東京だからこそ出会う人や店をつれづれなるままに紹介


by cafegent
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新潟に住む従兄弟から今年も魚沼産の新米こしひかりが30キロ届いた。
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窓を開けると八海山が一望出来る処だが、数年前の大型地震では被害を被った。今はすっかり元の暮らしにもどった様子で一安心だ。

せっかくの素晴らしい米なのだから、美味しく炊かなくては。
と云う訳で、今朝は土鍋で炊いて朝食だ。
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丁度、下田から鯵の開きも届いたし、家の食卓が旅館に変わったような朝だったナ。
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    秋は月が虫が澄むわたくしも澄む   山頭火

10月11日は放蕩無頼の歌人、種田山頭火の命日だ。

今から69年前の昭和15年、伊予松山の「一草庵」に移り住んだ山頭火は、亡くなるまでの十ヶ月程しか松山には居なかったが、次第に無頼の影が消え、日増しに穏やかに、優しくなっていったと聞く。亡くなる四日前の日記には、「早朝護国神社参拝。...感謝の心で死んでゆきたい」と綴られていたそうだ。1995年の朝日新聞夕刊のコラム「きょう」(川村二郎氏執筆)に取り上げられていたのを思い出した。

台風が過ぎ去ったこの週末を利用して、滋賀県甲賀市と京都を訪れた。
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新幹線では、「三役揃いぶみ」なる炙り鯖と穴子、蛸の押し寿司を買って乗り込んだ。
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コレ、中々いける味だ。朝からビールも旨い。

甲賀と云えば、忍者ハットリくんのライバル、ケムマキケムゾウが浮かぶかナ。

JR石山駅を降り、バスに乗り約50分桃谷を抜けると、広大な森の中に浮かぶ桃源郷が現れる。ルーブル美術館のガラスのピラミッドで有名な建築家の巨匠、I.M.ペイが設計したMIHO MUSEUMだ。
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開館から12年経つが、その美しさは今も変わらない。
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エントランスを潜り、桃源郷へと誘うトンネルを歩く。
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トンネルを抜けると美しい吊り橋が谷に架かっている。鳥がさえずり、椿が芽吹いていた。あぁ、なんて気持ちが良いのだろう。
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それにしても何なのだ、このスケールは。
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現実と幻想を結ぶトンネルを戻る時には、玉手箱を開けた浦島太郎の如くお爺さんになってしまうのじゃないだろうか。

美術館の入口を抜けると目の前には山々が広がる。
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見事な枝振りの松の木をモダンなガラス窓がフレーミングし、まるで一枚の絵の様だ。

今回の旅の目的は、此処で開催中の展覧会「若中ワンダーランド」を観るためでアル。
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江戸の中期、尾形光琳が亡くなった日に生まれたのが伊藤若冲であり、その優れた画才で光琳以後の時代を席巻した画家だ。細密画、写生画、水墨画等々数多くの作品を世に残した若中は、とても熱心に花や昆虫、動物を観察し熱心に写生したと云う。しかし、円山応挙に見られる精緻な写生画と異なり、独自の視点で現実離れした摩訶不思議な世界観で絵を描いてきた。
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雨竜図に見られるユーモラスな龍の表情やプライスコレクションが所有するまるでタイル画の様な「鳥獣花木図屏風」に描かれた象や麒麟の姿に若中独自の感性や美意識を観ることが出来る。
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今回、わざわざ滋賀県まで若中を観に来たのは、本邦初公開となる「象と鯨図屏風」を拝見するためだ。若中が晩年、水墨で描いた大作だ。
昨年、北陸の旧家で発見された屏風をMIHO MUSEUMがコレクションしたものだ。晩年82歳頃によくまぁ、これほどの気宇広大な発想の絵を描いたナ。
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大海原を泳ぐ巨大な鯨を屏風の左側に配置し、無限の広がりを表現した構図。
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白い巨像と漆黒の鯨の対比も素晴らしい。まるで、陸の神と海の神がテレパシーで交信しているかにも見える。この大胆な構図に暫く足が止まり、動けなくなった。

深い山の上に建つ白亜の美術館は、仏教美術のコレクションも豊富である。また、古代エジプトを始めとしたメソポタミア、エーゲ海、インダス文明等の古代文明発祥の出土品も多く集めている。若中で江戸の文化にワープしたと思ったら、スグ今度は古代文明の世界だ。時空を超えた文化芸術の旅に出られただけでも、この桃源郷に来た甲斐があった。
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帰り道、のんびりと辺りを眺めているともう木々が赤く染まっていた。
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一足早い秋の紅葉を楽しむことが出来て、なかなか素敵な旅が始まったナ。
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京都に出て、先ずは宿にチェックインだ。荷物を置いて、地下鉄の駅まで歩いていると青空なのに雨が降って来た。雨など予想もしていなかったので、急いで河原町七条を歩く。

七条大橋を渡ると思わず足を止めた。
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今までにこれ程美しい虹を観た事があっただろうか。
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見事に半円を描いて空一杯に輝いていた。

三条で電車を降り、外に出ると雨は上がっていた。川沿いに歩き川端御池を過ぎると目指す酒場『赤垣屋』が見えた。
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暖簾が下がる五時を15分程前に着くと、既に二組が並んでた。そして、五分も経つか経たないかで口開けとなった。

おでんの鍋前のカウンターに腰掛け、先ずは瓶ビールから戴いた。
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美術館で結構歩いたので、ビールが火照った躯を癒してくれた。程なくカウンターも埋まり、奥の座敷も2階も五時には一杯になった。16名の団体さんなんてのも居たし、早めに着いてよかったナ。
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〆さばを戴いたら、矢張り日本酒が欲しくなるよネ。
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樽から注がれた「名誉冠」をぬる燗でお願いした。京都伏見の名誉冠は新橋『升本』でも呑めるが、此処で呑む方がクイクイいけるナ。
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蛸と大根のおでんを貰い、酒をおかわり。

それにしても、此処はなんて居心地が良い酒場なのだろう。仕事をしている方々が店主をはじめ皆素敵でアル。「おおきに」の一言にこんなに癒される酒場は京都一番じゃなかろうか。
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最後に満願寺しし唐を戴いてご馳走さまだ。これ以上、食べると夕飯が入らなくなるからサ。
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あぁ、本当はもっともっと此処でゆっくり酒を呑みたかったナ。次回は絶対にそうしよう。
『赤垣屋』を出ると外はすっかり陽が暮れていた。
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夕食まで少し時間が余ったので、『大書堂』で版画を見たりした。
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寺町通り『京都サンボア』で軽く一杯引っかけて、今回のもうひとつの愉しみである店に向かう事にした。そのハナシは、また次回。
by cafegent | 2009-10-13 18:57 | 飲み歩き
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    暴風に野辺の虎杖(いたどり)耐へ忍び

随分前に詠んだ句だが、イタドリの白くて小さな花が好きだ。漢方薬や食用としても使われる草だが、「虎」と云う字が付いた花が有るとは全然知らなかった。
明け方、強い風で窓が揺れて風の唸る音が響いたが、何となくこの句を思い出した。
そう云えば、同じ秋の花にリンドウが有る。元々、漢方薬の「竜胆」が訛ってリンドウとなった。苦い漢方薬に「熊胆」が有るが、それよりも更に苦いので熊より強い竜の名が付けられたそうだ。秋の野に咲くタイガー&ドラゴンなんて、面白いネ。

今朝の台風18号は何年ぶりかと言う程の規模だったらしいネ。嵐の中にポッカリと丸く穴が開いて晴れ間が覗く映像をテレビの中継が捕らえていたが、あれが「台風の目」なのだそうだ。土浦では突風でトラックが横倒しになったり、電柱がなぎ倒されたりと今回の台風の凄さを物語っていた。

東京も電車が止まったり、交通も制限され近所の学校等も休校になっていた。途中で止まってしまった電車から降りて線路沿いに歩く乗客の姿もニュースで流れていた。だが、毎日徒歩通勤の僕にゃ関係なし。風は凄く強かったが雨が上がったタイミングを見計らって家を出た。

空の雲がとても早く動いていたナ。大瀧詠一の唄に「空飛ぶくじら」と云う名曲が有る。♪街角にぼくはひとりぽつんと佇み ビルとビルの隙間の空を見てたら 空飛ぶくじらが僕を見ながら 灰色の街の空を横切っていくんです...♪

さっき、正にそんな景色を見たのだ。
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台風が過ぎた空をゆっくりと泳ぐクジラの如く、大きな雲が左から右へと進んでいった。思わず、鞄からi-Podを出して「空飛ぶくじら」を聴きながら仕事場へと向かったのだった。
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空と云えば、今朝の新聞に面白い事が出ていた。最近はビール業界が懐かしい昭和のデザインと味を復刻しているが、今度は旅客機だ。
全日空が懐かしい青と白のツートーンの配色に昔のロゴを付けた飛行機を復刻登場させるのだとサ。
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当時、「モヒカンジェット」と呼ばれていたが、JALの赤い鶴丸マークと共に大好きだったなぁ。昨年の5月に鶴丸が消えたばかりだったから、このニュースは嬉しいナ。
       ◇       ◇       ◇
さて、学習能力に欠けているワタクシは、自分でチェックしておきながら仕事を終えると京成立石に向かっていた。頭の中では、まだ煮込み残っているかナ、なんて考えながら仲見世を曲がると『宇ち多”』のシャッターが下りているじゃないか。
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そうだった、7日(水)は臨時休業するって貼り紙してあったよナ。トホホ。
で、仕方なく『ゆう』へ向かうと休みだった。

そんな訳で、昨日は『栄寿司』で軽く呑んだ。
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先ずは、縞鯵とエビスの小瓶。
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そして、シンコを戴く。
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此処のシンコは三枚付けだ。美味いなぁ。続いて、青柳だ。
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これは千葉産だろうか、最近またこの辺りで馬鹿貝が穫れるって聞いたからネ。最後はウニを戴いた。
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此処はいつでも繁盛しているので、ネタが本当に新鮮で美味い。この軍艦の盛りも凄いのだ。

寿司8貫にエビスの小瓶で、〆て二千と三十円だ。安いねぇ、申し訳ないねぇ。
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ちょいと握りを喰いたい時は、此処が良いね。

で、神保町『兵六』へ。
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此処の先代主人が作った此の皿はイカシてるよナ。なんたって書いてある言葉が洒落ているのだ。〈酒はいいなぁ〉だよ、まったくねぇ。

『宇ち多”』でモツが喰えなかったので、最近気に入っている『ホルモンしばうら』にお邪魔した。やっぱり最初はビールかな。
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冷えた生でミノを喰らう。あぁ、幸せが口一杯に広がった。むふふ。

此処は兎に角素材が新鮮で下処理がしっかりしているから、どの部位を頼んでもハズレが無い。また肉も和牛のA5級を仕入れているので、普通のロースで十分過ぎる程美味いのだ。
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どうです、このロース。
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軽く焼くだけで良いのだ。
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生でも喰える牛レバーは、表面だけサッと炙る。「炙る」ったって、鼻で吸う訳じゃナイ。レバーの炙りは最高だナ。ぐふふ。

そして、此の店一番のお気に入り、ハチノスを塩で焼いた。
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食感といい、味といい無茶苦茶美味い。
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ハラミも追加し、大満足。酒もススむが、最後は炭水化物で〆た。
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熱カラのユッケジャンクッパを胃に流し込み、満腹だ。
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そうそう、僕はコレにレモン汁をたっぷりとかけて、トムヤムクン風にして食べるのが好きなのサ。あぁ、幸せは身近に有るのだナ。
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近所では、もう柿の実が成っていた。
太陽が戻って来て、気温も上がって来たネ。
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台風が過ぎた東京の空は、こんな夕焼けが見られるのだろうか。
by cafegent | 2009-10-08 16:01 | ひとりごと
広尾病院脇の古川にまた違う鳥が小魚求めてやって来ていた。
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ハテ、この鳥は何だろうか?クイナの仲間かな。今まで見られなかった水鳥も川が澄んで川魚が戻って来たので、集まるようになってきたのだネ。

本日、我が母の妹の叔母ちゃんが漸く病院を退院する事が出来た。それでも18日間の入院で済んで、本当に良かった。
後遺症も無く、これからは軽い運動を毎日して行けば歩き方も以前の様に戻るそうだ。あぁ、心配事がひとつ少なくなって、ホッとした。これで安心して酒が呑めるのだナ。

昨日は仕事帰りに神保町の酒場『兵六』へ出掛けた。雨が降る月曜だと云うのに外まで賑わう声が響いてる。カウンターも目一杯(どう考えても許容量を超えた人数が座っているのだ)、テーブル席のカップルに申し訳ないが同席させて戴いた。
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カウンターでは、『簑笠庵(さりゅうあん)』の二人も呑んでいた。月曜はお店も休みだもんネ。そして、その隣にはひとみ姐さんの息子のオーちゃんが友人と来ていた。彼奴若いくせに母親の影響か、渋い酒場が好きなんよナ。

ほんの少しだけ外の風が涼しくなって来た季節、此処の薩摩無双のお湯割りが一層旨く感じるのだ。暫くすると、酒仲間のキクさんもやって来た。

そして、キクさんから皆にサプライズ・プレゼントを戴いた。先日僕がひとみ姐さんの手拭いを作ったら、皆さんとても気に入ってくれたみたいでキクさんは額装して飾ってくれたそうだ。で、そのお返しと云う訳で、ひとみ姐さんの特製バッジを作ってきてくれた。

彼女と携帯のメイルをしていた友人なら誰もが知っているのが、文の最後に必ず記してある【hit me !】のひとみ姐さんマークでアル。
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実に洒落ていて素敵じゃないか。四葉のクローバーにhit me !が、今はもう懐かしい想い出になっちまったネ。

是非ともひとみさんとメル友だった友人たちに差し上げるとしよう。
先ずは、最初にオーちゃんにプレゼント。そして『兵六』には既に7人もひとみさんの酒仲間が居たネ。皆さん、トートバッグとかに付けてもらえると有り難いナ。
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今週の「ビッグコミックオリジナル」は、なんと『あぶさん』が引退する号なのだ。62歳の景浦安武は選手生活37年、本当に長い現役だった。
今年の春に自身の引退は宣言していたが、ソフトバンクの今季リーグ優勝が無くなった今が引き際と決めたのだろうネ。新聞にまで引退の記事が出ていた。さすがだネ。
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第873話「さようなら90番」は、ずっと捨てられないだろうナ。最後も代打で登場し、見事にさよならホームランを放ってファンを大喜びさせてくれた。あぶさん、本当にお疲れさまでした。

さて、今回のオリジナルは、表紙が『深夜食堂』でアル。
それは、何故かと尋ねレバ、いよいよお待ちかね今月14日(水)からTBS系で深夜ドラマが始まるからなのヨ。むふふ、ちょいとワケありのマスターには、小林薫さんが扮するのだ。あの飄々とした雰囲気はぴったりかもしれんネ。
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第一話は、あの名作「赤いウィンナー」だ。明日7日(水)は25時29分から「営業直前スペシャル」放映と云うことなので、夜更かししなくちゃ、だナ。むふふ。

で、夕べも『兵六』の後は、某所の深夜食堂へ。
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秋刀魚の塩焼きにオムライスを戴いた。此処は二階に雀荘も有るし、廻りにはスナックが沢山軒を連ねているので、外からの注文もひっきりなしだ。若いホステスのコが、お客さんのオーダーを取りに来る時は、ちょっとムヒヒなのだナ。
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あぁ、このオムライスは、たまらんネ。本当は秋刀魚とご飯にしようと思ったのだが、雀荘のお客さんがオムライスを頼んだので、つい「僕も!」と云ってしまったのだ。

今日は夕方から打ち合わせで、神田錦町に在る古いビルへ伺う。
今は角川書店が入居しているが、以前は博報堂の旧本社ビルだった。
(あっ、今日行くビルは系列の錦三ビルの方だった。)今は既に、網が掛けられ、解体される時を待っている。
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此処は国の重要文化財に指定されている「明治生命館」で有名な建築家・岡田信一郎が設計したビルで、昭和五年に完成した歴史ある建築物である。アールデコ様式を取り入れた装飾も見事だが、耐震性に問題有りとの事で来月から解体される予定になっているのだ。

日本建築家協会は千代田区に保存する計画の要望書を提出しているそうだが、とても素晴らしいビルなので、最新の技術を駆使してでも現存される事を願うばかりだ。

新聞の拾い読みが続くが、先日紙面を開いてこの西友の15段広告には驚いた。
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他社より安い場合は値下げするとテレビCFでも言っているが、これは競合先のパロディにしてはチト凄いネ。
by cafegent | 2009-10-06 14:51 | ひとりごと
三日の土曜日は、中秋の名月だった。『丸好酒場』の口開けから程よく酔った僕は、酒朋矢野寛明兄と二人で浅草駅から雷門まで歩いた。
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裏通りでは、仄かな月明かりが僕らを夜の帳へと導いていた。
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   一つずつ月のボタンをかけてゆく

中居由美の詠んだ句だが、俳人の坪内稔典氏は〈これが男女だとするととてもエロティック。セックスの余韻というか...〉と評している。なるほどナ、月明かりがベッドの上の二人に射し込む様子が浮かぶようだ。
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先月、坪内氏が新聞連載をしている「季節のたより」にももう一句中居由美の俳句が紹介されていた。毎回絵に合わせているのだが、この時は北斎の満月の森の絵だった。

   Tシャツに月の匂いを含ませて

いいね、この「月の匂い」ってフレーズが。誰かと月光浴をしたくなってきた。

   盃に揺れる満月呑み干して

うーん、ワタクシはどうしても酒に傾くのだナ。
この夜も最後は『簑笠庵』で気持ち良く酔っぱらった。
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矢野兄は、とても美味そうにドンコの煮付けを食べていたナ。
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コチラは、絶品味噌汁でリフレッシュだ。いつもならが、すいませんデス。

ここから記憶が吹っ飛んだのだが、デジカメをチェックすると、しっかり夜中のラーメンを食っていた。トホホ。
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こりゃ、ムサコの『じらい屋』の味噌らーめんだナ。此処は僕のマイブームなのだ。

先週は火曜、金曜、土曜と『宇ち多”』酒を楽しんだ。
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京成立石周辺を歩くと、いろんな方から声をかけられる。その殆どが、〈今日も宇ち多”かい?〉でアル。で、こっちも〈はい〉と答えるしかないのだナ。顔見知りの内、半分くらいはきっと僕が立石在住だと思っているのだろうネ。

土曜は矢野兄が口開けの『宇ち多”』に行きたいと云う事だったのだが、朝までコースの深酒にノックアウトで欠席となった。
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で、僕はいつもの面々と朝酒を愉しんだ。
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窓から射す光に梅割りが輝いているナ。むふふ。
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『ゆう』で最近ハマってる珈琲ハイを軽くやっつけて、『出光美術館』に出掛けた。今回は、「芭蕉 〈奥の細道〉からの贈りもの」を開催中だが、此処の企画展はいつも内容が充実している。

江戸の俳聖・芭蕉は「古池や蛙飛び込む水の音」など数々の名句で有名だが、句とともに素晴らしいのが芭蕉の書いた仮名書跡である。とても美しく詠んだ句をさらに引き立たせている繊細な筆跡は、しばし足を止めて魅入ってしまう程だ。
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出光美術館は、目の前がお堀だから眺めも大変良い。親切にお茶も用意されてるので、此処でゆっくりと一休みが出来るのも嬉しい限り。

芭蕉の美しい仮名文字に浸った後は、また京成立石方面に戻る。四時の口開け目指して八広駅で降り、水戸街道方面へ。

『丸好酒場』の暖簾をくぐると、既に何人かが来ていた。そんな中、我が酒仲間のアラちゃんも居た。
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どじょうをアテに焼酎ハイボールを愉しんでいると、追っかけで矢野兄が登場だ。
彼は江戸東京博物館に寄って来た帰りと云うことで、「新版画」の話題で盛り上がったナ。
アラちゃんは、豪快にホルモン丼を喰らってる。
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毎度思うが、大した胃袋だよネ。先週は、酒の〆じゃなく、最初からホルモン丼頼んで丸好の娘さんに呆れられてたモンネ。

夕暮れまで大いに呑んで、アラちゃんは何処かへ消えていった。で、僕らは浅草へ。三日の土曜日は、中秋の名月だった。...って、このハナシまた最初にループしてるナァ。ハテ、おかしいな。
         ◇      ◇      ◇
日曜は、午前中に叔母ちゃんの着替えを持ってお見舞いに行き、そのまま真っ直ぐ昼口開けの『丸好酒場』へ。
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のんびりと一人酒を愉しんだ。
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だらだらと競馬中継を眺めながら、ハイボールがススム。三時まで八広で過ごし、午後四時口開けの野方『秋元屋』へと向かう。

少し早く着いたので、駅前のマックで珈琲を飲む事にした。
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珈琲を受け取り、お金を払おうとしたら、なんと0円だとサ。えっ?って聞き返したら、この時間帯は珈琲無料なのだそうだ。他に食べたいものも無かったのだが、何も支払わず珈琲貰って二階に上がるのには、少し恐縮してしまったナ。
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天気の良い日曜日の午後、一番乗りで秋元屋に着いた。
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いつもの12番席に腰掛けて特製ハイボールをゴクリ。あぁ、幸せだ。アラちゃんもやって来て、愉しく小一時間程呑んだ。

恵比寿駅まで戻り、今月1日に開館したばかりの『山種美術館』へ。
矢張り、移転後の企画展は「速水御舟」だった。
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御舟の最高傑作「炎舞」や「名樹散椿」を始め、初公開の「婦人群像」など見応えのある展覧会だったナ。

40歳と云う若さでこの世を去った御舟の、晩年の更なる日本画への意欲などを知る事が出来て、実に興味深い内容だった。あぁ、秋は素晴らしい企画展が多いから愉しいなぁ。
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この「炎舞」を是非間近で観て欲しいものだ。
漆黒の闇の中、紅色に燃え上がる炎。その灯りに集まって来る蛾たち。普段、敬遠しがちな蛾の姿にこれほどまでの美を表現した画家が居ただろうか。

世界で一番美しい蛾の姿を観に行くだけでも、この展覧会に足を運ぶべきだろう。
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絵の力にすっかり酔いが冷めた。もう一度、観に行こうかナ。
by cafegent | 2009-10-05 16:45 | 飲み歩き
昨日、お茶の水駅で眺めた夕景が素敵だった。
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少し歩く度に空の色が変わって行く。
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日暮れが随分と早くなってきたが、夕方の空が美しい時季だネ。

今、三鷹市美術ギャラリーで開かれている「THE YOSHIDA FAMILY展 世界をめぐる吉田家4代の画家たち」が面白い。
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華麗なる鳩山一族は四代続く政治一家だが、近代画の巨匠・吉田博の一族は「四代、七人の画家」と云う美術家系である。初代の吉田嘉三郎に画才を見いだされ養子となった博が明治から昭和にかけて活躍し、美術家一族の礎を築いた。
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まだ、海外渡航が珍しかった明治時代に吉田博は妻のふじをと共にアメリカ、ヨーロッパ、アジア諸国を廻り世界中を旅して作品を描いた。吉田ふじをもまた画家として才能を発揮し、ベニスやパリ、エジプトなどの風景画を残している。

二人の息子、遠志(とし)と次男の穂高(ほだか)は、父博の影響で共に版画家となり活躍した。二人とも’95年に他界してしまったが、次男の奥さんの千鶴子さんと長女の亜世美さんが三鷹市内に住んでおり、版画や造形の分野で活動を続けている。千鶴子さんは現在85歳だそうだが、元気に創作活動をしているなんて凄いネ。

吉田遠志の版画は、'80年代に一度展覧会を観た事があるが、アフリカの野生動物をテーマにした絵本シリーズの方がとても印象に残っている。本展覧会にも野生動物の絵画や版画が展示されており、とても懐かしく拝見した。

吉田穂高と千鶴子夫妻の版画は、時代と共に進化していくのが伺えて、とても面白かった。特に晩年90年代の「壁」のシリーズを観ることが出来たのは、とても嬉しかったナ。デカイ作品だから、余り観る機会がなかったからネ。
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山を愛した吉田博の「日本アルプス」シリーズは、素晴らしい。あぁ、全部集めたいなぁ。

それにしても、吉田一族の作品を通して、明治から現代に至る家族の歴史に触れられたのがとても興味深かった。こんな切り口で展覧会を企画したキュレーターに拍手を贈りたい。

さて、吉田博は浮世絵の伝統を受け継ぐ木版画の分野で世界的に名が知られている。浮世絵は、本来画商のリクエストの元で庶民に売れる絵を描き、それを彫り師が版木に彫り、摺り師が和紙に色を刷り込み完成する分業制の仕事だ。

江戸から明治に流行った浮世絵が衰退した後、橋口五葉や川瀬巴水らの木版画作家が浮世絵と同じ技法の伝統木版画の復興を目指し、作品を発表した。それが、「新版画」と呼ばれる木版画だ。

新版画に興味を抱いた洋画家・吉田博は、当然の如く最初は浮世絵画商の渡邊庄三郎の元で版画作品を作ることになる。そして、大正10年「牧場の午後」と云う素晴らしい版画作品を発表した。欧米で、この「新版画」が人気を博し、高値で取引されると、吉田博も増々新版画制作に力が入った。そして、画商優位ではなく、自分の納得の行く作品を創りたいとの志から、自らの工房「吉田スタジオ」を立ち上げ、自分自身で彫りと摺りを監修するようになったのだ。

結局、渡邊の元での作品作りは4年程で終わり、大正14年頃からは自社での制作になる。そして、息子の吉田遠志も優れた版画作品を此処から数多く発表した。

丁度、江戸東京博物館で開催中の「よみがえる浮世絵 ーうるわしき大正新版画展」でも、吉田博らの新版画を沢山観ることが出来る。
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この川瀬巴水の版画「清洲橋」に衝撃を受け、新版画コレクターとなったロバート・ムラーのコレクションを中心とした大展覧会だ。

「絵師・彫り師・摺り師」の分業で成り立つ浮世絵木版画制作を貫いた川瀬巴水や伊東深水、小早川清らは、最後まで「自らが浮世絵師」である、と断言していた。

それに対し、橋口五葉や吉田博は渡邊庄三郎の元を離れ、「自画・自刻・自摺」と云う創作版画家としての道へ進路を変え、版画職人では無くアーティストとしての版画製作に取り組んだ。
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江戸東京博物館の企画展は、膨大な版画コレクションを保有しているだけあって、可成り見応えの有る展覧会だった。

棟方志功や池田満寿夫が世界で賞を受け、浜口陽三のカラー・メゾチントが創作版画の新しい時代を築き現代まで続いているが、正直言って今の時代に版画は余り売れていないだろうネ。特に日本人は一点モノの絵画やエディションナンバーが入った限定作品にしか興味を抱かないので難しい。

僕は版画と共に写真作品も大好きだが、矢張り日本では写真作品は売れない。アラーキーの写真だってドイツやアメリカのギャラリストたちが日本に来て大量に買って帰ると云うのに日本では複製芸術は余り理解されないのだナ。
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これは、川瀬巴水の傑作「田子の浦の夕」だ。昭和15年に創られた版画だが、70年近く経っていると云うのに色褪せず美し富士山の夕景だ。
手前の松と土手を行く荷馬車夫、富士の構図が素晴らしい。これも後摺りは、銀座の『渡邊木版美術舗』で手に入る。版木は昭和15年に彫られたモノなので、どちらもオリジナルである。部屋に飾る様な美しい発色を求めるならば、後摺りがオススメだ。僕は歴史のロマンに魅せられて初刷りを探しているだけだから。

二つの展覧会を通して、浮世絵に始まった日本の版画史の流れを検証することが出来てとても興奮した。

三鷹市美術ギャラリーは、今月12日まで開催中。江戸東京博物館は、11月8日まで開催しているので、是非観て欲しいものだナ。

以前、浮世絵版画のコレクターの方に伺ったのだが、元々浮世絵は大衆向けに本屋で売られた役者のプロマイドとか名所名跡の風景画だったので、見たい時に手に取って眺めるモノだったそうだ。

老舗版画店の『芸艸堂(うんそうどう)』でも、〈浮世絵木版画の技法にある雲母(キラ)刷りなどは、版画を斜めにしないと光り具合などが判らないから、額装したガラスの上からだとちゃんと観ることが出来ない。矢張り観たい時に出して、手に取って眺めるのが本当は良い〉と言っていた。

吉田博の版画作品を二カ所で観ることが出来たので、額に入れずに保管してある吉田博の版画を出して眺めてみた。でも、展覧会場で額装した版画を観ていたら、僕も壁に掛けて飾りたくなってきた。
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この二枚は、昭和2年作の「亀井戸」と3年の「堀切のしょうぶ」だから、僕の母が生まれた頃だ。吉田工房で刷られたもので、旧蔵者が保有していたモノを手に入れた。全部で12箇所の東京の風景を描いた「東京十二題」のシリーズで、いつか全種類揃えてみたいと思っている。

こちらは、「よみがえる浮世絵」展にも出ていた笠松紫浪の「東京タワー」の木版画だ。
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昭和34年に創られた版画の後摺りだ。初摺りも『芸艸堂』が手掛けており、今もその版木で刷られている。当時最新のランドマークとなった東京タワーだが、今観てもなんだかワクワクするのだナ。

江戸東京博物館の展覧会は、10月14日から展示作品が一部入れ替わるとの事なので、もう一度行かなくちゃ、だ。

三鷹駅では、我らがFC東京決勝進出の応援幕が掛かっていた。
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嬉しいねぇ、皆の応援に応えて、是非とも優勝を飾ってもらいたい。

中野で途中下車をして、『立ち飲み 魚屋よ蔵』へ立ち寄った。
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此処は酒仲間のクマちゃん行きつけの店だが、ちょい呑みに打ってつけの酒場なのだ。
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塩らっきょうをアテに酎ハイを二杯やっつけた。さぁ、これで夜に馬力がつくのだネ。

「三鷹市美術ギャラリー」のサイト
「江戸東京博物館」のサイト
by cafegent | 2009-10-02 15:35 | ひとりごと