったのは、小説家山口瞳の功績が大きい。著書「行きつけの店」の中でも「はち巻き岡田の鮟鱇鍋を食べなくちゃ、僕の冬が来ない」とまで言っているである。山口瞳は先代の老女将と話をしながら酒を交わすのが好きだったそうだ。

岡田の酒は「菊正宗」のこもかぶりの樽酒である。
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燗につけると香りが一層広がる。
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あっさりとした味の「岡田茶碗」に「粟麩田楽」など初代から受け継ぐ名物も変わらない。
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この季節は、「牡蛎の土手焼き」が美味しい。ぷりぷりの牡蠣に田楽味噌が絶妙な味わいなのだ。
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さて、名物「鮟鱇鍋」に火を付けてもらい、鍋が煮立つのを待つ間に「揚げしんじょ」がやってきた。
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この香ばしい香りだけで酒の肴になる程だ。

鮟鱇鍋が出来上がると、どんどん菊正の徳利も増えていく。あん肝も美味しいなぁ。ぺろりと平らげ、〆に雑炊を作って頂いた。
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これがまた最高に旨いのだ。
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この雑炊の為に鮟鱇鍋を頼むと言っても過言では無いだろう。
それにしても「鮟鱇鍋」は温まる。あぁ、これで僕の冬も到来だ。

カウンター席では80代くらいの老紳士が一人で来て、岡田碗を肴に燗酒を愉しんでいた。二代目の女将さんに会いにきたらしいが、今は店に出ておらず大そう残念がっていた。
僕の座った席の横にはキリリとはち巻きをしめた初代岡田の写真が飾ってある。実に良い笑顔である。
今、料理を造る三代目は僕と同年代くらいだろうか。初代岡田の無骨さは無く、とても優しい顔をした方である。

水上滝太郎、川口松太郎、久保田万太郎等がひいきにし、山口瞳が愛した「はち巻岡田」は今、イラストレーターで随筆家の原田治さんがごひいきにされている。
原田さんのブログでも書いてましたね、と話をしたら「二日前にもお見えになりあしたよ。」との事だった。流石、築地生まれの原田先生は粋な大人の師匠だなぁ。

今、江戸料理を味わえるのは「はち巻岡田」と神楽坂「山さき」くらいだろうか。もちろん手頃な値段で、と言う意味だが。
by cafegent | 2007-12-13 19:38 | 食べる